第7話 転生賢者が家を建てたとさ
行きつけの食堂のセネットに、彩月のことは任せた。あいつは、あんな見た目とは裏腹に面倒見がいいから任せて安心だろう。それに、猫人族と人族のハーフという向こうにはなかった容姿を持つセネットから、この世界のことを学ぶことがたくさんあるだろう。
セネットは信用しているが、せっかく見つけた同郷の人間が、むざむざ殺されるのは嫌なので、防御系、速度アップの効果がある逃亡系の魔道具のほかに、アイテムポートを彩月に渡しておいた。翻訳の魔道具が機能したということは、彩月の体や能力でも魔道具は使用可能だということだ。体内の魔力から発動する魔道具は、不安なので持たせなかった。翻訳の魔道具と同じで、俺の魔力をあらかじめこめておいた充電式―――この場合は電力ではなくて魔力を補充するから充魔というのだろうか?
後で、彩月に許可をもらって向こうの人間の体の構造や魔力量などのデータを取らせてもらおう。そこから、分析すればどういう状態で彩月が異世界に来たのかわかるかもしれない。見たところ、神様にあったとか自分の能力が理解できているとかチートな兆候は見られない。俺が、前世で勇者として召喚された時は、俺様最強だぜって感じのチーと具合だったし、そもそも会話で困ったことなんてなかったしな。いまさらながら、俺たちは恵まれていたのだと悟らされる。
俺が転生してきたのは、彼女のサポートをするためなのではないかとさえ思えてしまう。まぁ、それでもいいか。まだ、それほど一緒の時を重ねてはいないが、悪い子ではないことくらい宮廷という魔窟に一時といえども身を置いた人間ならわかる。とても、純粋で利用されやすそうだ。唯一の救いは、サポートするのが女の子で、ほどほどに整った容姿をしているといったことくらいだろうが。
それにしても、誰かのために何かをするなんて随分と久しぶりな気がする。
「ふっ、それだけ俺は、自分の好き勝手に生きていたのかもな」
これは、俺の予測にすぎないのだが、世界を渡るときに体や魂などを構成する要素に書き換えや書き加え、付与や欠落といったことが起きたのではないかと考えている。俺たちの場合は、書き加えや付与といったプラスに働いたが、彩月の場合はわからない。
完全に向こうでの人体構造のままこちらに来たのでは、彼女の体にとって未知なものであふれている。とりあえず気づかれないようにこっそりと、特殊結界を張っておいたが、この辺は早めに解明して、早期解決をしなくていけないな。
さて、アザレアという名を気に入ってくれているのかどうかは、わからないが、眞仲 彩月のままでは過去の英雄と似た名前構成なので、いいように利用される危険がある。まずは、彼女を召喚した人間がいるかもしれないという可能性を含めて、経過観察か。
とりあえず俺の方は、宣言通りに家の整理整頓をしなければなるまい。年頃の女の子と一つ屋根の下で暮らすというシチュエーションはなかなか燃える展開だが、いかせん今の俺の体は女だ。間違いなど起こせるはずがない。
「ただいま。といっても、だれもいないけど」
音声認識によって、家に仕掛けてあるいくつかの魔道具が主人を迎える。むこうの世界と比べてもそん色ないハイテクで快適な家だ。冷暖房完備、水道も火力も、風呂もある。ただ、電話とかテレビとかそういって物がないので、娯楽に乏しいともいえる。まぁ、こっちの世界ではこれが当たり前で馴れてはいるのだが、懐かしい昔を思いはせてしまう。
その分、学ぶということに力を入れることになった。向こうでは、テスト直前になってあわてて勉強するような不真面目極まりない生徒だったのに、世界を渡っただけで随分と性格が矯正されたな。
「師匠の部屋を勝手にいじくると殺されるから……、弟子用の部屋か?」
師匠は、最大五人の弟子を抱えていたからそれだけ部屋はあるのだが、あの部屋たちを片づけるのは骨が折れそうだ。特に、姉弟子のティーアの部屋を片付けなど言語道断だ。あそこは、ちょっと扱いを間違えたら、ここらいったいが焼け野原になるような物騒極まりない薬品を平気でその辺に放り投げとくようなズボラな人間の部屋だ。手を出さないに限る。
兄弟子の部屋は、そんなに物は残されたはいないが……隠し扉とかがある可能性があるんだよな。こっちにも桃色表紙の本は存在しているからな。万が一にも彩月が見つけたら、俺の人望にかかわる。
そんなわけで、家に帰ってから一時間と少しあと師匠宅の隣の広大な敷地を有効利用することにした。材料は、森にある豊富な木材、それから倉庫にため込まれていた魔道具を有効活用して作り上げることにした。
森の木の勝手な伐採は、本来ならしてはいけないがこの辺森はもともと師匠と俺が悪戯半分で改良した種子が原因で突如発生した魔力を帯びた特殊な木々たちだ。そう、海がよく見えるこの崖にもともとこんな広大な魔森はなかったのである。今では、すっかりとこの町の様式と馴染み、師匠の名とともに観光スポット扱いされているのを俺は知っている。
そういうわけで、この森の木をいくら刈ったところで誰にも怒られないということだ。まぁ、家一軒建てるだけだからそんなに伐採したりしないのだが……。
どんな家を建てようか。住むのは、向こうの世界の女の子なのだ。どういうのが好きなのだろう。そういえば、鞄を預かってきたんだった。なにか、デザインのヒントになるようなものはないかな。勝手に女の子のカバンを漁るなんて、向こうでこんなことしている姿を誰かに見られたら犯罪者になっていたかもな。
鞄の中には、授業で使ったのか、それともこれから使うつもりだったのかノートやルーズリーフ、そして何冊かの教科書に、筆記用具。音楽プレーヤー……あ、これ俺が向こうで愛用していたのの色違いだ。うぅん、もしかしたら同じような時代から来たのかもしれないな。それなら、会話も合うかもしれないな。電源を入れても異世界では、電波がないためつながらないことでおなじみの地球では超便利機器だった通信機器に、電車やバスといった交通機関から、コンビニで買い物までタッチで簡単便利なペンギンのカードは、悲しいかなこちらではただのカードでしかない。俺も憶えがあるよ。文明危機が、ただの板に成り果てた時のショックは半端なかった。
おなじカード入れに学生所が入っていた。眞仲 彩月。199×年生まれ、9月5日生まれうんぬんと個人情報の羅列されたカードを見て思わず、わざわざテーブルに描かなくても学生所を出せば一発だったじゃないかと苦笑してしまった。他には何が入っているのだろうか、次に取り出した物は手帳だった。カレンダーには、丸い女の子の字で細かく予定が書きこまれていた。宿題やテストの日付といった忘れてはいけない情報から、家族の誕生日、友達との約束などがカラフルなペンで書かれている。彼女は、もうこの手帳に組まれた予定の上で生活できないのだ。
ふぅっと、息を吐きだし手帳を閉じる。手帳の表紙には、ヘンゼルとグレーテルをモチーフにした絵が描かれていた。そこに描かれてるお菓子の家の絵を見て、おもわずにやりと口元に笑みを浮かべてしまう。だれだって、お菓子の家に一度はあこがれる。
「よし、やるか」
そうして、数時間後見た目、メルヘンなログハウスで、中身はかなり近代的といった内と外とのギャップの激しい家が出来上がった、こういう木を切ったり、形を整え、組み立てたりといった大工仕事は、体も動かせるし、結構ハマってしまった。石造りの露店風呂とか作ったら気に入るかもしれない。雨風をしのげるように屋根も作ろう。できれば、ここに花の一つや二つ植えたらどうだろうか。もちろん、家の中にもお風呂を作るのは忘れてはならない。お風呂掃除が楽なように、魔道具を設置しておこう。凝りに凝ってしまい途中でごれーむにも手伝わせた。魔法といった便利な力と、魔道具といった一人で同時に複数操れる便利道具の存在のおかげで、作業は滞りなく進んだ。調子にのってもしかしたら本邸よりも快適な別邸が完成したかもしれない。師匠が戻ってきたら、きっと腰を抜かすだろうことは間違いない。ふむ、キッチン、トイレ、お風呂、リビング、寝室、和室、それから地下室……これだけあれば大丈夫だろう。海がよく見える崖の上に立つ賢者の塔なんてたいそうな名前で呼ばれている本邸の横に、赤い屋根の可愛らしいログハウスが一夜―――実際には半日で完成したのは後の世で賢者の伝説の一つになるかもしれないな。
「えぇっと、こっちだよ。レイさんの家は、あの塔……。あれ?? こんなメルヘンな家、前来た時はなかったわよ。あたし、タヌキに化かされているのかも。心配しないで、ちゃんとレイさんのところに連れてってあげるからね」
「はい、ありがとうございます。お買いものありがとうございます。セネットさんセンスがいいので安心してお任せできます。それと、教会での件なんかすみません。」
「いいのよ、気にしないで。あたしとアザレアちゃんの仲じゃない」
「はい。うわぁ、海が見えますよ、セネットさん! こっちの海は、エメラルドグリーンなのですね」
「う、うん。そうね。アザレアちゃんの住んでいたところに海はなかったの?」
「ありましたよ。でも、もっと蒼緑でしたし、こんなふうにきれいな水の色をしていませんよ」
いつも店で大声を出しているため、よく通る声をしたセネットと彩月の楽しそうな会話を魔道具で強化してある聴力がとらえる。
工具を片づけておくようにと、土や石で作ったゴーレムに指示を出すと、二人を迎えに行った。さて、どんな感想をあの子は俺に聞かせてくれるだろうか。彩月と過ごすことを楽しみにしている俺が確かにいた。




