第一章 砂漠の探し屋への依頼①
見渡す限りが空と砂だった。見上げた先は雲一つない空で、青すぎる程に青く染まっている。一方で、全てを焼き尽くそうとする太陽のせいで、砂漠の大地は黄金色に輝いていた。
そんな砂漠の道なき道を、容赦ない熱風に嬲られながら二輪のバイクが進んでいた。車幅が細くて軽量な、悪路に適した形状の黒いバイクだ。砂を巻き上げ、岩盤を踏み越え、汚い排気とうるさいエンジン音を吐き捨てながら砂漠の大地を進んでいく。
バイクに跨っているは若い青年のようだった。小柄な体型だが、砂丘を駆け上っても、硬い岩盤に着地しても、力負けする様子はない。黒のグローブをはめた手とショートブーツを履いた足とで器用にバイクを操作し、綻びの目立つ焦げ茶色のロングジャケットを風にはためかせながら砂漠の道なき道を進んでいく。青年は頭から口元にかけて色褪せた黒いターバンのような布を巻いており、その隙間から見える瞳は、太陽に焼かれて色素が落ちたのか薄い茶色だったが、肌の色は砂漠を行く人としては異様と思えるほど白かった。
青年のバイクが通る道すがら、のん気に日光浴を楽しんでいたらしいサバクパンダは、突然の爆音に驚いてコロコロと転がりながら遠ざかり、反対に、好奇心旺盛なスナイルカはバイクとしばらく併走して遊んでいた。生体工学の廃棄物から派生したこれらの砂漠生物たちは、青年の帰着地であるオアシスに近付くとともに姿を減らしていった。
辿り着いたのは、広大なカリゴリ砂漠の中でも最低ランクの居住環境を誇るオアシス「ジブレメ」。砂漠の外の豊かな国に住めなくなった人たちが移り住んだこのカリゴリで、通常水準のオアシスにすらいられなくなった人たちが住まう街だ。廃材の木や金属片や樹脂材で作られた壁を外縁とし、その中に小さな掘っ立て小屋が所狭しとひしめき合い、スラムの街が形成されている。
青年はオアシスの手前でバイクから降り、ターバンをはずした。赤茶色の髪と共に、白磁のように白い顔が露わになる。二十歳は超えていない年齢のように見えた。
青年はバイクを引いてジブレメへ入り、倉庫区画の一角にスタンドを立てて駐輪させた。いくつも並ぶボロボロの倉庫の中には、うず高く積まれた廃材や、大きな籠に無造作に突っこまれた大量の銃器、蓋のついた水槽に入れられた用途不明な灰色の溶液など、雑多なものが秩序なく置かれている。
青年はここの番人である老人にチップとしてコインを投げ渡した。小さな番小屋内の老人はそれを受け取ると、挨拶代わりに手に持ったレーザー銃を振った。何世代前のモデルかは不明だが、軍払下げの一品だとことあるごとに聞かされている。老人は、番小屋の中でほとんどの時間をその手入れをしているか、膝の上に猫を抱いているかして過ごしているが、倉庫に不審者が侵入した時には狼のように機敏に動く。そして、相手の片腕くらいは平気で消し飛ばす、まだまだ現役の用心棒だった。
「おじいちゃん、お疲れ様。何か変わったことはあった?」
「いんや。今日のここは平和そのものさ」
青年は倉庫区画を出ると、自分の住まいのある方角に足を向けた。
廃材を組んだだけの小さい家々と、入り組んだ細い道が続く。道は人間で溢れていた。様々な人種はもちろん、身体改造を施して体の一部が機械化されている人々とすれ違いながら、青年は二階建てアパートの前で止まった。この辺りの住環境で比べると立派な建物だが、築後どのくらいの年月が経たのかもわからない、半分傾いた襤褸屋だった。壁面や屋根にはたくさんの継ぎが施してある。
「お帰りなさい。朝帰りだなんて、いいご身分ね」
アパートの階段に座っていた、少女のような形をしたものが、人懐っこくニコニコ笑いながら青年に声をかけた。
「仕事帰りだよ。メモを残しておいただろう」
「そうだったわね。ふふふ。お疲れ様」
少し眠そうな声で答えた青年に、少女のようなものは水の入ったボトルを滑らかなフォームで投げて寄越した。薄汚れて傷だらけになったボトルに、やや濁りのある水が入っている。
「それ、さっき水売りから買ったんだけど、だいぶ汚れてきてるわよね。まだ次の仕事には間があるし、わたし、雨雲を呼んでくるわ」
「そうか。気を付けて行っておいで」
少女のようなものは立ち上がると、黄緑と水色に染められた傘を差し、優雅なステップでアパートの階段を降りた。そのリズムに合わせて、傘と同じ色をしたワンピースの裾がふわりと揺れる。
「あ、そうそう。あなたにお客様がいらしたの。中にお通してお茶を出しておいたわ」
「ああ、悪いね、ニーナ」
「でも、わたしのことが見慣れないみたいだったから、遠慮して外に出ていたの。レオが早く帰ってきてくれてよかったわ」
「ニーナ……」
「それじゃ、行ってくるわね」
少女のようなものはニコリと笑い、レオと呼ばれた青年の脇を通り過ぎていった。
黄緑色と水色の傘を差し、同色のワンピースを着た少女は、その肌も黄緑と水色に染まっていた。肌にあたる部分が金属に置き換えられ、その色に塗装されているのだ。いくつかの金属パーツからなる顔が笑顔の表情を作り、ガラス玉のような水色の人工瞳は優しい光を放っていた。髪も金属糸でできているようで、やはり水色と黄緑色に染まっているものを緩く二つに結ってある。
「行ってらっしゃい。ニーナ、気を付けて」
青年が声を掛けると、少女は振り返らずに傘だけをゆらゆらと振ってみせた。その華奢な後ろ姿は、あっという間に細い道の雑踏の中へと消えていった。