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第三章 砂漠のお嬢様②

「レンタルサイクルがすべて貸出し中だったのは仕方ないとして、どうしてこうなりますの?」


 アン・グリースに降り注ぐ熱烈な太陽光の下、水色のワンピースを着た少女が憮然とした表情で自転車のペダルを漕いでいた。


「この自転車は生体認証つきだからね。運転したくても僕には運転できないんだ。ごめんね、ケイトちゃん」


 唇を尖らせるケイトの後ろ、自転車後部の荷物用の台に跨がったレオナルドは苦笑した。


 自転車の盗難防止、契約者以外の利用防止のため、自転車本体には生体認証ロックシステムが組み込まれている。具体的には、ケイトの借りた車体の場合、ハンドルが運転者の指紋を読み取り、登録された契約者以外が運転しようとすると車輪がロックされてしまうのだ。


「それに、この自転車の推進力はすべて搭載の動力機構から賄われている。そのペダルはお飾りみたいなものなんだから、まあ、いいじゃないか」


 つまりは、金持ち観光客向けのなんちゃって自転車といったところだ。ケイトはむくれた表情を見せたが、黙ってペダルを漕ぎ続けた。


 自転車が作り出す風が二人の頬を撫でる。風はケイトの濃い栗色の髪を踊らせ、その上に被った白色の帽子をはためかせ、それからレオナルドの赤茶色の髪を揺らした。


「私のこと、どうしてアリシアを探しているか聞きませんの?」

「君はアリシア嬢の同級生なんだろう?」


 レオナルドの言葉に、ケイトは驚いて振り返る。


「どうしてわかりましたの!」

「危ないよ」

「……失礼しました」


 ケイトは少し頬を赤らめて前を向く。


「アリシア嬢の通っていた学校は、ちょうど今、受験期間で在学生は五日間ほど休日になっているはずだからね。君は自腹でこんなところに来てまで調査しているみたいだし、きっと彼女と仲のいい友人なんだろう?」

「その通りですわ」

「それより、君は聞かないのかい? 僕の方の目的を」

「あなたは生業でしょう。あなたの雰囲気から、どなたに依頼されたのかも、だいたい予想はつきますわ」

「なるほどね」


 レオナルドはケイトの後ろで小さく笑いながら頷いた。


「それで。まずは私の滞在していたホテルに向かえばよろしくて?」

「うん。今日一日の君の行動を振り返ろう」

「ホテル出発時には確かにバッグの中にお財布はありましたし、籠のキーはずっと私の手についていて、朝出発してからさっきまで一度も蓋を開けませんでしたのよ。いつの間になくなったのでしょう?」

「うーん……とにかく、まずは今日の行動を振り返って、いつどこでなくしたのかを判断しよう」

「わかりましたわ」

「確認なんだけど、財布の中身は紙幣だけで、電子決済用のカードとかはもってきてなかったんだよね?」

「ええ。カード情報は親も見られますから、持ってきませんでした。盗難も怖いですし」

「正しい判断だね。ただ、不正使用は追えなくなるから、捜索は地道な作業に頼ることになる」


 ケイトは横道から大通りに出るために、ハンドルを切る。だが、その時、脇道から一輪車に乗った少年が飛び出してきたので、ケイトは慌てて自転車を停止させた。


「やあやあ、お姉さん、また会ったね!」


 飛び出してきた少年はそう言ってにっこりと笑った。十歳くらいだろうか。日に焼けた肌に黒い髪、黒い瞳を縁取る長い睫毛が特徴的な少年だった。頭の上に花飾りを詰め込んだ籠を乗せており、細い体にはピエロのような派手な衣装を身に着け、大きなリュックサックを背負っている。


 ケイトは眉間に皺を寄せた。


「またあなたですの? もう、いい加減にしてください。花飾りはもう買いませんわ」

「えー、ケチだなあ。そんなんじゃ、有名セレブにはなれないよ? ほら、またオイラの芸を見せてあげるから機嫌直して!」

「いいえ、結構で……」


 ケイトが言い終わる前に、少年は一輪車でケイトとレオナルドのまわりを周回しながら、指をパチンと鳴らす。


「イッツ・ショータイム!」


 その言葉と同時に、彼の背負ったリュックサックの口が開き、そこから数十本の細長い物体が飛び出した。


――ヒュルヒュルヒュル……


 細長い物体は尻からカラフルな火花を放ちつつ、気の抜けた音を出しながら四方八方に飛び回る。それらはケイトの周囲に集まりだし、鼻先を掠めて飛んだり、つついてきたり。まるで鳥の群れに襲われているような有様だった。


「きゃああ!」

「さっきは打ち上げ花火を見せてあげたでしょ? だから、今回は趣向を変えて改造ロケット花火にしてみました。うちのおじいちゃんに作り方教わったんだ!」


 悲鳴をあげるケイトを見ながら、少年は得意げに笑う。


「どう? どう? すごいだろ? ね、ね、面白いでしょ!」

「面白いわけありませんわ! どんな芸を見せてもらっても、もう花飾りは買いません!」


 血管が浮き上がるほどの勢いで怒鳴り返すケイトを、キョトンとした表情で見つめ返す少年。


「早くこの花火をしまいなさい!」

「ちぇー」


 少年が再び指を弾くと、ロケット花火は火花を消し、ぱたりぱたりと地面に落ちる。少年は一輪車から降りてそれを拾い始めた。


「今のうちに参りますわよ!」


 今がチャンスと、ケイトは自転車の回転数を増して少年との距離を稼いだ。


「あ、待っておくれよォ」


 少年は慌てて回収した花火をリュックサックに突っこむと、一輪車に跨がってケイトの後を追う。レオナルドを後ろに乗せたケイトの自転車は少年との距離を保ったまま、メイン通りに出た。



 砂漠の太陽はアン・グリースの華やかなメイン通りを鮮やかな陰影と共に浮かび上がらせていた。石畳の通りには華やかな服を着た観光客で溢れており、ピカピカに磨きこまれた車両が往き来している。通りの両脇には瀟洒な外観のショッピングビルや劇場、カジノなどが並んでいて、人々はその外壁に掲げられたホログラム式ショーウインドウや劇場ポスター画像が刻々と映り変わるのを覗きながら、楽しげに会話を交わしていた。


 そのメイン通りで何よりも目を引くのは、通りの中央に鎮座する巨大な噴水だろう。噴き出す水は繊細な軌跡を描き、かと思うと大胆に迸り、その飛沫は刻々と形を変えていく。しかも、この噴水はそれだけに留まらず、任意の形を作り出すこともできた。水の飛沫は小鳥の形を作って空を横切り、水の妖精を形成して踊り、透明な花畑さえ出現させた。その景色は人々の度肝を抜き、美しさに溜め息を漏れさせる。


 噴水の傍らには、派手な装束の大道芸人達が技を競いあっていた。ジャグリング、パントマイムや彫像になりきったスタチューなどの芸は、生身の鍛練を見せる伝統芸だろう。一方で、身体改造している演者は、助走なしの垂直跳びから数えきれない回転や捻りを見せたり、体から生えたたくさんの腕それぞれに楽器を抱え、一人でジャズバンドを再現したりしている。


 観光客は彼らに投げ銭を渡し、その周囲にはさらに物売りや食べ物売りが集まる。噴水前の広場は、アン・グリースでも特に賑やかな場所だった。


「あの少年は物売り? 仲がいいんだね」


 レオナルドが問うと、ケイトは自転車をこぎながら溜め息をこぼした。


「ええ。『仲良し』ですわ。マリオリという名前の子なのですけれど、この街に来た初日にあの子から花飾りを買ったのです。そうしたら、もう毎日、私が外出するたびに『花飾りを買ってくれ』と言いながらついて来てしまって……」


 ケイトがげんなりとした顔で後ろを振り返る。つられてレオナルドも後ろを見ると、マリオリ少年の一輪車がつかず離れずの距離でついて来ていた。ケイトが怖い顔で睨むせいで、一定ライン以上は近付いてこないが。


「ついてくるだけならまだしも、毎回ああいうパフォーマンスを見せてくれますの。有難迷惑といいますのかしら。でも、無邪気さと商売人魂とが混在していて――どこか憎めませんのよ」


 そう言ってケイトは困ったように微笑んだ。


 自転車は噴水の脇を通りすぎ、大通りに面した立派な建物に近づいた。格調高い高層建築で、クイーン・マリア・ホテル・アン・グリースと表のレリーフに刻まれている。


「今朝、ここを発ちましたの」


 ケイトが車寄せに自転車を近付けると、制服を着たベルボーイが近付いてきた。成人したばかりと思われる若い青年だった。マリオリ少年はさすがに高級ホテルの中までついてくる気はないらしく、外から様子を覗いている。ベルボーイはケイトの顔を確認して首を傾げた。


「ケイト様、お忘れ物ですか?」

「私の財布を見かけなかったかしら?」


 若いベルボーイはきびきびした動きでフロントへ確認に行き、間もなく戻ってきた。


「ケイト様のお部屋にはお忘れ物は何もなかったそうです。また、他のエリアでも、本日は財布等の拾得物はなかったとのことで」

「そう。ありがとう」


 ケイトは籠からバッグを取り出しかけてハッとする。ケイトの代わりにレオナルドが懐からボーイにチップを渡した。


「レオナルドがさん、すみません。後でお返ししますわ」

「構わないよ。ところで、今日ここを発つときにも彼が対応を?」

「ええ。キャリーバッグの空港への送付を頼んで、自転車も駐輪場から運んできて頂きました」

「この籠のキーは?」


 自転車本体は生体認証キーであるものの、オプション品として後付された籠は非接触電子キーだ。現在はケイトの左腕にベルトで巻かれている。


「ずっと私の腕に……いえ」


 ケイトは考え込むように、口元に手をやった。


「ここで自転車に乗ろうとした時、付け方が緩かったのか一度地面に落としてしまいましたの。それを彼に拾って頂いて」

「はい。私が拾って手渡し致しました」


 ベルボーイが頷いた。


「そのあとバッグからお財布を取って、彼にチップをお渡しして。またそれをバッグにしまって、そのバッグをこの籠に入れて出発しましたの。そうですわよね?」

「はい。そのとおりです」


 制服姿のベルボーイは、宿泊客向けの完璧な笑顔を崩すことなく応えた。


「なるほど」

「この時点では確実にお財布は私の手元にありました」

「そうみたいだね」


 頷きつつ、レオナルドは思案するような表情で薄茶色の瞳の目を細めた。


「もうここはよろしくて?」

「うん。次の場所に行こうか」


 ケイトがペダルに足を掛けた。


「それではごきげんよう」

「行ってらっしゃいませ」


 優雅に手を振るケイトを、ベルボーイは慇懃な礼で見送った。ホテルの敷地を出ると同時に、マリオリが器用に一輪車を漕ぎながら近づいてくる。


「そして、ホテルを出たところで、こうやっていつものごとくにあの子がストーキングをしてきましたの」

「なんだよう。なんだかんだ言って、いつも何か買ってくれたじゃないか!」

「あなたがしつこくて商売にがめつい子供だからでしょう!」

「えー。オイラみたいに素直でかわいい子供はめったにいないのになぁ」

「あなたって子は……」


 にこにこと無邪気に笑うマリオリを見て、ケイトは呆れたように溜息をつく。


「それから、裏通りへ向かいましたの」


 ケイトは気を取り直すように頭を振り、再びペダルを漕ぎだした。

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