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オープンユニバース  作者: ペタ
第4章 正義の所在
11/43

4-3

 ニナはその日は非番であったが、宇宙港に隣接する防衛軍のドックに行き、戦闘艇の整備をしていた。ドックにはこの基地に所属する戦闘艇が他に二十機ほどあった。

通常、戦闘艇の整備は整備士の仕事であるのだが、他の戦闘艇とは異なり、ニナの戦闘艇は防衛軍所属のものではなく、ニナ個人の所有物であるため、自分で整備する必要があった。それに緊急時で落ち着かないため、仕事に集中したいという思いもあった。

目の前の戦闘艇はその色が黒で、全長十二メートル、主翼は開くとその幅が九メートルあり、宇宙のみならず地上においてもその性能を発揮できる、通称クロウ型と呼ばれる戦闘攻撃機だった。地上戦用の地対空ミサイル、空対空ミサイル、機銃、宇宙戦用の光子ビームなど様々な装備を積んでいる。

その戦闘艇は軍のパイロットであったニナの父親のものであった。父の死後、ニナが引き継いだものであるのだが、父が残したものと言えば、ほとんどその戦闘艇のみであり、そのため強い愛着を感じており、整備にも熱が入った。

「相変わらず仕事熱心で感心だね」

ニナに声がかかる。見ると、ニナよりもだいぶ年上の防衛軍のパイロットだった。その口ぶりはねぎらいというよりは皮肉であった。ニナは軽く頭を下げた。

 ニナはこの星では最年少の防衛軍のパイロットだった。正確に言うと、ニナは軍の正規兵ではなく、軍属という扱いであり、要は雇われ兵であった。ニナは父を亡くした後、戦闘艇とともに防衛軍に志願した。特例的な扱いであったが、ニナのパイロットとしての腕と戦闘艇を持っていることが評価され、防衛軍に雇われることとなった。そうした身分のパイロットはカディスではニナだけだった。

 ニナが整備している間、何人か他のパイロットも通ったが、大方はニナに声をかけることもなく、素通りした。それもいつものことだった。

 ニナのパイロットとしての腕は一流であった。パイロット同士の戦闘艇による模擬戦では、地上でも宇宙でも負けたことはなかった。だが、若くてパイロットとしての年数も浅いニナに負けることは、他のパイロットにとっては屈辱以外の何ものでもなかった。

ニナは、模擬選に際して、自分と相手の戦闘艇の性能を熟知し、相手のわずかな動きから進路を予測し先手をうった。また、相手の加速速度から燃料の消費量を割り出し、燃料切れのタイミングを計った上で仕掛けたりもした。事前に様々な情報を分析し、状況をシミュレートした上での勝利だった。

 だが、あるパイロットは、ニナが勝つのは腕の差ではなく戦闘艇の差だと言った。ニナの戦闘艇は中央軍仕様の高性能の機体であり、他の戦闘艇と比べると性能は際立っていた。このため、ニナが通常の戦闘艇に載って模擬戦に臨んだこともあった。しかし、結果は同じだった。パイロットたちは屈辱とニナへの憎悪を深めていった。

 もともと若く容姿もいいので、もう少し周りに気づかいをすればそれでも可愛がられることはあっただろうが、ニナが父親から教わっていたのは戦闘艇の操縦方法だけであり、処世術ではなかった。ニナの周囲に対する冷たく無関心と思える態度もあり、ニナは防衛軍の中で完全に孤立していた。

ニナは他のパイロットよりも宇宙に出動する時間が多くなった。それは他のパイロットが危険な仕事をニナに押しつけたかったからだが、ニナも断らなかった。基地にいるより、宇宙で戦闘艇の中に一人でいる方が落ち着けるからだった。


「ニナ=マイヤーズ。ちょっと来い」

ニナは声のした方向を見ると、そこにはパイロットでも整備士でもなく、司令官の副官である中尉が立っていた。いつもニナに指示を出すのは他の兵士かせいぜい下士官であり、こんなところにまで士官が直々に来て声をかけるのは異例のことであった。ニナは整備道具を置くと、足早に中尉の所まで行った。

「司令官がお呼びだ。すぐに出頭しろ」

 ニナは驚いた。司令官は中佐である。佐官級が軍属にすぎないニナに用があるなんて、今まで一度もなかった。

「分かりました。着替えてすぐに向かいます」

ニナは汚れた整備服を着ていた。

「時間がない。そのままでいいからすぐに行け」

中尉の指示に対しニナは敬礼すると司令官室に急いだ。その後ろ姿を見送った中尉は複雑な表情をしていた。


「失礼します」

ニナはノックをして部屋に入った。少し緊張していた。

司令官室は思ったよりも広く、執務を行う机のほかに、豪華そうなソファーとテーブルも置かれていた。何度か遠くから見たことはある司令官は椅子に座り、パソコンを操作していた。ニナを見ると立ち上がり、神経質そうな表情の上に似合わない笑顔を浮かべた。

「忙しいところよく来てくれたね」

ニナは勧められるままに、ソファーに腰をかけた。

「君が噂の凄腕パイロットか。こんなに若くてきれいなお嬢さんだとは思わなかったよ。いや、話には聞いていたが、実際にあってみると噂以上だな」

「ありがとうございます」

ニナはその言葉を聞いて、余計落ち着かない気分になった。

「ところで、君、例の海賊のことは聞いているよね」

司令官は作り笑顔を浮かべつつも少し真剣な顔になった。

「はい」ニナは手短に答えた。

「首都星消失からああいう不届きな輩が増えてけしからんと思わんかね」

「はい。そう思います」

「そうだろう。それに君のお父さんは元中央軍のパイロットという話じゃないか。お父さんが御存命ならああいう輩を放っておかなかったんじゃないかね」

「はい。父は正義の人でしたから、そうだったと思います」ニナはそう言いながらも、司令官が父のことまで知っていることを意外に思った。

「やっぱりそうだよね。いやあ、それで君は父さんの後をついでパイロットか。さぞかしお父さんも誇りに思っているんじゃないかね」

「いえ、まだまだ未熟で、父に誇りに思ってもらえるには程遠いです」

「そうかそうか。君は謙虚だな。そういう所もすばらしいな」

「はあ」ニナはなかなか要件に入らない相手に少し苛立ちを覚えた。

「ところでご要件は、何でしょうか」

 その言葉に指令官は少し表情を固くしたが、また、薄笑いを浮かべて言った。

「ごめんごめん。君も忙しいからね。実は今日は来てもらった理由なんだが、あの海賊はこれからこのカディスの近くを通ることになるのだが、何もせずに通すというのでは、宇宙の平和を守る防衛軍としてはあるまじき態度だと思うのだよ」

司令官の言葉にニナは思わず立ち上がった。

「まさか戦うというのですか!」

「いやいやそういうことじゃなくて」司令官は苦笑を浮かべた。

「我々の戦力だけじゃ、残念ながらあいつらには太刀打ちできない。だがあんな連中をいつまでものさばらせておいては正義に反する。そうだろう。だから今できる精一杯のことをやっておきたいと思って。まあ、とにかくかけたまえ」

ニナはまたソファーに座った。

「いずれ戦うにしても奴らの戦力、数や艦の構成などが分からないと話にならないだろう。やつらは神出鬼没で、正確な情報があまりないんだ。おおよその艦数の情報はあるが、これも噂で聞くところであって、実際にどれくらいの艦があるかはつかめてはいない」

 ニナは黙ってうなずいた。

「そこでだ。奴らがこのカディスの近くを通る。これは千載一遇のチャンスではないか。奴らの正確な戦力がつかめれば、今後、中央軍が動く時がきたら、その時の戦略の立て方も変わってくる。やることは小さなことかもしれない。だが、今つかんだ情報が、将来的に奴らを葬る際のアリの一穴になるかもしれないのだよ」

 ニナはうなずきながら、だんだん指令官の言いたいことが分かってきた。

「海賊なんて悪をのさばらせることは正義に反する。だから、いずれ奴らを打倒するために、必要な情報を得る必要がある。このためには奴らに接近して偵察する必要がある。そこでだ」司令官はいったん言葉を切ってから、ニナの目を見て言った。

「偵察に行ってくれないか。防衛軍の中でも君が一番のパイロットだと聞いた。海賊に近づいて情報を探ってくるのだからある程度の危険は避けられないだろう。だが、君なら無事職務を成し遂げられる。そう信じている」

 どうやら行くことがすでに前提になっているようだった。ニナは自分が軍属にすぎないので、死んでも惜しくないからだろうと思った。だが、ニナの返事は決まっていた。

「分かりました。やります」

 あまりに早い返事に、司令官は意表を突かれて真顔になったが、すぐにまた作り笑顔を浮かべた。

「そ、そうか、行ってくれるか。君ならそう言ってくれると思っていた。ありがとう。ありがとう」

司令官は立ち上がり手を伸ばしてきた。ニナは気が進まなかったが手を伸ばした。がっちりと手が握られた。司令官の汗ばんだ手が不快だった。

「無事職務を全うしたら、その時の待遇は保証するよ。君が望むのなら正規の軍人にしてもいい。特別報酬も考えているし、休暇がほしいのならそれも検討しよう」

さすがに司令官にも後ろめたさがあるのだろう、その後もいろいろと言葉が続く。

(よく動く口だ)

ニナはそんな司令官を冷ややかな目で見ていた。

「無事職務を全うしたら」

その言葉は空虚に聞こえた。何百隻もの艦隊に戦闘艇一機で接近するのだ。無事帰ってこられる可能性などゼロに等しい。パイロットの腕がどうこうという次元の話ではない。断ることも可能だった。ニナは軍属であり、断ったところで最悪、解雇されるだけである。ニナの戦闘艇と腕があれば、他の星でも雇い手はいるだろう。だが、ニナは断らなかった。この任務を引き受けることが、父がいつも言っていた正義にかなうことだと思ったからだった。


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