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宇宙港で思わぬことになってしまったが、その後、ファブリスたちはシャトルライナーで、予約していたホテルに向かった
そのホテルは都市の中心からは少し離れていたが、シャトルライナーの駅が近くにあり、宇宙港からもすぐ近くの距離であり、便利な地点だった。
ホテルは三十階建ての高層ビルの中にあった。部屋はあまり広くはなかったが、必要な設備は一通り揃っており、清潔でそれなりの環境は整っていた。
「次の目的地は、予定通りテクスターでいいよね」
ファブリスが切り出した。
四人はホテルのラウンジに集まり、テーブルを囲み、ソファーに座ってコーヒーを飲みながら話をしていた。
「まあ、それでいいんじゃないか。中央宙域を目指すんだったら、そっちの方向になるし、何回も大ワープを使うわけにもいかないから、途中で星に寄りながら、商売をしながらということだな」
ファブリスは父の消息を求めて、中央宙域である第二宙域を目指すことにしていた。第二宙域までは、最短距離で行ったとしても、ここ第三十六宙域から、第二十八宙域、第十七宙域そして第八宙域を経ていく必要がある。
一番早くたどり着く方法としては、ディダからイリスに飛んだように大ワープを活用することである。大体、どの宙域でもその宙域の主星の近くには隣接する宙域に一気にワープできる大ワープが整備されている。しかし、大ワープの利用料は通常のワープよりも高いためにそう頻繁に使うことはできない。途中、どうしても大ワープでないと時間がかかりすぎる箇所以外は、小ワープを繰り返し、途中で惑星に寄り、商売を続けながら、少しずつ第二宙域に近づいて行くことにしていた。
「そうだね。少しずつお金も増えてきたし。イリスで買う商品も決めないとね」
ディダを出発する前に、イリスとの商品の価格差を確認し、価格差の大きかった資源をファルメルに詰めるだけ買った。購入額は七百万リールほどだったが、イリスでの売却価格は八百十万リール。それなりの利益を上げることができた。
「この星って、ディダよりも物価が高いようだね」
商品価格もそうであったが、ホテルでの宿泊料やこのラウンジで提供されるコーヒーもディダや四十七宙域の他の星に比べてもだいぶ高かった。
「まあ、そうだな。普通、中央宙域に近づけば近づくほど物価が高くなるからな」
「じゃあ、儲けるチャンスも多くなるんだね」
ファブリスは嬉しそうにいった。すっかり商売人魂が身についているようである。
「そうだな。それに、ここしばらく全宇宙的に物価が上がってきているようだから、下手を打たない限り、儲けることはそんなに難しくはないだろう」
物価の上昇。それはここしばらく毎日のように商品価格をチェックしていたファブリスも気が付いていたことだった。長期的なトレンドで見た場合、ここ二、三か月はそれまでに比べると物価の上昇率が加速していた。
「何か原因があるのかな」
メルルは首をかしげて言った。
「そうだな。やっぱり中央宙域での軍の対立が原因じゃないか」
ケネスの言ったことは、ここしばらくニュースでも話題になっている話だった。
「第三艦隊の司令官が、軍本部からの指令をことごとく無視しているということだったな」
ニナが口を開いた。元軍人ということであり、そこら辺については詳しいようだ。
「えっ、そんなことになっているの」
メルルも首都星消失後、軍隊で混乱があったことを知っていたが、それはもう収まり、今は一定の秩序を保っているものと思っていた。第一宙域の消失に伴い、多くの艦隊がそれに巻き込まれるように一緒に消失したが、他宙域にいた五つの艦隊は無事だった。だが、艦隊の中でも混乱して瓦解する艦隊もあり、一部は海賊になったりもしたが、残った艦隊が再編され、今の第一、第二、第三艦隊に再編された。
その混乱の中で、ニナの人生が大きく狂ったことをファブリスは知っていたため、反応するのが難しかった。一方でニナはあくまで冷静に言葉を続けた。
「今の第三艦隊の司令官がデ・ルカスという男なんだが、この男は首都星消失時には中佐だったんだが、艦隊混乱の際に、事態を収拾できない司令官を追放し、自らが司令官を名乗り、強力なカリスマにより艦隊の混乱を収めたという。平時なら当然厳罰ものの行為であろうが、混乱時であり、艦隊の瓦解から救ったということで、事後的に大佐に昇格させ、なし崩し的に司令官に任命されたということだ。だが、このデ・ルカスは、軍本部からの呼び出しにも応じずに、第六宙域に居座り、そこから物資などを供出させ、艦隊を私物化し、好き勝手にふるまっているとのことだ。さすがに軍本部も黙っていることができずに、いずれ第一艦隊、第二艦隊との衝突があるのではないかとのもっぱらの噂だ」
「そんなことがあったんだ」
ファブリスも、艦隊同士で対立があるということは聞いていたが、そんな経緯があるとは知らなかった。ニュースでもこの手の話については詳しく報道はされない。
「まあ、情勢が不安になれば物価が上がるというのはよくあることだからな」
ケネスの言葉はファブリスにカディスでの出来事を思い出させた。あの時、海賊の艦隊が迫ってくるということで、物価が跳ね上がった。その時ほど一気に上がるということはないだろうが、同じような状況ということだろう。
「僕たちはあまり欲張らずに地道に稼いでいこう」
ファブリスの言葉に一同はうなずいた。
「それで仕事のことはここまでとして、明日はどうする? 明日の夜、あのアイドルのコンサートに行くんなら、出発はそれ以降になるだろうからな」
「また、買い物に行こうよ。この星、ディダよりもいろいろな服とか売っているみたいだし」
メルルの言葉はファブリスとケネスをうんざりさせた。ディダのときのようにまた買い物に付き合わされると思うと気が重かった。
「ねえ、ニナは何をしたい?」
「私は、特にしたいことなどないが……」
「そんなこと言わないで、行ってみたいところとかないの?」
メルルの呼びかけにニナは少し小さな声で言った。
「戦闘艇の装備の店を見てみたい」
「ニナらしいな」
ファブリスは小さく笑った。そんなファブリスの様子にニナは少し怒ったような表情を浮かべた。
「別にいいじゃないか」
少しふてくされた様子のニナに、ケネスは少し苦笑しながら言った。
「戦闘艇の装備なら、この星でもいいが、次に行く惑星テクスターの方がいいと思うぞ」
そう言ったのはケネスだった。
「そうなのか?」
「ああ。もちろんこのイリスにも大抵のものは揃っているだろうが、テクスターは工業の星で、船の製造や改造などに特化した専門店なんかも多くある。物の値段もイリスよりだいぶ安いし、かなりレアな部品なんかも手に入るらしいぞ」
「そうなのか。それは楽しみだ」
珍しくニナが興奮気味に言った。だが、そんな自分を見ているファブリスたちの視線に気が付くと、軽く咳払いして、また、いつもの様子に戻った。
ケネスはそんな様子に軽く笑みを浮かべると言葉を続けた。
「せっかくここまで来たんだから、この星にしかないところに行くのはどうだ。立体映像のミュージアムや宙に浮いた空中庭園など、結構有名だぞ」
「僕はそれがいいな」
ファブリスはすぐに同意した。
「うん。私もそれならその方がいいかな」
メルルもすぐに賛同し、ニナも黙ってうなずいた。
「よし、それじゃあ、明日はイリス観光、夜はコンサートだね」
ファブリスが締めて、ラウンジから各自部屋に戻ろうかとしたそのときだった。
「あっ、あれ」
メルルが何かに気が付いて声を上げた。ファブリスたちはメルルの視線の先を追った。
そこには大型モニターの画面があり、ある男が映っていた。
「ローレンスだ」
その映像はローレンスが記者会見の場で、質問に対して受け答えをしていた。先ほどとは服を着替え、サングラスもしておらず、多くの女性を魅了したエメラルドグリーンの瞳が輝き、口元には笑みが浮かんでいた。
「今回のイリス公演の意気込みはいかがですか?」
インタビュアーの女性の質問にローレンスは笑みを浮かべた。
「もちろんいつもと同様にファンに喜ばれるパフォーマンスをしたいと思います。特にここイリスは少し思い入れがある場所だしね」
「思い入れといいますと?」
「エターナルヒーローズは、サード戦役の映画を見ているときに思いついた曲なんだ。ここイリスを舞台にした戦いの中での男女の出会いと別れ。だから特別な思いがあるよ」
ローレンスは言葉の一つ一つで表情を変えて話した。
そんなローレンスに向かって別の記者が質問をした。
「一部の報道では、今回のコンサートを中止しなければ殺すという犯行予告が来ているそうですが、コンサートは中止にしないのですか」
すると、ローレンスはよく手入れされた端正な眉を少し顰めた。
「そういう脅迫文みたいなものは日常茶飯事だからね。いちいち気にしていられないよ。それに、僕の自伝Your Starにも書いたけど、僕はこの世界に入る前は少しやんちゃだったからね。もしそんな奴が来て、ファンにけがでもさせようものなら、歯止めが利かなくなりそうな自分が怖いよ」
そういうと、ローレンスは薄い笑みを浮かべた。
「それでは最後に、明日のコンサートを楽しみにしているファンに一言お願いします」
ローレンスはカメラをじっと見つめて言った。
「明日はきっと忘れられない夜になるよ。それだけは僕からの約束」
ローレンスはそう言いながら、画面に向かって微笑んだ。
「だめだ。こういう男。苦手だ」
ニナは間違って苦い物を噛んだような表情を浮かべていた。
「まあ、確かに。きざったらしい男だな」
ケネスも続いた。確かに男から見たら、あまり好きに慣れるタイプではなさそうだ。
「でも、ローレンスってすごいいい歌いっぱい歌っているんだよ」
メルルは一生懸命擁護しようとした。ファブリスの記憶では、メルルは別にローレンスの熱心なファンではなかったと思ったが、それでもほんの少しつながりができたため、フォローをしようとしているようだ。
「まあ、その忘れられない夜とやらを楽しみにしようぜ」
ケネスのその一声を最後に、一同はその場を後にした。




