第26話 誘拐されましたとさ 続
きぃっと軋んだ音さえ立たずに唐突に部屋のドアが開いたのでびっくりしました。そこから現れたのは黒い執事服を身にまとった痩せ型の壮年殿方一人。いかにもって感じですね。
「旦那様がお待ちしております。案内を仰せつかっておりますので……」
「わかったわ。行きます。だけど、一つだけ教えてほしいことがあるの。ここはどこなの?」
もろ定型文の喋りを途中で遮って、質問してみました。ちょっと、お怒りを頂戴してしまうかと内心びくびくしていたのですが、その心配はなさそうですね。穏やかな表情のままです。まぁ、内心がどうかは知りませんが。少なくともこれらの反応で私が分かったことは、彼の主が男性である可能性が高いということ、そして私は少なくとも丁重なもてなしをするように彼の主に彼が言い含められているか、どういうもてなしをしなければならない立場に私がいるということです。まぁ、的外れかもしれませんしね。
「ここは、貴女様が住まわれていたルアイアから北にしばらく言った場所にありますセォーシュの地であります」
「セォーシュ、聞いたことがあるわ。確か、教会が力をふるう都市があるのよね」
「はい。貴女様を招いた旦那様は、教会でかなり高い地位の方でいらっしゃいます」
よかったぁ~、レイさんに礼儀作法をしっかり叩き込んでおいたもらって、まさかこんなに早く偉い人と遭遇するとは思ってもみませんでした。あれ、でも誘拐犯に礼儀を尽くす必要ってどこにあるのかしら? 無礼でもありかしら? でもわざわざ、寿命を減らしたくないわね。ここは、私の礼儀作法がどこまで通じるかのテストだと思えば宅しくやれそうです。
それにしても、教会かぁ。厄介ですね。
教会が出てくるということは、私を狙っての誘拐ですね。目的は分りませんが、祝福とかかわって来るようですね。お飾りとして、求められているのか、祝福の効果自体を求められているのか正直解りませんが、祝福のコントロールの訓練はまだしていないので、不安ですね。
教会は、様々な神様―――日本と同じで八百万の神がいるようです―――のことを民にお教えする場所であり、加護を神様から頂く方法を教えてくださる場所です。どの町にも一つはあり、医療所としての顔も持つそうです。ルアイアの街にもありました。セネットさんにいろいろとあのお姉さんは、言い含められていたので、心配はないと思いましたが……この世界には私の知らないことがまだまだあります。
私は、この世界に本当にいらっしゃる神様についてよく知りませんし、祝福といったとても珍しいものをプレゼントしてくださった神様について無知も同然です。
正直、私の常識不足は嘆きべくところですね。もう少し、こういう智識を自分にため込む必要がありますね。
とりあえず、レイさんを待ちながら情報を引き出しましょうか。なぜ私を誘拐したとか、その理由とか、他にもこういうことを考えている奴がいるのかとかこれからもこの異世界で生活していく以上毎回毎回レイさんの手を煩わせるのもよくありませんしね。
口元が緩んでしまっている気がするのですがきっと気のせいですよね。ふふふ、さぁ私を誘拐したからには覚悟してくださいね。
私の師匠は、とっても強い人ですから。
案内されている途中の廊下には、人一人いませんでした。他の召使いをどうやら意図的に遠ざけている可能性がありそうですね。そして、この執事は多分この館の主の腹心みたいなものでしょうね。他から情報が漏れるのを恐れているのかもしれません。人の口に戸建てを立てるのはとても難しいことです。だからこそ、私の存在が遠く離れている地にも伝わったのでしょうからね。
ただ気になるのは移動時間です。私がいくら気を失っていたからと言ってもかなり距離があると思うのですよね。その距離を縮めるには、魔法や魔道具を利用したという可能性ですね。教会の偉い人と言うことから、なんらかの祝福の可能性もありますが、権力と金を振りかざして上級魔法使いを雇った可能性の方が高い気がしますね。私を誘拐した人も手練れてゐそうな気がしますし、多分推測は間違っていないでしょう。
案内された先の部屋は、とても機能的でした。機能的なのですが土の調度品もものすごく高そうですね。金や宝石やらが豊富に使われさらにそれに魔法効果を付与している品もあります。
鎖の音が歩く度にしゃらしゃらと音を立てるので、耳障りです。
「ほぉ、君があの女神カーヤの祝福を受けたという女か。どれ、その証拠を見せてもらおうか」
どうやらここは執務室のようですね。椅子から立ち上がると、私の方へゆっくりと近づいてきます。私を見る目が、ちょっと嫌ですね。奴隷商と同様に嫌な目です。正直気持ちが合わる意識色が悪いです。ふぅ、胸元に手を当て深呼吸をします。
「貴殿は、セォーシュの領主カロック卿ですね。お初にお目にかかります」
優雅に礼をする。私服のワンピースだというのが様になりませんが、まぁいいでしょう。
執事が漏らした話とこの室内にある調度品から推測した名前だ。まぁ、書類に押されている印を見て、領主かなって思って、そのあとはレイさんの講義内容と自主学習内容の知識からです。まぁ、外れてゐてもいいのです。その場合は、反応から嘘を言っているか本当のことを言っているのかを推測しますし、どのみち一つ私が情報を手にすることには変わりがありません。
「ほぉ、正解だ。いかにも、私はセォーシュの領主にして大司教であるクロジュ・カロックだ」
私の礼儀作法と名前を当てられたということで多少は流れが変わっていますね。この型の腹黒いうわさを耳にしたことがあります。遠く離れた場所でもそうなのですから、この人を前に油断はいけませんよね。
「私の名前はご存じで?」
「あぁ、アザレアという名だという報告を受けている」
「報告ですか。それでは、私のフルネームをご存じで?」
「フルネーム? お前は、平民ではないのか?」
なるほど、つまりセネットさんやユリアさんが情報源ではないようですね。私はめったなことではフルネームでは名乗りません。ふう、これからもあの方々とは有効な関係を継続できそうで安心しました。でも、まだユリアさんを許したわけではありませんよ。
「平民ですよ。別に貴族ではありません。ですが、その姓はとても有名なものですよ。限られたものしか名乗れないそうですね。貴殿に報告したものはあまり優秀ではないようですね。確かに私を誘拐した実行犯の腕は、私が油断していたこともありますがかなりのものだと思いますよ。あと、転移魔法を使用した魔法使の腕も確かです。でも、どちらもそれらは貴殿が高額で一時的雇ったものたちではありませんか?」
話しながら、三つ編みを止めるヘアゴムを外す。ふわりと丸で魔力を帯びたように髪の毛がうねる。
≪command:防御≫
この魔道具に込められた魔力から考えて、常時起動させておいても途中で止まったりしないでしょう。大丈夫ですよね、きっと。
私を狙って放たれたナイフは、防御の魔道具の効果により弾かれます。どうやら、主人を愚弄されたと感じた屋根裏部屋に潜む誰かが放ったようですね。
「なっ、魔道具はすべて回収したはずです」
上から降ってきたメイド服姿の女性が、唖然とした表情で言います。弾かれたナイフを手にし、私を誘拐した犯人のであるカロック卿の足元に向かって投擲します。練習はしていますがまだまだ腕は未熟、魔道具の補助なしではコントロールが悪いので、残念ながら机ではなく、領主様の足に刺さってしまいました。ものすごく痛がっていますが、すみません。でも、誘拐した方が悪いんですからねっ。私別に悪くないはず、正当防衛ってやつです。
「ふふふ」
とりあえず失敗は、わらってごまかします。勝手に相手が勘違いしてくれれば直よしです。
「さてさて、実は私まだまだ魔道具を持っていますの。ですから、素直にお話ししてくれると非常に助かりますの。私、どうして誘拐されたのかその目的とか計画みたいなものを嘘偽りなくお話ししていただけると嬉しいのですけど」
完全に無力な少女だと思って油断していたのか、この館特に、この部屋の周囲には異常なほど人の気配が少なく感じます。
「っ、≪火の玉≫」
怒りに身を任せたのかどうかわかりませんが、室内で火系統の魔法を使うなんて! しかも、コントロール悪いですよメイドさん。噂では、大司教様の得意属性は光だとか。つまり、支援魔法が得意なのでしょうね。それなら、魔法に私が気を取られている間に、メイドに付与魔法でも与えるのかもしれません。注意深く口元を見なくては! でも、詠唱破棄だったら見てゐても意味がないかもしれません。
メイドが、こちらに向かって攻撃を何パターン化しかけてきますが、その程度で防御が崩されないことは実践済みなので、気にも留めません。その間に、領主さまは足に刺さったナイフを抜き、光属性の治癒の魔法を自身にかけています。
「止めなさい、リリエ」
「はい」
「彼女は大切な客人だ。客人に刃を向けるなどどういう了見だ」
しまった。完全に流れを戻されてしまうかもしれません。
「ふふふ、領主ともあろう方が、従者の一人もまともに教育できないなんて情けないですね。それで、その情けない領主さまは、いったい私にどういうご用でしょうか。とても非合法な招き方だと思うのですけど、先ほどの事といい謝罪がそういえばまったくありませんね。平民に頭を下げることを貴族であり大司教であるあなたは良しとしませんか?」
上から目線なのは仕方がりません、ノリは女王様です。演劇部の頃先輩の代役としてたまに練習していましたからね。頭をこういうふうに切り替えなかったら多分刃物を向けられた時点で足がすくんで動けなくなって防御の中で、ひたすらレイさんを待っていると思います。本当なら、今すぐにでもそうしてゐたいですけど、アザレアとしてのプライドがなんていうか許せないんですよね。
10万文字~




