エピローグ
最終章 あの宇宙を越えて
「ありがとう、ケネスさん、ニナ。そして一瞬でも疑ってすみませんでした」
ファルメルと戦闘艇は繁華街を超えると、そのまま少し進み、建物が多少まばらになる郊外に至った。そこで建設中のビルの隣にあった資材置き場を見つけて着陸した。開口一番、ファブリスが二人に向かって言った一言がこれだった。
「ありがとうは分かるが、何で謝られるんだ」
ケネスが首をひねる。
ファブリスは発信器のことと保安局による尋問のことを話した。それを聞いたケネスとニナには驚いた様子はなかったが、メルルは発信器については初耳らしく驚いていた。
「いや、黙って発信器なんてつけたのは悪かったと思っている。でも心配で、いろいろアカデミーの不穏なうわさも聞いていたし、銃だけでは危ないと思ってな」
「ごめんなさい。発信器は私のアイデア。本当は私たちも付いて行きたかったんだけど、たぶん断られると思って」
ニナも頭を下げた。
「ううん。ぜんぜん気になんかしていないよ。今回も結局ケネスさんとニナに助けられたし、私たちが頼りなくて、二人が心配する気持ちはよく分かるから」
メルルは笑顔を浮かべて答えたが、その表情は暗かった。
「まいったな……」
ケネスが頭をかく。隣のニナに目で助けを求めたが、ニナはだんまりを決め込んでいた。
「あっ、そうだ。メルル、そう言えば渡したいものがあったんだ」
ケネスは一度ファルメルに戻ると、すぐに戻ってきた。その手には大きな紙袋があった。
「これで機嫌を直してくれ」
ケネスは紙袋から中身を取り出し、メルルに見せた。
それは真新しい洋服だった。メルルは、それが今日ニナのために買った服かと思ったが、よく見るとデザインと色が少し異なっている。
「メルルへのプレゼントだ」ケネスが言った。
メルルは目を丸くした。
「どうしたの、それ?」
「買い物の後、お前らがいなくなってから、ニナとまた店に戻ったんだ。服のことは良く分からなかったから、さっき買ったのと同じようなものということで店員に選んでもらった。お前もニナも身長そんなに変わらないだろう。その前に服を買っていたから、かなり値下げしてくれた」
「でも、私には似合わないよ」
メルルは遠慮がちに答えた。
「そんなことはない」ニナは言った。「店の店員も、さっきの女の子ならきっと似合いますと言っていた。私もそう思う。メルルはもっと自分に自信を持った方がいい」
「僕もそう思うよ。せっかくの好意だ。メルル、受け取っておけよ」
ファブリスの言葉もあり、メルルはうなずいた。その目は涙ぐんでいた。
「ありがとう。じゃあ、大切にするね」
メルルは服を受け取った。
「ニナとお揃いだね」
手に取った服を見て、明るく言った。少し無理をしているのだろうが、メルルの明るさがみんなの気持ちを楽にした。
少し暗くなっていた雰囲気が元に戻った。その穏やかな空気を壊したくはなかったが、今言わないといけないことがあった。
「それで、これからのことだけど……」ファブリスが切り出した。
「僕たちは、これから別の宙域に行って父さんを探そうと思っている。でも、これからの航行にはいろいろと危険なこともあると思う。ケネスさんはディダまでという話だったし、ニナを危険な目にあわせるわけにはいかない」
「もちろん一緒に来てくれればうれしいのだけど、私たちの父さんを探すということに、これ以上二人を巻き込むわけにはいかないと思うの」
メルルも続いた。それはここまで来る間に、ファルメルの上で二人が話して決めた結論だった。
しばらくの沈黙が流れた。ケネスが沈黙を破った。
「何言っているんだ水臭い。俺はもうお前らの家族同然だと思っているんだぞ。それともそう思っていたのは俺だけなのか」
「そんなことないよ。ケネスさんにはいつもすごく助けられたし、家族のように親しく感じているよ。でも、だから危険な目に合わせたくないんだよ」ファブリスは言った。
「俺は、お前たちが一人前になるまで面倒を見てやると言ったんだ。俺から言わせたら、お前らはまだまだ半人前だ。危なっかしくて、とてもお前たち二人だけでなんて行かせられねえよ」
「私は二人と一緒に行くわ。どうせ、カディスには居場所がないんだし。それに戦闘艇乗りが危険を恐れてどうするの。あなたたちが来るなって言ったって、私は勝手についていくんだから。あなたたちが前にやったようにね」
ニナはいたずらっぽい表情を浮かべてウインクした。
「ニナ、ありがとう」メルルは涙ぐんだ。
「もちろん俺もだ。消えた天才科学者とそれを追う保安局。面白いじゃねえか。こんなわくわくすることテルビナじゃ一生かかっても出会えねえよ。俺が邪魔だというならこのままテルビナに帰るが、少しでも役に立つと思ってくれているのなら、一緒に行きてえな」
「ケネスさん。邪魔なんて思ってないよ。一緒に来てくれるならとっても心強いよ」メルルは涙を流しながら笑顔で言った。
「なら決まりだな。これからもこの四人で宇宙に行こう」ケネスが言った。
「みんなありがとう。本当に感謝します。僕はまだまだ未熟なのでこれからも力を貸してください」
ファブリスは頭を下げた。
「なに船長が情けないこと言っているんだ。もっと景気のいいことは言えないのか」
ケネスは少し湿り気ぎみになった自分の気持ちを抑えるようにそう言った。
「そうね。新しい旅立ちにふさわしい掛け声とかないの」
ニナもそんなケネスと同じような気持ちを抱えながら続いた。
「掛け声か……」
ファブリスは考えながら空を見上げた。
空には一面に星が輝いていた。そこから見える星座の形はテルビナで見上げたものとは異なっていたが、無限に続くような星の世界は同じように広がっていた。
ファブリスは視線を戻した。そして、メルル、ケネス、ニナを見つめた。メルルは涙目に笑顔を浮かべて、ケネスはここは決めろよという期待を込めて、ニナはいつもの冷静な表情に少し笑顔を漂わせて、それぞれにファブリスのことを見ていた。仲間の視線を受けたファブリスは確信した。
(この仲間とだったらどこまでも行ける)
そして、ファブリスは心に浮かんだ思いをそのまま言葉にした。
「まだまだいろいろな星を見てみたいし、商売もどんどん大きくしていきたい。父さんを探す過程で危険なこともあるかもしれないけど、みんなとならきっと乗り越えていけると信じている。もう一度、あの宇宙の辿り着くところまで、あの宇宙を越えて行きたい。みんな僕についてきてくれ」
その言葉の後、三人の声が揃って星空の下に響く。
「おーっ!!!」
ここまで読んでいただきましてありがとうございます。
とりあえず第一編完です。
まだまだ話は続きますが、しばらくしたらまた投稿を再開したいと思います。
よろしくお願いします。




