表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オープンユニバース  作者: ペタ
第1章 煌きの残滓
32/43

1-3-2

会場にいた観客の半分がそうした様子を見ていた。残りの半分は一刻も早くこの場を離れようと出口に向かって急いでいた。


「お兄ちゃんどうしよう」

 メルルが泣きそうな声で言った。ファブリスたちは破裂音が響いたあと、混乱する会場の中で、会場の隅に行き、状況を見守っていた。出入り口には大勢の人が殺到しており、それに巻き込まれる方が危険だと判断した。


 その時、会場内にアナウンスが流れた。

「本日のコンサートは事故のため、中止いたします。会場内に危険はありませんので、皆さま順序良くご退出をお願いします。本日はお越しいただきましてありがとうございました」

 その放送を聞いたファンたちからは悲鳴に近い声が上がった。まあ、楽しみにしていたコンサートがこんな形で終わったのだから仕方がないだろう。


「やっぱり中止なんだ……」

 メルルは残念そうな様子だった。ファブリスももう少し聞きたかったが、会場がこんな様子では仕方がないだろうと思った。周囲で泣き崩れているファンをみると、さすがに同情を禁じえなかった。

 会場のファンは舞台から連行されていく男に対して罵声を浴びせられていた。そんな中、ローレンスはスタッフに誘導され舞台の袖に向かって行った。


「結局なんだったんだろう。あの爆発の音とか、あの男の人とか」

 舞台の様子を横目にしながらファブリスが言った。

「さあな。大方逆恨みとかその類じゃないか。あの爆発音も結局、音と煙だけだったんだろう。警備の隙をつくために仕込んだんじゃないか」

「そんなことのために、みんなの楽しみを台無しにしちゃうなんて許せないよ」

 メルルは心底怒っている様子である。


「それよりもそろそろ行かないか。人の流れも減ってきているようだし」

 ニナの声を受けて会場を見ていると、会場からは大分人が減っていて、席にはいまだに再開を望んでいるような熱心なファンたちが、会場の方を熱い視線で見ていた。一時の大混乱こそ収まっていたが、怒っている人や泣き叫んでいる人もいて、まだ混沌とした様子だった。だが、いつまでもこんなところで待っているわけにもいかない。


「そうだね。行こうか」 

 ファブリスの呼びかけに皆黙ってうなずいた。一行は出口に向かって歩き出した。

 会場の人数に対して、通路は狭く、ところどころで渋滞が発生していた。中には会場の係員や警備員に詰め寄るファンたちもいて、その対応に人を割かれていて、うまく誘導ができていないようだった。ファブリスも人の流れに乗ったと思ったら、異なる方向から来た人たちの流れにぶつかって、通路はすし詰めの状態になっていた。


「みんな、会場の外で落ち合おう」

 歩いていても途中から人が割り込んでくるので、四人はそれぞれが離れて行ってしまう。ファブリスはかろうじて皆の姿が見える間にそう言葉を放った。




「メルルたちは大丈夫かな」

 そういうニナの顔色はあまり良くなかった。元々人ごみが苦手なのに、人ごみでもまれたのだから無理もない。

「うん。ケネスさんが一緒だから大丈夫だと思う」


 ファブリスは混乱の中、近くにいたニナと離れないように、その手を握った。ニナは一瞬ファブリスの方を見たが、混乱の中でファブリスにくっつくようにともに行動した。


 人の流れに逆らわず、押し出されるようにファブリスとニナは、通路を進んでいった。通路は時々分岐しており、右へ行く人、左へ行く人と様々であり、そうしたことも混乱に拍車をかけていた。

すし詰めの人ごみの中をかき分けるように歩いていると、ニナの顔色がどんどん悪くなっていった。ニナの様子を案じたファブリスは、途中で出口へとつながる通路から離れた通路へと退避した。そこにはいくつかのテーブルとイスが置かれていた。


「ニナ。大丈夫?」

「ああ。別に大丈夫だ。問題ないぞ」

 そう言いながらも、息も少し苦しそうだった。

「少し休もうか」

「すまない」

 ニナはそう言った。

「別に謝ることじゃないよ。僕も人ごみの中で少し気持ち悪かったし」

 これはファブリスの正直な気持ちだった。


 二人は椅子に座って、しばらくそこで待っていた。周囲にはほとんど女性であったが、やはり二人組で休んでいる人が何人かいた。

 飲み物でも飲みたかったが、近くに販売しているところは見当たらず、人ごみの中を探すのもばかばかしく、あきらめた。


 五分くらいたっただろうか、通路の人の流れも多少はスムーズに流れるようになったように見えた。

「ニナ、そろそろ行こうか」

「そうだな。もうだいぶ人も減ってきたみたいだし」

 そう言って、二人は同時に立ち上がった。


 そして二人は並んで、また通路に向かって歩こうとした。その時だった。

「ファブリスくん。お久しぶりだね」

 すべての熱を奪うような威圧的な声がすぐ後ろから響いた。ファブリスが振り向くと、そこには、ディダでファブリスたちを拉致した男たちと同じ格好の男が立っていた。

「お前ら」

「声を立てないでもらおうか」

 男の手には何かが握られていて、それがファブリスと、そしてもう一人の男がニナに何かを突きつけていた。

「ふざけるな」

 ファブリスは今度は言いなりになるつもりはなかった。それに前回とは違い、今回は減ってきているとはいえ、周りに人も多くいた。

 ファブリスは言葉と同時に振り返り、相手の脛を思いっきり蹴とばした。

「くっ」

 相手の男は声にならない声を上げた。ニナも同時に後ろにいた相手のつま先を踏みつけた。


「走ろう」

 ファブリスはニナの手を取ると、人ごみの中にかけていった。あまりいいマナーではないが、非常時ゆえにそうも言っていられないだろう。

 ファブリスたちは人ごみをかき分けながら前へ前へと進んでいった。途中で、批判めいた視線を向けられたり、文句も言われたが、この際構ってはいられない。


 後ろを見ると、スーツの男たちも人ごみをかき分けファブリスたちを追いかけてきていた。だが、この二人は体が大きいこともあり、なかなか人の間を進むのが大変そうだった。


 ファブリスたちは前に進んでいると、今度は前に別のスーツの男たちがいるのを見つけた。男たちはファブリスを見つけると、途中の人を跳ね飛ばすような勢いでファブリスたちに迫ってきた。

「っ」

 逃げ出そうにもなかなか動きは取れない。後ろからは別の男たちが迫っている。どうしようかと対応を決めあぐねているそのときだった。


「お前たち、そこで止まれ」

 決して大きくはないが、体に響くような低い声が周囲に響いた。ファブリスたちだけではなく、周りの観客、そしてスーツたちも声のした方を見た。

 そこには黒いコートを着た二メートルにも及ぶ大男が立っていた。

 ファブリスはその男に見覚えがあった。

「あの人。この前宇宙港にいた人だ」


 なかなかほかにはいない巨体にいかつい顔。大よそ表情を感じさせない表情。かなり見た目のインパクトが強いので覚えている。以前、宇宙港でローレンスの後ろにいた警備員だった。


 大男の声が響くと、途端に周囲にいた観客が近くから離れ、空いた空間の中に、ファブリスとニナ、そして少し離れてスーツの男たちが前後に二人ずつ残った。


「お客さん。ご退場の際には、慌てず、ゆっくりとお願いします。けがでもしたら大変ですから」

 大男は抑揚のない声で、主に、スーツの男たちに向かって言った。

 ファブリスは一瞬行動を迷った。あんな大男では、どんなに不意打ちしても、到底勝ち目はないように思えた。


 ファブリスよりも先に動いたのはスーツの男たちだった。

「すまないがこちらも任務でね。騒がせたのは悪かったが、我々が用があるのはそこの二人なんだよ。黙っていてくれないか」


 スーツの男は低い、大よそ常人なら凍り付きそうな声を発した。だが、その声は大男に何の影響も及ぼさなかった。大男はゆっくりとスーツの男たちと、そしてファブリスたちに視線を向けると、また、低い声で言った。

「お客様同士のトラブルは困るんですが」

 そう言うと男はファブリスたちの前に歩み寄り、ファブリスたちとスーツの男たちとの間に入るような位置に立ちふさがった。


「お前、邪魔すんなよ」

 スーツの男も大柄で、かなりの迫力ではあったが、大男を見上げるように言うと、その迫力も幾分減るようだ。だが、男もそれなりに自信があるのだろう。大男の腕をつかむと、その手をひねろうとした。しかし、スーツの男がいくら力を入れても、大男の手をほんの少しも動かすことができなかった。仲間の様子を見たもうひとりの男は、大男のわき腹目がけてパンチを放った。


 それは体重がよく乗ったいいパンチだった。大抵の人間なら、急所を打たれて悶絶しているところであっただろう。だが、逆に自分の手を抑えて悶絶したのはスーツの男だった。

「てめえ、何着込んでやがる」

 大男はその問いには何も答えず、自分の手を掴んでいる男の手を逆に握り返すと、軽く力を入れて引き上げた。するとスーツの男はその場で宙に舞ったかと思うと、背中から地面に強く打ち付けられた。


 ファブリスとニナは何も言えずにただ、目の前の光景を眺めていた。大男はファブリスたちの方を見た。

「何をしている。早く行け」

「えっ?」

「状況は分からないが、不審者を捕まえるのが私の仕事だ。お前たちは騒ぎをこれ以上大きくしないうちに早く行け」


「分かりました」

 ファブリスは答えると、遠巻きに見ていた観客の中に飛び込み出口を目指した。

 一方で、スーツの男たちは治まる様子がない。残った二人の男たちは大男を睨み付けた。

「きさま。警備員風情が邪魔するな」

「警備員風情で恐縮だが、あいにくこちらも仕事でな」

 大男は意に介さぬ様子である。スーツの男たちの前に立ちふさがり、ファブリスの去った方には行かせない様子だった。


「ちっ」

 スーツの男はお互いに目配せすると、左右から大男に迫った。男の一人は近づくと同時に胸に手を入れたかと思うと、小型の電子銃を取りだし、男の腕に目がけて発射した。


 銃声はほとんど響かなかった。男の、銃を取りだし、発射し、しまうまでの動作は実に機敏であり、周囲の目にはほとんどその動作が目に入らなかっただろう。


 至近からの銃撃は、間違いなく男の上腕に命中した。どんな大男でも耐えられない激痛が走り戦闘不能になったはずである。スーツの男たちは大男の横をすり抜けようとした。だが、その瞬間、二人の体が宙に浮いた。

「何?」

 男たちは何が起こったのか分からなかったが、男たちの襟が大男に握られ、片手に一人ずつ持ち上げられていた。

「馬鹿な」

 明らかに銃は命中したはずである。腕の真ん中に当たり、力を入れることなどできるはずがない。しかし、大男は平然と男も持ち上げていた。

 そして、男たちの体が大きく前に放り投げられた。

「騒ぐなと言ったはずだ」

 男たちは宙を舞いながら、自分たちをこうもたやすくあしらえる大男に対する疑問がわきあがっていた。



 ファブリスは集団をかき分けながらも出口に急いだ。そして、出口が見えたとき、その脇に見知った姿を見かけた。ケネスとニナだった。ファブリスたちはケネスたちに走りよった。

「ケネスさん」

「大丈夫か。ファブリス、メルル」

「それが……」

 ファブリスは状況を説明しようとしたが、今は一刻も早く離れることが先と思い、外に出るように促した。


 会場の外もやはり人ごみでいっぱいだった。街灯はともっていたが、それでも夜であり、視界はあまりよくはない。いずれにせよ、逃げるにはいい条件だと思った。

「しかし、とんだ災難だったな」

 ケネスは歩きながら言った。

「ごめんね。私がコンサートに行くなんて言ったから」

 メルルは少しうつむきながら言った。

「いや、別にメルルを責めるつもりはない。こんな事態予測できるわけないしな」

 ケネスはあわてていった。そんなケネスの様子を見て、ファブリスは言った。

「さっき、また、保安局の連中がいた」

 ファブリスはケネスたちと一緒に早い足で歩きながら言った。

「本当か」

 ファブリスとニナはうなずいた。

「何とか逃げることができたけど危なかった」

「そうか。それはよかった。しかし、よく無事だったな」

「うん。警備員の人が助けてくれた」

 ファブリスはそのときの様子を簡単にケネスとメルルに伝えた。

「そうか。まあ、無事で何よりだが。それならこれから先も警戒が必要のようだな」

 ケネスは周囲を見回した。どこも人でいっぱいだった。

「あの警備の人大丈夫かな」

 ニナはつぶやいた。

「大丈夫だと思うけど…」


 保安局の人間に対してああした行動に出て、大丈夫なのかということには疑問があった。もっとも保安局の人間の行動も適正な手続きを踏んでいるとは思えず、あまり自らを正当化できるとも思えなかったが。


 四人が泊まっているホテルまではシャトルライナーで行く必要があった。だが、今は駅も相当な混雑だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ