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翌日、ファブリスは朝から仕事が忙しかった。
本来なら六人いるはずの整備士のうち、三人は大型艦の修理の応援のために別の整備工場に行っており、いつもの半分の人数で小型艦の修理をこなしていた。
午前中には二隻の輸送艦の整備を三人で分担して行った。一隻は損傷が激しかったが、それでも二人がかりで何とか目処が立ちそうだという状況だったが、そんな中で、新たに二隻の輸送艦が運ばれてきた。いずれも急ぎの仕事ということであった。このため、社長のダンカンも自ら整備や点検に当たっていた。
皆、昼にも休みを取らずにパンを片手に仕事をしていた。ファブリスも、メルルがお弁当にと作ってくれたサンドイッチをほおばりながら仕事を続けた。鶏肉に甘辛ソースがしみこみ、少し香辛料のきいたサンドイッチは、疲れていても食欲をそそったが、じっくり味わっている暇もなかった。
皆が黙々と作業を続けたが、それでも仕事量が多く、今日のノルマを達成するのは困難かと思われた。
「おう、みんな忙しそうだな。商売繁盛、結構結構」
その声は工場内に響いた。状況を省みないその言葉にファブリスはいらっとしたが、その声を発した者の顔を見て、表情は笑顔に変わった。
「ケネスさん!」
現れた男はケネスだった。背が高く筋肉質、少し強面の精悍な顔つきの男で、工場の様子を眺めていた。少しくせ毛の黒い短髪がいつもよりも波打っている。
ケネスはダンカンの工場の整備士であるが、先週から別の星へ出張に出ていた。あと三日は戻らないはずだったのだが……。
「おう、ケネス戻ったのか。さっそく手伝え」ダンカンが声をかける。
「了解だ!」
ケネスは二十代の後半だが、子供の頃から整備士として働いており、腕は確かだった。
ケネスはさっそくファブリスたちが整備していた輸送艦の整備に加わる。その仕事ぶりは手際が良く、ケネスが加わったことで、急に作業がはかどるようになった。
夜の八時を回ったところだった。ようやくその日の作業がすべて終了した。何とかその日のノルマをクリアした。ファブリスは達成感を感じながらも気が抜けて、その場で座り込んだ。しばらく動きたくなかった。他の整備士も同じ様子だった。
「ほらよ」
ケネスから声がかかる。缶ジュースを手渡された。
さらにケネスは他の整備士も周り飲み物、こちらは缶ビールであったが、を配っていた。ケネス自身も宇宙から戻ってきたばかりですぐに整備作業に加わり、疲れているはずだったが、そんなそぶりは少しも見せなかった。ケネスは自らもビールを飲み始めると、少し離れたところでダンカンと話を始めた。
ファブリスはジュースを飲み終わった。少し疲れも取れたようだった。ゆっくりと立ち上がると、着替えに向かおうとした。他の整備士たちに挨拶をしようとした時、後ろから呼びとめられた。ダンカンだった。
「ファブリス。疲れているところ悪いんだが、ちょっと会議室に来てくれるか」
ファブリスはうなずくと会議室に向かった。会議室といってもそこは、工場の一室に机といすを並べただけの簡素な部屋だった。
ファブリスが部屋に入るとそこにはケネスが座っていた。その表情は先程までの陽気な様子とは異なり、厳しい表情だった。
続いてダンカンが部屋に入ってきて、部屋のドアを閉めた。ダンカンも少し固い表情だった。
ダンカンは短い沈黙ののち、意を決したように口を開いた。
「ファブリス。いいか、落ち着いて聞け。ケネスは今日宇宙から戻ってきたんだが、先日、主星ディダで、お前の親父さんを見たということだ」
「父さんをですか!」
予想もしなかったその話を聞いてファブリスは茫然とした。
ファブリスの父が突然いなくなったのは五年前のことだった。ちょうどそれは首都星消失事件の一月程前であり、もしかしたら、父はそれに巻き込まれたのではないかと心の内では思っていた。その父を見かけた……。
ダンカンに続いてケネスが説明を始めた。
「あれはディダでのことだった。確かにお前の親父さんのギルさんだったと思う。少し距離が離れていたが何年も近所づきあいしてたんだから、顔を見間違えるわけがない。
その時、ギルさんはディダのワープステーションに入ろうとしていた。声をかけてみたら、こちらを見て驚いたような顔をした。そしてそのまま何も言わずにステーションの中に入って行った。追いかけたんだが、人ごみの中で見失ってしまった。すぐにファブリスたちに知らせなければと思って、予定を繰り上げて今日帰ってきたんだ。通信だと盗聴の恐れがあるから、直接お前に伝えたかった」
「父さんがディダに……」
ディダは、テルビナの属する第四十七宙域の中でも一際人口が大きく、宙域の中心惑星とされる主星という扱いの星だった。
考えこむファブリスの表情を見てダンカンは言った。
「いいかファブリス。突然親父さんがいなくなって、お前さんたちも戸惑い、いろいろ苦労もあったと思う。親父さんがいなくなった理由は俺にも分からないが、ただ、これだけは言える。お前の親父さんは立派な男だ。何の連絡もよこさんのも何かわけがあってのことだと思う。あまり深く悩むなよ」
「分かりました。早く帰ってメルルに知らせなきゃ」
ファブリスは椅子から立ち上がった。
「そうだな。そうした方がいい」ダンカンも立ち上がって言った。
「引きとめて悪かったな。早く知らせた方がいいと思って」
「とんでもないです。ありがとうございます。きっとメルルも喜ぶと思います」
ダンカンとケネスはまだ伝えたいことがある様子だったが、この場ではそれ以上何も言わなかった。
ファブリスが部屋から去った後、ダンカンとケネスは残って話をしていた。
「あれの話はできませんでしたね」ケネスが言った。
「明日にしよう。今日はいろいろあったからな」そう言うと、ダンカンは複雑な表情を浮かべた。「ファブリスがいなくなったら寂しくなるな」
「まだ、そうと決まったわけではないでしょう」
「それもそうだが」
ダンカンは窓から外を見た。暗い道を走って行くファブリスの後ろ姿が見えた。その姿を見ながら、ダンカンはその柔和な表情を崩した。
ファブリスは全力疾走で家に向かった。疲れはどこかに吹き飛んでいた。行き交う人々もファブリスの勢いに驚いていた。
ファブリスは夜道を走りながら父のことを思い出していた。父はいつも温和で物静かな人だった。怒った顔を見たことがなかった。幼かった頃、ファブリスもメルルも、父の大きな手で頭をなでられるのが好きだった。
父が突然いなくなったとき、メルルはずっと泣いていた。ファブリスも、不安と戸惑いを感じながらもメルルを必死に慰めた。母とメルルを守るために自分がしっかりしないといけないと思った。
家に辿り着いたファブリスは、ドアを開けるや否や、息を切らせながら言った。
「メルル。ケネスさんがディダで父さんを見たって」
ダイニングでファブリスの帰りを待っていたメルルだったが、その言葉を聞いて、一瞬戸惑った表情を浮かべた。そしてその表情は驚きに、そして満面の笑顔へと変わっていった。