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オープンユニバース  作者: ペタ
第4章 正義の所在
13/43

4-5

ニナは宇宙港に向かっていた。この街も見おさめになるかもしれなかったが、何の未練もなかった。すでに覚悟は決めていた。もちろん全く迷いがないわけではない。それでも選んだ決断だった。それなのにその覚悟を鈍らせようとする他人が許せなかった。

足早に歩いていたニナの視界に見知った顔が飛び込んできた。それは、先程の女の子と、その連れらしい二人の男だった。ニナを待っていたようだ。しかし、ニナは彼らと目を合わせずそのまま歩み去ろうとした。

「さっきはごめんなさい」メルルが言った。「あなたの思いを考えず勝手なことを言ってしまって」

 ニナは歩みをとめた。

「でも、それでもお願いします。やめてください」

「なぜだ。なぜ他人にそこまでするんだ。お前たちには関係ないだろう」

「そんなの間違っていることだからです」

「もう決めたことだ。何度言われても結論は変わらない」ニナはそう言うと、足早に立ち去った。

「お兄ちゃん」

メルルはファブリスの方を見た。その目が何かを訴えかけていた。

「ああ、分かっている」

ファブリスはケネスの方を見た。ケネスも黙ってうなずいた。


 ニナは、宇宙港にある戦闘艇の座席で、外へとつながる扉が開くのを待っていた。周囲には係員が何人かいたが、いずれも自分の仕事を行っているだけであり、死地に飛び立とうとしているニナを見送りに来るものは一人もいなかった。

(ようやくここから離れることができる)

ニナは、そう思うと確かな解放感を感じていた。もう、この息のつまる地上に、自分を縛りつけるものはない。

ニナは目を閉じると、さっきの出会いを思い出した。そして苛立つ気持ちが湧きあがるのを感じていた。

(何の不自由もなく育ってきた奴らに何がわかるのだ)


 ニナの父親は、中央軍艦隊に属する戦闘艇のエースパイロットとして、周囲の尊敬を受けていた。幼いころからニナにとっては父親が絶対的な存在で、自慢だった。父はニナに対して、いつも正義を説いていた。自分は正義の実現のためにいつも頑張っているんだよと言っていた。そんな父の言葉をニナは少しも疑わなかった。

だが、首都星消失により、事態は一変した。父親の所属していた第九艦隊は消失そのものには巻き込まれなかったが、その混乱を大きく受けた。物資は滞り不足するようになった。他の艦隊は宙域の支援を受けながら瓦解にはいたらなかったが、第九艦隊は司令部の無策もあり、混乱を回避することができなかった。

やがて、食料の不足が深刻化すると、艦隊は完全にその統制を失った。軍隊内で食料の奪い合いが起こった。軍隊内で足りなくなると民間の艦や星を襲うものも出てきた。縄張りを巡って艦同士の戦闘も発生した。そんな中、アレスとレイシアの二人の中佐は、強いカリスマで艦隊の一部を割り、自ら率いて艦隊から離脱した。

 ニナの父親にとって、軍隊とは正義を実現するための絶対的な存在だった。そんな軍隊が秩序を失い、抗争し、脆くも崩壊していく姿を見て、心を一部失ってしまった。

 父親は自らの戦闘艇を駆って軍を離れた。そしてニナを連れてそれまでいた星を離れ、故郷のカディスへ向かった。カディスまでは遠い道のりだった。戦闘艇はシートが前後に二つあるだけで荷物の収納スペースも小さく、そもそも長距離航行には向かなかった。それでも目的地までの航行は続けられた。

 ずっと父とふたりの長い航行の中で、父は戦闘艇の操縦の仕方をニナに教えこんだ。自分の知識と経験をすべて伝えようとした。ニナも一生懸命それを習得しようと努めた。そして、父親はニナに対して以前よりも熱心に正義を説いた。現実には目の前で脆くも崩れていった正義を理想の中に求めた。それは子供に対してはあまりに過大すぎる要求であった。しかし父親が病的なまでに繰り返したことにより、ニナの心には正義ということが深く刻み込まれた。

 父親のニナに対する愛情は変わらなかった。いや、昔以上だったかもしれない。食料が不足するときも自分は我慢してニナには食べさせた。ニナが遠慮して断ろうとしたときも、父親は黙って首を振るだけであった。

 親子の航行は半年に及んだ。節約のため、宙域間のワープゲートの利用を最小限にしたために、かなり時間がかかった。ようやくカディスに辿り着いたとき、父親は疲労と栄養失調でぼろぼろの状態だった。そしてニナをカディスに届けるのが自分の最後の仕事であったかのように、到着後、すぐに息絶えた。

 カディスにはわずかばかりの親せきがいた。しかし、軍を抜けた父親に対して彼らはいい顔をしなかった。ニナは一人で生きていくことにした。父親が残してくれた戦闘艇とパイロットとしての腕があった。そのおかげでニナは生きていくことができた。

 

(あんな奴らもいるんだ)

 ニナは戦闘艇を発進させた。戦闘艇は今ではニナの身体の一部のように、自由自在に動かすことができる。

(所詮それはきれいごとだ)

彼らはいい人でありたいだけだ。言葉でだけなら何とでも言える。

 戦闘艇はカディスと宇宙を隔てるゲートの前についた。ゲートがゆっくりと開く。目の前には星の大海が広がっている。もう何百回も見た光景だった。ニナは深く息をつくと覚悟を決め、宇宙に飛び出した。

 海賊たちの位置と進行方向は頭に入っていた。巡航速度で三時間もあれば辿り着くだろう。そこからが腕の見せ所であった。押し寄せる艦隊の中をなるべく長く飛行し、多くの情報を得てカディスに送り続ける。

おそらく死ねだろう。ニナは思っていた。いかに腕がすぐれていようと、艦隊の中に突っ込むのだ。敵の艦や戦闘艇に囲まれ、機銃掃射を受けたら逃げようがない。それでも行かざるを得なかった。それが正義であるのならば……、その思いを深く心に刻みとめようとした。

 宇宙に出てまだ五分と経たないときだった。レーダーに反応があった。一瞬、海賊かと思ったが、それにしては早すぎるし、位置も後ろだった。モニターが艦情報を示す。それは小型の輸送艦のようだった。ニナは舌打ちした。

(どこの馬鹿野郎だ)

 ニナは輸送艦に向かって通信を発した。

「ニュースを聞いていないのか。この宙域は危険だ。すぐに引き返せ」

 すると相手から通信が入った。画像も送られてきて、モニターが切り変わる。そこにはニナの見知った顔があった。

「ばかな」

 それはファブリスたち三人だった。みな真剣な表情をしていた。

「お前たち何をやっている。すぐに引き返せ。ここは危険だ。今すぐ引き返せ」

「危険なのはあなたも同じでしょう」メルルは言った。

「これは遊びじゃない。ここは戦場だ。お前たち民間人は早く引き返すんだ」

「分かっている」ファブリスが言った。「でも、戦闘艇だけなら警戒されるが、輸送艦もいるのなら商人が間違って迷い込んだと思って、相手も見逃してくれるかもしれない。だから僕たちも一緒に行く」

 ニナには彼らの言葉が信じられなかった。彼らには関係ない話ではないか。わずかに話をしただけの他人ではないか。それなのになぜそんな危険なことができるのだ。

「ばかなことを言うな。民間人を巻き沿いになんかできるか」

 その言葉に対してファブリスは言った。

「もう一度言う。行ってはいけない。そんなことしてはいけない。でもどうしても行くのなら僕たちもかってについていく」

「今さらやめるわけにはいかない。私が行かなければ他の誰かが行くことになる。それでいいというのか」

「誰が行くのがいいという話じゃない。ただ、ここに留まっていればいいじゃないか。海賊が通過した後に何とでも報告すればいい。少なくともそれで死なずには済む」

「そんなことできるわけないだろう。これは私の仕事だ。邪魔をするな」

「だったら邪魔はしないよ。僕たちはついていくだけだから」

「くっ……、お前たちは……、卑怯だ」

ニナは絞り出すような口調でそう言うと、通信を切った。

 ニナの戦闘艇は動きを止めた。それを見てファルメルも動きを止めた。海賊が通過する場所はだいぶ前方であり、このあたりなら危険はないはずだった。

 しばらくニナの戦闘艇には何の動きもなかった。

「大丈夫かなあいつ」

ケネスの操縦管を握る手に汗がにじむ。これ以上ニナが進むというのなら、ケネスはそれ以上追わないつもりだった。ファブリスとメルルを死なせるわけにはいかない。二人は反対するだろうが、こればかりは譲るつもりはなかった。

 ファブリスとメルルは何も言わなかった。停止した戦闘艇を示しているレーダーをじっと見ていた。

 そして二時間ほど経った時だった。目の前に広がる宇宙をゆっくりと移動していく無数の光点の群れが目に入った。アレス艦隊だった。何千キロも離れている場所を移動しているはずだが、それでも光が届くということは、相当な規模と大きさであるということだった。

「あれが全部、艦なのか」

ファブリスはつぶやいた。見える光そのものはごく小さいものであったが、光を発している艦隊の大きさは容易に想像できた。

 光点の群れの一つが遠くを通過すると、その少し後にもう一つの群れが通過していった。こちらはレイシア艦隊であろう。通過する時間がとても長く感じた。何度もレーダーでニナの戦闘艇が止まっていることを確認した。

 やがて二つ目の光の群れが目の前の通過を終えた。もう、全速力で追いかけても間に合わないだろう。三人は安堵する。

「よかった」

最初に口を開いたのはメルルだった。ファブリスも同じ気持ちながらも、ニナが一人戦闘艇で、どんな思いをしながらあの光点が通過するのを見ていたのだろう、ということが気になった。


 ファブリスは通信を送った。すると向こうからも画像が送られてきた。モニター越しのニナの表情は厳しかった。

「もはやこの宙域に危険はないだろう。別の星でも好きな所へ行くがよい」ニナは冷たく言った。

「ニナ。あなたはこれからどうするんだ」

「知れたこと。司令部に出頭する。命令違反だ。私は軍人としての義務に反することをしたのだ。いかなる処分でも受ける」

「そんなのおかしいよ。ニナさんは間違ったことをしていないのだから、処分を受けるなんておかしいよ」メルルは言った。

「間違ったことをしていない、か」ニナは軽く笑った。

「私には何が正しいことで何が間違っていることなのか分からなくなった。ただ、私は軍人としての責任を果たさなかった。それは確かだ。だから、処分を受けるのは当然であろう」

「義務だとか責任だとか、十代のガキが偉そうに言っているんじゃねえよ」それまで黙っていたケネスが口を開いた。

 ニナは驚いた表情を浮かべた。

「いいか。命ってのはそんなに軽いもんじゃねえんだよ。そんなことも分からないガキが、偉そうなことを言うのは十年はええ」

 しばらくの沈黙ののち、ニナは口を開いた。

「ならば私にどうしろというのだ。どうせ私は処分される。司令官も面子をつぶされたんだ。おそらく激怒しているだろう。ただでは済むまい」

「だったら逃げちゃえばいいよ」

そう言ったのはメルルだった。

「ねえ、ニナさん。一緒に行こう。私たちとりあえずディダまで行くつもりなの。カディスに戻ったらひどい目に遭うのなら、もう逃げるしかないじゃない」

 ニナはまた驚いたような表情を浮かべた。そして苦笑して言った。

「そんなことは許されることじゃない。罪は罪だ。それを償わなければならない」

「だれに許される必要があるんだ」ファブリスが言った。「カディスの司令官が許さないということか」

「あんな奴はどうでもいい。ただ、自分で自分が許せないんだ。私は果たすべき正義をなしえなかった。それはどうしようもなく許せない罪なんだ」

 ニナの表情にはどんな感情も表れていなかった。沈黙が流れた。短い沈黙を破ったのはケネスだった。

「許してやれよ。もういい加減自分自身を。それに、正義なんてとんでもなく重いもの背負う必要ねえよ。それでも、どうしても背負うっていうのなら、俺が背負ってやるし、ファブリスやメルルだって喜んで背負うだろう。何せこいつら、赤の他人のために海賊の艦隊の中に飛び込もうというような奴らだぜ」

 ケネスの言葉にファブリスとメルルも強くうなずいた。その表情には一片の偽りの気持ちもなかった。


 ニナは激しく動揺していた。

彼らは誤解している。自分は決して重いものを背負っているわけではない。ただ、正義という言葉が、孤立した自分を世界とつなぎとめる唯一の絆であっただけだ。

 本当はもう気がついていた。任務を受けたのは、それは決して正義のためなんかではなく、ただ、逃げ出したかっただけだということに。周りの冷たい視線から、膝を抱えているだけの狭い部屋から、昨日と今日そして明日、いつまでも変わらず繰り返される孤独な日常から。

例えカディスを離れて他の星に行っても結局自分は一人だ。だったら、他に目指すべき場所なんてない。ならば……。

 長い間、ずっと一人だったから、彼らのその言葉が、親切が、暖かさが、信じられなかった。今までの自分とはあまりに遠いものであったから。心の中でずっと探していたけど、それはかなわないものと諦めていたものだから。

「ねえ、一緒に行こうよ」

 モニター越しに、メルルと呼ばれていた赤毛の女の子が言った。おそらく自分よりも二つか三つ年下だろう。愛らしいその顔は不安そうながらも真剣な表情で、ただニナの反応を待っていた。

 その横の二人の男たちもやはり同じ表情だった。

 ニナは心を強く抑えた。そうしないと、この場で泣き崩れてしまいそうだったから。

 本当はずっと待っていた。一緒にと言ってくれる、こんな自分に手を差し伸べてくれる、そんな仲間たちを。


 しばらく沈黙が流れた。モニター越しに三人のことを見ていたニナは、やがて口を開いた。

「分かった。もう勝手にしてくれ。一度捨てた命だ。お前たちに預けてみる」

「やったあ」

ファブリスとメルルの声が重なった。ケネスも強くこぶしを握った。

 三人とも笑顔を浮かべている。ニナはそんな様子をモニター越しに見ながら思った。

(何でこんなに他人のことで喜べるのだろう)

 ニナはこんなに身近で人の笑顔を見るのは久しぶりだと感じた。ファブリスやメルルの無邪気な笑顔を見ていると、自分が真剣に悩んでいたことがとてもくだらないことのように思えてきた。

「それでこれからどこに行くというのだ」ニナは声に感情が溢れださないように、極めて冷静を装って聞いた。

「次の目的地は惑星ダーニアだ」ファブリスは答えた。


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