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第五章 砂漠の探し屋の秘密⑧

 ニーナは砂丘を乗り越えようとしているところだった。彼女は、手足から空へ向かって放たれたワイヤーの先に、ジブレメに届けるための雨雲をすでにかなりの量、作り上げていた。雨雲生成にエネルギーと演算領域の大部分をとられ、滑らかな動作ができなくなったニーナは、操り人形のように体を揺らしながら砂地を歩く。


 そのニーナに、妖しい影が近付いていた。ボックスタイプのビークルが砂丘を降り下ってきたかと思うと、その車の中から出てきた黒づくめの男五人が彼女を取り囲んだ。彼らは皆、手には揃いの銃器を握っていた。


「あなた達、いったい何のつもりかしら?」


 ニーナは表情を少しずつ変化させ、相手を睨んだ。だが、ニーナの問い掛けに答えることなく、黒づくめの男達は発砲を開始する。


 ニーナの黄緑色と水色のワンピースに風穴が開くが、その下、同じく黄緑色と水色に塗装された金属製の外装は鈍い音をたててすべての弾丸を弾いた。


「無駄よ。そんな装備ではわたしの体は貫通できないわ。それでも振動は内部機構に伝わるから、あまり体に良くないの。やめてくれないかしら」


 必死に訴える少女を無視して、男達は無慈悲な銃撃をやめることはなかった。身体に続いて顔を狙われ、ニーナはぎこちない動きで手をかざしながら顔を背けた。


「ねえ、お願いだからそこをどいて頂戴。わたしはただの雨雲人形よ。雨を届けなくてはいけないの」


 ニーナの表情が怒りから、困惑、悲しみの表情へと徐々に変化していく。


 その時、爆音が聞こえた。


 ニーナの体では咄嗟に動くことはできなかったが、男達は素早く音のした方を向いた。

 だが、遅い。


 ガソリンエンジンの爆音と共に、砂丘を飛ぶように降りて来た二人乗りのバイクが、トップスピードのまま五人のうち二人を轢き倒していった。轢かれた二人はそのまま高く高く宙を舞う。


 バイクは大きく旋回しながら急ブレーキをかけ、もうもうと立ち込める砂煙の中、バイクから二人の人物が砂漠の大地に飛び降りた。彼らに遅れ、バイクに轢かれて宙を舞っていた黒づくめの男二人が、ポイ捨てにされたゴミのように地面に激突してころころと転がっていく。


 レオナルドは黒づくめの一人に向かって走った。敵は銃弾を撃ってきたが、レオナルドは高くジャンプしてそれを回避し、そのまま飛び降りる勢いと共に、刀の形状に変えた左腕をその男の頭に打つける。頭部が刀の形状に合わせて陥没した男は、そのままゆっくりと砂の上に崩れ落ちた。


 一方、メグミは緩急をつけた走り方で、相手に残像を見せつけて照準が合わないようにしていた。実際、黒づくめの男の銃弾は空を切り続けている。いったい何百発発砲しただろうか。


 予想外に手こずらされたことに男が「チッ」と舌打ちした瞬間、彼はこと切れる。いつの間にか、男の後ろに回り込んでいたメグミが彼の首筋に日本刀を当て、それを思い切り引いたからだった。


 次の瞬間には、メグミは日本刀を横方向に投げつける。それは一人無傷で残っていた黒づくめの男の銃にあたり、銃を取り落とさせることに成功した。


 そこに、最初の男を倒したばかりのレオナルドが走り込んで距離を詰め、ブーツの裏でその男の腹を思い切り蹴り飛ばす。仰向けに倒れ込んだ彼の頭を踏みつけ、さらに左腕の刀を思い切り顔面に突き刺した。レオナルドの刀は滑らかな形状を再現できないので切ることはできないが、鈍器としての機能は抜群だ。男はしばらく痙攣し、そのまま動かなくなった。


「レオ!」


 ニーナがレオナルドに向かってぎこちない動作で駆け寄ってくる。そのまま抱きついてきたニーナを、レオナルドも抱き締める。


「大丈夫か、ニーナ?」

「ええ」


 それでも少し震えているようにも見えるニーナの背を、レオナルドは優しく撫でた。


「あ、あの……」


 レオナルドとニーナに、メグミは遠慮がちに声をかけた。ニーナはレオナルドから離れて彼女を見て、初めは驚いたような表情になり、次には困ったような表情へと徐々に顔を変化させていった。


 ニーナは依頼に来たメグミと顔を合わせたことがある。だから、メグミがどんなことをレオナルドに依頼したのかはだいたい予想できているだろう。おそらく今は、メグミが自分の正体に気付いているのか、気付いているならば連れ戻そうとしているのかを気にしているのだろうとレオナルドは考えた。


「彼女の名前はメグミさん。オオクニ社という大きな会社にお勤めの方なんだ。今回の依頼のお客様だよ。ニーナも以前に一度挨拶したろ?」


 レオナルドはあくまで、仕事の関係者だということを強調してニーナに言った。ニーナの顔が安心したような表情に少しずつ変化していく。


「ええ。そうね、そうだったわ」

「今日はわざわざ報酬をもってきてくださったんだ。それに、もう一度ニーナに会いたいって」

「まあ……」

「ニーナが大切な人に似ているらしいよ」

「まあ……!」


 ニーナは何かを察したような表情でメグミに向き直った。


 事務所に来た時のメグミは、眼鏡越しに怜悧な鳶色の瞳を輝かせ、金髪はきっちりと結い上げ、プロポーションのいい体をパンツスーツに包んだ、いかにもなビジネスパーソンだった。だが、今は眼鏡はずれ、髪も乱れ、スーツは汚れ、そして、その顔はニーナを見ながら今にも泣き出しそうになっていた。


 ニーナは目を細め、メグミに向かって優しく微笑んだ。金属パーツが作り出したその表情は、何かを懐かしむような、愛しむような表情だった。


 ニーナは自由のきかない腕を必死で動かして、メグミの手をとった。メグミの肩が驚いたようにビクリと震える。そのメグミの顔を覗き込み、微笑んだままニーナは言った。


「事務所に着いたら紅茶を淹れますね。飲んでくださるかしら?」


 ニーナのガラス玉のような水色の瞳は、光のあたる具合なのか、きらきらと潤んでいるように見えた。

 メグミの目からも、一筋涙が零れ落ちる。


「はい……。はい! 喜んで……!」


 そう言うと、メグミはニーナの金属の手を両手で包んだ。そのまま、ニーナの足元に跪き、その手に額を寄せる。その様子は、貴人に忠誠を誓う騎士のようだった。


「ニーナ、帰ったら、とびきりおいしい紅茶を淹れないといけないね。僕も仕事中、ニーナの紅茶がずっと恋しかったよ」

「ふふふ」


 ニーナはくすぐったそうに笑う。黄緑色と水色に縁取られたその笑顔は、雨雲から漏れる一筋の光の中でキラキラと輝いていた。



 通信インフラが破壊されたカリゴリ砂漠ではリアルタイムで見られなかったが、アンドロイドのセインによる告発放送は大成功に終わった。普通の告発放送で終わらなかったところは彼ゆえだろうが。本人が送って寄越したその時の映像と経緯が記載された手紙を見て、レオナルドは思わず吹き出してしまった。


 アンドロイドのセインはレオナルドに最後の手紙を出した直後に雲隠れしたらしい。財閥は前回同様、セインを確保しようとしたがどうしても見つからない。アンドロイドの遠隔操作コマンドや、自殺誘発コマンドも試したが「残念でした! そんなもの解除してるに決まってるだろ、バーカ!」という返信文があるのみだったようだ。


 テラー財閥はともかく記者会見の中止を決め、当日に放送局のアナウンサーが「本日のテラー財閥定例記者会見は中止に……」と言いかけたところで、放送ジャックが行われた。


 その放送ジャックも奇抜なものだった。レオナルドが子供の頃に胸を熱くした変身ヒーローのドラマ主題歌と共に登場したセインは、とにかくドラマチックに告発放送を行った。テラー財閥が関連企業に行わせていた各種非人道的企業活動を、証拠映像と共に芝居がかったナルシスティックな調子で捲し立てた。セインの父であるテラー財閥総帥の映像にヒーロードラマの敵幹部のコスチュームをコラージュし、彼がいかに恐ろしいかを、悪役のキャラクターソングをバックで流しながら切々と訴えた。セインは自分の主張を叫び、泣いて怒って怒鳴り散らした。


「いいかい、親父。あんまり息子達を舐めない方がいいぜ!」


 最後は、そう言って中指を立てたセインのズームアップで終わった。


 その瞬間から、世間はしっちゃかめっちゃかだった。テラー財閥総帥は中央政府の公聴会に呼ばれたものの、何人かの政治家に庇われた結果、あまり追及を受けずにその場を逃れることができた。だが、その政治家とテラー財閥の表に出来ない繋がりを、とある雑誌社が報じ、しかもその政治家の一人がプライム・ミニスターの元で大きな役職に就いていたものだから、一気に政治の世界は混乱に陥った。もちろん、その後にはテラー財閥も解体寸前に追い込まれている。


 経済への影響も大きく、名の知れた会社がいくつか倒産し、証券類の価値も乱高下した。それで儲かった人もいたようだが、ほとんどの人が死人のように青ざめ、中には首をくくる破目になった人もいた。


 結果、セイン・テラーは、賞賛と非難の両方を浴びた。財閥総帥の一人息子でありながら、その地位を捨てて罪を告発した勇者だともて囃される一方、政治と経済の混乱を生み出した原因として、また、告発の仕方があまりに演出過剰で被害者が莫大な数いる事件に対して不謹慎すぎると、眉をひそめられていた。


 しかし、彼自身は世間の評価をあまり気にしていないようだ。彼の寄越した手紙には「この世界は面白すぎる。やりたいことが山のようにあるんだ。ヒャッホウ!」と書かれていた。各種ニュースサイトでは財閥を無一文で追い出された彼が、どうやら突飛なベンチャー企業を興すつもりらしいと報じている。彼はいい意味でも悪い意味でも、世間の注目を集め続ける人物になるのだろう。


「僕にはできない発想をしてる。すごいな」


 レオナルドは彼のニュースを見かけるたびに、感心するように呟いた。


 メグミはオオクニ社に戻り、社内の被害者救済プロジェクトチームに志願した。外部機関とともに一連の問題解決と被害者救済にあたっている。事件発覚後、大きな風当たりを受けたオオクニ社だったが、このプロジェクトチームの迅速な対応がそれを少しずつ和らげているようだった。


 カリゴリ砂漠は、あまり変わらない。砂漠住民の権利を保護するために、いずれかの国が統治すべきという主張が一部なされたが、どの国も及び腰だった。インフラや警察、教育機構の整備など、莫大な資金を要する割に、頑固な砂漠住民を相手に成功率の低そうな投資に前向きになれないのは当たり前だ。住民自身も他国の干渉を嫌っていた。


 それでも、今回の告発によって、子供達の受難は確実に減っている。被害を受けた人達への補償も進むだろうし、砂漠住民も自主的に人権監視団を作って事件の予防を進めている。



 ジブレメの街の外に、レオナルドとニーナが立っていた。レオナルドはいつものように黒のバイクに跨り、ニーナは新調した黄緑色と水色のワンピースを着て、いつもの傘を差している。


「それじゃあ、行ってくるわね、レオ。あなたも気を付けて行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくるよ。ニーナも事故には気を付けるんだよ」

「ええ」


 ニーナは西に向けて、傘を揺らしながら歩き始める。レオナルドはエンジンをふかし、東の果てを目指してバイクを発進させる。


 真っ青な空に輝く太陽が照らす黄金色の砂漠を、二人はいつものとおり仕事へ向かう。再びこの街に戻ってくることを約束して。そんな美しい日々がこれからずっと続くことを願って。


【終わり】

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