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オープンユニバース  作者: ペタ
第5章 緑の星
16/43

5-3

森の探索はファルメルと戦闘艇の二手に分かれることにした。お互いレーダーで確認できるくらいの距離を保ちつつ、老人が言ったエリアを上空からローラー的に探索を行う。建物があっても森が深くてレーダーには映らないだろうから、目による探索となる。戦闘艇にはニナが乗り、残りのメンバーと老人がファルメルに乗るものとファブリスは考えていたが、ケネスが意外な提案をした。

「空から地上を探索するのなら、戦闘艇にも二人いた方が、左右両方を見ることができていいだろう」

 それももっともだ、とファブリスは思った。それではだれが戦闘艇に乗るかということになった。戦闘艇の操縦ができるのはニナだけなので、操縦席は決まりだが、後部座席に乗る人だが……。

「ファブリス、お前が乗った方がいいんじゃないか」これまたケネスの提案だった。

「僕はいちおう船長だからファルメルを離れるのはどうかと思うけど」

「宇宙とは違って、地上での艦の操縦は難しい。しかも、巨鳥が飛んでいる中を飛行するのだからさらに操縦テクが必要となる。だからファルメルを操縦するのは俺じゃなきゃだめだ。すると戦闘艇の後部座席に乗るのは、ファブリスかメルルかのどっちかになるわけだが、女の子二人は不安だから、ファブリス、お前が乗った方がいい」

 戦闘艇に乗っていれば別に危険はないのだから、女の子二人でもいいんじゃないか、と思ったが、ケネスがファブリスにささやいた。

「二人っきりなら、ニナと打ち解けるチャンスだろう」

ファブリスは意図を理解し、ケネスの提案通りとすることにした。ニナにも特に異論はないようだ。


 ファルメルは老人の元に向かった。老人は満足げに艦に乗り込んだ。

戦闘艇は一足先に森に向かった。老人の話では、建物があるのは、森に大きくそびえる巨木、この星では千年樹と呼ばれているらしいが、その北西の辺りだということだった。北西の辺りと言ってもその範囲はかなり広く、その周辺一帯を探索することとした。

ファブリスとニナの乗った戦闘艇では、会話よりも沈黙が支配していた。

どこまでも続く森を見て、「本当に深い森だな」とファブリスが言うと、「そうね」というニナの返事が返ってきた。遠くの千年樹を見て、「本当に高い木だな。これ千メートル以上あるらしいよ」と言うと、「そうなの」という返事が返ってきた。そんなこんなでなかなか会話が続かなかった。この状況をどうしたらいいんだと、ファブリスは後部座席で一人苦悩していた。

 やがて千年樹が近づいてきた。近くから見るとその存在感に圧倒される。直径が中型艦くらいありそうな一本の巨木が、枝に分かれることなく天に向かって真っ直ぐにそびえていた。雲を突き抜けているため、上の方を見ることもできない。その巨木の周りを何十羽もの巨鳥がゆっくりと飛んでいた。

「なんかこの世の風景とは思えないな」ファブリスがしみじみと思ったことを言った。すると、「そうね」と、ニナの返事はあくまで短かった。

 一方、森の上空を飛行しているファルメルでは、メルルがたいへんだった。

「今、下の方で何か大きな黒いものが動いた!」と言ってパニックになったと思ったら、窓に巨大な羽虫が張り付いているのを見て、卒倒しそうになった。

 そんなメルルはとりあえず放って置いて、ケネスは操縦しながら老人の様子をうかがっていた。老人はラウンジの椅子に座り、騒いでいるメルルには一切目もくれずに、窓からずっと外を見ていた。眠っているんじゃないかと思ったが、その目は確かに開いていた。ケネスは老人の後ろ姿を見て、その後頭部に大きな傷があることに気がついた。

 千年樹の横を抜けると、老人の示したエリアに到達した。といっても相変わらず深い森が広がる中、老人の示す範囲は広大であり、森に覆われた建物を見つけるのは至難の技に思えた。それでもファルメルと戦闘艇は打ち合わせの通り、ローラー作戦で探索を始めた。

 ファブリスとニナの戦闘艇は相変わらずだった。もはや会話を成立させるのを諦めたファブリスは探索に神経を集中した。森から突然大きな虫が飛び出してきたり、巨鳥が接近してくることもあったが、ニナは冷静にそれをかわし、探索を続けた。

 ファルメルではメルルもだいぶ虫にも慣れてきたようで、森の探索に注意を向けている。たまに虫が飛んでいると、びくっとはしていたが。


 黙々と探索は続けられたが、森に変化は見られなかった。やがて辺りが少し暗くなってきた。そして、ファルメルに乗っているメルルの表情も厳しくなってきた。虫がいたわけではなく、燃料の消費が多いことを気にしていた。宇宙とは異なり、地上では空中に静止しているだけでも燃料を消費する。ずっと飛行を続けているとなるとなおさらである。しかも、ファルメルと戦闘艇の二機が飛行しているため、その量はさらに多くなることも予想できた。

 ケネスはそんなメルルの様子を見て、そろそろ限界かなと思っていた。老人は相変わらず外を見据えたまま動かなかった。

「じいさん。悪いがそろそろ燃料が危なくなってきた。周りも暗くなってきたし、そろそろ戻ろうと思うんだが」

「そうか、分かった」老人は短く答えた。もう少し粘られるかと思ったが、あっさりと了解したことがケネスには意外だった。

 ケネスは戦闘艇に通信を送った。

「こっちの燃料が切れてきたので、引き返すことにする」

「了解。こちらはあと少しでエリアの探索を終えるので、もう少ししたら戻ることにするよ」

戦闘艇のファブリスは答えた。ファルメルは旋回すると宇宙港の方向に戻って行った。

 やがて戦闘艇も残っていたエリアの捜索を終えた。結局何も見つからなかった。辺りはだいぶ暗くなってきており、戦闘艇もライトをつけていた。

「もう戻ろうか」ファブリスは言った。

「分かった」ニナは短く答えた。

 戦闘艇も旋回を始めたが、その時、森から蝶の群れが舞い上がってきた。

 何千羽もいるであろうか。戦闘艇のライトに引かれるように、蝶の群れはゆっくりと戦闘艇に向かってきた。わずかに赤みがかかった蝶の白い羽が夕陽に映え、それは幻想的な光景だった。

「きれい」ニナがつぶやいた。

 だが、蝶の群れが近づいてくると、そうも言っていられなくなった。近くで見るとよく分かるが、蝶の一羽一羽が鳥のように大きいのである。それが戦闘艇を取り囲む形となった。もちろん大きいとはいっても蝶は蝶なので戦闘艇に害を及ぼすことはないが、それでも巨大な蝶が何千羽もひしめいているのを近くで見ると、かなりグロテスクであった。それだけでなく、戦闘艇の視界も塞がれてしまった。

 ニナは戦闘艇の機銃を鳴らした。それは蝶を撃ち落とすのではなく、空砲であり、音で追い払うものだった。けたたましい轟音が鳴り響き、蝶の群れが左右に散り、視界が開けた。

すると、開けた視界から巨大な何かが飛び込んできた。

「巨鳥だ!」ファブリスが叫んだ。

 それは戦闘艇と同じくらいの大きさがある巨大な鳥であった。全身が黒い羽毛に包まれている。おそらく蝶の群れを狙ってきたものであろうが、それが戦闘艇に突進してくる形となった。

 ニナが慌てて戦闘艇の向きを変える。とっさの判断でかろうじて巨鳥をかわして左上に抜けようとした。その時、ドンッと強い衝撃があった。

 巨鳥の身体が機体の下部にぶつかった。機体がバランスを崩す。左右に振られて姿勢が安定しない。さらに高度も保てなくなり、機体は下降を始めた。

 ニナは操縦管を握り、動力を稼働させ、なんとか姿勢を保とうとする。左右への振りは収まりつつあったが、戦闘艇は相変わらず下降を続けていた。このままでは墜落する。さっきから森の中に着陸できる場所を探していたファブリスは、うっそうと茂る森にわずかに隙間があるのを見つけた。

「ニナ、あそこ」

ファブリスが指差す。ニナはその方向を見て、ファブリスの意図を悟った。操縦管を強く握ると、強引に方向転換を行った。下降を続ける機体を何とか制御しながらも、森の中に突っ込んでいった。

 機体に枝や葉がぶつかる。木が折れる音もした。それでも機体が平衡を保っていたのはニナの操縦テクニックゆえだろう。森の隙間から見えたところは、平地状になっており、なんとか着陸できるだけのスペースがあった。ニナは着陸ポイントを見定めると、動力の排出口の向きを後ろから下に変え、垂直着陸を行った。

 動力が停止した。地面が完全には平らではなかったので、多少機体は傾いていたが、何とか無事着陸に成功した。



「安定器が破損して純水がだいぶ外に漏れ出してしまっている。とりあえず応急措置で穴は塞いでおいたけど、飛んでもすぐに姿勢制御ができなくなりそうだ」ファブリスは機体の後ろから工具を片手にしながら言った。

 周囲はすっかり暗くなっていた。まだ、日が完全に落ちたわけではないが、周りが高い木々に覆われていて日の光が遮れてしまう。ファブリスも手元の懐中電灯で照らしながら作業を行った。

 着陸するとすぐにニナは操縦席から飛び出し、機体を見回った。動力部も確認したが、破損箇所はすぐに確認できた。ニナ自身整備の知識は持っていたが、実際の修理となると、整備士であったファブリスの方が詳しいので、代わりにやることとなった。

「こちらもケネスと連絡が取れた。現在、燃料補給のため宇宙港に向かっているとのことだが、必要な量を補給し終えたらすぐにこちらに来るとのことだ」ニナは操縦席から言った。その声はいつもより暗かった。

「そうか、ならあと三十分もしたら来てくれるかな」ファブリスの言葉にニナの反応はなかった。

「戦闘艇なら心配ないよ。着陸がうまくいったせいで、ほとんど損傷もない。安定器もファルメルから純水を少し分けてもらえば飛ぶこともできるし、宇宙港に戻ったらちゃんと修理してもらえばいい」

 それでもニナの反応はなかった。ニナの様子を見るため、ファブリスは操縦席に向かった。ニナはうつむいていた。

 暗い森の中、燃料節約のために前方のライトは消し、操縦席の周りだけ光が灯っていた。

「あの程度よけられなかったなんて、なんて未熟なんだ」ニナはつぶやくように言った。

「ニナの責任じゃないって。あの場合は仕方がないよ。むしろニナだから、巨鳥を何とかかわすことができたんだし、その後の着陸もうまくいったんだって」

ファブリスの正直な気持ちだったが、それでもニナの反応は重かった。

「傷つけてしまった。大切なものなのに……」

ファブリスはまた声をかけようかと思ったが、何を言っていいのかわからなかったので、結局何も言わなかった。

 ファブリスは後部座席に乗り込んだ。前の操縦席に座っているニナは相変わらずうつむいたまま、時折その背中が震えていた。

「大切な戦闘艇なんだね」ファブリスはニナの背中に声をかけた。

「父さんが残してくれたものなんだ。唯一」

「そうなんだ」ニナに両親がいないということは感づいていたが、詳しいことは聞いていなかった。「ニナのお父さんもパイロットだったの?」

「ああ。中央軍のパイロットだった。すごいパイロットだったんだぞ。みんなが父を尊敬していた」

 ニナは時折言葉を詰まらせながらも、堰を切ったかのように話を始めた。父親が軍でエースパイロットだったこと、首都星消失後、人が変わったようになってしまったこと、戦闘艇で半年をかけてカディスまで辿り着いたこと、その間操縦テクニックをたたき込まれたこと、そうしたすべてのことをファブリスに語った。

「そうだったんだ」

ファブリスはニナの戦闘艇のこと、パイロットとしての腕前、そうしたことをようやく理解した。そしてそれをずっと一人で抱え込んでいたことも。

「すまない。一方的に話してしまって。私はどうしたのだろう。こんなこと人に話すことではないのに」

胸の中にあったことをすべて吐露したせいか、ニナはいつもの冷静な様子に戻っていた。そして、話したことを後悔しているようだった。

「話してくれてうれしいよ」ファブリスは真剣な表情だった。

「ずっと大変だったんだね。それなのに僕たちときたら、そんなことも知らずに。もし不愉快な思いをさせていたとしたらごめん」

ファブリスの言葉にニナは振り返って言った。

「謝るようなことは何もない。ファブリスやメルル、それにケネスたちを見ていると、心が和む。不思議だ。以前は他人の会話を見てそんな気になったことがないのに、今は一緒にいることがとても心地よく思える」

「それは、僕たちがニナの仲間だからだよ。決して他人なんかじゃないさ」

「そうか……」

ニナはいったん言葉を切った。そしてかすかにほほ笑んだ。

「仲間とはいいものだな。私を仲間だと思ってくれるのなら、お前たちには今までどおりにしてもらいたい。決して変に気を使ったりしないでもらいたい」

「分かった。でもニナも僕たちのことをもっと頼ってほしい。苦しいことや悲しいことがあるのならその気持ちを素直にぶつけてほしい。ひとりで抱え込む必要は少しもないよ。ニナの過去を変えることはできないけど、もしニナが苦しんでいて、それを分かち合うことでできるのなら、それを少しでも軽くすることができるのなら、そのことは僕たちにとってもうれしいことなのだから」

 ニナはファブリスを見つめた。その目には涙が浮かんでいた。それは悲しみの涙ではなかった。大粒の涙がほほを伝った。二人の間に沈黙が走った。そしてどちらからでもなく、少しずつ二人の距離が縮まっていく。

その時、

「お~い。大丈夫か~」

上空から声が響いた。スピーカーを通したケネスの声であった。見るとファルメルが上空を飛行していた。続いて上からライトが灯り、完全に真っ暗になった森の中から、戦闘艇を照らし出した。

 ファブリスとニナは慌てて距離を取る。

「……もしかして、タイミングが悪かったか」

ケネスの声がまた響いた。


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