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ファルメルも近くに平地をみつけ着陸していた。着陸に際して、何本かの木々をなぎ倒したのはやむを得ないことだった。着陸後、すぐにメルルが飛び出してきて、その後にはあの老人が降り、最後にケネスが降りてきた。
「安定器の故障か。この程度なら、純水だけ補給しておけば宇宙港までの飛行には問題ないな」
動力部を確認したケネスの判断もファブリスと同じものだった。
「しかし、本当に薄気味悪いな、この森は」ケネスは森を見渡して言った。
ファルメルと戦闘艇のライトに照らされ、辺り一面だけが明るくなっていた。改めて夜の森を見てみると、うっそうとどこまでも広がる高く太い木々は圧迫感があり、ファブリスたちを飲み込むような印象を与えた。
ニナはすっかり日ごろの冷静さを取り戻した様子であったが、ファブリスと目を合わせようとしなかった。
ケネスはいったんファルメルに戻って、戦闘艇に必要なだけの純水をタンクに取ってくると、戦闘艇への注水作業を始めた。当面の飛行に必要なだけの十分な量の純水が注水されるまではそんなに時間はかからなかった。
「よし、これでいいだろう。早くこんな森からおさらばしようぜ」
一同同じ思いであったが、ふと辺りを見渡していたメルルが言った。
「あれ、おじいさん、どこに行ったんだろう?」
その言葉を聞いて、ファブリスたちも周りを見渡す。確かに老人の姿が見当たらない。ファルメルの中も見てみたがそこにもいなかった。確かにいったん降りてきたはずだが。
「見ろ、あそこだ」
ケネスが指をさす。森の中には木々の隙間を縫って細い平地が直線状に伸びていたが、少し先に、なにやら黒い影がゆっくりと遠ざかって行くのが見えた。
ニナが戦闘艇のライトをその方向に向けた。すると森が照らし出され、老人の後ろ姿が確認できた。ライトで照らされても老人は歩みを止めなかった。
「まったくあのじいさん、何やっているんだよ」ケネスはそう言うと、老人の後を追った。ファブリスもそれに続いた。
二人が走っていくと、すぐに老人に追いついた。
「じいさん。帰り道はそっちじゃないって。危ないから艦に戻れ」ケネスが声をかけたが、老人は相変わらず歩みを止めない。
「おい、じいさんって」
ケネスが老人の肩に手をおいた。その手は老人に振り払われた。そして老人は振り返らずに言った。
「ここじゃ。確かに覚えがある。ここはあそこへの道じゃ」
「おい、いい加減に……」ケネスが言いかけたとき、ファブリスがそれを遮った。
「待って、ケネスさん。さっきから少し変だとは思っていたんだけど、ここって確かに道のような気がしない?」
ファブリスに言われて、改めてケネスは周囲を見渡してみた。森の木々はほとんど隙間もなく立っているのに、今、自分たちがいる所だけが、多少のでこぼことジグザグはあるが、不自然に開けて直線状の道のようになっていた。
「ここって原生林だったよな」
ケネスも不自然さに気がついた。この辺り一帯はずっと森が広がっているだけであり、町も村も人家も幹線道路もあるわけではない。それは上空から調べたのでよく知っていた。そんな中、ここに直線の道があるのは確かに妙に思えた。
歩みを止めない老人は黙々と前を進んでいる。何かを確信したかのような歩みだった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
いつの間にかメルルが近くまで来ていた。ニナも一緒だ。
ファブリスはメルルとニナに疑問に思ったことを伝えた。二人も辺りを見渡して考え込むようになった。
「おい、考えるのは明日にしようぜ。さすがに夜は危険だ。何かあるにせよ、場所だけ分かっていれば、明日、明るくなってからまた来ればいいだろう。とにかく今はあのじいさんを無理やりに引きずってでもいったん帰ろうぜ」ケネスの言葉にファブリスも同意した。
それでその老人なのであるが、少し進んだところでようやく歩みを止めていた。そして右の方をじっと見ていたかと思うと、今度は木々の中に入って行った。
「まじかよ、あのじいさん」
ケネスは老人の方へ走って行った。三人もそれに続いた。
老人が木々の中に入って行った所に辿り着いた。そこにはファブリスの背丈ほどはあるような大きな岩があった。ファブリスたちがいる森の道は、戦闘艇のライトに照らされて明るくなっていたが、左右にうっそうと茂る森の中には光が届かず、真っ暗だった。ケネスは老人が入って行った森の中を懐中電灯で照らした。すると少し先を、老人が相変わらずな足取りで歩いていた。真っ暗の中にも関わらず、迷う様子もなかった。
「まったくよぉ」
ケネスは文句を言いながらも森の中に入って行った。続いてファブリスとニナが続いた。
メルルは暗い森の中に入るのを少し躊躇した。しかし、周りを見回してみると、戦闘艇のライトに集まるように上空を多くの虫が飛んでいるのが見えた。すぐ目の前にはフルーツビートルが飛んでいた。羽を広げるとバスケットボールを三つ並べたくらいの大きさがあった。それを見たメルルは震えが走ったが、覚悟を決めて三人に続いた。
森の中であるのにも関わらず、そこだけは比較的歩きやすかった。完全な道ではなかったが、ちょうど人一人が通れるくらいに開かれていて、勾配も比較的少なかった。左右を見渡すと隙間なく木々が生い茂っているのに対して、そこだけが獣道のように歩けるようになっていた。
先頭を歩いていたケネスがようやく老人に追いついた。今度は力ずくでも連れ帰ると決意していた。
「おい、じいさん。帰るぞ」
ケネスが老人の肩に手をかけた。しかし、すぐに老人の様子がおかしいことに気がついた。
「ここじゃ」
老人は震えながら何かを見つめていた。
ケネスも老人の見つめている先に顔を向け、懐中電灯で照らした。
「これは……」
ファブリスたち三人もケネスに追いついた。そしてケネスが照らした先を見てみた。
木々の間から見えたのは、森の中にぽっかりと空いた広い空間と、その真ん中にある大きな建物だった。




