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第六章 惑星ディダ
ファルメルはダーニアを後にすると、ついに目的地である主星ディダに向かった。ディダまでは二十八時間の航行である。
まだ、ディダの姿は見えないが、ディダが周回する恒星ソーニャの姿ははっきりと見えた。テルビナからは、ソーニャを中心とする恒星からなるY字の形のディダリオ座が見えた。テルビナに限らず、第四十七宙域の惑星は、恒星ソーニャを中心としてY字を形づくる星々をディダリオ座と呼んでいる。
今ではディダと呼ばれていて主星ともなっているが、その星がまだ未開だった頃、仲間とともにその星を目指し、開拓したのがディダリオだった。四十年が過ぎ、少しずつ開発が進んで入植も増えてきた頃、海賊が襲来した。海賊はその星の指導者であったディダリオを捕えたが、脱出を図り、再び捕えられ人質になることを嫌い、ついには建物から身を投げた。ディダリオのその姿を見て、星の住民は立ち上がり、ついには海賊を追い払った。
ディダリオが身を投げる直前、建物の屋上で、両手を斜め上に掲げ、天を仰いだ姿から、その形の星座がディダリオ座と呼ばれている。その惑星はディダリオの名からディダと命名され、惑星を照らす恒星は、ディダリオとともにこの星の開発に生涯を捧げたその妻、ソーニャから名付けられた。それは第四十七宙域で育った者ならだれでも知っている話だった。
ソーニャに近づくにつれ、テルビナから見えた星座を構成していた星たちが遠くに広がり、もはやそれは星座とは言えるものではなかった。
「ずいぶんとテルビナから離れちゃったんだね」
ファブリスの横で同じように外を見ていたメルルがつぶやいた。
だが、メルルの言葉とは異なり、ファブリスは前を向き、目指すべき方向をしっかりと見据えていた。
「うん。ディダまであともう少しだ」
あと一回ワープゲートをくぐれば、そこが目指すべき星であった。
ダーニアの市場では、特産である巨大な木からとれるコハク、巨大なミツバチから取れる特製のはちみつを十単位ずつ、そして巨鳥の羽を詰めるだけ購入した。コハクとはちみつは大量に採れるものではないので、購入できる最大量を買い、残りを巨鳥の羽に充てた。全部買うのに六百万リール程使った。もう少し巨鳥の羽を買いたかったが、貨物室のスペースいっぱいになってしまったので断念した。
宇宙に出た後もファブリスは通信回線による情報を収集し、ディダでの商品の値動きを常に注目している。ダーニアの商品は特殊なもので、どこの星でも高値で売れる。ディダにおける売却価格は、購入した時点では十八%程度の利益が見込めそうであったが、その後も大きな変動はない。
出発して十時間ほど経ったころである。その時、ファブリスはラウンジでモニターを見て商品の値動きに注目していた。その横ではメルルが帳簿のチェックをしていた。操縦席にはケネスが座り、ニナは寝室にいた。
モニターの画面が突然、緊急速報に切り替わった。
「メルル」
ファブリスはメルルに声をかけた。メルルはモニターが見える位置まで移動し、黙って見つめる。ケネスも操縦席でサブモニターに目を移していた。
前回からおよそ六時間ぶりの海賊艦隊に関する報道であった。前の報道では、アレス艦隊とレイシア艦隊がテルビナの近くでにらみ合うように停止し、そのまま動かないという情報だった。それ以降、ファブリスたちは気が気ではなかったが、その後の情報は何も送られては来なかった。状況は刻一刻と変化しているであろうに、断片的にしか報道がされないのは、どこかで情報統制が行われているからとしか思えなかった。
そしてついに待ちに待った最新の情報である。皆、固唾をのんで見守る。
モニター画面に現れた男のアナウンサーは言った。
「第四十七宙域惑星テルビナ近郊で停止していたアレス、レイシアの両艦隊ですが、両者にらみ合う状態がしばらく続いていましたが、先程新たな動きがありました。まず、レイシア艦隊が移動を開始し、テルビナから離れていったとのことです。そしてその少し後、アレス艦隊が別の方向へ去って行きました。両艦隊の移動方向はいずれもディダ方面ではなく、別の宙域に向かった可能性が強いとのことです。惑星テルビナを始め周辺の星には被害はないとのことです。なお、アレス艦隊が停止中、テルビナに向かって輸送艦とみられる艦艇を複数送ったという情報もありますが、現在のところ確認中です」
「よかった」ファブリスが安堵の声を上げた。
「みんな無事なんだよね」メルルが言った。
「よっしゃー」ケネスの声が操縦席から聞こえた。
とりあえずテルビナの危機は回避されたようだ。モニター画面上では、その後も両艦隊の動きについて様々な憶測に関する放送が続いているが、もはやそんなことはどうでもよかった。テルビナのみんなが無事であるということだけでファブリスは満足だった。
その後、ケネスからファブリスに操縦が代わった。メルルも操縦を覚えたいということだったので、途中でメルルにも操縦管を握らせた。寝室からラウンジに出てきていたニナも退屈しのぎとばかりにメルルに操縦の指南を行った。
そんなこんなで航行は順調に続いた。ディダに近づくにつれ、すれ違う艦も多くなってきた。艦のいくつかはファルメルにあいさつの通信を送り、それを受けたファブリスたちも挨拶を返した。
そして、ついにディダを視界に捉えた。それは青く輝く星だった。
(ついにこの星に辿り着いた)
ファブリスは少し緊張しながら、艦を下りた。ファルメルは無事宇宙港に着陸した。ディダの宇宙港は今までの星よりもはるかに大きな規模で、大型艦から小型艦まで何百もの艦が泊まっていた。
ファブリスとメルルは街の風景を見て、今までの星とはケタ違いのスケールに圧倒された。
ファルメルの窓から見下ろしたディダは、街がはるか遠くまで続いていた。街が途切れる境界が見えなかった。そして今、地上から見ても、見渡す限りどこまでも続く巨大な街であった。雲を突き抜けるような高層ビルが数限りなく立ち並び、その間を縫うように空には飛空艇が縦横無尽に飛び交っていた。街を横切るメインストリートには人があふれ、ファッション雑誌に出てきそうなカラフルな色の服を着た人たちが、ひっきりなしに行き交っていた。
喧騒がいたるところにあふれていた。空には青空が広がり、恒星ソーニャから放たれる光はそれほど強いものではなかったが、暖かく快適な気温だった。
ケネスとニナは街の様子を見ても特に驚いた様子もなかったが、ファブリスとメルルはその街の大きさと人の多さに圧倒され、舞い上がり、完全におのぼりさん状態だった。
「お兄ちゃん、わ、私たち田舎者だよね」
「そ、そうかもな。あまりきょろきょろするなよ」
二人は寄り添いながら、目線だけで周囲の様子を見ていた。
「やめんか。すげー怪しいぞ」
ケネスが二人の様子を見て言った。ニナの視線も心なしか冷たい。
一行はまず宇宙港の隣の市場に向かった。市場も今までの星とは違い、超高層のインテリジェントビルの下層階にあり、その規模も雰囲気も今までのそれとは違っていた。
そこではほとんどの人がスーツを着て、通信をしながら、商品の売り買いを行っていた。ファブリスは自分たちが場違いなのではという思いを感じながらも、商品が表示されている電光掲示板を見た。今までの星では電光掲示板は一枚であったが、ディダでは何枚も連なっていた。表示される商品の数も多かったが、それ以上に異なっていたのは、他の宙域にある星の商品の値段までもが表示されていることであった。
ディダは第四十七宙域の主星であり、大ワープが可能なワープゲートを通じて、他の宙域に向かうこともできる。このため、宙域内の星だけでなく、他宙域の主星での取引価格も表示されていた。
ファブリスはそれを見て、主星までやってきたのだという思いを強くした。そして真っ先に行ったのは、ダーニアで買った商品をすべて売るという注文だった。購入した時に確認した売値に比べると多少値下がりしていたが、それでも平均で十六%程度、約百万リールの利益を獲得できた。
ファブリスはだんだん商売のコツがつかめてきたように思えた。そしてそれを面白いと感じるようになってきていた。
次に商品を買うという視点で電子掲示板を眺めた。ディダで売られている商品は何百種類もあり、選ぶのも一苦労である。次の目的地も定まっていないこともあり、とりあえずその場では何も買わなかった。
市場の外に出ると、相変わらずの人の多さだった。普段そんな人ごみを見たこともないファブリスとメルルは、通りの人の流れにのるのも一苦労だった。ダンカンに言われていたアカデミーの場所は事前に地図で確認していたが、歩いていくには少し遠くて、かと言ってどうやって行けばいいかも分からなかった。ファルメルで直接乗りつけようかとも考えたが、近くには輸送艦を泊めるスペースもないとのことである。
「アカデミーに行く前に、少し街を周ってこの星に慣れた方がいいんじゃない?」ニナが言った。
「そうだな。それじゃあ案内してやろうか」ケネスも応じる。
「よろしくお願いします」ファブリスとメルルは声をそろえて言った。
街の移動方法は複数あるが、主な手段としては車かシャトルライナーか飛空艇となる。その中で、安くて街の様子も見られるということで、シャトルライナーで移動することにした。シャトルライナーは街をつなぐ無人の高速列車である。見るのも初めてのファブリスとメルルにとっては、チケットを買うのも緊張しながらであった。
「すご~い!」
メルルは車窓から外を見て、今日何度目か分からない言葉を発した。その横ではファブリスも同じ表情を浮かべている。シャトルライナーはビルに張り巡らされたチューブを高速で移動している。街は何処まで行っても果てがなく、立ち並ぶビル、乗り物と人の流れは途切れることなく続いていた。ライナーの窓から、ビルの壁に映写された立体映像による動くCMや、ライナーを追い越す最新の飛空艇が見えると、その都度二人は歓声を上げた。
「ある意味羨ましくはあるな」
ケネスは隣に座っているニナに言った。
「まったくね」
ニナも二人の様子を見ながら少し笑った。
やがてライナーが駅に止まった。一行はそこで下りた。買い物がしたいというメルルの要望に応じて降りたその駅は、ディダにいくつかある繁華街の一つある。あまり高層のビルはないが、メインストリートを挟んで並ぶ建物には、最新のファッションの店や飲食店が入り、広い通りを覆い尽くす人が流れていた。
「すご~い! あれもこれもどれも服の店よね。みんなどこで買えばいいのかどうやって決めるのかな?」
「あれもこれもおいしそうで、とても選べないよ」
ファブリスとメルルは目を輝かせて、あちこちの店の前に行ってはショーウィンドーを覗きこんでいた。
「さすが兄妹。反応がシンクロしているな」二人の様子を見てケネスがつぶやく。
「本当に仲がいいのね」ニナもつぶやく。
「まさか嫉妬しているのか」
「そんなんじゃないわよ。でも羨ましい。私にも兄弟がいたらあんな感じになれたのかな」
「あの二人は特別だよ。親がいない分、特別絆が強いのかもしれない。俺にも弟がいるが仲は悪いぜ」
「いろいろなのね」ニナはそう言うと、ケネスに近づいて耳元で囁いた。
「例のものは大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
「あれっ、二人ともささやき合って、なんか怪しい!」
二人の様子をあざとく見つけたメルルが声を上げた。
「えーっ、二人ってそんな仲だったのか」
ファブリスも入ってきた。
「そんなんじゃないわよ」ニナは力強く否定する。「だれがこんなおっさんと」
「だれがおっさんだ。おれはまだ若者だ」
「ねえ、それよりもニナ。あの店に行ってみよう」
メルルがニナを引っ張ってファッションの店に入る。ファブリスとケネスは顔を合わせ苦笑すると、それについていった。
最新の流行ファッションを集めたその店は、展示の方法も奇抜で、様々なポーズのモデルの立体映像がめまぐるしく変わる演出があるかと思えば、マネキンかと思ったら本物のモデルが立っていたり、人型のアンドロイドが複数でダンスをしていたり、チンパンジーが服を着ているというような展示も行っていた。
メルルは気にいった服をみつけてきては、それをニナにあてがっている。
「ニナはスタイルいいから、どんな服でも似合うと思うよ」そう言いながら、ニナに着せ替えさせている。
「それにやっぱりその服はここではどうかと思うよ」
ニナが着ている軍の制服はこの街では目立っていた。ディダの軍の服とは異なるので、咎められることこそないと思うが。
ファブリスとケネスは二人の様子を少し離れた所から見ていた。
「女の買い物につきあうのは忍耐がいるぞ」
ケネスはファブリスに言った。ファブリスもそれを実感しつつあった。テルビナにいた頃もたまにメルルの買い物に付き合ったことがあった。もっともテルビナでは店の数も品数もディダに比べると段違いに少なかったので、選ぶのにそんなに時間がかかるということもなかったが。
まるでメルルの着せ替え人形にされているニナだったが、いやな顔もせずにメルルに付き合っている。
「ねえ、二人も来てよ」
メルルがファブリスたちに呼び掛けた。ニナは試着室の中だ。ファブリスたちが近くに来ると、メルルは笑みを浮かべた。
「今年の最新の流行を取り入れたファッションだよ」
メルルは試着室のニナに声をかけた。中から返事が返ってきた。
「それではニナさんどうぞ」
メルルが試着室のカーテンを開くと、中には軍の服から着替えたニナが立っていた。
上はタートルネックの服の上に、華やかな模様のカーディガンを羽織り、下はひざ上十センチほどのミニスカート、足元はロングブーツだった。
「これは、驚いた」
ファブリスとケネスは同時にうなった。着飾ったニナの姿は、店内にいる他のおしゃれな女性と遜色ない、いや、服こそ同じ水準かもしれないが、もともとニナは衆目を集める顔立ちなので、誰よりも輝いて見えた。
しかし、当の本人は、いつもの冷静さはどこにいったのか、珍しく恥ずかしそうにもじもじしている。
「スカートなんてはいたことがない。それにこんなに短いの……」
「絶対かわいいよ。その方がずっといいよ。ねえ、二人もそう思うでしょ」
メルルはファブリスたちに同意を求めた。二人は力強くうなずいた。
「ではこれで決まりね。あとはさっきのフォーマルっぽい服の上下もよかったよね」
「メルル。すまないが、私にはそんなに持ち合わせがない。服を選んでくれたのには感謝するが……」
ニナの言葉に対してメルルは笑顔で返した。
「大丈夫だよ。お金のことは心配しないで」
いつもの倹約家が嘘のような言葉である。メルルはポーチを開いた。そこには古い高額紙幣が何枚も入っていた。
「メルル、そのお金、まさか」
ファブリスの言葉に、メルルは一瞬、しまったという表情を浮かべたが、すぐに表情を変え、舌を出して笑顔を作った。
「そう。ダーニアの神殿で見つけたお金だよ。最初は非常時に備えてとっておこうかなって思ったんだけど、みんなで手に入れたお金だから、やっぱりみんなのために使おうかなと思って……。だめかな?」
「それなら構わないんじゃないか。もともと商売で稼いだ金じゃないし」ケネスはファブリスに向かって言った。
「まあ、くれると言ってもらったお金だしね」ファブリスも同意した。
「そうよね。構わないよね。じゃあ、この服を買ったら、次は別の店に行こう。お兄ちゃんとケネスさんもずっと同じ服でしょ。せっかくここまで来たんだし、新しい服を買おうよ」
「え~っ、僕たちもか」
ファブリスとケネスの声が揃った。まだ、メルルの買い物に付き合わされるかと思うと気が重くなってくる。
「それよりもメルルは買わないでいいのか」
「私はいいよ。ニナみたいなきれいじゃないから、ああいう服着ても似合わないもん」
そんなことはないだろうとファブリスは思った。確かにニナのような衆目を集める洗練されたきれいさとは異なるが、メルルの目がパッチリの愛らしい顔は、そこら辺の女性よりも上のように思えた。
しかし、ファブリスが服を選ぶように勧めても、メルルは笑って固辞するだけだった。




