第三章 砂漠のお嬢様④
「あのバイク屋に伺う直前、最後にアン・グリースの光景を目に焼き付けておこうと思って、こちらに参りましたの」
ケイトはそう言って、正面の荘厳な噴水を見つめた。レオナルドを後ろに乗せた自転車は、再びメイン通りに戻ってきていた。
「アリシアもこの光景を見たのかしらと考えながら……」
そう言って、ケイトが考え深げにその灰色がかった青色の瞳の目を細めた時だった。
「やあ、お姉さん、また会ったね!」
人ごみの中からケイト達の前に進み出てきたのは、一輪車に乗ったマリオリ少年だ。頭に花飾りを入れた籠を乗せたまま、年季の入った一輪車を器用に漕いでいる。ピエロのような派手な装束を着て、両腕をひらひら動かし、陽に焼けた顔ににっこりと笑顔を浮かべる。
「あの時もこの子が来たのですわ。まったく、しばらく姿を見ないと思っていたら先回りしていたなんて」
「さすが、この街の道はよく知っているね」
うんざりとした表情で溜息をつくケイトとは対照的に、レオナルドは感心したように頷く。
「え? 二人ともオイラのこと話してるの? なになに? オイラのパフォーマンス見たいの?」
マリオリはニコニコと笑顔で指を鳴らそうと腕を上げる。
「ちょ……! もうそれは……!」
「イッツ・ショータイム!」
パチンとマリオリが指を鳴らすと、彼の背負ったリュックサックから、バチバチという火薬の爆ぜる音と焦げ臭いにおいを撒き散らしながら火花が飛び出した。
「わはははは! 今回は今日の一回目とおんなじ、打ち上げ花火だよ! きれいでしょー?」
「きゃあああああ!」
打ち上げ花火といっても、随分低い打点で咲く花火だった。レオナルドとケイトの周囲で、色とりどりの火花が散っている。朝顔風、ひまわり風、薔薇風の様々な光の花が散っては消えた。ゆったりと見られれば心奪われる光景なのだろうが、顔の至近距離で花火が爆ぜるケイトはそれでころではないようだ。自転車に跨ったまま、頭を庇って蹲っている。
「もう! やめて頂戴!」
「えー、なんでなんで?」
「危ないでしょう!」
「ちぇー」
マリオリがリュックサックの口を縛ると、花火の騒ぎは収まった。
「マリオリ、あなたどうしてこんな迷惑なことをするの?」
ケイトが低い声で、眉を吊り上げながらマリオリを睨むと、少年は途端に弱気な顔になってしまう。
「オイラ、お姉さんに喜んでもらおうと思っただけなんだ。だから、おじいちゃんに習って頑張って作ったんだ。お姉さんがそんなに怒るなんて思わなくて……ごめんなさい」
マリオリの黒く長い睫毛の縁に、涙が溜まってきらきら輝いているように見えた。それを見て、ケイトはバツが悪そうに顔を歪める。
「ま、まあ……わかればいいですわ」
「わ、許してくれるのお姉さん!」
「ええ」
さっき泣いたカラスがというように、マリオリは手の甲で目元を拭うとケロリと笑った。
「あなた……もしかして、さっきの涙目は演技でしたの?」
「にへへへへ!」
マリオリは否定も肯定もせず、無邪気な笑顔を浮かべた。ケイトは今日何度目かの溜息をつく。だが、その隣でレオナルドはマリオリを見る眼つきを厳しくしていた。
「どうか致しまして?」
「マリオリ、君、ケイトちゃんがバイク屋に来る前も、ここでこうやって花火のショーを見せたのかい?」
レオナルドの睨みつけるような視線に、マリオリは恐々とした表情で頷く。
「う……うん。そうだけど……」
「もしかして、その混乱の最中に彼女の自転車の籠から財布を盗ったんじゃないのか、君は?」
「オ、オイラ、そんなことしないよ!」
慌てて否定するマリオリに、ケイトも身を乗り出した。
「ちょっと待ってください。この子を疑っているのですか? 確かに迷惑をかけられましたけれど……そんな子じゃありませんわ。それに、鍵はずっと私の左腕にありましたし」
「それなんだけどね――」
レオナルドが言葉を続けようとしたところで、上空から聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。
――チチチ、チチチ
エメラルドグリーンの羽をはためかせて舞い降りたのは、レオナルドの愛鳥、カグヤだ。紺色の尾を振りながら、レオナルドの差し出した腕に停まる。例によって、その脚に付けられた情報メディア媒体を回収したレオナルドは、顔を上げ、ケイトとマリオリに言った。
「ちょっと喉が渇いたね。そこのカフェで何か飲みながら話そうか。僕が奢るよ。マリオリ、君もおいで」




