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オープンユニバース  作者: ペタ
第1章 澄み切った空
1/43

1ー1

「おい、調整終わったか」

男が目の前の艦を見上げて呼び掛ける。

「今、終わったよ」

少年が艦の中から答える。少年がエンジンをかけると、ウィーというエンジンの稼働音が工場内に響き渡った。

 少年が乗っているのは、S七型という種別の宇宙輸送艦、その前方にある操縦席だった。その艦体は全体が白い色で統一され、幅六メートル、長さ十三メートル、高さ八メートルの、ほぼ直方体の形をした標準的な小型輸送艦である。

「よし、いいだろう」

男はエンジン音を確認すると、また少年に声をかけた。少年はスイッチを押してエンジンを止めた。

 少年の名前はファブリス。今年で十六歳になる。大きな青い瞳には穏やかな光が宿り、明るい赤毛の髪は活発な印象を与えた。背は同年代に比べるとやや高めだが、体は少し細く、その表情にはまだ少年の面持ちを残していた。

ファブリスは宇宙船の整備工場で整備士として働いている。サッカー場くらいの大きさがある整備工場には、様々な機械類が並び、その中央には、ファブリスが整備している艦と、もう一隻、別の小型艦が置かれていた。その周りを全部で五,六人の整備士が作業している。辺りには機械と油のにおいが漂っていた。

「ファブリス、お疲れ」

近づいてきて声をかけてきたのは、整備工場の社長であるダンカンだった。年は五十過ぎ。ずんぐりとした丸い顔と身体で、いつもにこにこ笑っている。

「ダンカンさん、お疲れ様です」

 ダンカンはファブリスの乗っている艦を見上げた。

「この艦はだいぶ痛んでいたと思うが、もう整備は終わったのか」

「はい。エンジンは稼働するようになりました。まだ、細かいところを見る必要はありますけど、ほとんど問題ないと思います」

「そうか。ファブリスもだいぶ腕を上げたな」ダンカンは笑顔で言った。

「そんなことないです。まだまだ学ばないといけないことだらけです」

「謙遜することはない。かなり上達が早いと思うぞ。そう言えば、ファブリスももうここで働いて一年になるか……」ダンカンは少し考えてから言葉を続けた。

「もうそろそろ別の仕事をやってもいい頃だな。どうだ、今度、中型艦の整備をやってみないか」

「中型艦ですか。ぜひやらせてください」ファブリスは興奮気味に言った。

中型艦は小型艦に比べると設備が複雑であるが、それだけに整備のし甲斐もある。何より自分の仕事がそれだけ評価されたのがうれしかった。

「来週一隻ディダからの艦が来る予定だ。ケネスにやってもらうつもりだったが、ファブリス、お前もそれを手伝ってみろ」

「ありがとうございます」

 それを聞いていた周りの整備士たちから、「ファブリスよかったな」と声がかかる。

ダンカンは時計を見て言った。

「引きとめて悪かったな。もう遅いから帰れ。メルルちゃんが心配するといけない」

「分かりました。お疲れ様でした」

ファブリスは艦から降り、他の整備士の一人一人にあいさつをしながら、事務室に向かった。そこで整備服から普段着に着替えをする。事務室の手洗い場で鏡を見てみると、ほほが少し黒く汚れていた。水で顔を流してまた鏡に向かいあうと、汚れは落ちていた。長めの前髪が少し水に濡れて額に張り付き、目の上にかかっており、軽く髪をかき上げた。そしてロッカーからかばんを取り出すと、事務室から外へ出た。

 外はもう真っ暗だった。夜空には見渡す限りに星が輝いていた。



 ファブリスがいるこの惑星の名はテルビナといい、宇宙における人類の生存圏の中ではかなり外れの方に位置していた。政治や経済の中心地からは離れており、辺境と呼ばれてもおかしくない星だった。宇宙の中央宙域で発生する様々な出来事は、テルビナで暮らす人々にとってははるか遠い世界でのことであった。

 テルビナはもともと資源の獲得を目的に開発が行われた星であり、資源の採取、運搬、加工など直接的に資源採取に関わる人、資源を宇宙へ運ぶために宇宙港や輸送艦の整備に関わる人、そうした人の生活を支える人、そういった人々で人口が構成されていた。

 


 ファブリスは工場を出ると、薄暗い通りを走った。工場近くの通りには人はあまりいなかった。整備工場のある一帯は、様々な工場が並ぶ工業区である。比較的大きな建物が多く、工場と通りとを遮る塀が並ぶ。

その一帯を東に抜けると居住区になる。

 居住区に入ると街灯が明るく灯り、いろいろな店が立ち並ぶ。商店やレストラン、デリカテッセンなど小規模の店舗が軒を連ね、このあたりに来ると人通りも増えてくる。人々の話し声、笑い声、時には怒る声。そうした喧騒が賑わいを示していた。

 決して大きい町ではないので、すれ違う人々のほとんどが顔なじみである。

「こんばんは」

「ファブリスお疲れ」

「今日は遅いのね」

 すれ違う人々と、笑顔と挨拶を交わしながら、通りを走って、家へと急いだ。

 商店の並ぶエリアはそんなに広くない。二、三分も走ると、店舗は途切れ、そこから先は住宅が並ぶ。多くの住宅は一階建てか二階建てで、あまり大きな家はなく、古くてこじんまりした家が多かった。多くの家の窓からは明かりが漏れ、そのいくつかからは家族の笑い声が聞こえてきた。

 ファブリスの家は、居住区の北の外れにあった。そこから北は、砂とがれきの荒れ地が広がっており、はるか遠くに大きな作業用の車両が何台か止まっている。町中よりも光が少ない分、星がよく見えた。

 家の近くまで来ると、ファブリスは立ち止まり空を見上げた。ファブリスは星を見るのが好きだった。たまに宇宙へ向かう、あるいは、宇宙から戻ってくる艦の光が空を横切る。艦の大きさは様々であるが、その光を見るごとにファブリスは宇宙への思いを馳せた。手を伸ばせば届くような、しかし、簡単には越えられない距離が、地上と宇宙とを隔てていた。

 十二年くらい前、ファブリスがまだ小さい子供だった頃、両親とともに別の星からこのテルビナに移り住んできた。当時幼かったファブリスは、その時の様子をおぼろげにしか覚えていなかったが、宇宙船の窓から見えた、すべてを包み込むような星の世界の姿がわずかに記憶に残っていた。

 ファブリスには両親がいなかった。父親は五年前に突然失踪し、母親は二年前に病死した。

 母親の死後、近所のダンカンが何かとファブリスの面倒を見てくれ、昨年中等学校を卒業した時に工場に誘ってくれたのもダンカンだった。ダンカンはいつもおおらかな人柄で、ファブリスが工場で安全確認を怠ったりすると大声で怒ることもあったが、普段は優しく、ファブリスの父代わりのような存在だった。



 強い風が吹いた。これから冬に向かう季節であった。肌寒さを感じたファブリスは家に急いだ。

 小さな家には明かりが灯り、窓越しにいいにおいが漂っていた。

「ただいま」

ファブリスは勢いよくドアを開ける。

「お帰り。お兄ちゃん」

 返事が返る。声の主は、台所で料理している、ファブリスと同じ赤い髪をした小柄な少女だった。

「もうすぐできるから、少し待っててね」

 少女の名はメルル。ファブリスの一つ下の妹だった。学校を卒業した後、近所でベビーシッターなどをしている。

 メルルは味見のために小皿に掬ったスープを口にすると、「うん、おいしい」と、青い瞳を輝かせて言った。メルルはスープを大皿に取ると、サラダとパンが並べられているテーブルに置いた。そして、髪を後ろで縛っていたゴムを取ると、明るい色の長い髪が広がった。

 ファブリスはさっそく食卓についた。料理は品数も多くはなく、食材も決して高価なものではないが、火の通り具合や味付けなど絶妙であった。メルルは料理上手であった母親の血筋を正しく受け継いでいた。母親はもともと病弱であり、メルルは小さい頃から料理の手伝いをしていた。そして母親が死んでからは家の中の仕事は全部取り仕切るようになった。

 ファブリスとメルルは食事の間、工場での出来事、ベビーシッター先での出来事、買い物中に出会った人など、今日一日にあったことを話した。

「今日もホーリーさんが野菜をくれたの。いっぱい農園で採れたからってお裾分けだって。だから今日の野菜は取れたてだよ」

「いつも気を使ってもらって悪いな。この前ももらわなかったっけ?」

「この前はミヤさん。もらったのはベーコンだよ」

そのベーコンもスープの中に入っていた。

「そんなにいつもじゃ、向こうも大変なんじゃないかな」

「もちろん悪いから断っているよ。でも、いいからいいからって置いていっちゃうんだよ。とってもありがたいだけどね」

 両親がいないせいか、近所の人たちはいつもファブリスとメルルのことに気を使ってくれる。もっとも、両親がいたころからも物をもらうことが多かったような気もするが……。

「あと、今日、お買い物中にお隣のエレナさんにあったよ。今度の日曜日に、エレナさんのうちでパーティーをやるのでぜひ来てほしいって。もちろんお兄ちゃんも一緒にね。カールくんやドノバンくんが、みんなで遊びたいんだって。たぶん料理は私も手伝うことになると思うけど」

 その話を聞いて、ファブリスは少し複雑な気持ちになった。カールはエレナの子供で、ドノバンはその友人であり、共にファブリスとメルルの同年代である。メルルの料理は近所でも評判でありそれが目当てなのはわかるが、問題はカールやドノバンが密かにメルルのことを狙っているようだということだった。メルルが相手にするわけないと思うが、兄としてはあまりうれしい気はしない。とはいってもそんなことを言えるはずもなく……。

「まあ、いいんじゃないか。休日だったら僕も行けると思うし」

「よかった。エレナさんには伝えておくね」メルルはほほ笑んだ。

 その笑顔を見てファブリスは思った。兄としてのひいき目を差し引いても、メルルは少し背こそ小さいが、目がぱっちりと大きく、愛らしい顔つきで、かなりかわいい分類に入る女の子だ。だれかと付き合っているという話は聞いたことがないし、そういうことを隠せる性格でもないので、たぶんそんな事実はないのだろう。しかし、年頃であるので決して油断はできない。

「そうだ。そのパーティーなんだけど、近所の女の子もいっぱい来るみたいだよ」

ファブリスの心中を見透かしてかどうかは分からないが、メルルは大きな目を少し細め、笑顔を浮かべて無邪気にそう言った。



 宇宙全体を震撼させる前代未聞の大事件が発生したのは、五年前のことだった。

政治、行政、司法、軍事、経済などすべての中心地である首都星と、その周辺の惑星などがある第一宙域が突然消失したのである。消失と言ってもその場からなくなったわけではなく、首都星とその周辺がすっぽりと闇に包まれたのである。闇の中とは一切連絡を取ることができなくなり、有人無人の探索隊が何度も派遣されたが、それらは闇に吸いこまれたまま帰ってくることはなく、何の情報も得ることはできなかった。

 それまで極端に首都星に権限が集中している中央集権状態であったため、その消失は宇宙全体の大混乱へとつながった。政治だけでなく、経済も混乱し、全宇宙的なインフレや物資の不足を招いた。軍事も混乱し、統制を失い離散する艦隊も現れた。治安も混乱し、惑星や宇宙空間での略奪が横行した。

 その事件から五年が経過した頃には、混乱はだいぶ収まり新しい政治体制も確立され、それなりに秩序も回復しつつあった。しかし、首都星の状況は相変わらずであり、中にいた国王や三十億もの住民の安否は、手掛かりすらつかめない状況であった。公には口にする者はいなかったが、もはや絶望的という見方がほとんどであった。

 惑星テルビナと、テルビナが属する第四十七宙域は首都星から遠く離れ、もともと宙域内だけで食料などの生活物資は賄える状態であったので、首都星消失による混乱は比較的小さかった。それでも周辺宙域から流れてくる難民や海賊などへの対応のため、多少の混乱は発生したが、今ではそうした混乱もかなり収束していた。


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