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氷花-シガ-

作者: 久慈 秋箭

 雪が降り積もる。深々と。

そうして溜まった白い塊を、彼等はせっせと掻き集める。

ああ――なんて滑稽。


 例年にない大雪。それが今日の肩書きだった。

 外に出るものは殆ど居ず、数人居るものも早く建物の中に入りたい、といった様子で早歩きで通り過ぎていく。私も、その中の一人だった。

「雪、か……。疎遠されたり、好かれたり、お前は大変だな。お前のこと、嫌いじゃない。私のこと、埋めてくれないだろうか」

 ふと顔を上げる。雪が目の中に入った。白いマフラーは、私に少しだけ手助けをしてくれた。でも、紺のブレザーとえんじ色のリボンが邪魔をする。結局、私のことを思うものなんてない。また、歩き出した。ローファーの中に入った雪が、染み込む。足の感覚をなくしていく。学校が、とても遠くに感じる。

 目の前に、見慣れた後姿を見つけた。彼女は、まっすぐ、後ろを振り返らずに歩いていた。しゃんと伸びたその背中を見て、考えた。彼女は、私のことを思っているのだろうか。

黒いベストから伸びた真白なブラウスを穴が開くほど見た。


 影なんだ。諦めなよ。光になることなんて、出来やしないんだから。所詮は戯言さ。


 声を掛けようか迷ったが、声を掛けた。彼女は、振り返って微笑んだ。私は、独りで居ることは嫌いではない。でも、沈黙は嫌いだった。日本人なら、皆そう言うと思うが。

「ああ、ごめんね」

 彼女は、照れくさそうに謝った。気が付くと、伏し目で彼女を見る自分が居た。

「何で謝るの?貴女は何もしていないのに。悪いのは私だ。貴女は優しいんだ」

彼女は何も言わなかった。ただ、ゆらゆらと私を見ているだけだった。


「私が居なくたって、世界は回るんです。何も変わらず、日常は進むんです」


彼女はやっぱり何も言わなかった。そこに、少しばかりの笑みを残して。


『私は、貴女が居なくなったら嫌だなあ』

 それは、ただのリップサービスだと、考えたのは卑屈な私で。


『大人になったら、一緒に外国に行こうね』

 笑った彼女のその笑顔は偽物なんじゃないかって考えたのは馬鹿な私で。


 彼女の頑張りに応えてあげられなかったのは、私が力不足だったからで。


 結局、私が悪いんだって。そう気付いたのが最近なのも、私が愚かだったからで。


 暫く、沈黙が続いた。しかし、私にとっては、とてつもなく短い時間だった。その間、私は雪だった。真白な、人に必要とされない除けられた雪。彼女は、まだ空から落ちてこない。


「どういうことか、解った?」


「多分ね」


「そう。所詮、影は光がないと生まれないんだ。光は――」


 歩き出した私はその先を聞いていない。彼女は私を凝視していた。面白いものなんてありゃしないのに。


屋上も、雪で真白だった。そこに残ったのは、真白で、誰にも気付いてもらえない無様なマフラーだけで。


 私は花を咲かすことが出来ただろうか。彼等の目に残ることが出来ただろうか。

 私がそれを知る術はない。



『光は――影がないと生きて行けないんだ』

 一筋の光が走ったような気がした。


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