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オープンユニバース  作者: ペタ
第1章 煌きの残滓
29/43

1-2

 

 惑星ディダで、保安局から逃れたファブリスたちは、商人ギルドに駆け込んだ。

商人ギルドは中小の宇宙輸送会社や個人経営の商人からなる事業協同組織であり、構成員の数も大きい。政治家に対するロビー活動も活発に行っており、それなりに発言力もある。商人の独立と自主を何よりも尊重し、為政者からの不当な要求に対しては組織ぐるみで抵抗する。保安局も、正式な捜査ならともかく、令状もなくいきなり拉致するような明らかに違法な捜査では、手出しをすることはできないと思われた。


 それから一晩経っても保安局の建物が攻撃されたという報道はなされず、昨日の事件は表ざたにはされないようだった。


 このままディダに留まるよりも、他宙域に飛んだ方が安全と判断したファブリスたちは、隣接する宙域である第三十六宙域を目指すこととした。ディダのある第四十七宙域に比べると、第三十六宙域は物価が高く、商品の売買でもそれなりに儲けることができそうだった。このため、ディダでは、特に儲けが大きそうなタリウム、テルビウムといった鉱物を買い込んだ。購入金額は七百万リール。ファブリスたちの小型輸送船ファルメルに詰め込める最大量を購入した。


 ファルメルは、第四十七宙域主星のディダを離れると、惑星軌道上にある大ワープ航路を目指した。それは宙域間の距離、十光年以上を一瞬でワープする超遠距離移動航行のゲートである。テルビナからディダに至るまで何度か通ってきた小ワープに比べると直径が三倍くらい大きく、また、行き交う船の数も多かった。


 小ワープが大体一光年ほどの距離のワープである。それに比べると、大ワープは何十倍もの距離を飛ぶことができるので、宙域間を航行するためには不可欠な施設である。だが、その反面、小ワープに比べると小型輸送船の航行料も二百万リールという高額になるため、あまり使いたくはないというのがファブリスの本音であった。しかし、一刻も早くディダから遠ざかりたかったため、仕方がない選択であった。実際にはメルルが惑星ダーニアの神殿で獲得したお金がまだあったため、商売で稼いだお金には手を着けずに済んだのが幸いではあったが。


 大ワープの入り口は、小ワープよりも巨大で、その表面はどこまでも深淵な黒で、まるで地獄の底に吸い込まれそうな印象を与えた。


「これ、本当に大丈夫なんだよね」

 メルルの顔が曇る。隣にいるファブリスも不安を感じていた。小ワープは何度も体験していたが、大ワープは規模が大きく、さらなる圧迫感を感じた。

「たまに何かのはずみで、遥か何百万光年先に送られて、戻ってくることもできないこともあるらしいぞ」

 操縦席で操縦管を握っているケネスはまじめそうに言った。その言葉にファブリスとメルルは目を丸くした。

「何百万光年って、もうほかの銀河じゃあないか。そんな遥か遠くに行くことなんてあるの」

 あわてた様子のファブリスにケネスは吹き出した。

「本気にするな。宇宙船のりに昔からある冗談だ」

「何だ。そうなんだ。驚いたよ」

 ほっとした様子のファブリスの横で、ニナは相変わらず冷静な表情だったが、小さくつぶやいた。

「何だ。冗談か。残念だ。他の銀河を見てみたかったのに……」

「えっ?」

 ファブリスが慌てて横を向いたが、そのとき、船内に警告音が響いた。

「ワープゲートに突入するぞ」

 ケネスが言った。ファブリスもあわてて、身を正した。ワープゲート突入時には、振動が発生することがある。


 巨大なワープゲートの入り口はすぐ目の前だった。先行している何隻かの船が、青い光を発して消えていく。まるで巨大な怪物に飲み込まれるような感覚だった。

 そして一瞬だった。


 今までワープゲートに対して向かっていたのが、目の前には宇宙空間が広がり、後ろには巨大な構築物が浮かんでいた。

 ファブリスはモニターに表示されている位置情報を見た。

「すごいな。本当に十三光年も進んでいる……」

 それまでの小ワープとは比べ物にならないほどの移動距離であった。

「ほら。ここはもう新しい宇宙だ。テルビナもディダも遥か彼方だ」

 ケネスはそう言った。

 ファブリスはモニターの画面を切り替え、ファルメルの後方を映し出した。ワープ航路の向こうには数えきれない星が輝き、どれが惑星ディダの恒星ソーニャなのか分からなかった。

「また、遠くに来ちゃったんだね」

 メルルはモニターを見ながらため息をついた。

「あまり気にするな。遠いと言っても宇宙はすべてつながっている。」

「うん」


 第三十六宙域の大ワープの施設からファルメルの巡航速度で十時間ほどの距離のところに第三十六星の主星イリスがあった。


 イリスへ向かう途中、追跡されていないか、モニター画面で周囲を確認したり、レーダーで周囲の情報を映し出した。大ワープゲートからイリスへの航路は数多くの船が行き交っていたが、特に不審な船影は確認されなかった。それでもしばらくの間は皆緊張していたが、それもイリスをレーダーの範囲に捉えると、消えて行った。保安局の管轄は、基本的にそれぞれの宙域内に限られており、他の宙域で勝手に活動することは許されていない。イリスを視界に捉える頃には、さすがに保安局も遠く離れた宙域までは追ってこないだろう、一行はそんな思いを抱いていた。




 惑星イリス。それは典型的な都市型の惑星である。


 惑星イリスは、七十年前に宇宙を二分した戦争、サードウォーにおいて、主戦場の一つとなり、その被害が大きかった。しかし、そこから立ち直り、今ではかなりの人口を抱える惑星になっていた。その人口規模はディダよりも大きく、三十六宙域でも最大の人口を誇っていた。


 惑星の開発状況を図る基準として、開発割合値という数値がある。星の開発可能な表面積の何パーセント以上が開発されているかという数値である。イリスは全面積の二十五パーセント以上が開発されており、これは全宇宙の惑星でもトップレベルである。


 イリスの軌道に入ると、ファルメルは地上の管制官の指示により、宇宙空間で四十分ほど待機させられたが、ようやく侵入許可が下りたので、大気圏突入を行った。ケネスの操縦により、宇宙空間から正しい角度で突入に成功した。


 イリスの上空には分厚い雲が覆っていた。そして雲を抜けると、眼下には巨大な都市が現れた。突入した場所の時間は夜であったが、街の光は無数に輝き、絶え間なく瞬き、都市の活力を示していた。

「うわあ。この星も大きいね」

 メルルがその様子を見て、歓声を上げた。

「まあ、イリスは航行の要所だからな。ディダが二つの宙域としか接続していないのに対して、このイリスは周辺の五つの宙域と大ワープでつながっている。船の航行も多くて、商売も盛んで、そのために人口も多い。宇宙でも十番目くらいに大きな星だ」

「へえ、それでも十番目なんだ」

「ああ。首都星は別格にして、中央宙域に近い主星ほど大きな星が多いな」

「へえ」


 ファブリスはそう言いながら、窓から下を見下ろしていた。

街は、見渡す限り建物が密集していて、その上を数多くの船が行き交っているのが見えた。これ以上大きな星というのが想像できなかった。


 やがて、ファルメルは管制の指示に従い、宇宙港に近づいて行く。


 宇宙港に近づくにつれ、周辺には船の数が多くなってきた。ケネスは衝突を回避するため、レーダーに注意しながら、慎重にファルメルの操縦を行う。周囲には乗用船が多かったが、それ以外にも小型から大型の輸送船、軍用艦など様々な形と大きさの船だった。宇宙港上空は着陸を待つ船でいっぱいであり、このため、ファルメルも上空でしばらく待機させられたが、ほどなく着陸許可が下り、イリスの宇宙港に着陸した。それはイリスの中心街へと続く場所にあるこの星でも最大の宇宙港であった。



 イリスの宇宙港は巨大で、船を止めたところから長いエレベータやオートウォークを乗り継ぐ必要がある。そして、エントランスロビーに至る。通路はかなりの広さではあったが、宇宙から来た人、宇宙へ行く人でごった返していた。

「すごい人だね」


 オートウォークに立ちながら、メルルは周囲を見回した。あちこちに立体映像の広告が貼られ、イリスの観光地や名産などを紹介していた。

「うん。ディダもすごかったけど、イリスはそれ以上だね」

 ファブリスも人の多さに圧倒されていた。

 ケネスは何度かこのイリスに来たこともあったため、特別な感慨は抱かなかった。

 ニナに至っては、表情こそ変えなかったが、少しうつむき気味で、少し気分が悪そうに見えた。


「ニナ、大丈夫?」

 メルルがそんなニナの様子に気が付いて声をかけた。


「大丈夫だ。ただ、あまり人ごみが好きではないのでな」


 ちょうど、オートウォークが途切れた。ニナは少し速足でエントランスゲートの方に向かった。ファブリスたちも遅れないようにニナに合わせて、周囲より少し速いペースで歩いた。

 通路を歩いていると、前方に人だかりが見えた。たくさんの人、特に若い女性が多かったが、立ち止まって皆が一方の方を向いて何かを待っているように見えた。


「何だろう、あれ」

 メルルは少し背伸びをして様子を見ようとしたが、判然としなかった。

「さあ、なんだろう?」

 ファブリスもそちらに目を向けながら、人だかりの横を抜けようとした。その耳に近くにいた女性二人が話す声が聞こえた。

「ローレンス=トレイシーがいるみたいよ」

「えっ、うそ? 早く行ってみよ」

 二人はそう言うと、駆け足で人ごみの方に向かって言った。

「聞いた今の? ローレンス=トレイシーだって」

 メルルはニナに向かって言った。

「だれだ、それは?」

 ニナは本当に分からない様子で少し首をかしげた。

「有名な歌手だよ。ほら、ほんの小さな物語とかエターナルヒーローズとかを歌っている」

「すまんが、やっぱり分からない。あまり歌とかは聞かないので」

 ニナは少しすまなそうに言った。


 ファブリスもその名は聞いたことがあった。最近特に有名になってきている歌手である。ファンというわけではないが、好奇心から集団が見つめる先を見た。だが、その方向にはそれらしき人影はなかった。


 ファブリスたち一行は、歩きながら集団の脇を抜けようとしたとき、歓声が上がった。


 ファブリスたちは自然と注目が集まる報告に目を向けた。


 搭乗口に至る通路が横に走っていて、その通路の向こうからオートウォークに乗って、二十人ほどの一向がこちら側に向かって来ていた。前の方に複数の警備員と宇宙港の関係者と思われる人々、周りにはスタッフと思われる人々、そして、その後ろには、金髪の若い男の姿がちらちらと見えた。周囲の人間がフォーマルな格好している中、一人だけカジュアルな格好をしていたので、やたらと目立った。

「ローレンスだ」

 近くにいた若い女性が叫ぶように言った。それに続くように次々と歓声が上がっているところを見ると、あの男がかの有名なローレンスのようだ。ファブリスは歩みを止めた。


 ローレンス様ご一行は、オートウォークを降りると、エントランスゲートへと至る通路に至った。通路の真ん中には宇宙港のスタッフと思われる多数の警備員が立ち、ファンが近づきすぎないようにガードをしていた。


 歩いているローレンスがファブリスたちからもはっきりと見える位置に近づいてきた。

 

 ローレンスはサングラスをかけていたが、周囲に集まったファンに対してその口元に笑顔を浮かべ、手を振っていた。さすがに宇宙でも指折りの人気アイドルだけあって、細い体に中性的な顔立ち、純度を究極まで高めたように輝く金髪。ローレンスの顔が向くたびに、近くにいた女性たちは歓声を上げていた。


 周囲にはほとんど女性であるが、百人くらいは人が集まっていた。だが、そうした女性たちは興奮しながらもローレンスたちから一定の距離を置き平静を保っていた。周囲に何人もの取り巻きがいることがその要因の一つであろうが、最大の要因は、ローレンスのすぐ後ろを歩いている大柄の警備員の存在が大きいだろう。


 ファブリスはローレンスその人よりも、その警備員の方が気になっていた。

 二メートルはあるだろう巨体。肩幅もかなり広い。身辺警護の一人であろう。気温が低いわけではないのにその身に体全体を覆う黒いコートをまとっていた。年齢は三十代後半といったところだろうか。黒い短髪で強面の表情。相当な威圧感を周囲に放ち、大よそ感情を感じさせない黒い瞳が油断なく周囲を警戒し、その無機質な視線が向けられると、感情が高ぶらせるファンたちを凍てつかせていた。


 メルルとニナは興味本位にローレンスを見ていた。

「すっごいかっこいいね」

 メルルが目を輝かせながらも小声でニナに囁いた。

「まあ、確かに。女みたいだな」

 ニナの反応は微妙だった。


 ファブリスたちは再びエントランスに向かって歩き出した。ローレンスたち一行はファブリスたちより少し先を移動していたが、ゆっくり動いているため、ファブリスたちはそれを追い越す形になった。そして、その時、ローレンスの顔がメルルたちの方向を見たまま、少しだけ静止した。そして、口元に笑みを浮かべた。

「えっ?」

 メルルは思わず声を発した。

 やがてファブリスたちはローレンスたちから離れていった。

(まさか、ね)

 メルルはローレンスが自分たちの方を見たのはたまたまだと思った。

「本当にかっこよかったね」

 メルルはファブリスに言った。

「うん。そうだね。でもこんなところであんな有名人に会えるなんてラッキーだな。さすが都会だけあるね」


 そんな言葉を交わしながらしばらく進んでいると、後ろから誰かが走ってくるような音がした。

「ちょっと君たち」


 ファブリスはその言葉が自分たちに向けられると気が付き、振り向いた。そこには、スーツを着た中年のやせた男が立っていた。かなり急いでかけてきたのか、少し息を切らしている。確か、先ほどローレンスの近くにいた取り巻きの一人のように思える。


「僕たちに何か用ですか」

「そう君たち。でも、正確には、そこのお嬢さん二人」

「えっ、私たち」


 メルルは自分のことを指さしながら言った。ニナは少し怪訝な表情を浮かべている。男は大きくうなずいた。

「そう。君たち。君と、そこの金髪のお嬢さん」

 男はそういうと、メルル、そしてニナを順番に指さした。


「君たち。本当にラッキーだよ。宇宙で一番ラッキーかもしれない。いや、聞いて驚かないでほしいんだが……」

 男はもったいぶったように言うと、息を整えるためにしばし沈黙した。

「何でもいいが、用があるのなら早くしてくれないか」

 ニナは言った。声の調子はいつもどおりに冷静な様子だったが、普段のニナの様子を知らない男にとっては怒っているように聞こえたかもしれない。男は少し表情を硬くした。


「実は私は、先ほど君たちが見たローレンス=トレイシーのマネージャーなんだけど、実は、ローレンスが君たちをぜひ明日のコンサートに招きたいと言っているんだ」

「本当ですか!」


 メルルは少し声が裏返るほど驚いた。その声が大きく、周りを移動していた人たちが奇異の目を向けた。一方で、男は素直に驚いたメルルの様子に気をよくしたようだった。

「本当だよ。コンサートの最前列。コンサートの後には楽屋にご招待。こんないい話。ファンだったら、卒倒しそうな話だよ」

「そんなの、何かの間違いじゃないですか」


「間違いなんかじゃないよ。君と君。ローレンスのコンサートの最前列なんて、普通入手することなんてできないよ。当然、来てくれるね」

 メルルは少し当惑を感じていた。

「何で私たちなんだ」


 ニナはいつもどおり冷静な様子で聞いた。あまりに無反応なニナの様子に、男は少し気押されたようだが、それでも言葉を紡いだ。

「さっき、君たち、ローレンスと目が合っただろう。それでローレンスが君たちのことを一目で気に入ってしまったんだよ。あの宇宙のプリンスと呼ばれているローレンスがだよ。もちろんコンサートには来てくれるよね」

「別に興味はない」

 ニナはあっさりと答えた。

「へっ?」

 男は呆然とした。

「だから、興味はない。別に私は、そのローレンスとやらを知らないし、コンサートにも興味がない」

 男は絶句した。しかし、すぐに気を取り戻すと言った。

「君。分かっているのか。あのローレンス=トレイシーだぞ。曲を出せば、全宇宙で何度も一位になるあのローレンスだぞ。普通の女の子だったら、こんなこと言われたら、どんなに喜ぶか」

「普通じゃなくて悪かったな」


 あまりに否定的なニナの様子に、男は戸惑いを隠せなかった。しかし、男は気を取り直すと、メルルの方を向いた。

「君はどうかな」


 形成悪しと悟った男は、次にメルルに標準を合わせたようである。

「君はもちろんローレンスのことは知っているよね」

「はい。知っています」

「そうだろう。若い女の子ならそれが当たり前だよね。それで君はコンサートに行きたいよね。超プラチナチケットだよ。それも最前列。行きたくないわけがない」


 男のやたらと押し付けがましい様子に、メルルも少し引き気味だった。メルルはファブリスの方を見て言った。

「うんと、お兄ちゃんとケネスさんも一緒だったらいいかも」

「えっ、僕?」


 それまで黙って成り行きを見守っていたファブリスであったが、突然、話を振られて当惑した。

「それはちょっと厳しいかな。さすがに四枚のチケットはねえ」

 男はそう言うと首を振った。

「そうですか。なら、いいです。ニナ行こう」

 そう言うと、メルルはニナと連れだって立ち去ろうとした。その様子を見た男は大いにあわてた。

「待って、行かないで。君たちが来てくれないとローレンスに怒られるんだよ。何とか来てくれないかな」


 男は今度は低姿勢で言った。そんな男にメルルはにっこりと笑顔を浮かべて言った。

「うん。だから、お兄ちゃんとケネスさんとニナと、四人一緒なら行ってもいいかも」


 その言葉に男は一瞬天を仰いだ。その目線は少し泳ぎ頭の中で何やら思考を巡らせた後、作り笑顔を浮かべてまたメルルに視線を向けた。

「分かった。じゃあ、四人分のチケットを渡すから、ぜひ来てくれるね」

 メルルはその言葉を聞くと、ファブリスを見た。

「どうかな」

「まあ、いいんじゃないか。メルルも実は行きたいんだろう」

「うん。本当は行ってみたいと思っているよ。ニナとケネスさんはどうかな」

「私は、別に、メルルが行きたいというのなら、断る理由はない」

 ニナはしぶしぶと言う感じで言った。

「俺も別にかまわないぜ。でも、別に俺はいなくてもお前たちだけでもいいだろう」

「そんなのいやだよ。みんなで行かないと楽しくないよ」

「分かった。分かった。勝手にしてくれ」

 ケネスは言葉こそ投げやりだったが、その表情はどこか嬉しそうだった。

「ということなので、行きます」

 メルルはにっこりと笑顔を浮かべて男に言った。ケネスが自分の連絡先を男に伝えると、後でチケットをデータ転送するということで、男は離れて行った。その男の後姿には哀愁が漂っていた。


 男が向かった方向を見ると、ローレンスご一行は通路を途中で曲がったようで、姿が見えなかった。

「本当によかったのかな」

 メルルは少し不安そうな表情を浮かべ言った。

「まあ、別にいいんじゃないか。くれるというのなら素直にもらっておけば」

 ファブリスも後ろの方に視線を向けながらそう言った。

 メルルも離れていく男に一瞬、視線を向けた。

「うん。そうだよね。それにしてもやっぱり美人は特だよね。きっとニナがとてもきれいだからローレンスの目に留まったんだよ」

「そうなのか?」

 ニナは驚いた表情を浮かべて言った。

「いや、ニナだけでなくメルルもだろう」

 ファブリスはつぶやいたが、その声は周囲に喧騒に消され、メルルには届かなかった。

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