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第二章 砂漠の姉弟⑥

「アン・グリースの自警団に盗賊達を引き渡しましょう。あそこの自警団は観光客を守るためにしっかりしています。盗賊たちにしかるべき処罰を下してくれるでしょう」

「でもテッドが……」


 心配そうに揺れるダイアナの瞳に、レオナルドは微笑みを返した。


「大丈夫。盗賊退治に協力したと届け出れば、お目溢しをくれるでしょうし、もしかしたら礼金ももらえるかもしれませんよ。テッド君が情報提供者であることも隠してくれるでしょう」

「よかった……」

「待ってください!」


 ほっと安堵したダイアナを遮るように、目を赤く腫らしたテッドが立ち上がる。


「僕は罪を償わないといけない……」

「な、何言ってんだい!」


 ダイアナも立ち上がり、慌てた様子でテッドの肩を掴む。だが、テッドは揺るがなかった。先程までの弱々しい雰囲気とは違い、姉と同じ緑色の瞳は強い視線を放っていた。


「どんなに言い訳をしても、僕が盗賊達の手伝いをしていたという事実は変わらないです。僕は、償わないといけない」

「テッド……」

「僕は……もう少しでお姉ちゃんまで殺してしまうところだったんだから……」


 テッドの体は震えていた。悔しそうに唇を噛み、苦しい痛みに耐えているような表情だった。


「コイツを……このオオサバクカメレオンを連れて、もう一匹のいる方に行きます。そして、その傍に隠れている奴らを逆に罠に嵌めて捕まえて、自警団に差し出してやる」

「テッド、そんなの危ないよ! せっかくお前が帰ってきてくれたと思ったのに……。それに、アタシは無事だったじゃないか!」


 テッドは涙を浮かべる姉から視線を外した。彼は強く拳を握り締め、唇を一文字に引き結んでいた。


「テッド君……君は安全を得られる立場にいるし、君のお姉さんもそれを望んでいるよ」

「でも僕は、僕自身をやっぱり許せそうにありません。それに、最後にはカメレオンたちも処分しないと――彼らに罪はないけど、改造された彼らを生かしておくことはできません。彼らを安全に葬れるのは僕だけだと思うんです」

「失敗すれば死ぬかもしれないよ?」

「覚悟はできています。でも、これを達成すれば、少しは自分のことを許せるかもしれないから」

「テッド君……」

「テッド、お願いだよ、そんなこと言わないで……。お姉ちゃんのところに戻って来ておくれ」

「お姉ちゃん……ごめん……」


 それからダイアナは何度も説得したが、テッドの決意は変わらなかった。


「馬鹿なテッド」


 ダイアナの鼻にかかった声がぽつりと零れ、その寂しい声を、夜に染まる砂漠の冷たい風が運んでいった。



「行くよ」


 テッドは、レオナルド達には何も見えない砂漠の一角に手を伸ばして抱きつくような動作をしながら声をかけた。


「うわ!」


 次の瞬間に、レオナルドとダイアナが思わず驚愕の声を漏らす。夜の砂漠しかなかった風景に、突如、淡い黄土色の人の何倍もの大きさを持つ巨大カメレオンの姿が浮かび上がったからだ。テッドはその背に跨る。


 テッドは夜の寒さから守るためのショールを体中に巻き、背中には大きな荷物を背負っていた。ダイアナが持っているだけの食料、水、護身用の銃、その他旅に必要な携行品を渡したのだ。


「お姉ちゃん、レオナルドさん、行ってきます」


 テッドが深々と頭を下げると、すっかり闇に覆われてしまった砂漠へとオオサバクカメレオンが足を踏み出した。レオナルドとダイアナは黙ってそれを見送る。レオナルドがそっとダイアナに視線を移すと、肩と握り締めた拳が震えていた。


「テッド!」


 姉は立ち去ろうとする弟の背中に向けて叫んだ。


「必ず、必ず、帰っておいで!」


 弟は振り返って微笑んだ。


「うん」


 テッドは再び前を向き、歩き出す。その姿はどんどん小さくなり、砂丘の合間に消えていった。



「僕はダイアナさんの元にテッド君を連れてくるって約束、果たせませんでしたね……」

「いいんだよ。あの子を見つけてくれた、それだけで十分さ。それに、あの子はいつか必ずアタシのところに戻って来る」


 そう言いながらも、車内の薄暗い灯りに照らされたダイアナの目はまだ少し赤く腫れていた。


「ああ、そうそう。あの写真の可愛いお嬢様の件、何かわかったら知らせるよ」

「ありがとうございます。僕の飼っているカグヤっていう鳥にダイアナさんの姿と臭いを覚えてもらえれば連絡が楽にできるんですけど、ちょっと今遠くにやっている最中で。その代り、ジブレメの砂海亭っていう定食屋のおじさんに知らせてくれれば、僕のところに知らせてくれるので、面倒ですけどよろしくお願いします」

「砂海亭だね。任せて頂戴な」


 ダイアナはハンドルを握っていない方の手で胸を叩いた。


 二人を乗せたトラックは真っ暗な夜の砂漠を順調に進んだ。そのせいか、アン・グリースの明かりが見える頃、レオナルドに睡魔が誘いをかけ始めていた。彼はダイアナに許可を得て、窓を開ける。夜風の冷たさが心地よくレオナルドの頬に触れ、少しだけ眠気を吹き飛ばしてくれた。


 レオナルドはまだ少し眠たい頭で、あの後、テッドに聞いた実験施設の様子について反芻した。


『実験施設はたぶん大きな病院みたいな感じでした。大きな病院なんて画像でしか見たことがないですけど……。場所は……ごめんなさい。よくわからないです。カリゴリ砂漠のどこかとしか……。施設にはたまに偉そうな人達が来て……確か、長い葉と円筒形の細長い穂を付けた植物のバッジを付けていました。何のロゴか思い出せなかったけど、どこかで見たことがあったので印象に残ったんです』


 レオナルドはダイアナに気付かれないくらい小さな溜息をつく。


「長い葉と円筒形の細長い穂を付けた植物のバッジね……オオクニ社か。やっぱり、あの会社は――」


 レオナルドの囁き声は、車窓の風に浚われて砂漠の闇の中に消えた。

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