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オープンユニバース  作者: ペタ
第1章 煌きの残滓
28/43

1-1

 重低音が響き渡り、広い会場を揺さぶる。雄々しいが少し不安を感じさせる不協和音は、会場内の人々のボルテージを高めていた。

 

やがて会場の高鳴りがマックスに達したとき、会場から見える夜空に無数の光線が踊った。会場から照明で照らされている光線もあれば、上空から照らしているものもある。赤、青、緑の色の光線は、空を彷徨い、ランダムにみえるが一定の規則性をもって軌跡を残した。やがてそれらの光の先は、少しずつ集約され、意味がある形になっていった。

 

 広い会場は十万人もの人々で埋め尽くされていた。彼らは、上空に広がる夜空をスクリーンにして、光を紡ぎ映し出された巨大な宇宙船の映像を見上げていた。

 

 その宇宙船の形は、今の大型船とは違っていた。何百年も前、多くの人間が新たなフロンティアを求めて宇宙を開拓する、そんな時代の古い宇宙船だった。

 空に映し出された宇宙船は、星の海を航行していた。

 やがて、その宇宙船が目指していた一つの星が映し出された。


 青く輝く星。星の名は、イリス。

 それは、この会場がある第三十六宙域の主星の名だった。


 音楽はいつのまにか、弦楽器を中心とする穏やかなものに変わっていた。夜空には宇宙から見たイリスが大きく映し出されていた。そしてその星の映像はどんどん拡大され、やがてイリスの空を越え、雲を越え、地表を映し出した。

 そこは多くの水とわずかな大地で構成されている星だった。

 宇宙船の人々はイリスに降り立った。彼らの表情はこれから予想される苦労と、それを上回る使命感と高揚感に満ち溢れていた。

人々は協力して、長い年月と労力をかけて、イリスのテラフォーミングに励んだ。


 イリスの開発は少しずつ進んでいった。居住する惑星としては条件がよく、やがて多くの人々が訪れて移住した。人口はどんどん大きくなり、星のあちこちには町が作られた。町は都市に発展し、中心地には高層ビルが乱立した。

 夜空に映し出された映像は、そうした星の発展の様子を映し出していた。

会場の人々は、印象的な映像をかたずをのんで見上げていた。映像の中の発展する意欲と希望にあふれた人々の姿が印象的だった。


 映像は上空の夜空に映し出されるだけではなかった。会場の観客のすぐ上、手に届きそうな高さのところに、小さな立体映像が映し出された。それは、子供を連れた家族が笑いながら歩いていたり、活況のある市場で人々が取引をする姿であったり、老夫婦が公園を並んでジョギングしていたり、そうした人々の日常の映像だった。

 映像だけではなく、話し声、笑い声も聞こえてきた。全長わずか二センチほどの無数の音響ロボットが低空を飛び、そうした画像や音声を流していた。

 だが、映像の中の平和は長くは続かなかった。流れている音楽が変わった。それは低く、それでいて人々の心の奥底の不安を掻き立てるような音だった。


 イリスを目がけて飛ぶ何百隻もの艦隊。そしてそれを迎え撃つためにイリスから放たれた軍艦。

 それは宇宙を二分した七十年前のサード戦役である。その主戦場の一つが、このイリスであった。

 戦闘は宇宙だけにはとどまらず、地上にも及んだ。空から降下する兵士と、地上軍との戦闘。都市は破壊され、豊かな台地は焼かれた。地上を戦闘車両が走り、空には無数の戦闘艇が覆い、爆弾を地上に投下した。かつて住宅が並んでいた地域も炎に包まれ、動物の形をした愛らしいぬいぐるみが笑顔を浮かべながら焼かれて黒こげになっていった。

 やがて戦争は終結し、人々は瓦礫の中を彷徨いながらもまた歩き始めた。失ったものを取り戻すため、人々は手を取り合い、復興に向かっていった。

 音楽はまた元の平穏な音調に戻った。そして、映像で映し出された星はまた、少しずつ元の姿を取り戻しつつあった。それはこの星に住んでいる人々ならだれでも知っている歴史であった。


 

「すごいな」

 ファブリスは目の前に展開されている圧倒的な映像に声を上げた。

やや長めの鮮やかな赤毛と、強い意志を帯びた青い瞳が印象的な少年。その瞳はまっすぐに上空に映し出された光景を見つめていた。


「テルビナじゃこんなすごいイベントなんてないもんね」

ファブリスの横でつぶやいたのは少し小柄な少女。メルルである。

 ファブリスとメルル。ともに鮮やかな赤毛の髪と、青い瞳を持つ兄妹である。

ファブリスは十六歳。メルルは十五歳。三週間前に、ともに小型の輸送船ファルメルで故郷のテルビナを飛び立った。テルビナは辺境の小さな惑星である。それに比べれば、今、二人がいる第三十六宙域の主星イリスは、その規模は比べようにならないくらい大きな惑星である。


「それにしてもこの会場もすごいよな。テルビナの全人口よりも多いんじゃないのか」

 ケネスは周囲を見回して言った。

 大柄の壮年の男。黒いくせ毛の髪は少し伸びていた。

 ファブリスたちがいるのは多目的のスタジアムである。形は楕円形で、天井は開閉式であり、今は開かれていて、星々が輝く空がよく見えた。周囲には四十メートルほどの高さの観客席が周囲を覆い、空席がほとんど見えないほど人で埋まっていた。テルビナの全人口よりも多いというのはさすがにオーバーではあるが、会場内の人々はおそらく十万人は下らないだろう。


「あまり居心地はよくないな」

 ニナは顔色こそ変えなかったが、そう言った。

 ショートの金髪に細い体。身長はメルルとほぼ同じくらいで小柄。その肌は白く輝き、目鼻立ちの整った目を引く容姿だった。だが、その表情はわずかに翳る。ニナはあまり人ごみが好きではない。人を最大に詰め込んだ超満員のスタジアムにいるのだから、居心地はよくはないだろう。

「おい、舞台を見てみろ」

 ケネスが言った。その声に促されてファブリスたちの目が舞台に向けられた。

 ファブリスたちは、舞台に一番近い席、最前列の右側に陣取っていた。

舞台には先ほどまでは誰もおらず、照明が消されていた。今でも照明はほとんど消えていて舞台の上はよく見えなかったが、舞台の中央に人が立っているように見えた。

 ファブリスたちだけでなく、夜空に映し出された映像に意識を奪われていた周りの人々も、舞台の人の存在に気が付き、ひとりまたひとりと舞台の方に目を向け始めた。

 会場には、ヒーリング音楽のようなおだやかなソロのバイオリンの音が響いていた。もちろん生音ではなく、マイクで拾われた音がスピーカーを通して響いていた。それはとても柔らかく、心癒されるような心地のいい音楽だった。


 やがて舞台の照明が少しずつ点灯し始める。そして、舞台には人が一人立っていることが他の観客の目にも明らかになってきた。だが、シルエットしか見えず、だれが立っているかはわからない。その姿はおのずと観客の期待を高めていった。舞台に立つ細いシルエット。その手にはバイオリンが握られ、その手の動きは、先ほどから会場に流れている音楽を奏でているようだった。


 会場内がざわつき始めた。ここに集ったほとんどの人々は、「彼」が目的であり、舞台でバイオリンを演奏している人が彼ではないかと騒ぎ始めていた。

 夜空に映し出された映像に巨大な宇宙船が宇宙を航行する様子が映し出された。それは古い船ではなく、最新の旅客船だった。映像の中のその船はイリスに到着し、そして宇宙港に一人の男が降り立ち、その姿が大きく映し出される。


 その映像を見た観客が、一斉に声を上げた。

 中性的な容姿。だが、よく見ればそれが男だと分かる。光を帯びた長い金色の髪、人懐っこそうな青い瞳。

それは、今、宇宙で最も人気のある若手シンガーの一人、ローレンス・トレイシーだった。

 ローレンスはまだ二十歳前であるが、その容姿と透き通るような透明な声、そしてもって生まれた抜群の音楽センスにより、多くの女性ファンを虜にしていた。そして、そのローレンスが、この三十六宙域の主星イリスに降り立つということで、多くのファンが、このスタジアムに集っていた。

 会場内には相変わらずソロのバイオリンの演奏が流れていた。その音楽はクラシックのようなきれいな旋律だったが、やがて、そのメロディーは変奏しながら、集まった人々がよく知っている曲に変わっていった。

「エターナルヒーローズだ」

 ファブリスの近くにいた女性がつぶやいた。そしてそのつぶやきと同じタイミングで、舞台に照明が灯った。


 会場の人々の視線が一斉に舞台に向く。灯った照明は、舞台に立つバイオリン奏者の姿を照らした。そこには、バイオリンを演奏しているローレンスの姿が浮かび上がった。

 会場に一斉に歓声が上がった。やがて、観客の上空にもさまざまな角度から舞台を移した映像が投影された。演奏そのものも浮遊するマシンを通して、まるですぐ近くで演奏しているように四方八方から臨場感のある音で観客の耳に届いた。

やがて、ローレンスは印象的な前奏を終えると、いったん音楽は途絶えた。ローレンスはバイオリンを近くに来た男に手渡すと、その手にマイクを握った。

 そして、歌声が会場に響き渡った。何の伴奏もない歌声。だが、伴奏がないだけにその声が際立った。透明な、全宇宙を魅了した声。観客のざわめきは消え、皆が静かにその声に引き寄せられる。

 曲の名は、エターナルヒーローズ。

それは、戦争と言う運命に引き裂かれながら、懸命に生き、そして再開を果たした男女の運命を描いた歌だった。

 ローレンスは、甘いバラードだけではなく、若いアイドルにしては珍しく、そうした社会的な背景の歌を作り歌った。様々な色彩を持つ曲の表情が、多くのファンを魅了する要因になっていた。

 歌の最初の部分を歌い上げると、やがて、伴奏が加わった。弦楽器を中心にした美しいメロディー。ローレンスの歌声に寄り添うように優しく響いた。

 ファブリスもその歌に引き込まれていた。最新の音楽などにはまったく疎いファブリスでもローレンスと言う名前は知っていた。そして、少し前に大ヒットしたこのエターナルヒーローズと言う曲もサビの部分くらいは聞いたことはあり、漠然といい曲だなとは思っていた。だが、こうして改めて聞いてみると、その魅力を再認識した。

 メルルに関しては、友達の何人かがローレンスの熱狂的なファンであり、その友達に勧められて一通りローレンスの歌を聞いたことはあった。きれいな歌だなという印象だった。だが、こうしてコンサート会場で間近で聞いていると、すごいと思った。

 ケネスに関しては男のアイドル歌手などには興味がなく、ニナに関して言えば、ローレンスと言う名前すら聞いたこともなかったが、こうして実際に聞いていると、二人ともローレンスの歌声の魅力に驚いたような表情を浮かべていた。


 このように、ファブリスたち御一行はこの人気歌手のファンでもなんでもなかった。それが、なぜ、このチケットを取るだけでも大変なコンサートの、しかも最前列というファンなら垂涎の的になりそうなところに位置取ることができたかというと、話はその前日に遡る。


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