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オープンユニバース  作者: ペタ
第6章 惑星ディダ
22/43

6-2

その日の午後、一行は喫茶店に寄った。結局、ファブリスとケネスも服を買わざるを得ないことになった。なるべく早く安いものを購入しようとしたが、それではメルルが許してはくれず、結局メルルが満足するまで何件も店を周ることになった。慣れない人ごみを歩いて、ファブリスはもちろん、ケネスとニナも、さらには元気いっぱいだったメルルも少し疲れた様子だった。

「どうする? アカデミーに行くのは明日でもいいんじゃないか」ケネスがコーヒーをすすりながら言った。

「いや、先延ばしにしてもしょうがない。これから行くよ」ファブリスは言った。横でメルルも強くうなずく。

「分かった。行き方は分かるな」

「うん、途中で路線も確認したし。ここからならシャトルライナーですぐだよね」そう言ってファブリスとメルルは立ち上がる。

「本当に二人で大丈夫か?」

「ありがとう。でもこれは僕たちの問題だから」

 ファブリスとメルルの表情を見て、ケネスは二人の決心が固いことを確認した。

「分かった。ではこれを持っていけ」

ケネスが差し出したのは銃だった。

「こんなのいらないよ」

ファブリスは慌てて断る。

「いいから持っていけ。この街はテルビナとは違って危険がいっぱいだ。人がいっぱいいる所はいいが、ひとつ路地にでも入れば、そこには筋のよくない連中がうろついていたりする。

「でも……」

「いいから持っていけ。メルルの身に何かあったらどうやって守るんだ」

その言葉を聞いたファブリスはメルルを横目で見ると、やがてうなずいた。

「分かった。持っていくよ。でも使わないと思うよ」

「もちろんそれで済むならその方がいいさ」

「それで二人はこれからどうするの?」メルルが聞いた。するとケネスとニナは急に慌てだした。

「いや、俺はその、いつもお前たちと一緒だったからなかなか行けなかったが、今日くらいは一人でパブにでも行って飲んでくるさ」

「わたしは、うん、久しぶりの街だから、戦闘艇のパーツとかを見て周るつもりよ」

「やっぱ二人ともなんか怪しい」

メルルがじと~っと二人を見る。

「怪しくなんかないさ。なあ」ケネスが言った。

「もちろんそうよ。ねえ」ニナも続いた。

「メルル、もう行こう。あまり邪魔をしちゃいけないし」ファブリスがメルルを促す。

「そうだね。ごめんね」メルルが笑いながら軽く頭を下げる。

「ちょっと待って。邪魔って何よ。その誤解だけはやめてちょうだい」ニナは慌てて言った。

「まあ、二人のことがばれちゃったなら仕方がないじゃないか。ニナ」

ケネスはニナの肩に手を回す。しかし、ニナはすぐにその手を払った。

「ケネスまで何言うのよ。本当に違うんだって」

 ファブリスとメルルは笑いながら手を振って喫茶店を出て行った。



 シャトルライナーに乗り三つ目の駅が目的地だった。その辺りは宇宙港周辺や繁華街とは異なり、研究機関などが立ち並ぶエリアである。建物と建物の間の間隔が広く、また、人通りもそんなに多くなかった。

アカデミーはその建物が駅から見えるほどすぐ近くだった。少し高めの塀に囲まれた敷地内には、三つの中層のビルがあり、その周りには木々が並んでいた。新しくはないが手入れが行き届いている石造りの外観は、少し重々しい印象を与えた。ファブリスとメルルがアカデミーの正門に近づいてみると、様子がおかしいことに気がついた。

 アカデミーの正門は閉じられており、その前には何百人もの人垣ができていた。人々の中にはプラカードや文字が書かれた横断幕を持っている人もおり、何かのデモのようだった。人垣に相対するように、正門の中には何十人もの警備員が並び、デモ隊に対して無言の威圧を与えていた。デモ隊が拡声器でアカデミーに向かって叫んだ。

「アカデミーは情報を公開しろ。首都星消失の責任を認めろ。何十億人もの命を返せ」

呼び掛けの声の後には大勢のシュプレヒコールが続いた。デモ隊の中にはかなり殺気だっている人もいて、少なくとも冷やかし半分に参加しているような人は皆無のようだ。

 メルルはその様子を見て不安そうな表情を浮かべた。ファブリスも同様だった。父が所属していたアカデミーが、首都星消失の責任を問われている光景はショックだった。

 ファブリスは正門の周囲をもう一度確認した。しかし、警備員も相当な覚悟で警備に臨んでいるようで、正面突破で中に入るのはとても無理なようだった。

 しばらくデモも収まりそうにない。仕方なく、ファブリスとメルルはその場を離れて、建物の横から塀に沿って裏に回り込んでみた。裏には小さな出入り口があり、デモ隊はいなかったが警備員が三人立っていた。

無理だとは思いつつ、ファブリスとメルルは出入り口に近づいていった。警備員の視線が二人に向けられる。

ファブリスは緊張しながら警備員に声をかける。

「すみません。アカデミーの中に入りたいのですが」

「身分証を提示してください」警備員は機械的に言った。その目はあからさまに警戒しているように見える。

「僕たちはアカデミーの関係者ではありませんが、理由があって職員の方と話がしたいのです」

「どなたと話したいのですか。職員の部署と名前が分かればこちらから連絡しますが」

「いえ、そういうのではなく、聞きたいことがあるのです」

「そういう問い合わせは受け付けておりません。お帰りください」警備員の語気が強まった。

「お願いですから、中の人に、話ができないかだけでも聞いてみてはいただけませんか」

「お引き取りください」

有無を許さぬ様子だった。そのやり取りをみていた他の警備員たちも周りに集まってきた。あまりいい雰囲気ではない。

 その時、男が通りかかった。アカデミーの関係者と思われるその男は身分証を提示した。警備員が道を開ける。男は門を抜け、敷地内に入ろうとした。ファブリスはそれを見逃さなかった。

「すみません。待ってください。職員の方ですよね。僕達はギル、ギル=ノマークのことを聞きたいんです」

 職員は驚いたようにファブリスの方を見たが、警備員は職員を守るように取り囲み、敷地の中に誘導した。

「お前らいい加減にしろ。こっちがおとなしくしているのにも限界があるぞ」

警備員が詰め寄ってきた。形勢が悪いと思い、ファブリスはメルルの手をつかむと早足でその場を立ち去った。


「ああ、怖かった」

メルルは息を吐いた。アカデミーから一ブロック離れたその場所には大学があった。二人は後ろを振り返ることなく、大学の前の通りまで辿り着いた。ファブリスの息も少し切れている。

「ごめん、怖い思いをさせて」

「お兄ちゃんのせいじゃないよ。あの警備の人たちがピリピリしていたのって、きっとデモのせいだと思う」

「そうだな」

確かにそれはあると思うが、しかし、デモがなかったらすんなり中に入れてくれるかと言えばそうとも思えない。どうしたら職員の人と話ができるか。アカデミーまで行けば何とかなると思っていたが、少し作戦が必要なようだ。

 ファブリスが思案を巡らしているときであった。

「ちょっと君たち」

少し離れたところから二人に呼び掛ける声があった。警備員がここまで追いかけてきたのかと思い、二人に緊張が走った。しかし、声の方を見てみると、警備員ではなく、先程裏口から中に入っていったはずの職員が、息を切らせながら近づいてきた。

「君たち、さっきギル=ノマークって言ったけど、何でその人のこと知りたいの?」男は言った。

年齢は三十歳前後といったところだろうか。童顔なので実際の年はもっと上かもしれない。ラフな格好をしているが、知的な感じで研究者か何かのように思えた。

「ギル=ノマークを御存じなのですか?」ファブリスは慎重に答えた。

「ああ、知っているよ。以前、同じ職場でお世話になったこともある。それよりも君たち、もしかして、ギルさんの子供じゃないか?」

 ファブリスとメルルは驚いた。

「なぜ、そう思うのですか?」

あくまでも直接的には答えないファブリスの問いかけに男は苦笑した。

「君たち行動は大胆だけど、発言は慎重だね。まあ、大切なことだけどね。あれは一月くらい前だったと思うけど、ギルさんがディダに来た時に会ったんだ。その時にギルさんが持っていた家族の写真を見たんだよ。ギルさんと奥さん、そして二人の兄妹が写っていた。確か五年前くらい前の写真ってことだったから、だいぶ今とは変わってしまっているけど、顔の特徴はそのままだし、赤毛の印象が強くてね。だからもしかしたらと思ったんだ」

「一月前に会ったのですか!」ファブリスの口調は強くなった。それを見て、男は真剣な表情になった。

「そのとおりだけど、君も質問に答えてくれないか。僕は何かを隠すつもりはないのだけど、君たちの答え次第で話の前提が変わってくるからね。もう一度聞くけど、君たちはギルさんの子供たちなんですか?」

 ファブリスはメルルの方を見た。メルルはうなずいた。

「僕はギルの息子ファブリスで、こっちは妹のメルルです」ファブリスは正直に話した。

「やっぱりそうか。それでお父さんのことを聞きたいということだね。なるほど……」

 そう言うと男は周囲に目を走らせた。それほど多くはないとはいえ、周りには人の往来もあった。

「少し場所を変えようか」


 三人は近くにある喫茶店に向かった。階段を降りたところにあるその店にはあまり客もいなかったが、念のため場所は店の隅の方に陣取った。飲み物の注文をし、それが運ばれてくるまでは会話がなかったが、店員が飲み物を置いて離れると、ファブリスは男に詰め寄った。

「父さんの居場所をご存じなんですか?」

「直球な質問だね」男は苦笑した。「結論から言えば、僕もギルさんの今の居場所は知らない。前にギルさんに会ったときは、別の宙域からこのディダに立ち寄ったということだった。そのまままた別の宙域に飛ぶ予定だったと思う。おそらくアカデミーの人間も誰一人ギルさんの居場所は知らないと思うよ」

「そうですか」

ファブリスは、以前ケネスが見たのが父だったことが確かであることを喜ぶ気持ちとともに、父の居場所が分かるのではという期待が外れた気持ちが交差し、複雑な思いだった。

「ところで名乗ってもいいかな。僕はアカデミー第三物理研究科のマルサスです」

 その後、マルサスの口から第三物理研究科の研究内容などについて説明がされたが、ファブリスはほとんど聞いていなかった。

「父さんは今何をやっているんですか?」

マルサスの説明がひと段落すると、ファブリスは聞いた。マルサスはファブリスそしてメルルの顔を見て軽く息をつくと口を開いた。

「これは君たちにとっては少しつらい話になるかもしれないけど聞いてほしい。五年前の首都星消失事件。あれは量子力学に基づいたブラックホール生成によるものであるという説が有力なんだ。それだけでは説明できないこともいろいろあって、また、それ以外の要因もあるのだけど、主原因としては間違いないと思っている。そしてギルさんはその分野の研究では第一人者だった。あれだけの現象を引き起こせるのはあの人の研究しかないと思っている」

 ファブリスは絶句した。父が首都星消失に関わっているということはあまりに衝撃的であった。首都星とその周りの星には三十億もの人がいて、その人たちの生き死ににも関わることである。メルルは半泣きの状態になっている。

「父が首都星消失を起こしたというのですか」ファブリスは聞いた。

「そうは言っていない。ギルさんの研究の目的は、あくまでブラックホールを生成して、そこから無限大のエネルギーを取り出すというものだった。だけど、ギルさんは十二年前に突然研究をやめ、それまでの研究データなどすべてを破棄して、アカデミーも突然やめてしまったんだ。その後は行方をくらまして誰も連絡がとれない状態だった。でも、君たち家族と一緒に暮らしていたんだね。首都星消失のような大掛かりなことを行うには当然準備期間が何年もかかるだろう。その期間、ギルさんは首都星から遥か離れた惑星で家族と一緒にいたのだから、直接的に首都星消失に関わっていたとは考えにくいと思うよ」

「お父さんがそんなことするわけないよ!」

メルルは涙声で言った。そんなメルルの様子をみて、マルサスはやさしく微笑んだ。

「それでも首都星が消失したのは、父の研究が悪用されたのですか」ファブリスは聞いた。

「残念ながら、その可能性が大きいと思う。ギルさんは、自分がやってきた研究が、その後も行われているということを察知して、それを止めるためにいろいろ探っていたようだった。僕もその後の研究の情報については何も知らなかった。アカデミーは公式には研究をやめたと言っている。上の方が極秘裏に研究を続けていたという可能性は否定できないけど、何らかの形でギルさんの研究が外に漏れて、アカデミーとは別の何者かが研究を行ったという可能性もある。ギルさんはそうしたことも含めて責任を感じて、今でも宇宙を飛び回り調査を行っている。たぶんディダに立ち寄った後は、首都星の方に向かったんじゃないかと思う」

「そうですか……。父はそのことを調べるために……」

ファブリスは父の突然の失踪の理由を理解し、複雑な思いだった。メルルの表情も硬い。マルサスはそんなファブリスたちの様子を見て言葉を続けた。

「事が事だけに家族にも明かせなかったのではないかと思う。ギルさんはある時、自分の研究が途方もない結果をもたらす可能性に気がついて、出来る限りの研究成果を消そうとしたんだ。これは研究者としてはとても勇気のいることなんだよ。何年、何十年も人生をささげて研究してきたことを無に帰そうというのだから。実際にアカデミックな研究が軍事転用されることはよくあるけど、良心的な研究者でもそれは仕方がないこととして結果に目を背けている。

僕はそのことをギルさんに聞いたことがあるんだ。なぜギルさんだけがそんなに責任を感じているのかと。そしたらギルさんはこう言ったんだ。『手前勝手な考えだが、自分の研究が結果としてあの子たちに害を及ぼすことになるかもしれないと思うと、急にいたたまれなくなってな』と」

 ファブリスはメルルと顔を合わせた。それが自分たちのことであると思い、お互い言葉が見つからなかった。マルサスはさらに言葉を続けた。

「それともう一つ伝えておきたいのは、ギルさんがいつも家族のことを思っていたのは間違いないということだよ。ギルさんはいつも家族の写真を持ち歩いていた。十二年前まで一緒に働いていたころもそうだったし、一月前に会った時もそうだった。その時はかなり状況が切迫しているらしく、ギルさんはかなり張りつめていた感じだったけど、唯一、家族の話をするときだけは、穏やかな目をしていたよ。息子も娘もほんとうにいい子に育ってくれているとしみじみ語っていたよ」

 ファブリスはその言葉に父の様子を思い出した。父はいつも優しい目でファブリスとメルルのことを見守ってくれていた。

 マルサスとの話はそれで終わった。

「分かりました。ありがとうございました」ファブリスは立ち上がって礼を言った。メルルもそれに続いた。

「いや、礼なんていいよ。さっき言った通り僕はギルさんには昔すごくお世話になったからね。多少でも恩返しになればこっちもうれしいよ」


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