第二章 砂漠の姉弟①
焼け付くように熱く、金色に輝く砂漠の大地を、黒色のバイクが切り裂くように駆け抜ける。ガソリンエンジンの駆動体は骨董品になりつつあるが、耐久性や頑丈さ、それに自分である程度整備や改造ができることから、レオナルドはこのバイクに愛着があった。
一つの砂丘を駆け上がったところで、レオナルドはバイクを一時停止させた。頭から口元にかけて巻いていた布を少し緩め、ジャケットの内側から巻物のような紙を取り出す。それはカリゴリ砂漠のルートブックで、砂漠の高低差、小山や岩盤などを目印に、街の位置関係がまとめられたものだった。
ルートブックによれば、この砂丘を下って東方向にしばらく進めば舗装路に出る。あとはその道を真っ直ぐに進むだけでアン・グリースに到着だ。
――チ、チチチ、チチ
ルートブックを再びしまった時、真っ青な空から可憐な鈴の音のような鳴き声が聞こえてきた。鳴き声とともに、エメラルドグリーンに輝く飛翔体が舞い降りる。緑の羽を折り畳み、紺色の尾を揺らしながら、レオナルドの忠実な鳥は差し出された彼の腕に優雅な仕草で停まった。
「カグヤ、お疲れ様」
ボトルのキャップに水を注いで出してやると、鳥は行儀よくそれに嘴をつけ、喉を鳴らした。レオナルドはその間に、カグヤの足に付けられた情報媒体を回収する。バイクの前面に外付けた小型の読み取り機にそれを挿入すると、微かな呻り声とともに空中に小さな三次元ホログラムが生成された。
『ハロー、レオナルド。砂漠の行軍は順調かしら?』
そう言って、黄緑と水色に染められた少女が微笑んだ。体のほとんどを黄緑色と水色に塗装された金属パーツに換装し、その体と同じ色のワンピースと傘を身に付けたニーナ。縮小投影により手乗りサイズになった彼女は、まるで妖精のようだった。
ニーナは仕事に出たのだろう。たった一人で不自由そうに体を揺らしながら砂漠を歩いている。まるでマリオネットのようなニーナ。小さなホログラム映像からも、彼女の手足から空へ向けて伸びたワイヤーの先に少しずつ雲が形成されている様子が観察できた。その映像が少しぶれているのは、カグヤにカメラを持たせて撮影しているせいだろう。
『わたしは昨日出発したわ。雨雲人形派遣商会のワン親分直々のご下命でね。今回はジブレメから東方の地区を回るツアーよ。まずは、グレイ・ディールに雨雲を届けに行くの。あそこは大きな無人工場がいくつも並んでいるでしょ。だから、工業用水がたくさん必要なんですって。でも、大気汚染や土壌汚染が酷くて、わたしみたいな体じゃないと近づけないのだそうよ。いやよね。この体だって、いくら塗装を重ねても少しずつ錆びていくのに……』
ニーナの顔の金属パーツが微かに寂しげな表情を作るが、それはすぐに打ち消され、明るい笑顔に変わった。
『ねえ、レオナルド、一人で砂漠を歩き続けるのは、やっぱりちょっと退屈だわ。いつもみたいにお手紙を頂戴。ゆっくり待っているわ。じゃあ、お仕事がんばって。でも、怪我には気をつけてね』
ニーナの優しい微笑みと共に、ホログラム映像はぷつんと切れた。
レオナルドはバイクの脇に括りつけた荷物を一部解き、中を漁って紙とペンを取り出した。太陽のせいでキラキラ光る白い紙に右手でペンを走らせ、最後に自分のサインを記すと小さく折り畳んだ。それをカグヤの足に取り付けると、ポケットから出したビスケットをカグヤに与える。カグヤは美味しそうに頬張り、チチチと鳴いて再び大空へと飛翔した。
「カグヤ、ニーナのところに届けて」
レオナルドの声に応えるようにカグヤは上空で二周旋廻すると、東の空へ向けてぐんぐん遠ざかっていった。
カグヤを見送ったレオナルドは、ボトルの水でいくらか喉を潤し、エンジンを始動させ、バイクを発進させた。黒の二輪車はみるみる加速し、間もなく黄金の砂漠の中に消えていった。