6-3
喫茶店を出たファブリスとメルルは、通りを黙って歩いていた。いろいろなことをいっぺんに聞いて、様々な感情が巻き起こっており、表現がまとまらない状態だった。結局父の行方が分からない状態は相変わらずだったが、父が無事であること、そして決して自分たち家族を捨てたわけではなかったことを確信して、安堵する気持ちが強かった。
辺りはもう夕陽に包まれていて、影が長く延びていた。気候は相変わらず穏やかでほとんど風もなかった。
沈黙を破ってメルルが口を開いた。
「ねえ、お兄ちゃん。これからどうしよう?」
「僕もそれを考えていたんだ。今日のマルサスさんとの話で父さんに一歩近づいたような気がした。このまま旅を続けていろいろな人の話を聞いていけば、もっと父さんとの距離が縮まって、いつか会えそうな気がするんだ」
「うん。私もそう思う」
「だから、もう少しこの旅を続けてみたい。宇宙の中心地に近づいていったら、何かつかめる気がする」
「私ももちろん一緒にいくよ」
「ありがとうメルル。でも、ケネスさんはディダまでは一緒に来てくれるという話だったから、これ以上はさすがに無理を言えない。ダンカンさんもケネスさんがずっといないと、工場が大変だと思うし。ニナはどうだろう。まだ、一緒に来てくれるかな」
「ニナもいつまでも私たちの都合で振り回してはいけない気がする。ディダでならパイロットの働き口もいっぱいあると思うし、パイロットじゃなくてもニナくらいきれいだったら、モデルさんとかにもなれるような気がする」
メルルの言葉を聞いて、ファブリスはふと気がついた。
「もしかして、あの服はそのために選んだのか?」
「あんなことで今までの恩返しになるとは思えないけどね」
メルルは小さく笑った。
ファブリスは今日のメルルの行動が理解できたような気がした。そしていつもよりはしゃいでいたわけも。
「とにかくこちらの考えを正直に話してみよう。あとは二人に決めてもらうしかない」
「そうだね」
二人は夕陽とは反対の方向に向かっていた。そちらにはシャトルライナーの駅があり、その駅からライナーに乗れば、ケネスとニナが待っている場所に辿り着けるはずだった。
二人の足元に、長い影が伸びてきたことに気がつかなかった。影は三つあった。だんだんとその影は大きくなり、やがてファブリスとメルルの影と並んだ。
ファブリスが人の気配を感じたのは、すぐ後ろに迫ってからだった。
「動くな」
ファブリスとメルルの間で囁く声がした。それは今まで聞いたことのない、心を凍りつかせるような低く冷たい声だった。
二人は立ち止まった。
「黙って一緒に来てもらう」
ファブリスの背中に何かが突き付けられていた。ファブリスは顔をなるべく動かさず目だけで周囲を伺った。ファブリスとメルルの後ろに一人ずつ黒いスーツを着た大柄な男がいて、さらに別にもう一人いることを認識した。ファブリスはそっと手を懐の銃に伸ばそうとした。
「変なことをするな。二つの名もなき死体として道に転がることになりたくなければな」
ファブリスは手を懐から離し手を上げた。
「分かった。言うとおりにする」
二人は黒い乗用車に押し込まれた。車は縦に長く、座席は三列に分かれており、二人は二列目に座らされ、一列目と三列目には黒いスーツの男が二人ずつ配置されていた。
「どこに連れて行く気だ」
ファブリスは前の男に向かって言った。その答えは後ろから返ってきた。
「黙れ」
その声は先程ファブリスに囁いた冷たい声だった。
窓ガラスにはスモークが張られ外の様子を見ることはできなかった。懐の銃と荷物は男たちによって回収されていた。隣のメルルは俯いて、膝の上の手が震えていた。ファブリスはその手に自分の手を重ねた。
「大丈夫だから」
ファブリスの囁きにメルルは黙ってうなずいた。そして手を強く握り返してきた。




