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第8話 お菓子の家に住めるんだとさ

 レイさんは、とっても乙女心をときめかす、ファンシーな小さな家の前でこちらに向かって大きく手を振ります。私もセネットさんも、手を振りかえすと歩く速度を少し早めて互いに声の届くところまで行きます。あぁ、それにしてもなんて可愛らしいのでしょう。ドアをチョコレートに見立てたり、窓枠をねじねじのクッキーを組み合わせたようにデザインされ、ドアノブはよく見るとマカロンの形になっているではないでしょうか。中はいったいどうなっているのでしょうか。


「よっ、いらっしゃい。ちょうど今、完成したところだ」

「?」


 今のは、私の聞き間違いでしょうか。まるで、レイさんの後ろにあるメルヘンチックな家を私とレイさんが別行動した後から作り始め、今完成したように聞き取りようによっては聞き取れてしまうのですが。

 私の勘違いではないということを証明するように、セネットさんがレイさんに突っかかります。


「嘘でしょう。昨日までこんなところに家なんてなかったじゃない! フィロソファーの名を名乗るだけはあるわね。本当に、賢者って非常識なことを平気でやるんだから。明日あたり、また騒ぎになるわよ!」


 セネットさんに手伝ってもらいながら、観光件、生活必需品―――おもに洋服とか、食器とかを買って、教会で一悶着あった後、レイさんの住まいという場所に案内してもらいました。ここまで来る途中にあった傾斜は、体力のない私には本来きついものだったのですが、レイさんが分かれる前に貸してくれた魔道具のおかげで、へっちゃらでした。魔道具のドーピング効果を身をもって知りました。

 傾斜を上る途中から、石造りの大きな塔は、見えていましたが、まさかそこが最終目的地である今晩の宿だとは想定外でした。かなり巨大な建築物なので、お買い物をしていた時から見えていましたが、まさかあれにレイさんの住処だったとは、十年分くらい驚かされた気分を味わいました。

 そうですね、昔何気なしに見たパンフレットに掲載されていた花石楼に似ているような気がします。あまりにも巨大な建築物に、圧倒されて記憶の海から中学生のころの修学旅行で見た五重塔を見た時の感動を思い出しましたよ。それにしても、ここの塔の石材は、とてもきれいに整っているように感じます。地球にいた時は、隣の家とこちらの家の境にある均一な形を形成されたコンクリートや石でできた塀など当たり前の光景でしたが、さっき街並みを歩いてみたとき随分と不揃いでしたので、この塔に不自然さを感じてしまいます。

 まぁ、巨大で圧迫感のある塔より先に、木材で出来たお菓子の家に目を最初に奪われるところとかは、ある意味私らしいのかもしれません。


「だろうな。まぁ、ここまでたどり着ける奴はそうそういないし、賢者の正体はお前らが口を割らない限り俺につながらないからな。こっちは、静かなもんだ」

「だからっ、こっちが迷惑こうむるのよ。あたしのとこの宿は、むかし賢者の塔に料理の運搬させられてたからね。まったく、レイさんとこの師匠も兄弟子たちも料理が全然できないって言うんですもの」


 セネットさんはしっぽをピーンと立てて、目くじらを立ててレイさんに文句を言っていますが。レイさんはどこ吹く風の様子です。


「それで、レイさんと仲がよろしかったのですね」


「まぁね、レイさんの賢者の弟子時代からの知り合いだから。まぁ、レイさんは、料理ができたみたいであたしのお役目は御免になるかと思ったんだけど、そろいもそろって研究バカだからほっとくと食事の一つや二つ平気で抜くのよね」


「あれは、師匠たちが悪いんだ。俺一人の時はちゃんと自給自足しているだろ」


 言い争いや喧嘩は苦手ですがこの二人の間にあるのは、ただの挨拶のような和やかな空気。きっと、毎度お決まりの展開なのでしょうね。


「確かに。あたし、明日の仕込があるからもう帰らなきゃ。レイさん、アザレアちゃんにはしっかりと女神さまの加護がかかっているから、手を出ししたら、痛い目見るからね。アザレアちゃん、また明日お話ししようね……まったくたまには、食事(うち)に来なさいよね」


 肩をすくめて見せた後、ぼそりとセネットさんがつぶやいた声は、レイさんに届く前に空気に溶けてしまいましたが、さっきからずっと隣にいた私の耳にはしっかりと届いていますよ、セネットさん。どうやら、セネットさんはレイさんのことに、自分の作った食事を食べてもらいたいようです。思い返してみれば、レイさんがサンドイッチを食べているとき妙に真剣に顔色をうかがっていたような気がします。たのもしいセネットさんが、背を向けて坂を下りていくとなんだか友達と遊んで別れた後と同じようにキュウっとさびしくなってしまいます。


「さ、アザレア、この家を自由に使ってくれ。塔の方に俺は基本的にいるが、食事はこっちで食べようと考えているが、いいか」


 話を聞く限り本用にこの家をこの短時間で立ててしまわれたのですね。レイさんの建築技術がすばらしいのか、それともここら一帯の建築技術が素晴らしいのか……どうやら、前者のようですね。家のドアが開かれて、室内があらわになります。


「あ、はい。かまいません。私がこの家を利用して本当にいいのですか?」


 明るい照明と木の匂いに包まれながら、進む。進んだ先は、リビングだったようで、ソファーと花形の小さな机、それから足の長いテーブルとイスがありました。右手に見えるのは、どうやらキッチンのようです。見たことのないものがいろいろありますが、それがこの世界の調理道具なのでしょうか。フライパンとかお鍋とか書ける取っ手の部分が、ロールケーキみたいでかわいかったです。それにしても向こうの世界を意識したのか、それともレイさんの趣味なのかマンションの一室に似た様式をしていますね。


「あぁ、かまわない。お前のために建てた家だからな。やっぱり、年頃の女が男と一つ同じ屋根の下で暮らすのは何かとまずいだろうし、おまえの精神衛生上にもいいだろう?」


 あぁ、レイさんは気がついていたのだ。私が、手を出されてしまうかもしれないとおびえていたことに、たぶんかなり早い段階から気がついていたのだ。加護やら祝福といった向こうの世界になじみのないものを授かっても、それを私が信用していないこともすべて察していたのだろう。なんて、気配りのできる人なのでしょうか。と、ときめいてしまうではありませんか。でも、これは絶対鯉だの愛だのといった甘く浮ついた感情なんかではありません。これは、そういわゆる有名な、吊り橋効果というやつです。あるいは、生まれたばかりの雛が初めに見たものを親とするのと同じ刷り込み効果です。



「ご配慮痛み入ります。それと、いつか必ずお返ししますから」


 それから、廊下に出ると、ここがお前の部屋だといって洋風部屋と和室に案内されます。二つの部屋を隔てるのは、襖です。


「あぁ、期待しないで待っておくよ。ここは、両方自由に使え。勉強するときに洋室を使って寝るときに和室で布団を引いてもいいし、自由にしてくれていいぞ。隣の部屋は客室だ。そんで、地下は研究室だ。薬品とか魔術とかいろいろやっても大丈夫のように、丈夫な素材で作っておいた。まぁ、基本的に研究は向こうの塔でやろうな」


 この家へ滞在する宿泊料、衣食住、魔道具のレンタル料、私は今それだけの量の借金を背負っている。感でしかありませんが、彼が善意で私に恵んでくれていて、返金なんて考えてもいないのでしょう。ですが、借りは返さねばなりません。それがいい借りであっても悪い借りであっても同じことです。少なくとも、私はそう親に教えられて育てられてきました。


 でも、今は本当に身体で返すくらいしかできないのが現状です。


「まぁ、その顔じゃあ気にしているよな。ならさ、おまえは俺の持つ知識、技術を吸収しろよ。お前は、弟子なのだからそれが仕事だ。それと、故郷の話を聞かせてくれればいいさ。俺にとっては、どんな金塊や美酒、美女よりもいい報酬になる。この世界には、語り部っていってな、物語を話すことで飯を食うやつだっているんだ。だから、おまえは故郷の話を俺にすることで、俺への借りは返せるんだ。それでも、気が咎めるっていうのだったら、一人前の弟子になって、世に出て、働けばいい、な」


 だからこそ、彼の配慮が涙が出てしまいそうになるくらい嬉しかった。

 器ではなく中身が必要だと、中身である私が必要だといってくれることが嬉しかった。人は必要とされることで、生きる意味を見いだせるのですね。


「おまかせください、師匠」



 ところで、師匠、妙に浴場が凝るているのは気のせいでしょうか?露天風呂までありましたよ。




昨日は、体力の限界を迎えとうとう連続毎日更新の記録が途絶えてしまいました。く、くやしい。金曜日は、帰宅時間が遅いためどうしてもダウンしてしまうのです。なるべく、毎日更新(金曜除外)がんばりますので、見捨てないでください。

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