5-2
ファブリスたちが宇宙港を出ると、そこには街が広がっていた。しかし、街よりも、その背後に見える山のようにそびえたっている高い木々がまず目に入った。
街並みは低層の建物が多く、かといって過疎と言うわけではなく、人や車両はそれなりに多かった。観光地ということで景観を壊さないようにしているようだった。
ファブリスたちはまず市場に立ち寄った。市場にある電子掲示板には他の市場では見られないような品目も多く並び、この星独自の生産品が多くあることを示していた。事前に調査をしていて、ある程度は購入する商品の目星もつけていたが、実際に掲示板を目にしてみるとすぐには決断がつかなかった。
「明日の方がいいだろう」
ケネスの声にうなずいて四人は市場を後にした。
時刻はまだ昼前で昼食には少し早かった。このため、少し街を見て周ることにした。
街は建物の色彩や形に統一感があり、派手さはないものの落ち着いた様子だった。街路樹や家の植木など木々も多かったが、それらは森にあるような巨大なものではなく、多少変わった形の物もあったが大きさは普通のものだった。海賊騒ぎもダーニア周辺を通過してから時間も経つので騒ぎはもう収まったらしく、それを話題にしている人もいなかった。
一行は、小さな店舗が立ち並ぶ細い通りに差し掛かった。人通りもそれなりに多く、賑わっていた。食べ物を売っている店を覗いてみた。そこには森で採れたと思われる果物などがたくさん販売されていた。スイカくらいの大きさがあるブドウや紫に輝くリンゴなど、他には見られないものも多く売られていた。
メルルはニナと並んで前を歩きながら、目にする物に素直に驚いていた。ある店の店頭には桃を切ったような白い果物のようなものが皿に並べられ、試食ができた。メルルはそれをつまんで一つ食べてみた。
「これすごく甘くておいしい」メルルは目を輝かせて、隣のニナに言った。
「本当においしいな」続けて手を出したニナは、表情にこそ出さなかったがそう言った。
ファブリスも手を伸ばそうとしたが、ケネスは店内のある物を指差して言った。
「おい、これ果物ではなく虫だぞ」
ケネスが指差した先には、バスケットボールくらいの大きさがある巨大なカブトムシのような虫が、真ん中から腹が割かれた状態で置いてあり、その腹の中には先程メルルたちが食べた白い物体があった。黒い虫には札がついており、そこにはフルーツビートルという表示がされていた。
ファブリスは慌てて差し出した手を引っ込めた。
メルルの表情はみるみる青ざめていった。それに対してニナは平然とした顔だった。
「おいしければいいじゃないか」ニナはそう言うと、もう一つ取って食べた。
ちなみに札にはフルーツビートルという名前が大きく書かれ、その下には手書きで、「ダーニア名物のフルーツビートル。とっても甘くてビタミンたっぷり。果物のような食感と味をご堪能ください」と書かれてあった。
その後に立ち寄った別の店は大きな服飾の店だったが、建物のフロア全体に広がる巨鳥のはく製が展示されているのが目を引いた。巨鳥の羽を使った服というのもダーニアの特産品の一つらしい。
さらに一行が街を歩いていると、少し離れた所を何かが飛んでいた。よく見るとトンボのようだった。しかし、それが近づいてくると、その姿はどんどん大きくなってきた。羽を広げたその大きさはツバメくらいあり、よく見ると街中のあちこちでそれが飛んでいた。それの存在に気がついたメルルはショックのあまりに気を失いそうになった。しかし、すぐに気を取り直すと、また、店や街中に新しいものを見つけては素直に驚いていた。
「なあ、今日のメルル、いつも以上にはしゃいでないか」ケネスがファブリスに言った。
「確かに。同年代の友達ができて喜んでいるのかな」
ファブリスはニナを見た。ニナははしゃいでいるメルルに連れまわされるような形になっているが、その表情はまんざらではないようにも見えた。
メルルが通りの向こうにまた新しいものを見つけて、ニナの手を取って寄って行こうとしたその時だった。二人を呼びとめる声がした。声の方を見てみると、街路樹の下に白い服を着た白く長い髪とひげの老人が立っていた。傍らには椅子がおいてあった。
「おじいさん。何ですか」メルルが近づいて言った。
「おうおう、可愛いお嬢ちゃんだね。これでもお食べ」
差し出されたのは皿に載ったカットされた、果物っぽく見える白い物体だった。
「ごめんね。おじいちゃん。都合があって六本足のものは食べられないんです。本当にごめんなさい」メルルは答えた。即答だった。
その言葉を聞いて老人は残念そうな顔を浮かべた。
「残念じゃの。ダーニア名物のフルーツビートルなのに」
「ならば私がもらおう」そう言ってニナは手を伸ばした。
「おうおう、これまた別嬪なお嬢ちゃんだの。そうかフルーツビートルが好きかね。どんどんお食べ」
ニナはその言葉に従い、口いっぱいに詰め込んだ。
「ところでお嬢ちゃん方、観光かね」老人が聞いた。
「いいえ、私たちは商人で、これからディダに向かうところです」
「そうか商人か、いいのいいの」
老人は信じていない様子だったが、少し遅れてファブリスとケネスが近づいてくると、様子を変えた。
「お前さん方もこの子の仲間で、もしかして商人かね」
「うん。そうだよ」ファブリスは答えた。老人は考えるような仕草を見せた。
「商人なら艦は持っているのかね」
「もちろん」
「そうかそうか」
老人はまた人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「ところでお前さん方、とってもいい話があるんだが……」老人はそう言うと声を潜めた。
「他言無用じゃが、実は森にはある建物があってな、そこにはとんでもないお宝が眠っているんじゃ」
「景気のいい話だな」ケネスが言った。
「そうじゃろ。その場所は森の深くで、おいそれとは近づけないのじゃが、艦があれば別じゃ。空からならそんなに時間がかからず辿り着くことができるじゃろう」
「でも、そんな建物があるのなら、もう誰かしら見つけているんじゃないんですか」ファブリスが言った。
「それがその建物は森の奥深くに、森に覆われるようにあるので、そう簡単には見つからないのじゃよ」
眉唾な話だな。ファブリスは思った。
「おじいさんすみません。疑うわけではないのですが、なぜ、そんな建物があることを知っているのですか。知っているのなら辿り着くことも難しいことではないと思いますし」
「まあ、信じられないのも無理のない話じゃな。その建物は実は昔わしらのものじゃった。ゆえあって森の奥深くに作ったのじゃ。じゃが、火事でその建物に至る地図をなくしてしまっての。大まかな位置は分かるのじゃが、正確な場所までは分からん。だから空から見つけてもらいたいのじゃよ。そしてわしをそこまで連れて行ってほしい」
「そういうことですか」
ファブリスは老人の話を疑わしいと感じた。他の三人も同じ思いのようだった。老人はそんなファブリスたちの様子をみて、少し怒ったように言った。
「まったく最近の若者はロマンがなくていかんわい。よいか、森の奥深くに眠る謎の建物を探る冒険じゃぞ。若者がこれにわくわくせんでどうする」
冒険という言葉にファブリスの心が動いた。
「そして、その建物にはとてつもない宝が眠っているのじゃ。その価値たるは計りしれないものがあるのじゃ」
宝という言葉にケネスの心が動いた。
「じゃが、その建物に辿り着くのはそう簡単ではない。お前さん方も見たじゃろ。あの巨鳥じゃ。あれがぶつかってきたら艦だって危ない。だから、操縦の腕も必要となってくる。お前さん方に自信がないのならいたしかたないがな」
操縦の腕という言葉にニナの心が動いた。
「今すぐ決めろとは言わない。わしはずっとここにおるからな。その気になったらまた訪ねてきてくれ」そう言うと老人は木陰の椅子に腰かけた。
話はそれで終わった。ファブリスたちはとりあえずその場を離れようとした。
顔を見合わしながら少し歩くと、少し離れたところから、見知らぬ男がファブリスたちに手招きをしているのに気がついた。ファブリスたちがそっちに向かうと、男は声を潜めて言った。
「おい、あんたら、あのじいさんから何を言われた」
「何って、森の中に建物があるので、そこに連れて行けって」ファブリスは正直に答えた。
「やっぱりそうか」男はそう言うと頭を押さえた。「それであんたら、まさか真に受けたわけじゃないだろうな」
「かなり怪しそうな話だとは思った」
「それはよかった。実はあのじいさん。道行く旅行者らしき人をつかまえては同じことを言うんだ。大抵の奴は無視するんだが、たまに信じて森に行く奴もいてな」
「それで建物は見つかったのですか」
「見つかるわけないだろう。あのじいさん、ちょっと頭がおかしくてな。昔ちょっとした事件があって逮捕されて、何年かぶりに戻ってきたときには、あんなふうになっていた。ありもしない建物の存在を本気で信じているようだ」
「ちょっとした事件って、なに?」メルルが聞いた。すると、男の表情が厳しくなった。
「それは……、ちょっとここでは言えないな。とにかくあのじいさんの話を信じちゃ駄目だからな」
そう言うと男は、周囲を気にするようなそぶりを見せながら、去って行った。男が立ち去った後、ファブリスとケネスは顔を見合わした。
「ますます怪しくなってきたな。どうするファブリス。謎の建物やらお宝というのは正直かなりうさんくさいが、せっかくダーニアまで来たんだ。あのでっけえ木を近くから見てみたいし、森を飛んでみるのも面白そうだ。俺は今日一日くらいならやってみてもいいんじゃないかと思うぜ」ケネスは言った。
「僕もそう思う。何か面白そうだ」ファブリスも同意する。
「私はとても怪しいと思うよ。あのおじいさんはいい人だと思うんだけど、建物とかについて信じるのはどうかな。それに森以外にもまだ行ってみたいところもあるし」メルルが言った。フルーツビートルを勧められた腹いせではなかろうが、あまり乗り気ではないらしい。そしてメルルはニナに向かって言った。
「ニナもそう思うよね」
「私も信じたわけではないが、かといってあの老人がだましているということはないと思う。我々をだましても、老人に益があるわけではあるまいし。それに私もあの森を飛んでみたいというのはケネスと同意見だ」
ニナの考えはメルルとは異なるらしい。これで三対一になった。
「どうして、みんなそんなに行きたがるの」メルルはあくまで反対のようだった。
「メルルはどうしてそんなにいやがるんだ」ファブリスは聞いた。
「だって、森には大きな虫がいっぱいいるんでしょう」
(それが理由か!)
三人は心の中で突っ込んだ。
「まあ、ファルメルの中には虫も入ってこないだろうし、どうだろう。今日の日没までということなら、何もみつからなくても特に損害があるわけでもないし」
ファブリスの言葉は主にメルルに向けられていた。メルルは渋々答えた。
「分かったよ。船長の指示に従うよ」
いつもの「お兄ちゃん」ではなく、「船長」と言ったところは、抗議の気持ちの表れなのであろう。
「では一度宇宙港に戻り、ファルメルと戦闘艇に乗って、またあのおじいさんの所に行こう」
その日の一日の方針は決まった。




