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オープンユニバース  作者: ペタ
第4章 正義の所在
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4-2

同じ頃、カディスの防衛軍司令本部の司令官室では、司令官が副官から報告を受けていた。こちらにはさらに詳しい情報が伝えられていた。

「謎の艦隊は総数およそ千。おそらく海賊のアレス艦隊かと思われます」

「アレス艦隊だと。ばかな。なぜこんな宙域に来るんだ?」副官の中尉の報告に対して、平素から神経質な司令官は青ざめた顔で聞いた。

「分かりません。現在分かっていることは、第三十六宙域のワープゲートを抜けてこの宙域に来たようです」

「ワープゲートの奴らは何をやっていたのだ。なぜ海賊の通過を許したのだ」

「それは小官には分かりかねます」と言いながらも中尉は思った。千隻もの艦隊の通行を拒否できるわけないじゃないですか。そんなことをしたらどんな報復に遭うか……。

「艦隊はディダを素通りしました。移動速度から考えて、明日の十九時頃にはカディスに最接近する模様です」

「明日の十九時だと。早すぎるだろう。何かの間違いではないのか」

「かなりの速度で移動している様子で、現在のスピードのままだとその時間になるということです」

「あと二十二時間後か……。このカディスが攻撃されたら……」

すべての状況が絶望的だった。

 司令官が攻撃されることを恐れるにはそれなりに理由があった。カディスはもともと食糧生産のための人工惑星であり、常時、多量の食料がある。また食料の生産や輸送のための燃料も豊富で、さらに貿易により得られた潤沢な資金もあった。それらを海賊が狙ってくるということも十分考えられることであった。

 カディスにも防衛部隊は存在したが、保有する宇宙戦力は、巡洋艦二十隻と戦闘艇が約五十機である。小さな海賊を相手にするのなら十分な戦力であったが、千隻もの艦隊を率いるアレス艦隊などにはとても対抗できる戦力ではなかった。もしカディスに来るのなら、黙って資金と物資を渡すしか選択肢はない、司令官は考えていた。

「ディダの指令本部は何と言っているんだ」

「それが……、各星の自主的な判断に任せるとのことです」

 副官の回答は司令官の悩みを何ら解決に導くものではなかった。

 その時中尉の携帯電話が鳴った。

「もしもし……」

中尉はしばらく何かを聞いていたが、そう長くなく通話は終わった。

「二つの情報が入りました。凶報と吉報です。どちらから報告いたしましょうか?」

「どっちでもいい、早くせんか」

「かしこまりました。では、凶報から。アレス艦隊に続き、さらに別の数百隻規模の艦隊が現れたとのことです。こちらも正規の軍隊ではなく、未確認ですが、おそらくレイシア艦隊と思われます」

「レイシアだと」

司令官は卒倒してしまいそうな様子だった。海賊の中でも比較的穏健だと噂されるアレスに対して、女海賊であるレイシアは悪名高い。以前、物資の拠出を拒んだある星に対して攻撃を仕掛け、その星の政府庁舎のある街が火の海と化したという報道がされたことがあった。このカディスも同じ目に遭うのかと考えただけで気が遠くなりそうだった。

 アレスとレイシアは、もともと中央政府の宇宙艦隊所属の士官であった。首都星消失に伴い、第一宙域にいた多くの艦隊が同様に消失したが、演習や他宙域の警備のため第一宙域の外にいて、その難を逃れた艦隊も複数あった。しかし、首都星にあった軍本部の機能が失われ、各艦隊は大混乱に陥った。それでもうまく他の宙域から物資を調達し何とか統制を失わなかった艦隊もある中、統制を失い瓦解した艦隊も存在した。

当時中佐であったアレスとレイシアは、そんな艦隊の混乱に見切りをつけ、艦隊のうち、自らの指揮下にあった部隊を完全に統制下に治め、さらに別の部隊にも勢力を拡大し、やがて軍の指揮系統から外れ、自らの意思で艦隊を率いるようになった。その数は、アレス艦隊は戦艦、巡洋艦など約千隻、レイシア艦隊は八百隻と言われている。もっともそれだけの艦隊を維持するためには多量の金と物資が必要となるため、いくつかの星を強制的に支配下に置き、その星から納められる資金や物資を基に活動を行っていた。

 もちろん政府も彼らの行動に対しては大いに問題視していたが、多くの艦隊が首都星消失で失われ、残った艦隊同士でも対立しあっているという状況があり、そこまで手が周らないというのが実情であった。もともと各宙域にも一定数の戦力が配備されているが、とても何百隻もの単位の艦隊には対抗できる数ではなく、事実上野放しの状態になっていた。

「アレスとレイシアは敵対関係にあったのではないか。なぜともに行動しているのだ」司令官の問いかけに中尉は、分かりません、と同じ答えを返した。

「ところで、もうひとつ吉報の方ですが、どうもアレス艦隊の進路から判断すると、カディスの方向に向かってきていますが、実際の目的地はこのカディスではなく、アルミナかテルビナに向かっている可能性が高いとのことです」

「ばかやろう。なぜそれを早く言わない」と言いながら、司令官の緊張した顔が露骨に安どの表情に変わった。

「助かった……」

 もちろん他の星には危機が及んでいるので安心している場合ではないのだが、とりあえずカディスの危機は少し遠のいたようなので、カディスの司令官としては緊張から解放された。しかし、司令官には別の思案が浮かんだ。近くを通る海賊に対して、このまま何もせず手をこまねいているだけで、果たしていいのだろうかと。

通常、各星の防衛軍の軍人は各星で採用され、身分的にはその星の所属となる。しかし、司令官クラスとなると、中央政府による監督と統制のため、軍の中央本部付きの身分の者が配属される。カディスの司令官も中央軍の所属であり、今は、このカディスに司令官として任命されているだけであり、いずれ出世して中央のしかるべき地位に就きたいと考えていた。そのためには功績がいる。もちろん今回の場合、圧倒的な戦力差があるため、海賊を見過ごしたということが罪に問われることはないだろうが、それでもこの機会を最大限に活かす方法はないか。司令官はこうした方向には知恵が回る男であった。

 司令官が考え込む様子をみて、副官は小さくため息をついた。


 翌日の朝には、艦隊の正体がアレス艦隊であること、さらにレイシア艦隊も来たこと、カディスに近づいてきているが、目的地は別の星であるらしいことが広く大衆にも伝わった。

海賊の動きについて様々な噂が流れた。

油断させて実はカディスを狙っている。しかしその噂は、海賊が本気になればカディスなんてすぐに堕ちる、油断させる意味がないという反論で消え去った。

次に、アレスとレイシアが協力しているのではないかという噂だった。もともとこの二つの海賊は支配領域をめぐって対立していたはずだったが、こうして同じタイミングで来るということは、協力しこの四十七宙域をともに支配下に置こうとしているのではないかというものだった。しかし、それだと主星のディダを素通りした理由を説明できなかった。

逆に、この四十七宙域で二つの艦隊が決戦しようとしているという噂もあった。海賊が勝手につぶしあってくれるのなら大歓迎、というのが多くの人の本音であったが、大規模の艦隊が衝突したらその影響は測り知れず、カディスにもどんな被害があるかわからず、人々の不安は消えることはなかった。早くどっかに行ってしまえ、というのがみんなの願望であった。

 結局、海賊が襲来した理由は不明であったが、現在、二つの艦隊がカディスの方に近づいてきているのは間違いない事実としてあった。このため、宇宙の航行については自粛勧告が出されており、ファブリスたちもしばらく足止めを余儀なくされそうな状況だった。

 ホテルに留まっていても仕方がないので、ファブリスたちは市場に向かった。昨日は人や車の往来が多かった通りも、今日は昼前にもかかわらず、通行がまばらだった。

 市場に行き、取引所の電子掲示板を見て、ファブリスは自分の目を疑った。ほとんど商品が値上がりしてした。しかも、今も金額が頻繁に変わっており、多くの商品の値段が上昇を続けていた。ほぼすべての商品が昨日よりも一割以上値上がりしており、特にアルミナやテルビナを生産地とするような資源は、さらに高騰していた。

「これってどういうこと?」金額を見て目を丸くしていたメルルがケネスに聞いた。

「まあ、海賊の襲来で宇宙の航行が難しくなり、物資が入らなくなるため値段が上がったっていうことだな。もちろん一日や二日航行がなくてもそんなに不足するわけではないんだが、この先もどうなるか分からないから、みんな不安になって、物資を買い集めている結果、値上がりしているという感じだろうな」

「特にアルミナやテルビナの資源が値上りしているのも海賊の影響だよね」ファブリスが言った。

「まあ、そうだな。奴らの進路にあるらしいから、特に供給不安に対するおそれから、さらに値段が上がっているんだろう」

「テルビナのみんな、大丈夫かな」メルルが不安そうに言った。それはファブリスとケネスにも共通した心配だった。

「大丈夫だって。テルビナのような貧乏な星、誰がすき好んで襲ったりするか。たまたまあいつらの進路がそっちに向いているだけで、テルビナは関係ねえよ。それに万が一、テルビナに行ったとしても、あいつらは海賊とは言え、元軍人だ。あまり非道なことはしないだろう」ケネスのその言葉は半分は自分に言い聞かしているようだった。

「とにかくテルビナの心配をしても僕たちには何もできない。今考えるべきはこの状況をどうするかだ」ファブリスも不安を感じながらもそれを隠すように言った。

「そうだな。艦には超純シリコンが積んである。かなり値上がりしているから今売っても儲けが出るが、たぶんまだ値段は上がっていくだろう。もう少し待ってから売ってもいいかもしれないぞ」

ケネスの言葉にファブリスは少し考えてから言った。

「いや。今全部売ってしまった方がいいと思う。燃料も値上がりしているし、食料もこれからどうなるか分からない。非常時にはなるべく多く資金を持っていた方がいいと思うんだ。それに何より、この値上がりが長くは続かないと思いたい」

値上がりが続くということは、それだけ緊迫した状況が続くということだった。テルビナにも危険が迫っているのに、その状況が続くことを望むことはファブリスには不可能だった。

「まあ、それも一理あるな」

 ファブリスは売り注文を出した。売値は買値の三割も高い水準にまで値上がりしており、保有していた四単位を売却することにより二百万リール近くの儲けが出た。とは言っても、手放しで喜ぶ気にもなれず、心中は複雑だった。


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