第6話 猫耳若女将さんは、セネットさんというんだとさ
す、すごいです。魔道具の威力を身に染みて体感いたしました。ですが、こういう便利なものってものすごく高いって決まってますよね。壊しちゃったらどうしよう。弁償なんて、無一文の私にできるわけはありません。き、気にしてしまうとなんかこう、むずむずしてしまいます。
「あ、あのおいしかったです。とても。今まで、食べたことのない食材もあったので、とてもいい思い出になりました」
本当にいい思い出になりました。初めての異世界での食事が、カエルとかサソリとかだったら、どうしようって実は、身構えていました。外国の料理の味って基本舌に合わないことの方が、私は多いのですがここの味付けは舌になじみます。調味料のせいでしょうか?
「あら、とっても嬉しいわ。この街は、海も山も両方あるからね、新鮮な食材には事欠かないのよ。美食の街っていっても申し分ないと思うわ。えっと、何さんかしら?」
「あ、えっと」
さっき、レイさんが本名のままだと何かと面倒があるから、偽名を決めようと話していたところです。でも、このお姉さんには、会話から彩月って名前だってバレていないのでしょうか。
一応、こういう時は、レイさんにお伺いを立てたほうがいいですよね。たぶん、今の私ってレイさんの所有物ですし。
「あぁ、そうだな……こいつの名……」
レイさんは、しばらく虚空を見つめ懸命に何かを考えている様子です。あのぉ、めっちゃ猫耳お姉さんに怪しむようなジト目で見られていますよ。でも、これって私の名前を考えてもらっているわけだから、一生懸命考えてもらった方が私的にはいいのかな。変な名前はいくら偽名だとはいえ、呼ばれる側としたら嫌だなぁ。我儘かなぁ?
「うん、こいつの名は、今日からアザレア・H・フィロソファーだ。後でその名で、ギルドに登録しに行くところだ。」
「ほへ?」
思わず変な声を出してしまいました。だって、偽名っていうから、彩月という名前を何かほかの名前に置き換えるのかと考えてしまっていたのです。だって、そう考えません?
一人だけ暴走していたようで、ものすごく恥ずかしいですが、頭がこんがらがるようなことを言うレイさんが悪いんです。
「ちょっ、レイさん。その間は、なんだったの。っていうか、フィロソファーってレイさんとこの名だよね。いいの?」
「別に俺は構わないが? 彩月、おまえはどうだ。お前が気に入らないようなら、まだ間に合うぞ」
「つまり、偽物の名前なのね……はぁ。まぁ、確かにギルドに登録する名前って一種の芸名みたいなものよね」
「べ、別にかまいません。ただちょっと、馴れませんので、反応がしばらくは、できないかもしれません」
「サツキだけなら、大して気にならないだろうが、感がいい奴なら気が付くかもしれないしな。念のためにだ。さつきってツツジと似た花だろ? っていうか、俺にはどう違うのか区別がつかないんだが、まぁ許せ。そんで、たしかアザレアっていう西洋ツツジがあったと思ってな。まぁ、彩月のままでもいいんだが、眞仲っていうのはこの世界だと聞かないからな、変えとかないとまずい。俺と同じ苗字を名乗っておけば、いいだろう。弟子だしな」
弟子なのですか。それにしても、レイさんは何の師匠になるのでしょうか。異世界生活の師匠とかかなぁ? ね、猫しっぽが、くねくね動いていてかわいいです。
「サツキって音だけど、字は全然違うのですが。まぁ、彩月の字にカタカナの音を当てはめていくと長くなりそうなので、短いアザレアは覚えやすいですし、いいですね。レイさん、名付けありがとうございます」
彩月ではなく、アザレアとしてこの世界で私は生きなきゃならない。元の世界に戻れる方法何て見つかるかもわからないのだ。当面は、生きることに精いっぱいでしょうしね。ところで、真ん中のHとは、いったい何の略なのでしょうか。気になります。
「まぁ、アザレアちゃん、よろしく。あたしは、セネット。過去に勇者さまも利用したという歴史ある宿屋、ヤドリギ亭の看板娘よ。まぁ、見ての通りの猫人族と人のハーフよ」
「たった今から、アザレア・H・フィロソファーです。よろしくお願いします。は、箱入り娘だったため世間にかなり疎いのですが、なにとぞよろしくお願いします」
さりげなく、この世界に詳しくなくても許してね! 的なことを言っておきます。それにしても、猫人族と猫ってなんなのでしょうね。やっぱり、異世界には知らないことが多いです。知らない種族の方が、いらっしゃるようですが、仲良くできるのでしょうか。それにしてもやはり、確認しておかなければならない重要なことがあると私は思うのですよね。
「ところで、レイさん。私は、レイさんに買われたのですよね? 私は、レイさんのことをご主人様、とか主様、マスター、師匠みたいな呼び方をした方がよろしいのでしょうか?」
私としてはかなり真剣に尋ねたつもりだったのですが、レイさんは食べていたサンドイッチをのどに詰まらせて、セネットさんはぎょっとしておもいっきりテーブルをたたきました。手をそんなにバシンとやって痛くはないのでしょうか。
「!! ちょっと、レイさん、その話マジなの。まさか、モルモットにするんじゃないわよね。それとも……ダメよ、そんなことあたしが許さないんだからっ」
猫耳としっぽをぴーんんと伸ばすと、ぐいぐいっとレイさんに近づき怒り心頭の様子です。レイさんと、さん付けしていますが、お客さんと定員さんにしては距離が近いですよね。親しげって感じがします。常連さんだからなのでしょうか。
「なんで、おまえの許可が必要なんだよ」
「うぐっ。だって、こんな小っちゃい子を実験材料にするなんて信じられないんですもの。それに、やましいことをアザレアちゃんにするつもり! させないんだからねっ。ちょっと、おいでアザレアちゃん」
え、私別に小さくなんかないですよ。150㎝越していますよ。向こうでは、20歳前後では平均的な身長より少し低いくらいだったと思うのだけど、こっちではどうやら違うようです。くやしいです。もう身長伸びそうにないのですよね。
それにしても、セネットさんの中で私は一体いくつなのか怖くて聞けませんよ。
「あの、セネットさん? 私こう見えても、もう20歳ですし、成人していますよ。お酒だって飲めます。大人です、子供じゃないですよ?」
「え、そうなの。背が低い種族の出なのね。そうか、ごめんね。悪気はなかったのよ。ただ、レイさんっていつも女の人の匂いをまとわりつかせているから、絶対女遊びしているわよ、あれは。そんでもって、姿かたちを結構頻繁に変えているのは刺されないようにするためなのよ。アザレアち……さんがその餌食になるんじゃないかって、心配だったのよ。ものすごく無垢に見えるから」
後半は、私の耳元でこそこそって教えてくれました。レイさん、見た目通りにプレイボーイだったのですか。
それにしても、私ってそんな風に見えていたのですか。セネットさんの中では、背が低い=子供の式でも成り立っているのでしょうか。私が低いんじゃなくて周りの人が背が高いの! そう声を大にして言いたいですね。ですが、子供のように見えて庇護欲をそそられてくれるのなら、別の意味でこっちに利益があるかもしれません。そこに付け入らせてもらいます。私は、少しでも早くこの世界での人脈を整えなきゃいけません。もし、レイさんに捨てられてもなんとかできるようにしなくてはいけませんもの。
「ねぇ、レイさん。この子に手を出すつもりで買ったの?」
「そんなつもりはねェよ。ただ、実験とか魔道具制作の助手が欲しかったのと、すこし実験台になってもらおうと考えていただけだ。もちろん非人道的なものをするつもりはないぞ。なんなら、女神リーヤの加護を願えばいいじゃないか。そうすれば、俺が手を出したら加護の効果で電撃を食らう羽目になるからな」
「そうね、そうしましょう。アザレアさん、奥に来て。あたし、あと少しで弟が返ってきて店番交代で自由時間になるから、加護を授けてもらいにいこう。ねぇ、レイさん。アザレアさんを借りてもいいでしょう?」
「本人がかまわないならいい。そうだな、どうせ教会に行くのなら、ついでにこいつの生活必需品を買ってくれないか。もちろん俺が出資する。ただ、女の子がどういうのを必要とするのかは、女同士の方がいいだろう? その間、俺は家の方を何とかしておく。お前が寝泊まりできるスペースを確保しなきゃならないしな」
レイさんは、セネットさんにいろいろ嫌疑をかけられていますが、ふわりとすごく優しく慈愛に満ちた微笑みを自然に浮かべると私の頭をぽんぽんとたたきました。
お日様みたいな手でした。
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