第20話 酒飲みたちの会話だとさ
久しぶりに、よその街を来たので、地酒を飲みながら現地特産の食事を食べることにし、まだ空いていそうな宿を紹介してもらった。え、誰にって、たまたま通りかかったおかみさんに、彩月命名イケメンスマイルで尋ねたら、とても親切に教えてくれた。
彩月が、せっかくいい顔しているんだから使わないともったいないですと言ったので、さっそく有効活用。風にも耐えぬそうな見かけとは裏腹に、彩月はああ見えてかなりいい性格をしている。
まぁ、仲間としては頼もしい限りだが、女って敵に回したくねぇって思わず思う瞬間もある。前世の妻たちといい、伊原といい、彩月といいどうして俺の周りにはああいう種類の女が集まるんだろう。
考えても答えが出ないことは、後回しにし部屋を借りた後は夕飯にする。むさくるしい男どもと一緒に食事っていうのも、たまにはいいかもしれない。見た目はどっからどう見ても男だから、山のふもとにあるこのルーシェの町の特産品のとろーりとろけるチーズを乗っけたパンに豪快に齧り付き、酒を飲みかわしながらいい女の話やら、好みやら、下ネタとかそういうのを話して、がははって笑うのも、うん、いいかもしれないな。
俺、中身はとっくにジジイだしな。
なんか、こういうのすげぇ久しぶりな感じ。兄弟子とそういうのしなかったのかって? ああ、あの人たち研究バカっていうか、若干一名生身の人間には興味がないっていう死人ラブの変態もいたしな。
「しかし、最近南の方が物騒になったっていうじゃないか。兄ちゃん、旅してんだろ。その辺の様子とか知らねぇのか」
「南っていっても、俺がいたのは、ルアイアの港町だ。まぁ、そこをここ数年拠点にしていたな。あそこは、迷宮はないが、海が近いから魔物がたまに地上に上がってくるから、それを撃退するので結構稼げるしな」
「そうかそうか。この町は、寂れているかもしんねぇが、ちょっとした魔物群生地域だし、ギルドの支店があるから、よく兄ちゃんみたいのが来るよ」
「ルアイアにもありますよ。まぁ、ルアイアのは、見張りみたいな意味もあるらしいですけど」
「ちげぇねぇ、あそこは特殊だからな」
こぽこぽこぽと、酒を新たについで、飲む。マコッケ鳥の鳥皮の甘辛味も、焼き鳥に特製の辛みを振りかけたものもなかなかの絶品である。酒が進む、進む。
最近、そういえば酒を飲んでいなかったな。一人で飲むのもあまりおいしくはないし、酒は楽しい気分で飲むに限りる。そういえば、彩月のやつは酒を飲めるのか? あいつ、成人してたっけ? してなかったっけ?
「お、ルアイアの話? 懐かしい名前だね。僕も昔あそこにいる賢者様に見初められたくて、ルアイアの町で自分の力をアピールしたりしたなぁ」
隣いいかと、身振りで聞かれたので頷く。緑色の前髪がわずかに銀淵のメガネにかかっているウィンディーネと人間のハーフの見た目青年ぽいやつが、話に乗ってくる。
俺としては、ルアイアの町の話よりも、南の方の物騒な話が気になるんだが。だって、ぼろだしそうなんだよ、俺。俺が賢者の一人であり、吟遊詩人が弟子入りを望んだシンティッラの弟子だってバレて、騒ぎになるのは、嫌だから隠したい。
「し……シンティッラ様に?」
あぶねぇ。いつもの癖で師匠っていいそうになった。こんな師匠の本性を知らずに脳内で勝手に美化して崇拝している奴に、こんなことばれたらなんかヤバい気がする。
「ああ、あの人の弟子になりたかったんだよ。だが、僕のような小手先の技術じゃ到底おめがねにかなわなかったってことだな。今は、旅に出て母親譲りののどをふるっているよ」
吟遊詩人か何かか。こういう時、俺はリクエストとかは絶対にしないようにしている。なぜかって? そんなの決まっているじゃないか。彼らが歌う内容で、もっともオーソドックスで観客受けがするのは、異世界から来訪した三人の勇者の物語だからだ。
公開処刑じゃないか! こう、気が赴くままに書いた中二病全開のノートを学校中、地域中の人に暴露されているみたいな気分になるんだよ。わりかし、マジで。あのときは、三人そろって調子に乗っていました。ごめんなさい。
「なるほど、坊主は吟遊詩人なのか。なら、坊主は知らないか。南の方の……ロカッテの方で、物騒なことが近々起きるっていう話さ」
「ロカッテですか。あそこは、たしか熱帯の気候を生かした変わった動植物のあるところですよね。あそこのトロピカルジュースはなかなか美味ですよ。あそこは、たしか近々国同士が新しい迷宮についての利権を争うような話を聞きましたね」
「あれ、ロカッテ島ってグロス・ヴァーグ諸島のものじゃねぇのか」
あそこは確か、南国風なフルーツが味わえる場所だったな。火魔石が大量に産出される島だったはず。あそこに、迷宮なんて物騒なものあったか。
「そうです。そうなるのが普通でしょ。ですが、最近グロス・ヴァーグ諸島が外交方面でミスったというかトチったらしいくて、ロカッテ島の所有権を手放すことになるとかならないとか。あとは、その迷宮が突然できたのは、神の力によるものって考える宗教団体が口を突っ込んでいましたっけ。ほかにも、いろいろとあるらしいですよ。まぁ、どれが本当かわかりませんがね。そもそも本当に迷宮が確認されているかすら怪しいですし」
「どっかの国が実力行使に出ようとして、軍隊がっていう騒ぎにならなきゃいいがな」
「そうですね。僕はしばらく南の方には近寄らず、今度は東の方へ行くつもりです。そういえば、最近また、魔華が開花するようですね。あなたのような職業の人には稼ぎ時でしょうね」
ほぉ、もうそんな季節か。これまたなかなかいい情報を持っているじゃないか。こっちも必要以上喋らないように気を付けないとな。酒の力で舌が滑らかになってホイホイと大事な情報を渡しちまうなんて情けないからな。どうせ、大事な情報を漏らすんなら、絶世の美女に色仕掛けで迫られて白状したいな。
「まぁ、一般市民にしてみれば最悪な時期だろうがな」
「出費は嵩むし、危機は迫るしな。俺も、妻子は守らねぇとな」
「へぇ、ケンタウロス。結婚してんだ」
「おうよ。なかなかの別嬪だぜ。北生まれだから、なかなかこの辺の気候になれないようだがな。そして、俺の名前は、ケンタウロスじゃない。それは種族名だ!」
「そうか。奥さんずいぶん遠いところから嫁いだんだな」
ぐびっと、酒をあおる。
「そうそうって、おい。スルーするな。俺には、ゴルバっていう名前がな」
「あはは、お兄さん、今思いっきりスルーしましたね。あ、ここのつまみなかなか美味しいですね」
「ああ、酒によく合う。なぁ、これテイクアウトできないのか? 留守番させているからな、お土産にいいかもな」
ユリア姉さんは、見た目によらず、中身通りにうわばみだ。あの人、常人では致死量じゃないかってくらい飲まないと酔えないからな。
酔いたいときに酔えないってぼやいていたな。
「テイクアウトって、何処まで持ち帰るつもりですか」
「ん、南の方だ」
「あああああ! おい、兄ちゃん無視かい」
おっさん、もう酔ったのか? ユリア姉さんが、羨ましがるだろうんな。
「おい、全部ダダ漏れだ。まったく、もういい。しっかし、最近はここいらにも新種の魔物が出たとかいうし、物騒だな」
「え、それは初耳ですね。昨日滞在していたところではそのような話は聞きませんでしたけど」
「吟遊詩人が知らなくて、ケンタウロスのおっさんが知っているってことは本当にここいら限定なのか? 討伐依頼とか、採取依頼とかギルドに出してないのか?」
「え、僕は仕事名ですか。確かに、自己紹介してませんけど。はぁ、僕の名前は、ヴェレムです」
「自己紹介、確かにしてねェがする必要とかあんのか? まぁ、とりあえず、流れ的に俺も挨拶しておくべきか。俺は、レイフォード。見ての通り、人間種だ。そうだな、冒険者みたいなものを一時的にしている」
いやぁ、賢者の弟子になろうとしたやつに、賢者ですっていったらいろいろと面倒くさそいうだから、ウソつきました。まぁ、あながちウソでもないのか。冒険者っぽいことをしているちゃあ、している。魔物倒して、剥ぎ取って、時に皆殺しして、環境破壊して、薬草採取して、魔石採取して……うん、「みたいなもの」をしているのは確かだ。
「レイフォード君は、新種の魔物のうわさを知っていたかい」
「知らんな。いまさっき、ここいらについたばかりだ。新種の魔物については非常に興味がそそられるが、残念ながら、明日の朝早くに、俺はここを出る予定だ」
ケンタウロスのおっさんと吟遊詩人―――ゴルバのおっさんとヴェレムが、考えている以上に、俺はハードな予定スケジュールの上で旅をしている。
「そうなのか、残念だな。さすがに、今晩新種の魔物に出会えるわけないしな。まぁ、また時間があるときこの町に寄れよな」
「僕は魔物との戦闘は嫌ですよ。そりゃあ、新種の魔物の生態については気になりますが」
こんな調子でいろいろと情報のやりとり? (途中で妻子自慢とのど自慢に移り変わった気がしてならない)をして俺は部屋に戻った。
新種の魔物は、どうやら《レインボウアガマ・スパイダー》という、カエルの形をした動物型の魔物らしい。上半身は赤で下半身は青という向こうの世界での某「蜘蛛男」を想像するような色合いの魔物で、足が8本あるらしい。カエルの魔物としての特性と蜘蛛の魔物としての特性を持っていて厄介だとか。蜘蛛の糸でからめ捕られ、素早い機動性を持ち、口から吐き出す水砲で攻撃されるのだとか。なかなか面白そうな生物だな。
だが、今製作予定の魔道具に使えそうな素材が残念ながらありそうにない。
そんなこんなで、最上階の一番広い部屋を借りた俺は、約束通り彩月にテレビ電話をかける。まぁ、この世界にはテレビもなければ電話も存在しないのだけど、まぁれいによって例のごとくテレビ電話もどきを俺が製作したのだ。
映像は光魔法の一種を使い、音声は風魔法やら何やらをいろいろ組み合わせてみた。
「レイさん、こんばんわ」
「ああ。そっちはどうだった。俺がいないからって鍛錬をさぼっていないだろうな。戻ったらしっかり確認するから、覚悟しておけ」
「私はさぼったりしませんよ。あ、レイさん宿題全部終わりそうです。明日は、セネットさんとお買いものしてきます。レイさんの方はどうでしたか? 怪我していませんか、ご飯食べてますか」
おまえよりもはるかに強い俺が、あんな格下の相手に負けるわけがないじゃないか、それからあんたは俺のお袋か何かかって思わず突っ込みを入れそうになったがぐっと飲み込む。彩月があまりにも真剣に俺の身を案じているのを感じたからだ。いくら強くてもちょっとしたけがで命にかかわることもある滴な脅しをかけたのが、もしかしなくても原因か。
「ああ、心配いらない。お前の方は、ちゃんとセネットのところで食事をとっただろうな。ユリア姉さんの食事には絶対に絶対に手を出しちゃだめだぞ」
「レイさん、行く前にもそれ言っていましたよね。でも、ユリアさん大量の食材を買い込んでいましたけど」
「あああん? 調理場の結界は?」
「無理やり解除したようですよ」
「なんてことだ。また、ユリア姉さんは台所を破壊するつもりだ」
そんなことを話している間にも、遠くで爆発音が聞こえる。うん、やらかしたな。ユリア姉さんが料理を作るとなぜか爆発する。まともにできたと思ったら、見た目はいいがひどい味だったりする。
「わるいが、彩月。後片付けを頼んでいいか」
「はい、お任せください」
もっと話したかったですと顔に書いたまま、通話を切った彩月。それにしても、パジャマ姿で電話に出るのもどうかと思うぞ。
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