第五章 砂漠の探し屋の秘密④
黒づくめの男達との勝敗は、わかっていたことだがあっけなくついた。
レオナルドが守衛の老人を助太刀しようとして戻る直前に、ゲートからたくさんの男達が入ってきた。体中に刺青やピアス、あるいは改造義体を施した厳つい容貌の男達。眼光鋭く、手には拳銃やらライフルやら機関銃やら仕込杖やら金属パイプやらを握りしめ、何事かを吠えながら走ってくる。ここの怖いオーナーの飼い犬達だった。
「相変わらず惨いなあ……」
彼らが黒づくめの男達を撃ち、薙ぎ倒し、殴り、叩き、ボロ屑みたいにする様子を見ながらレオナルドは苦笑した。メグミは鳶色の目を細め、呆れたような表情でレオナルドを見たが、彼はとぼけるように微笑んだ。
「僕はあんな酷い真似しませんから」
「私の課したトライアルテストで、捕まえた男にあなたがしたこと、忘れていますか?」
「え、どんなでしたっけ?」
笑ったまま首を傾げたレオナルドに、メグミはこめかみを押さえつつ、溜息をついた。
「レオナルドさん、それより、そろそろ一連のことについて説明を……」
「すみません。それよりちょっと、確認したいことがあって」
レオナルドがヒュウと指笛を吹く。しばらくすると、空からエメラルドグリーンの鳥が舞い降りた。どうやらレオナルドの愛鳥は事務所での銃撃戦をうまく切り抜けたらしい。紺色の尾を揺らしながら、レオナルドが掲げた腕に停まった。
「カグヤ、お前、本当に『あの人』の手紙を受取らなかったのかい? 失くしたりはしなかったよね?」
レオナルドはカグヤの小さな瞳を覗きながら問いかけたが、彼の愛鳥は特に何を応えるでもなく、しきりに首を傾げるばかりだった。それは配達中のものを失くした時の反応パターンではない。おかしいと思いつつも、レオナルドも首を傾げることしか出来なかった。だが、その隣でメグミが興味を引かれたようにカグヤを覗き込む。
「ちょっと、その子を見せてもらえませんか?」
メグミが機嫌をとるようにカグヤの喉を撫でた。
「最初に事務所に伺ったときにこの子を見て興味を持ったので、帰ってから弊社の小動物デバイス化部門の研修を受けたんです。この子、少し様子がおかしいようですね」
メグミはレオナルドの腕に停まるカグヤに向かって、両手でいくつかのハンドサインを見せた。すると、エメラルドグリーンの美しい鳥は、しきりに何かを囀り始める。どうやらあるパターンを繰り返し鳴いているようだった。
メグミはスーツのポケットから携帯用メディアボードを取り出し、画面上に一つのアプリケーションを立ち上げた。ディスプレイにカグヤの音声を解析するグラフが現れ、しばらくすると新たなウィンドウが立ち上がって文字が流れ始める。
「今、飛行ログをしゃべらせて解析しています。どうやらこの子、配達中に誰かに捉まったようですね。飛行ログに断絶があります」
「え! でも……そういう場合は、僕のところに戻ってきたときに緊急事態を伝えるダンスを踊りますよね?」
カグヤの場合、想定外の事柄に巻き込まれた際には、主人の元に帰ってきたときに八の字飛行をしてみせることになっている。そうなったら、ペットショップに持って行ってカグヤの飛行ログを解析してもらい、問題を把握するのだ。だが、今回、カグヤはそういう素振りを見せていなかった。
「誰かがこの子を捉まえて、さらに、その記憶を消したのではないでしょうか?」
メグミがさらにハンドサインをいくつか見せると、カグヤはまた別の調子で鳴き始めた。
「記憶を戻してあげました。この子が飛行した地点をしゃべらせています」
メディアボードの文字を睨みながら、メグミが画面の文字を拾っていく。
「直近は、この砂漠の……ここから南南東にいくらか進んだ場所でニーナという人物から何かを受け取っていますね」
「僕の同居人です。確かに、彼女のメール配達は受けました」
「その方の荷物を受け取る前に、砂漠の外、都の中心部へ飛行しています。そこで拘束され、配達中のものを奪われて記憶操作を受けたようですね」
「そうですか……」
レオナルドは顔を顰め、考え込むように口元に手をやった。
「拘束される前に立ち寄った場所――そこで受け取った荷物を盗られたのでしょうね。あ、でもこの住所どこかで見たような……? え? この住所は……」
絶句したメグミはメディアボードからゆっくりと顔を上げ、鳶色の瞳を見開いてレオナルドを見た。
「テラー財閥の……しかも本家筋の方々の屋敷がある場所……」
呟いたメグミの声は薄っすらと震えていた。
「あなた、一体……!」
「何度もすみませんが、メグミさん。僕、行かないと」
「え、どこへ……? あ、ちょっと!」
制止したメグミを振りきり、レオナルドは倉庫の隅に停められた黒のバイクに跨った。
「奴らは『あの人』からの手紙を奪い取り、カグヤの後を追うことで僕の事務所に辿り着いたということでしょう? だったら、その途中でメールデータをカグヤに渡したニーナも、奴らに襲われるかもしれない!」
白皙の顔が青くなっている。レオナルドは慌てたようにハンドルを握り、エンジンを点火した。
メグミはそんなレオナルドの様子を少し驚いたような表情で見ていたが、やがて神妙な表情でバイクに近付く。
「私も行きます」
そう宣言して、メグミはレオナルドのバイクの後ろに跨った。
「メグミさん……?」
「私の勘ですが、一連の襲撃は、アリシア様にも関わることなんじゃないですか? だとしたら、あなたに真実を聞くまで、私は離れませんよ。私には何よりもアリシア様のことが第一なんですから」
怖いくらい真剣な表情のメグミを見て、レオナルドは静かに頷いた。
「……わかりました」
レオナルドはバイクを加速させながら、倉庫の傍に立つ禿げ頭の男性と守衛の老人に向かって叫んだ。
「すみませんけど、後はよろしく!」
「おお、任せときな!」
彼らに手を振られながら、バイクは倉庫区画を飛び出して砂漠へと躍り出ていった。その後をエメラルドグリーンの鳥が追い、並走するように低空飛行する。
「カグヤ、お前は『あの人』からの手紙を奪い返しておいで」
レオナルドの言葉に頷くように一声鳴いたカグヤは、大きく旋回してジブレメの街へと戻っていった。どうやら、ジブレメに来た男達の誰かが手紙を持っているらしい。
レオナルドは限界までスピードを上げて砂原を疾走した。道なき砂漠の途上、砂丘を乗り越え、岩盤を踏みしめ、二人を乗せたバイクは走り続ける。ギラギラと熱を放射する太陽に焼かれた黄金の大地を、黒のバイクは切り裂くように進んで行った。




