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ファブリスたちは昼食のため、昨日のレストランに行った。昼時にも関わらず空席が目立った。外出を自粛している人が多いようだ。それにも関らず、店は騒がしかった。
騒いでいる連中はどうやら防衛軍のようである。十人くらいいるだろうか。昼から、しかも非常時に関わらず酒を飲んでいる。ファブリスたちはなるべく彼らとは離れた席に座り食事を注文した。
「これからどうするよ」ケネスが聞いた。
「海賊は今日から明日の未明くらいにカディスを通過するようだから、明日の午前中には出発できるんじゃないかな」ファブリスは言った。
「まるで台風だな」
ケネスはメルルがミニコンを操作していることに気がついた。
「メルル。仕事熱心なのはいいが、昼くらいは仕事をやめないか」
「ごめんなさい。さっきの取引の記録だけしておきたくって」メルルはそう言うと、ミニコンをしまった。
「儲けが出てだいぶ余裕ができたんじゃないか」ファブリスが聞いた。
「そうね。でも油断はできないよ。値上がりするっていうことは当然値下がりすることもあるんだから。何があっても対応できるように、常に余裕があるお金の管理をしなきゃ」
「お前、将来いい嫁さんになるよ」ケネスは笑いながら言った。
やがて食事が届いた。食事中、三人はあまり話もせず、モニターから流れるニュースに気を取られていた。海賊の現在位置や、彼らの目的を推測する報道されていたが、特に新しい情報はなかった。三人ともあえて話題にはしないが、テルビナのことがずっと気がかりであった。
「お兄ちゃん。向こう」
ファブリスはメルルが示した方向を見てみた。そこには昨日の金髪の女性、確かニナと呼ばれていた、が食事をしていた。今日も一人のようだった。ニナはたまにモニターの方に目をやることもあったが、黙々と食事をしていた。
ニナに気がついたのはファブリスたちだけではなかった。ニナが食事を終えて、出口に向かおうとした時、飲んでいた防衛軍の一人がニナに気がついた。そのうちの一人がニナに近づいた。
「聞いたぜ。偵察のこと。お前も災難だな」
かなり酒が入っている若い男が言った。その言葉とは裏腹に、その表情にはにやにやと笑みを浮かべていた。ニナは相手にせず立ち去ろうとした。
「おう、待てよ」男はそれを遮る。
「俺たちだって、何とも思っていないわけじゃないんだぜ。いちおうお前も仲間だしな。仲間が危険な任務に向かおうとしているんだ。せめて門出くらいは祝いたいじゃねえか。なあ、みんなそうだよな。あの海賊どもに戦闘艇一機で挑んでいこうとするニナに乾杯、ってな感じだよな」
ニナは露骨にいやな表情を浮かべた。この緊急時にも関わらず、酒を飲んでいる連中に対して不快感を隠さなかった。ニナは男を避けて立ち去ろうとした。そんなニナの背中に向かって男は言った。
「それにしてもあの司令官の面子のために命をはるとは、あんたも物好きだよな」
ニナは歩みを止め、振り返った。
「どういう意味だ?」
「何だ、あんた知らないのかよ。とりあえず海賊どもがカディスを素通りするということでいったん安堵した司令官様はその後考えました。このまま近くを通る海賊に対して手をこまねいていたとしたら、司令官としての面目丸つぶれだ。出世にも響くかもしれない。そこでだ。海賊をあまり刺激せず、かつ、やることはやりましたということを示すために選ばれたのがあんただ」
「そんなことない。偵察でやつらの戦力を知ることは、今後の戦略に重要なことのはずだ」
「わかっちゃいねえな。この宙域にはあいつらに刃向える戦力なんてありはしない。周辺宙域からの戦力を集めても、あいつらにとってはハエのようなものだ。すぐにたたき落とされてしまうのが落ちだ。中央軍も身内の対立で海賊退治にまで手が回らない。あいつらを倒せる奴なんていないんだよ。それなのに偵察なんてして何の意味があるんだ」
ニナは何も反論できなかった。答えに窮したニナを見て、男はさらに笑顔を浮かべた。
「だからあんたはただの捨て石なんだよ。でも俺たちあんたには感謝しているんだぜ。あんたが行かなけりゃ、俺たちが行かされたかもしれないもんな。さすがエースパイロット様だ」
「そんなのひどいじゃない!」
突然、店内に声が響いた。それはメルルの声だった。
「何でそんなことのために危険を犯さないといけないの。そんなの絶対間違っているよ!」
ニナと男は、意外な乱入者に驚いた表情を浮かべた。メルルはニナに近づいて言った。
「詳しいことはよく分からないけど、そんなことの命をかけるなんてだめだよ。ねえ、やめようよ」
ニナは顔を落とし、唇をかみしめている。メルルはなおも言葉を続ける。
「意味のないことで命をはるなんて、絶対やっちゃいけないことだよ」
「お前に私の何が分かる!」
ニナの口から厳しい声が飛んだ。
「同情しているつもりか。例え馬鹿げた任務であろうと、それを全うするのが軍人の責任だ。素人が余計な口出しするな」そう言うとニナは足早に去って行った。
メルルはファブリスの方を振り返った。涙ぐんでいた。
「お兄ちゃん。私、余計なこと言ったのかな。あの人を傷つけちゃったのかな」
ファブリスはメルルの頭を撫でながら言った。
「そんなことはない。メルルは正しいことを言った。だれかが言わないといけないことだったんだ」
ファブリス自身、ニナの置かれている状況に対して、強い憤りの気持ちを抱えていた。
店内に笑い声が響いた。先程からニナに絡んでいた男だった。
「あんたも災難だな。だめだよ、あんな奴に関わっちゃ。あいつは防衛軍でも厄介者で、今回の件でせいせいしている奴も多いんだ」
ファブリスは男を睨みつけた。殴ろうと思った。
「もうその辺でやめておけ」
先程から黙って話を聞いていた中年の防衛軍兵士が割って入ってきた。
「嬢ちゃんすまない。不快な思いをさせたなら謝る。本音を言えば、みんな自分の不甲斐なさの持って行きどころがないんだ」
「おい、おやっさん。別に謝ることなんかないじゃないか」
「いいからお前はもう黙ってろ。なあ、嬢ちゃん。俺にもあんたやさっき出て行ったニナと同じくらいの年の娘がいてな。学生で親のすねをかじりながら、きれいな服を着ていつも遊びまわっている。この星の娘なんてみんな似たようなものだ。それなのにニナの奴は軍の服を着て、いつも一人で任務を行っている。確かにいけすかないと思ったこともあったさ。あいつ愛想がないし、気のきいた世辞の一つも言えないんだからな。でもこうなってみると何だか不憫に思えるようになってな」
男の言葉に、さっきまで酒を飲んでいた他の防衛軍の兵士たちもうなだれた様子になった。
「あいつが無事戻ってきたら、そのときは本当に仲間として歓迎してやろうじゃないか。なあ、みんな」
中年の兵士は周りの兵士に呼びかけた。その声にうなだれていた他の防衛軍の兵士たちも同調した。
だが、ファブリスは彼らの様子に納得がいかなかった。
「そうじゃないだろう」ファブリスは抑えた声で言った。
「あんたらがやらないといけないことは、戻ってきたときにあいつを歓迎することじゃない。今、あいつを止めることだろう」
だが、それに賛意を示すものはいなかった。中年の男も目をそらした。ファブリスは先程のニナと若い男との会話を思い出した。
「あんたが行かなけりゃ、俺たちのだれかが行かされたかもしれないもんな」
「そういうことか……」ファブリスは言った。
「分かった。あんたらが止めないなら僕たちが止める。ケネスさん。メルル。それでいいよね」
「ああ」
「もちろんだよ」
三人は立ち上がり、振り返ることなく、足早に店を立ち去った。