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第二章 砂漠の姉弟④

 そこからのドライブは順調だった。


「あと一時間くらいでアン・グリースだよ」


 ダイアナが豪快にハンドルを切りながら言った。


 日は傾き、砂漠の大地を真っ赤に染める。遥か彼方、赤の空に黒のシルエットで小さく浮かび上がるのは、デザート・バッファローの群れだろうか。


「アン・グリースに入ったところで降ろせばいいかい? アタシは積荷をアン・グリースの建築現場に搬入する予定だから」

「はい、ありがとうございます」


 レオナルドは手元の小型メディアボードから顔を上げた。携帯用の記憶媒体と表示メディアを兼ねたデバイスで、ダイアナから転送してもらったテッドの画像情報を確認していたのだ。


「やっぱり顔立ちが似ていますね」


 巻き毛で少しシャイな表情をしているが、真っ赤な髪、緑色の瞳、褐色の顔に微笑みを浮かべた姿はダイアナとそっくりだった。


「へへ」


 ダイアナは前を向いたまま少し照れたように笑った。だが、その表情が歪む。眉間に皺が寄っていた。


「あれは何だ?」


 ダイアナがハンドルから片腕を離し、前方を指差した。


「何かありますか? 僕には見えませんが……」

「道の上に誰かいるよ!」


 レオナルドは前方に目を凝らす。夕日で赤く染まる道の先に、逆光に黒く染まる影が見えた。道の中央に何かが起立している。人間のシルエットのようにも見えた。トラックが近付くにつれ、姿がはっきりとし出す。長い髪にワンピースを着た少女の姿――。


「あ、あれは……テッドじゃないか!」

「え……?」


 ダイアナの悲鳴のような声にレオナルドがはっとする。


「違います! あれは幻覚ですよ!」


 レオナルドとダイアナの見えている光景が違うのだ。レオナルドは少女の影を、ダイアナはおそらくテッドの影を前方に見ていた。


「きっとオオサバクカメレオンです!」

「で、でも。でも、あれはテッドに違いないよ!」


 ダイアナは錯乱しているようだ。目が泳いで、運転に集中できていない。


(直前にテッド君の話をしていたから、より混乱してしまっているのか?)


 レオナルドは下唇を噛んだ。


「酷なようですけど、止まらずにそのまま……」


 ここまで言って、レオナルドはハッと言葉を切る。


(もし、さっきの異常行動をしたオオサバクカメレオンと同じような奴だったら?)


 レオナルドは窓を開け、上半身を外に乗り出す。左腕のグローブと共に手の皮を捲ると、黒色の金属体で形成された歪な腕が露わとなった。体内の熱源機関から熱を伝えられると、金属体は加熱され半透明化する。ぼたぼたとチョコレートのように溶け始めた半透明の金属の中を、熱交換器と動作制御機構を兼ねる白色の微細な管が蠢き、レオナルドの左腕は先端から徐々に形が変わっていった。


 レオナルドは仕上がったそれを頭上に振り回す。不揃いな形ではあったが、黒色の長い鎖が形成されていた。


 勢いを付けて前方に向けて鎖を放つレオナルド。打ち据えられた幻覚の少女は痛そうな顔をしたが、レオナルドには何の感触も得られない。事実、少女を嬲った鎖は、苦も無く少女を貫通し、後方へと通り抜けた。さらに、その先で「何か」に当たる感触をレオナルドに伝えた。


 鎖は、路面上、見えない「何か」の上に乗りかかって静止する。鎖だけが何もない空間に浮いているようにも見えた。


「ダイアナさん、やっぱり後ろだ! その幻覚の後ろにオオサバクカメレオンがいる!」


 ダイアナはレオナルドの声と光景にようやく気持ちが落ち着ついたらしい。大きくハンドルを右に切ると、トラックは酷い傾きとがたつきと共に路面から砂原へと乗り出した。


 心許ない砂の地面をビークルの四輪と荷車の十輪が踏みしめて進む。レオナルドは上半身を外に乗り出したままだったが、左腕は元の手の形状に戻した。


「タイヤが砂に埋まって空回りしないか、ドキドキするねえ」


 汗をかきながらアクセルとブレーキ、ハンドルとシフトレバーを操作するダイアナはニッと笑う。車はオオサバクカメレオンがいるであろう場所を大きく外れる形で、蛇行しながら道と並行して進んだ。しばらく進んでから車道に戻れば安全だろうと思われた。


 だが、レオナルドは窓から身を乗り出したまま、辺りを見回していた。


(異常行動のオオサバクカメレオンに、こんなに連続して当たるものかな?)


 砂漠の前方、後方、路面上に目を凝らす。そのうちにレオナルドの薄茶色の瞳が一点に停り、すっと目が細められた。


「あれは何だ……?」


 トラックの進む先の砂原の一角が、他の場所とトーンが違って見えた。風の作る砂模様が連続する風景の中で、そこだけが異様に均された砂原となっているのだ。


「ダイアナさん、あそこが……」


 レオナルドが指で指し示そうとした時、その均された砂原がパタンと、まるで跳ね上げの扉が開くように飛び上った。


「なんだ……?」


 その下には穴があり、中から数人の男達が飛び出してきた。襤褸布を頭から被った数人の男達だったが、手に手に機関銃のようなものを抱えている。


「ア、アレもカメレオンの幻覚かい?」

「違う。あれは盗賊ですよ!」


 何もない場所に突如として現れる幻覚とは違い、実際に砂の中に隠れていた者達が出てきたのだ。機関銃を持っているのは五人。さらに穴の中にもう一人、小さい人影が見えた。


「きっと、穴を掘って、その上に砂原を偽装した蓋を付けて潜伏していたんだ。あいつら発砲して来るつもりです」

「チッ!」


 ダイアナは再度右に大きくハンドルを切る。砂を撒き散らしながら車体が向きを変え、男達の正面には荷車の横っ面が向き合う形になった。男達の弾丸は荷車の金属装甲に跳ね返される。


 レオナルドは砂塵がもうもうと立ちこめるのに紛れて、ビークルの助手席から飛び降りた。男達との距離を詰める。気付いた男達が発砲したが、レオナルドは左腕を盾の形に変えてこれを防いだ。


「レオナルド! 早く逃げた方がいいよ!」


 ビークルから叫ぶダイアナの声が聞こえたが、レオナルドは振り返らなかった。


 彼らの懐に入ってしまえば、同士討ちを恐れて銃は撃てなくなる。


 レオナルドは右腕で腰のベルトからナイフを一本抜き、投げつけた。それは男達の一人の額に綺麗に突き刺さり、男は機関銃を抱えたままぱたりと仰向けに倒れた。


「あのオオサバクカメレオンを飼っていたのはお前らだな?」

「うるせえ! よくも仲間を!」


 襤褸布を被った男達は機関銃を投げ捨て、ナイフや反り返った形状の刀を抜いてレオナルドに襲い掛かる。レオナルドは左腕を剣の形に変え、右腕は腰のベルトからナイフを抜き、二人の男の斬撃を受け止めた。三人目の男が刀を構えて斬りに来るが、地面を蹴り上げて砂を飛ばすと、その男は目を抑えて倒れこむ。


「ぐ……!」


 レオナルドがしゃがみ込んで力を受け流すと、左腕の剣と右腕のナイフで受けていた二人の男が体勢を崩した。片方はすぐに体勢を整えて、ナイフを振り下ろしてきたので、重心を低くした体勢のままレオナルドは素早くそれを避けた。避けた場所でその男の脛を狙って蹴りを入れると、男は砂の上に転がる。


「どりゃあああああ!」


 砂で目を潰した男が回復し、レオナルドの後ろから刀を振り下ろしてきた。だが、気配を感じたレオナルドは真横に身を反らして躱す。振り返って立ち上がりざま、男がいる辺りを左腕の剣で薙ぐと、斬撃は男の脇腹にヒット。骨が壊れる音がして、男が蹲った。


(とにかく、戦闘可能人数を減らしていかないと……)


 レオナルドは脛を蹴られて転がった男の首元にナイフを投げつけつつ、もう一人の男との距離を詰める。刀にした左腕で何回か薙いだり、突いたりしたが、相手に刀で受け止めるか、避けるかされてしまう。そこで、少し距離を開けてみと、向こうから刀を突いてきたので、それを避けながらレオナルドは右腕で男の袖を掴んだ。男が逃げられなくなったところを、その頭に左腕の剣を叩きつけ、力の抜けた男を砂漠に放り出す。


 これで四人を倒してことになるが、武装したのがもう一人いたはずだ。あと、穴の中に小さい人間がさらに一人。


「さっさと仕度しろ! 殺されたいのか! クソ、アイツらが大人しくオオサバクカメレオンに食われていれば……」


 男が穴の中で誰かに怒鳴りつけていた。


 レオナルドが穴の中を覗き込むと、機関銃を持った襤褸布の男が、小枝のように痩せた人間を殴っていた。痩せた人は襤褸布の男よりさらに粗末な布を纏った青年で、彼らが乗ってきたのであろう、六頭の砂漠馬のうちの一頭を立たせる準備をさせられていた。砂漠馬は安い車になら負けない早さで走る遺伝子改良種だ。繁殖も容易で安く出回っている。


 痩せた青年は震えながら必死で抵抗していた。


「ぼ、僕はもう、人殺しの手伝いなんか……したく、ないんです……!」

「うるせえ、早くしろ! 死にてえのか!」


 襤褸布の男は怒りに任せて機関銃を褐色の青年の眉間に押し当てた。恐怖の表情で凍りついた青年の肌は褐色で、汚れてはいるが巻き毛は赤髪、落ち窪んだ両の眼の瞳は緑色だった。


 レオナルドは左腕を鎖の形に変形させ、勢いをつけて投げつけた。鎖は襤褸布の男の腕に巻き付き、引っ張り上げ、銃口を空に向けさせる。


 驚きで声を失う枯れ枝のような青年は、穴の中から、片腕を鎖に変えたレオナルドを見上げる。


「もう心配ないよ。君、テッド君だよね? お姉さんが君を探してるんだ」


 レオナルドの言葉に、痩せた青年の瞳が揺れた。闇の混じり始めた夕暮れの橙色の中、レオナルドが目を細めて静かに微笑むと、青年の緑色の瞳から涙が一筋零れ落ちた。

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