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オープンユニバース  作者: ペタ
第1章 煌きの残滓
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1-3

   3 


 こうしてファブリスたち一行は、人気歌手のコンサートの最前列に立つという栄誉をいただいた。始めは興味がなさそうだったニナとケネスも、ローレンスの歌を聞いているうちに、彼が作り出す世界観に引き込まれていた。


「これはすごいな。きざったらしい男だが歌は本物だな」


 ケネスがファブリスの耳元で言った。ファブリスは同意しながらも、熱狂的なファンが聞いたら怒りそうな言葉だったので、その声が周りに聞こえたのではないかと周囲を伺った。


 曲は二曲目のポップなラブソングから、テンポの速いロック調の曲へと変わっていた。この曲も有名な曲で、ファブリスも何度か聞いたことがあった。曲が始まると会場の様子が大きく変わった。会場全体が大きなスクリーンのようになり、足元にも星空が映し出され、まるで宇宙空間になっているようだった。曲に合わせてローレンスも表情や声の出し方をがらりと変えていた。


 ローレンスが歌いながら舞台の前の方に来ると、前列を見回した。そして、ところどころで手を振って、そのたびに黄色い歓声が上がった。やがてメルルたちの方にも視線が向けると、小さくほほえみを浮かべて指さした。


 途端に周囲から歓声が上がった。たぶん、周りの女性たちは自分に向けられたと思って喜んでいるのだろう。そんな中、幾分暗い表情のニナだけが異質だった。

 だが、ニナも歌は気に入っているようで、ビートに合わせて小刻みに体を動かし、それなりに楽しんでいる様子だった。




「D-六からE-八まで異常ありません」

「了解。引き続き警戒を続けろ」

 警備責任者のガイナスは、部下の定時連絡に対応すると、引き続き、壁に投影したモニター画面を注視した。


 目の前には大きな壁に四十ほどの映像が映し出されていた。その映像はローレンスが歌っている舞台の映像、そして、それを見つめるファンたちの映像、そしてホール外の廊下の映像、そして会場の外の映像などが、さまざまな角度から映し出されていて、それぞれの映像が次々と切り替わっていた。


 そこは舞台裏の控室である。フルオーケストラが待機できるくらいの広さがあり、そこにはガイナスと警備員四人がモニター監視と、部下たちの報告の取りまとめを行っていた。警備員のうち、二人はもともとのガイナスの部下ではあるが、残りの二人は会社が現地で採用した警備員である。この二人もそれなりに経験がある警備員のようだったが、それでもガイナスからは距離を取っていた。


 ガイナスは二メートルある巨体の男である。縦だけではなく、横にもがっしりとした体であり、顔もいかつい造作であり、かつ、極めて不愛想なため、周囲にはかなりの威圧感を与えていた。元からの部下である警備員二人も、もう何か月も一緒に働いているが、ガイナスの近くでその存在に耐えるということにはなかなか慣れることができなかった。


 ガイナスは先ほどから映像を注視していた。会場には小型のロボットが無数に飛行している。それらのロボットは照明で照らしたり、スピーカーの役割を果たしたりもしているが、重要な機能が会場内の監視である。超小型のカメラがついていて、逐一、会場内の様子を映像で送ってきていた。


 会場内には十万人の観客がいる。そのうち八割方が女。残りの二割の男は、女の連れか家族連れがほとんどである。


 十万の観客に対して隈なく注視するのは不可能である。このため、外見や動作から危険と思われる観客をみつけ、そこを重点的に監視していた。男に関して言えば、男一人と思われる観客は要注意である。すでに、会場内の主に前の方に特に危険がありそうな六人に目をつけていた。いずれもコンサートを楽しむ様子もなく、何をしにここにいるのか分からない様子である。もちろん男だけではなく、女にも注意が必要である。むしろ熱狂的なファンで、現実との境界線を失っている女は男よりも危険である。そして、そういう兆候が見える女は百人近く見受けられた。


 会場内にはガイナスの部下が十人。そして会社が現地で採用した警備員が二百人配備されている。素性の分からない現地の警備員に頼るのは不本意であったが、手持の人数が限られているので仕方のないことであった。


 そして先ほどからガイナスが注目しているのは、スーツの男たちであった。数は六人。統制の元、明らかに何かの目的をもって動いていた。カジュアルな格好をしている観客がほとんどの会場で、フォーマルな男たちは明らかに周囲からは浮いていたが、他の観客は彼らを警備員か何かと思っているらしく、特に違和感は感じていない様子だった。正規のチケットを持っていたために、追い出すこともできず、周囲に警備員を配置し、警戒させるくらいしかなかった。


 その時、スーツの男たちを監視していたモニターで動きがあった。監視対象であるスーツたちが一斉に動いた。何か指示が出されたらしい。彼らはそっと動き始めた。

「俺も現場に行く。前列A-四のターゲットの警戒を怠るな」


 ガイナスはそう言うと、会場内へと向かった。


 A-四のターゲットは、前から八列目にいる目つきの怪しい男である。ぶつぶつとつぶやくようにしていて、ローレンスのことを敵意に満ちた目で見ていて、周りの観客たちは彼から距離を置いていた。しかし、その動きは明らかに素人。何か動きがあっても会場内の警備員で十分に止められるだろう。それに対してスーツの連中の動きは明らかにプロである。他の警備員ではいざというときには抑えられない。


 ガイナスは裏口から抜け、速足で係員の専用の通路を会場の裏側に急いだ。その通路はコンサートで使われる機材の搬入や、コーラスやダンサーの通路にもなっている。舞台へと向かっていた華やかな衣装を着たダンサーたちが忙しそうに行き来しているが、速足で歩いている大男の姿を見ると、驚いた表情を浮かべていた。


 やがて、ガイナスはホールのレセプションに到着した。スーツの男たちは会場の後ろ側に集まっていたため、ここから入るのが一番早かった。ガイナスは会場の扉を開け、会場内に入った。いつのまにか会場には静かなバラードが流れていて、観客は声を上げずにその歌に聞き浸っていた。会場内は暗かったが、スーツの一人をすぐに見つけることができた。ガイナスが近づこうとしたその時だった。


 パーン!


 会場の中央右側の辺りで何かが弾けるような大きな音が聞こえた。今流れている歌とは明らかに異質であり、演出としては明らかに不自然だった。


 パーン! パーン! 


 続いて音が二つ、続けて鳴った。先ほどとは違う場所。会場内が騒然となる。舞台の上のローレンスも気が付いたらしく、表情を変えたが、それでも歌い続けていた。

 だが、会場内に白煙が上がると、会場内に悲鳴が響いた。


「火事だ!!」

 誰かが叫んだ。それがきっかけだった。悲鳴が連鎖的に上がり、また、音と煙の場所から遠ざかろうと、近くにいた人々が慌てて動き始めた。密集した会場内である。ある程度まとまった数の人間が動けば、それが周囲にも広がり、会場内がたちまち混乱に包まれた。


 舞台の上のローレンスもさすがに歌を止め、周囲を見回した。いつものようにスタッフの誰かが状況を分かるように説明に来るのを待っていた。


 あわてた何人かのファンが逃げようと、会場の後ろにある出入り口に走ろうとした。だが、通路には人が密集していて急げるものではない。人がぶつかり、怒声と悲鳴が飛び交った。

「早く逃げろ!」と叫ぶ声もあれば、「まだコンサートは終わっていないよ」とこの場に残ろうとする声。さまざまな状況が交差した。


 会場の警備員も、状況が把握できずに混乱しており、周囲の観客に慌てないように声をかけるのが精いっぱいだった。


 舞台の前に配置されている警備員も、混乱を収拾するため、半分くらいは会場内に移動していた。そして、そうした状況の中、歪んだ笑みを浮かべて舞台に近寄っていく一人の男がいた。

「何、あいつ」


 混乱にも関わらず、コンサートが再開されることを待っていた前列付近の女性が指をさした。周囲を見回して逃げようかどうしようか迷っていたその女性の友達は、言われた方向を見た。そこには、一人の男が舞台によじ登ろうとしていた。


 中肉中背の若い男。その手には八十センチほどの棒を持っていた。

 舞台の下にいた警備員が慌てて男を制止しようとしたが、一瞬間に合わず、男は手薄になった警備の隙をついて舞台の上に上がった。


 明らかな不審人物。男とローレンスの間には誰もおらず、ローレンスの目が驚きに見開かれた。

 男は焦点が定まらない目で、少しふらつきながら、ローレンスに近づいて行った。そしてその手に握られた棒を両手でつかむと、棒の右側がずれて、そこから舞台の照明を受けて輝く、細い剣のようなものが現れた。

「ローレンス。お前のせいだ。リサちゃんは僕のことを好きだったのに、お前がいたから。お前が悪いんだ」

 男はやたらと甲高い声でそう叫んだ。ローレンスはその場に凍りついたように動けなかった。

「何だお前、何なんだよ」

 叫びにも似たローレンスの言葉が響いた。しかし、男から返事はなかった。男は剣を振り上げると、走りだし、一気にローレンスとの距離を詰めた。

「死ねえ!」

 ローレンスは動けずに、手で頭を覆い、目を閉じた。だが、その端正な顔に剣が振り下されることはなかった。駆け付けた警備員三人が男を取り押さえていた。


 警備員はお互いに指示を出しながら、男をその場で取り押さえ、剣を取り上げた。

「ローレンス! ローレンス!」

 男は床に押し倒されながらも声を上げ、ローレンスに恨みに満ちた視線を送っていた。

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