第一章 砂漠の探し屋への依頼②
「あなたが探し屋のレオナルドさんですか?」
「そうです。お待たせしました」
襤褸アパート一階の角部屋の扉には、表札として「レオナルド探索事務所 兼 ワン雨雲人形派遣商会ジブレメ支部」という看板が打ち付けられていた。レオナルドがその薄いドアを開くと、狭い応接間ではニーナの言ったとおりに既に女性がソファに座っていた。ソファとはいっても、ゴミ捨て場から拾ってきて穴の開いた部分を繕ったもので、見た目も座り心地も悪い一品なのだが、その女性は気にしていないようだ。
女性の背後には背広姿の男が二人立ち、レオナルドに厳しい視線を投げていたが、彼はその視線を気にする様子もなく、女性と向かいの椅子にゆっくりと腰かけた。女性の前に置かれたお茶にはまだ手が付けられた様子はなかったが、レオナルドは先ほどニーナから受け取ったボトルの封を開ける。
「失礼。少し水分補給をさせてください。仕事から戻ってきたばかりなもので」
「お気になさらず、どうぞ」
独特の臭みのある水を飲み干したレオナルドが空のボトルをテーブルに置くと、向かいに座る女性が口火を切った。
「レオナルドさん、あなたは人や物の探索にかけて非常に優秀で、カリゴリ砂漠では随分と名が知られていると伺いました。わたくし、こういう者です」
女性から差し出された名刺には「株式会社オオクニ 社長付き第十一秘書 メグミ・ウィンドナード」とある。肉付きのよい体を黒のパンツスーツに包んだ、二十代半ばくらいの女だった。スーツはこの辺りでは見られない上等な仕立て。金色の髪を結上げ、ピンと張られたように背筋を伸ばして座っている。フレームの薄い眼鏡を掛けた涼やかな目元は、彼女の知性を感じさせた。
彼女の後ろに佇む男達も上等なスーツを着込んでいたが、こちらは服の上からも厚く付いた筋肉がわかるほどで、メグミがスラム街を訪れるための護衛なのだろう。メグミも男たちもスーツの襟には、長い葉と円筒形の細長い穂を持つ植物を模したデザインの、小さなバッジをつけていた。確か、オオクニ社のロゴマークだったはずだとレオナルドは記憶を辿った。
「実は、我々はある人物の行方を捜索しているのですが……」
「社長のお嬢さんですか?」
レオナルドがふわりと笑いながら問い返すと、メグミは僅かに目を見張った。
「ご存知なのですか!」
レオナルドは立ち上がり、壁に面して置かれた棚からスクラップ帳を取り出すと、あるページを開いて見せた。
「お嬢さんは失踪されたようですね」
示されたのは三流ゴシップ紙の切り抜きだった。曰く、「世界でも五指に入る医療系複合企業オオクニの社長令嬢アリシア・オオクニ嬢(一六)が失踪した模様。生前から決められていたフィアンセである、世界随一の企業集団・テラー財閥総帥の子息セイン・テラー氏(十八)との結婚を嫌ってか」と。
本文の他に、どこかのパーティーで撮られたものらしいアリシアの写真がカラーで大きく掲載されていた。長い黒髪で色白の肌をした可愛らしい少女が、控えめな表情で微笑んでいる。記事の端には、彼女のフィアンセだという男性の写真も小さく載せられていた。青みがかった銀髪に碧眼、浅黒い肌をした青年で、少し硬い表情が撮られていた。
センセーショナルな話題だったが、このニュースは大手マスコミに取り上げられることはなかった。メグミは表情を硬くする。
「弊社社長イカロス・オオクニの子供は一男一女。その一人娘のアリシア様が三ヶ月ほど前に姿を消しました」
「身代金要求もテロ予告もなかったようですね。お嬢さん自らの意思で失踪した可能性が高いわけですか」
「ええ。各種監視設備の記録がそれを裏付けています。失踪時、全ての交通手段をお嬢様自らで手配し、一人で行動されています。また、お嬢様への連絡手段は――褒められたことではありませんが、メールや音声通話も含め全てを検閲していまして、お嬢様を脅して行動を取らせた様子もありませんでした」
メグミの鳶色の瞳が、悲しげな色を纏って伏せられた。
てっきり、この女性が社長令嬢に対してビジネスライクな感慨しかもっていないのだろうと予想していたレオナルドは、メグミの意外な表情に僅かに首を傾げた。
「あなたはお嬢さんとはどういう?」
「社長秘書の肩書きではありますが、わたしはお嬢様の教育係を務めておりました。お傍で拝見していた限り、お嬢様はフィアンセであるセイン様を決してお嫌いではないように見えました。それに、お優しい方で、どちらかというと大人しい性格をされておりましたので。こんな大それたことをされた行動を起こされたのが未だに信じられませんし、この記事が正しいとは思えないのです」
メグミは眉間を手で押さえ、苦しに吐息を洩らした。
「テラー財閥との関係、会社の体面もあり、その雑誌は出版前に差し止めにさせたのですが、よく手に入りましたね」
「蛇の道は蛇と言いますから」
レオナルドが冗談めかして笑顔を浮かべると、メグミも硬い表情を少しだけ緩めた。
「我々も八方手を尽くしてお嬢様を捜したのですが、結局、我々の力だけではお嬢様を見つけ出すことができませんでした。唯一判明しているのは、お嬢様がこなカリゴリ砂漠を訪れたことだけはです」
メグミは傍らに置いた鞄から薄い黒色の板を取り出した。彼女がその表面に指を滑らせると、黒い板の上に地図が浮かび上がる。その地図の上を赤い線がジグザグに軌跡を描いていた。
「これはお嬢様が失踪した当日に辿ったルートです。お嬢様の体には位置情報を通知するデバイスが埋め込まれているのですが、カリゴリ砂漠に入った途端に跡が消えています。失踪当時、お嬢様は我々が行動ログにアクセスできないよう複雑なロックを掛けおられまして、それを突破した時には既にカリゴリ砂漠へ入っておられました」
「この砂漠は前の紛争時、通信妨害装置が多数埋められましたからね。有線設備も破壊されましたし、ここに潜伏されたら、外部からそういう類のデータを取得することは不可能です」
「そこで我々は都の優秀なエージェントをかなりの数雇ってここに送り込んだのです。しかし、彼らは全く役に立ちませんでした」
「そうでしょうね」
頷いたレオナルドはうっすらと笑みを浮かべていた。
「我々は三ヶ月もの時間を無駄にしました。この地は部外者が入り込むのは厳しいようです。だから、あなたに依頼したい。お嬢様を見つけて頂けたら、九千万出します。引き受けて頂けますか」
メグミは眼鏡の奥からガラスの欠片のように冷たく尖った視線をレオナルドに投げつけた。レオナルドはそれを真っ直ぐに受け止めると、静かに微笑んで口を開いた。
「手付金として報酬の三分の一をもらうのが僕の受注条件なのはご存知ですか?」
メグミは少しの間、厳しい顔で沈黙し、手を組み直した。
「これは大きな額の取引です。失礼な表現になるのは謝罪しますが、カリゴリ砂漠のスラムで怪しげな生業をしているあなたに、信用だけで資金提供することは難しいのです。わたしにはその決定権がない」
「ええ、わかります」
レオナルドは同情するような顔で笑った。メグミは険しい顔を崩さずに続けた。
「ただ、我々としても現状を打破するために、あなたの可能性に賭けてみたいという思いがありまして、なんらかの譲歩は示したいと思っています。例えば、トライアルテストを受けて頂いて、それに合格したら手付金を融通するというのはどうでしょう」
「トライアルテスト?」
「テストをクリアしたという形が付けば、オオクニ家から資金を引っ張りやすくなります」
「なるほど」
頷いたレオナルドの薄茶色の瞳を覗き込みながら、メグミは声を潜めて言う。
「そのテストの内容ですが。私達が会社からこちらへ伺う道中、どうも、尾行している者がいるようでした。ゴシップ記者かもしれません。その尾行者を見つけ、わたし達に引き渡して頂く、それがトライアルテストということでいかがでしょう」
「それも手付金なしで、ボランティアでやれと? あまり僕にメリットはない話ですね」
レオナルドは溜息をついてみせたが、メグミは視線を彼から外さなかった。
「このテストに合格すれば、半額を前金で支払います。報酬も一千万上乗せしましょう」
「へえ……」
レオナルドは感心したように目を見開く。
「なるほど。上手な取引だ。もともと一億の予算があったんでしょうね」
メグミの眉がぴくりと震える。レオナルドは口の端を吊り上げて楽しそうに笑った。
「わかりました。それだけ信用して頂けるなら嬉しい限りです。是非そのテストを受けさせてください」
メグミはやや憮然とした表情で口を開きかけたが、その時、窓をコツコツと叩く音がした。
「失礼」
レオナルドが立ち上がって窓を開くと、エメラルド色に輝く生き物がふわりとその腕に舞い降りた。艶やかに輝く緑の翼と、濃い紺色の尾を持つ美しい鳥だった。
「おかえり、カグヤ」
レオナルドは鳥の喉を撫でてやり、ポケットから取り出したビスケットを与える。カグヤと呼ばれた鳥は嬉しそうに喉を鳴らしながら、それを啄ばんだ。その間に、レオナルドはカグヤの細い足に結び付けられたいくつかのデータ保存媒体を回収し、その美しい鳥を再び窓の外に放った。
怪訝な表情で見つめるメグミに、レオナルドは笑顔を返した。
「メグミさんはどうやってジブレメにいらしたんですか?」
「飛空挺です。オアシス外壁の外に降りました。船は今も上空に待機しています」
「スラムの門を潜るとき、少年たちがいましたよね?」
「ええ……」
メグミの曇った表情から、少年たちがジロジロと不躾な目線を彼女に向けたであろうことが予想され、レオナルドは少し同情した。
「あれはバイトなんですよ。この街はいくつかの区画に分かれていて、それぞれ長が立って管理している。あの少年たちは、新参者が来た場合はそいつがどの区画に向かったのかを、逐一それぞれの長に報告しているんです。長は新参者が来たときに、そいつはすぐ帰るつもりなのか、住み着くつもりなのか、いい奴なのか、やばい奴なのか、瞬時に判断するため、独自の情報網を張っているんですよ。少年たちはその一部です」
「わたし達が技術で行っていることを、人力で行っているのですか」
「情報媒体は使いますけどね」
目を丸くするメグミにレオナルドは微笑んだ。カグヤから回収した媒体をテーブルの端に置かれていた小さなディスプレイにセットすると、次々と人の顔が再生された。
「長たちから回収した、この一日にジブレメにやって来た新参者の顔情報です。あの子達はもはや盗撮の名人ですよ。実は僕は、長たちから新参者の身元を洗うよう頼まれることがありましてね。その礼金の一部として、こういうデータを横流ししてもらっているんです」
「ああ。わたしたちの映像もありますね……あ!」
メグミは白い頬を赤く染めた。一連の映像に、メグミの胸や尻をズームで撮った画像が含まれていたのだ。
「まったく……。後で不要データの消去を長に頼んでおきますよ」
レオナルドは苦笑した。
「あなた達が訪れた後ここにやって来たのは……五名ほどいますね。見覚えのある人物は?」
「いいえ、いません」
「僕の知っている顔もありませんね。ネットワーク環境があれば顔面検索で身元に迫れるんでしょうが……まあ、これだけ絞れれば十分でしょう。明日、同じ時間にまたここに来てください。尾行者を引き渡します。ついでに、お嬢様がこの街に来たかどうか、三か月分の新参者リストを洗っておきましょう」
「よろしくお願いします」
メグミは頭を下げ、そのまま席を立とうとしたが、レオナルドはそれを手で制して、にこりと微笑んだ。
「よろしければそのお茶を召し上がってください。ニーナが……先ほど皆さんを出迎えた女の子が淹れたものです。おいしいですよ」
「でも……」
言い淀むメグミに、レオナルドは安心させるよう笑みを深くした。
「大丈夫ですよ。きちんと濾過装置を通して、煮沸消毒もしてあります。ニーナはお茶には拘りがありますからね」
メグミは恐々とティーカップに口をつける。その目が驚いたように見開かれた。
「甘みがあって美味しい……!」
「でしょう?」
「あの……あの少女はどういう人……なのでしょう……?」
「僕のルームシェアの相手です。お互い外に出ることの多い仕事で、ほとんど顔を合わしませんけどね。ここを互いの住居兼事務所にしているんですよ。家賃が浮きますから。彼女を見て驚きましたか?」
「ええ……あの姿は……」
「詳しい事情は僕も聞いていません。でも、貧しい家庭の子供達は、親に売られて、買い取られた業者に体を改造されて、過酷な職に就くこともしばしばです」
メグミは表情を強張らせる。取り繕うようにレオナルドは微笑んだ。
「湿っぽい話になってしまいましたね。失礼しました。ではまた明日、お会いしましょう」