第一章 砂漠の探し屋への依頼③
メグミ達を見送ると、レオナルドは再びジブレメの街へ出た。行商人の元締めや、宿泊所の組合長に挨拶しつつ、言葉を交わす。彼はごちゃごちゃと異常に人口密度の高い街を歩きながら、知り合いとすれ違うたびににこやかな挨拶と情報交換を欠かさなかった。
ギラギラした光と熱をスラムに注ぐ太陽が天頂に達すると、調子の外れた甲高い鐘の音が正午を告げた。レオナルドは朝から水しか飲んでいないことを思い出し、近くの「砂海亭」と書かれた店の暖簾を潜る。
「お、レオちゃん、いらっしゃい。久しぶりだねえ!」
一間もないような広さの店だった。椅子もないカウンターの向こう側の厨房で、中年の男性が肉を炒めている。安くて旨いと評判の店で、立食カウンターは人でいっぱいだった。
「おじさん、しょうが焼き一つ」
「あいよ!」
店の中に肉の焼ける音と香ばしいにおいが広がる。ただし、何の肉を焼いているのかは聞かないのがルールだ。
「あんた、付けあわせができたよ」
厨房と奥の部屋を区切るカーテンが開いて、サラダの盛られた皿を持った中年女性が顔を出した。痩せた体に土気色の顔をしている。
「おばさん、顔色が悪いね。どうしたの?」
レオナルドが問うと、店主の男性の方が顔を顰めた。
「お前……! 奥で寝てろって言っただろうがよ」
「でも……お店が……」
「いいから。こっちはオレ一人で十分だ。ごろごろ寝っ転がっていやがれってんだ!」
店主はサラダを奪い取ると、女性を奥に押し込んでカーテンを閉めた。
「おばさんの具合、悪いの、おじさん?」
「てぇしたことねぇさ。ちょっと風邪でもひいたんだろ」
顔を顰めたまま、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて店主は手元のフライパンに視線を戻した。レオナルドは少し首を傾げたが、話題を変えるために笑顔を浮かべた。
「そういえば。今ちょっと探している人がいて、情報を集めてるんだよね」
「あん?」
「ちょっと名のあるおうちのお嬢様なんだけど。ほら、これが写真」
「ほー、かわいい嬢ちゃんだな」
写真の中では、長い黒髪で色白の、白いドレスを着た少女が微笑んでいた。雑誌の切抜きをコピーしたものだ。
「実は色々な伝手からの情報で、彼女の居場所はある程度絞れそうな見込みが立ったんだけど、情報はあればあるほどいいからさ。何かわかったら教えてよ。報酬は弾むから。写真、ここに貼っておいてもいいかな?」
「おお。お客さん達にも聞いてやらぁ」
「あ、おじさん、フライパン!」
「おっとっと!」
慌てて焦げかけた肉を裏返す店主。
一方で他の客達は各々の食事を平らげつつ、レオナルドの貼った写真の方をチラチラ見ながら舌なめずりしていた。店主のように手に職を持って慎ましく暮らす者は別として、この街に住む素性の知れない人間は楽して金を得る手段には興味津々だ。
「まあ、準備は上々かな。さて、後は結果がどう出るかだね」
レオナルドは誰にも聞き取れない声でそう呟いた。