第二章 砂漠の姉弟③
「それは災難だったねえ。ははははは!」
豪快に笑いながらレオナルドの肩を叩くのは、褐色の肌のすらりとした体型の美人だった。男性としては小柄なレオナルドに比べても頭一つ分は背が高い女性で、ショートパンツと短めのシャツという出で立ち。赤い髪は短く刈られ、緑色の瞳が強い光を湛えている。
レオナルドはあれから、焼け付く路面の上で数時間待ち続けた。人っ子一人、砂漠生物一匹通らない。幸い水を大目に積んでいたので、喉の渇きで倒れることはなかった。
陽が傾いて橙色の光が混じり始めた頃、ようやく一台の車が通りかかった。運転手は気のいい女性で、幸運にも行先が同じアン・グリースであることから、レオナルドとバイクを運んでくれると言う。
それは二人乗りのビークルで巨大な鋼鉄製の荷車を牽引するタイプの運送トラックだった。ビークルには荷物を荷車に積んだり降ろしたりするためのクレーンがついており、彼女は荷車の上蓋を開け、レオナルドのバイクを荷車の空きスペースに収容してくれた。
「アタシはダイアナ。見ての通り、トラック運転手よ」
「僕はレオナルドです。人探しとか物探しとかをしています」
「へえ」
ダイアナは珍しそうに、にこにこ笑うレオナルドを眺めた。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。困ったときはお互い様さ。まあ乗りなよ。炎天下待ち続けて疲れただろ?」
ニッと野生的な笑みを浮かべながら、ダイアナは親指でビークルの助手席を差した。
「さあ、出発するよ!」
運転席に乗り込んだダイアナがアクセルを踏み込むと、モーターの始動音やビークルと荷車の連結部分のがちゃがちゃ言う音と共に、トラックが動き出した。
「そんなオオサバクカメレオンがいるなんて驚きだねえ。あいつらバカの一つ覚えみたいに、マヤカシの横で大口開けてるだけだと思ってた」
「ダイアナさん、砂漠での運送業は長いんですか?」
「十八の頃からやっているから、もうすぐ五年だね」
ガタつく車に揺られながら、レオナルドとダイアナは正面を見つめたまま話をする。
「立派な車ですね」
「親の形見みたいなものだけど……そんなにいいもんじゃないよ」
ダイアナは悲しげに緑の瞳を伏せ、それから眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をした。
「親がね、子供を……アタシの弟を売って得た金で買ったものなのさ。碌なもんじゃないよ」
「そうなんですか……」
レオナルドはにこやかな表情を引っ込めて、神妙な顔でダイアナの横顔を覗いた。
「テッドっていう可愛い子だったんだ。巻き毛で、そばかすの顔で。テッド坊やは少し体は弱かったけど、そりゃあ優しい子だったさ。砂漠で弱った生き物を拾ったときなんかはよく面倒みてやってたっけ」
「いい子だったんですね」
「無事に成長してたら丁度アンタくらいの年かな。だから、声を掛けたのかも。普段だったら面倒に関わらないようにヒッチハイクなんて無視するんだけどさ」
ダイアナがニッと歯を見せて笑ったので、レオナルドも表情を崩す。
「あはは。ラッキーでした」
「親もね……言い訳するわけじゃないけど、借金で首が回らなくなって、人買いにうまいこと言いくるめられて、あの子を手放したんだ。売った後になって泣いて悔やんでいたっけ」
「ダイアナさん……」
「罰が当たったんだろうね。テッドを買い戻すって無理して働いて、両親ともすぐ病気になって死んじまった。テッドを買った人買いと連絡がつかなくなって、どこに売られたのかすらわからなくなっちまってたのにさ」
「ダイアナさんは今もテッド君を探しているんですか?」
「ああ。ちょっとずつだけど、親に続いて貯金もしているよ。いつか見つけられたら、あの子を取り戻せるように――あの子は今、何をしているのかねえ。奴隷にされているのか、それとも……」
ダイアナは運転席で正面を見据えたままだったが、その緑の瞳は潤んで見えた。それを手の甲で荒々しく拭う。レオナルドの脳裏に、ニーナの、黄緑色と水色になった姿が浮かんだ。
「ダイアナさん、僕もテッド君を探すの手伝いますよ。見つけたらダイアナさんの元に連れていきます」
「え?」
「もしこの道でダイアナさんが僕を拾ってくれなかったら、僕は砂漠で干からびていたかもしれないですし。だからそのお礼で」
「本当かい?」
「ええ。仕事の合間になってしまうかもしれないですけど、探ってみます」
「ありがとう……ありがとね!」
ダイアナは鼻を啜る。彼女は少し赤くなった頬で、泣いているみたいな顔で笑った。