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次にドアが開かれたのは一時間ほど経ってのことだった。その時、二人はベッドに横になっていた。相変わらずの黒スーツがサンドイッチと飲み物を持ってきた。
ファブリスは入ってきた男に気がついて目が覚め、眠い目をこすりながら、ゆっくりと食べ物を受け取る、そんなそぶりをしながら、腕時計を男に向けた。そしてすばやく、時計の下についているボタンを押した。すると男に向かってポインター光線が照射された。
男は自分のスーツの胸に赤い光が灯ったことに気がついた。しかし、一瞬ではそれが何なのかには気がつかなかった。
ファブリスはポインターが男の胸を捉えたのを見ると、すばやく時計の上のボタンを押した。
レーザーが発射された。発射の音はなく、ただ、じりっと物が焼ける音がした。レーザーは男の胸を斜めに走り、さらに壁にも当たった。レーザーが当たった壁には穴が開いた。辺りに焦げくさいにおいが漂った。男は「ぐっ」と短いうめき声をあげると、前に倒れてそのまま動かなくなった。
ファブリスに相手を殺すということに全く戸惑いがなかったかといえば嘘になる。しかし、こいつらはメルルや仲間や父に危害を加えるかもしれないやつらなのだからと、自分に言い聞かせた。
ファブリスは倒れた男にすばやく近づくと、しゃがんで、男の身体の下に手を伸ばし、胸を探った。手にどろっとした赤黒いものがついたが構ってはいられない。そして、銃を探り当てると、スーツの下から抜き取った。
ファブリスは立ち上がると、すぐにドアに向かった。そして勢いよくドアを開け、外に飛び出た。廊下にはだれもいなかった。しかし、部屋には監視カメラがあるため、ゆっくりとはしていられなかった。
「メルル、行くよ」
ファブリスはいったん部屋に戻ると、メルルの手を取った。メルルは倒れた男を見て青ざめていたが、ファブリスを見ると黙ってうなずいた。
二人は廊下に飛び出すと、部屋の左側の方にあったエレベーターホールに向かって廊下を走った。
しかし、二人が二、三歩駆けたとき、エレベーターホールの手前にあるドアが開かれた。そして、そこから黒スーツの男が出てきた。
ファブリスとメルルは走るのを止め、すぐに後ろに引き返した。向きを変える際に、部屋から出てきた男が三人であること、そしていずれもが銃を持っていることが見えた。
ファブリスたちは男たちから遠ざかるため、逆方向に走り出した。監禁されていた部屋の前を通り、さらに前へと進む。そっちに下へ降りる手段があるかは分からなかったが、他に選択肢はなかった。
廊下の突き当たりには壁一面に広がる大きな窓があった。窓の外には夜の世界が広がっていた。さらに、そこから右へ伸びる通路が見えた。二人は突き当たりまで走り、躊躇せずに右に曲がった。
しかし、その先は行き止まりであった。八メートルほどの廊下が続き、その先は壁になっていた。廊下には右側にドアが一つあるだけで、エレベーターも階段らしきものも見当たらなかった。ファブリスは唯一の希望であるドアのノブに手をかけ、押したり引いたりしたが、スチール製のドアは全く動かなかった。
「お兄ちゃん……」
メルルが不安そうにファブリスを見る。
ファブリスは覚悟を決めた。体勢を低くし、やってきた方向に向けて、奪った銃を構えた。銃をメルルに渡し、自分は腕時計のレーザーで戦うことも考えたが、メルルが銃を持っていたら、相手に撃たれる可能性が高いことを考えると、とても渡す気にはならなかった。
相手はおそらくこの手の仕事に関してはプロであり、それに三人もいる。とても勝てるとは思えなかった。だが、降伏する気も再び捕えられる気もなかった。ファブリスはメルルに向かって言った。
「やれるだけやってみる。やられるかもしれない。でも、あいつらは人質が必要なんだ。メルルは手を出さなければ危害を加えられることはないと思うから、抵抗しちゃだめだよ」
「そんなのだめだよ。私も戦う。お兄ちゃん一人だけ危険な目に合わせられないよ」
メルルの言葉は叫びにも近かったが、もはやそれに対応している時間はなかった。
男たちの足音が迫ってくる。逃げ場がないと分かっているのだろう。走ることもなく落ち着いたものだった。足音がいよいよ近くなってきて、廊下の角から一人の姿が現れた。ファブリスは銃を構えて狙いを定めた。男たちも銃を手にした手をすでに胸の高さに構えていた。男たちが右に進路を変えようとした。
その時だった。
壁一面に張られている窓から、突然まぶしい光がさしこんだ。ファブリスたちも黒スーツたちも一瞬何が起こったのか分からなかった。
ファブリスは、その光の発生源を見た。逆光なのではっきりとは見えなかったが、かろうじて視認できたそのシルエットは、ファブリスがよく知っている姿だった。
「戦闘艇だ」
黒スーツたちも突然の外からの光に戸惑ったが、すぐに気を取り直すと、一様に銃を窓の外に向けた。その一瞬後だった。
轟音が鳴り響いた。それは鼓膜が破れるかと思うほどのすさまじいものだった。
戦闘艇の機銃が火を噴いた。ガラスが砕け散る音がそれに続く。辺り一面にガラスが飛び交う中、ファブリスはメルルの頭を抱きかかえ、覆いかぶさるように身を低くした。
やがて、轟音が止まった。
ファブリスが顔を上げてみると、黒スーツたちは三人とも倒れていた。辺りには砕け散ったガラスの破片が散乱し、壁と床には黒く焦げたような穴が無数に空いていた。
窓から外を見てみると、そこには戦闘艇が浮かんでいた。ライトは向きが変えられていて、操縦席に座る人物の顔がはっきりと見えた。
「ニナ!!」
ファブリスとメルルの声が同時に響いた。ニナは手を振り、そして指で下を指すと、そのまま垂直に上昇していった。続いて、下の方からは輸送艦が上昇してきた。それは見間違いようもないファルメルの姿だった。スピーカーから声が響く。
「お二人さん。兄妹水入らずのところ申し訳ないが、あまりゆっくりもしていられないので、急いでファルメルの背中に飛び乗ってほしい」
ケネスの声だった。いったん窓の高さまで上昇したファルメルだったが、窓の下のところに機体の上部がくるまで高度を下げた。
「行こうメルル」
「うん!」
ファルメルは最大限ビルまで接近していたが、それでも機体と窓との距離は一メートルくらい離れていた。ビルの窓ガラスは機銃によってきれいに破壊されていた。
まず、ファブリスが窓からファルメルめがけてジャンプした。ややふらつきながらも、無事着地した。続いてメルルだった。メルルは窓からの高さに不安そうな表情を浮かべたが、心を決めると思いきってジャンプした。
ファルメルに届いた。しかし、着地のバランスを崩して、大きく後ろによろけそうになった。しかし、ファブリスがしっかりとその腕をつかんで引き寄せた。
二人が乗ったことを確認すると、ファルメルは慎重に転回して上昇を始めた。
少し離れたところで機銃の音が響いていた。見ると、ニナの戦闘艇が、泊めてあった保安局の飛空艇や車を機銃掃射しているところであった。そこにあった移動手段のすべてが破壊された。
ファルメルは十分に高度をとると、前方に進みだした。その辺一体には緑地が多くあり、建物が点在していた。そして少し前方には、超高層ビルや飛空艇の光が夜の闇を昼のように照らす巨大な街が広がっていた。ファルメルと戦闘艇は、その光の方向に向かってまっすぐに飛んでいった。




