第五章 砂漠の探し屋の秘密③
スラムの街ジブレメで、レオナルドの赤茶髪とメグミの金髪が雑踏の中を縫うように進んでいた。その合間を黒づくめの男達がキョロキョロと首を巡らせながら走っていく。どうやら彼らはジブレメ内にかなりの人数を展開しているらしく、事務所を襲撃したのはその一部だったようだ。レオナルドとメグミは息を殺して雑踏の中を進み続けた。
「メグミさん、こっちです。彼女達がいるはずだから」
そう言って、レオナルドはメグミの腕を掴んで小路に入り込んだ。そのままジブレメの西へ向かって小走りに進む。
「彼らはいったい何者なんです? どうして私達を?」
「説明は後でします。とりあえずついて来てください」
レオナルドは通り抜けるのがやっとの小道を先導して進んだ。メグミは不満そうな表情を見せたが、黙ってレオナルドの後ろを追いかけた。
※
ジブレメの西、オアシスの外壁に面した場所には倉庫区画がある。守衛用の小さな掘っ立て小屋を境に、錆びや穴の目立つ古びた倉庫が十棟ほど並んでいる。レオナルドはそのうちの一棟を自分のバイクや各種資料の置き場として借りていた。
倉庫区画のゲートをくぐった二人は、レオナルドが猫を抱えた守衛小屋の老人にコインを投げ渡しつつ、倉庫の間の車路を走った。
それぞれの倉庫はシャッターが閉じていたが、壁に開いた穴から僅かに中身を覗き見ることができた。銃器の詰まった籠や、ひどく濁った液体が入った水槽、檻に入れられた巨大生物、パンパンに膨張している金属コンテナなど、怪しい雰囲気の荷物ばかりが置かれている。どこからともなく、何かが腐ったような臭いも漂っていた。
そんな倉庫をいくつか通りすぎ、レオナルドは一番奥の倉庫の前で止まった。それはレオナルドの倉庫で、その前には大きなトラックが乗り付けられていた。何人かで箱の積み降ろし作業を行っている。トラックの傍には、降ろした箱の他に、何台かのスクーターも停まっていた。
「あ、レオナルドじゃないか。久々だねえ!」
トラック付属のクレーンアームを操作していたドライバーがレオナルドに気付いて片手を上げた。褐色の肌に赤い髪、緑の瞳をした女性ドライバーだった。
彼女につられたように、その隣に立っていた別の女性もレオナルドの方を振り返る。
「あら」
アッシュグレーの髪の痩せた女性は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに薄紫色の瞳を細めてニヤリと笑った。
「こんなにすぐにまた会うなんてね」
そう言って、彼女は彼女を取り囲む子供達と微笑み合った。
降ろされた箱の傍には、エプロンをかけた禿げ頭の男性も立っている。
「ああ、レオちゃん。雑誌の件は俺がジブレメの商店組合に通しておいたから、もうすぐ雑誌売りやら雑貨店の店主やらがこの箱の中身を引き取りに来るはずだ。もちろん、俺の店にも置かせてもらうよ」
禿げ頭の男性はそう言って豪快に笑った。
メグミが何かを問いたげにレオナルドの顔を覗いたが、彼は「少し待って」というようにメグミに片手を上げてから、積み降ろし作業を行う彼女達に向けて声を張った。
「すみません。僕の居場所が彼らに割れてしまって、さっき事務所が襲撃されました」
「なッ……! 本当かい?」
彼女達は目を見開く。
「もうすぐここも嗅ぎ付けてくるでしょう。危険なことに巻き込んでしまってすみません」
レオナルドが頭を下げると、その頭を赤髪の女性ドライバーがパシンとはたく。
「なーに言ってんだい。アタシらはアンタに借りがあるんだから、いいんだよ。それに、これはアタシらの生活に関わることなんだ」
禿げ頭の男性も「そうそう」と言いながら腕を組んで頷く。一方、アッシュグレーの髪の女性はニヤリと笑った。
「私にとっては商売の種を分けてもらったことになるから感謝してるわ。さあ、みんな、箱の中身をスクーターに移して!」
アッシュグレーの髪の女性がそう言うと、子供達が箱を開いて中身を取り出し始めた。それはこの時代では珍しい紙媒体の雑誌で、カラーの表紙にはスキャンダラスな記事の見出し文字が並んでいた。それを見てメグミが「あ!」と小さく声を上げる。だが、それには気付かぬように、薄紫色の目を細めた女性が計算高そうな笑みを浮かべた。
「私には先生から受け継いだ資産があるけど、なるべく使いたくないのよ。家に帰した子供達への補償金としてもだいぶ使ってしまったしね。だから古着屋業が軌道に乗るまでは、古着と一緒にこの雑誌も販売させてもらうわ。これ、きっと売れるものね」
子供達は取り出した雑誌を、スクーターの後方に据えられた蓋つきバスケットにどんどん積み込んでいく。スクーターは風除けのついた簡易バイクで、バイクというよりはモーター付き多機能自転車と言った方がいいタイプの代物だった。多少割高だが、安定性と操作の容易さから子供が運転しても安心な乗り物だ。
アッシュグレーの髪の女性自身もスクーターに雑誌を積み込み、シートに跨った。
「さあ、みんな。チームごとに担当地区を回って雑誌を売りまくるわよ! ついでに、うちの古着の売り込みとチラシを渡すのも忘れずに。どのチームが一番稼げるか勝負よ!」
子供達は「おー!」と歓声を上げ、それぞれヘルメットを被ってスクーターに跨った。彼女らはスイッチをオンにして、モーターを回し始める。ウンウンと唸るモーター音に子供達が興奮したように頬を上気させ、それを見つめる禿げ頭の男性と赤髪の女性の唇が微笑みの形を作った。
だが、その時、その和やかな雰囲気を破るように、守衛小屋の方から叫び声が上がる。
「な、なんだね、あんた達は!」
守衛の老人の声だった。
はっとして身構えたレオナルド達が振り返ると、黒づくめの男達が手にした銃器で倉庫のゲートを破壊したところだった。
「チッ!」
舌打ちして、赤髪の女性ドライバーは素早くトラックの運転席に乗り込んだ。車を急発進させ、レオナルド達や降ろした箱を守るように車体を回し入れ、荷車の装甲が黒い男達に向くように停車させる。
すぐに男達が発砲が始まったが、荷車の分厚い金属装甲に阻まれてレオナルドやスクーターの子供達には届かない。
「アンタ達、早く行きな! そっちの小さい方の通用口から直接砂漠に出られるから!」
赤髪の女性は窓から身を乗り出し、スクーター群に向って叫んだ。
「ありがとう! ほら、みんな、行くわよ」
アッシュグレーの髪の女性を先頭に、スクーターは次々に発進していった。トラックの巨体に阻まれた黒づくめの男達を残し、フルスロットルで狭い通用口を抜け次々と飛び出していく。そのシルエットは隊列を組むように進んでいたが、やがて何組かに散り、黄金に輝く砂漠の大地へと消えていった。
残ったレオナルドは左腕を刀に変え、メグミは日本刀を構えた。禿げ頭の男性は腰が引けながらも積み下ろした箱を守るように立つ。レオナルドとメグミが迎撃しようと足を踏み出しかけた時、背後から声がかかった。
「ちょっと待って、レオちゃん」
守衛の老人だった。優しげな表情の好好爺で、警備員の制服を着込んだ肩には三毛猫が襟巻きのように乗っかっている。だが、その雰囲気にそぐわない無骨なロケットランチャーを手にしていた。小型のロケット砲だが、それを担いで倉庫の裏を廻り込んでここまで走ってきたらしい。その割には、全く息があがっていなかったが。
「入居者の方の手を煩わせるわけにはいかないやね。ここはワシに任せておくれ」
「でも」
「ここはワシの職場なんだ。ワシの職場を荒らす奴はワシが仕留める」
そう言って、制帽を被り直しながら老人はニヤリと笑った。
老人の首回りを占領していた三毛猫が一方の肩に移動すると、老いた守衛は空いた方の肩に小型のロケットランチャーを構えた。そして、警告なしに、いきなりそれを発射したのだ。メグミが絶句して固まる。
ヒュルヒュルと、ミニチュア・ミサイルは随分とかわいい声をあげながら上空に飛び上がった。それがトラックの高さを越えた瞬間、男達の悲鳴が聞こえ、直後、耳をつんざくような爆音によってその声は掻き消された。トラックの向こう側に強烈な閃光が走り、車体も周りの倉庫もビリビリと震えたが、やがてそれも止み、赤の炎ともうもうと立ち込める煙に変わっていった。
守衛の老人がロケットランチャーを抱えたまま、軽快にトラックの荷車の上に飛び乗る。レオナルドとメグミもそれに続いた。
トラックの向こう側は火と煙の地獄絵図になっていた。三十人ほどの黒づくめの男達は、半分が薙ぎ倒されてうずくまっていた。残りも火と煙に取り巻かれて苦しんでいる様子だ。それを眺めながら、老人は満足そうに頷いた。
「さてさて、お兄さん達よ。ここの倉庫のオーナーさんは怖ーいお方でな。『許可なく立ち入った者は殺してもいい』、ワシらはそう言われておるでの。覚悟してもらおうか」
守衛の老人はそう言ってヒュウと口笛を吹いた。途端に、老人の肩に乗っていた不細工な三毛猫が、短い尻尾をピンと上げてどこかへ走り去る。クツクツと不気味に笑う老人に向けて、ようやく立ち上がった黒づくめの一人が発砲したが、守衛は老人とは思えぬ俊敏さでそれを避けた。
「今、助っ人を呼びに行ってもらったわ。それまではこの老いぼれが相手をしよう。ボケ防止には適度な運動が欠かせないらしいでな」
トラックから男達側に降り立った守衛の老人はロケットランチャーを投げ捨て、腰に下げたレーザー銃に手を掛けた。それを抜くと同時に黒づくめの男が三人、同時に倒れる。早撃ち。大昔の西部劇ムービーみたいだと、レオナルドは口笛を吹いた。
守衛は僅かに顔を振り向かせ、トラックに向かって言った。
「お嬢ちゃんは配達を急ぐんじゃろう? ここに降ろした積荷はワシらが責任をもって守るでの。早く行っておいで」
「ありがとう!」
運転席の中で身を屈めていた赤髪の女性ドライバーは起き上がり、ハンドルに手を掛けた。駆動音が鳴り響くと、トラックの巨体が大きく旋回しながら走り出す。レオナルドはトラックから飛び降りて大型車用の通用口に向かって走り出した。メグミもトラックから降り、少し逡巡した後、積み下ろした箱を庇うように立つ禿げ頭の男性を守る位置に立った。
大型車用通用口はシャッターが降りている。レオナルドが懐から取り出した倉庫共用カードキーを認証装置に近付けると、巨大なシャッターがゆっくりと開き始めた。
後方では派手な銃撃戦が繰り広げられている。早くトラックを外へ送り出したかったが、シャッターの動作は緩慢だった。通用口に到着したトラックが一時停車し、赤髪の女性が顔を出す。
「レオナルド、これを渡しとくよ!」
そう言って彼女は親指ほどの小さな何かを投げて寄越した。レオナルドがキャッチし、握りしめた手を開くと、それはデータ保存媒体だった。
「この雑誌を荷受けしに印刷工場へ行ったら、そこに雑誌社の記者だっていう女の子がいたんだ。その子がレオナルドに渡してくれってさ」
褐色の顔に笑顔を浮かべた女性に、レオナルドは頭を下げた。
「ありがとうございます。それと、積荷の雑誌、よろしくお願いします」
「任せな。『弟』とアタシの車で、カリゴリ砂漠全域への配達はカバーできる。じゃ、行ってくるよ」
「はい。どうぞ気を付けて!」
シャッターがトラックの車高分だけ開いた。その瞬間、トラックの巨体が大きな唸りをあげながら通用門の外へと走り出していった。細かな砂の粒子を巻き上げながら、車は広大な砂漠の大地へと進んで行く。トラックの窓から出された褐色の腕が親指を立てているのを、レオナルドは頼もしく見つめた。
(あとは、『あの人』がどう動くかだ)
レオナルドは心のうちに残った不安を打ち消すように、頭を振った。そして、守衛の老人をフォローすべく、左腕を刀の形状に変えて再び後方の戦場へと走り出したのだった。




