第九話 いつの時代も女の戦いは存在するのだ
はっきり言って芹沢さんは酒乱だ。
出会ったばかりの頃はそうでもなかったけど、壬生浪士組の存在が京に知れ渡りはじめた頃から、それはなんだか酷くなってきたように思う。
たぶん調子乗ってる…ゲフンゲフン!いや、元来、潜在的にそういう酒乱の”け”があったんだろうけど。
どんどん酒を飲むにつれて、眉間にシワがよってくる。それはもう、歳さんの何倍にも。
他人の些細な冗談や振る舞いにいちいち敏感になる。
そしてそれがくだらないことでも怒りの琴線に触れたりすると、いつも懐に入れている鉄扇を振り回し、物を壊したり、ひどい時にはそれで人を殴ったりするのである。
芹沢さん自身、腕はかなり立つほうだし、一番偉い局長だから誰も文句を言えない。
だから好き勝手暴れることに拍車がかかるんだと思う。
それが屯所内だけとか、内輪だけの場所ならいいのだが、いつも暴れるのは島原。
だから、狭い京の中では「また壬生浪士組の芹沢が暴れた」という話があっというまに広がり、元々いい印象のなかった壬生浪士組は芹沢さんのせいで、ますます京の人々に嫌われもののレッテルを貼られたのであった。
そのため壬生浪士組は、陰口で『壬生浪』と言われているのは、隊士の誰もがすでに知っていることだ。
私の前でも一度だけ暴れた時があった。
止めに入ろうとしたけれど、「芹沢さん…!」と一歩踏み出したと同時に、私の腕は隣にいたはじめくんに思い切り引っ張られ、すぐに背中に匿われたのだけれど。
そんなはじめくんの背中にキュンときたのはまた別の話でして…////
と、とにかく、 普段素面の時はざっくばらんで、いかにも武士らしい豪傑でいい気質の芹沢さんだったが、酔うと手がつけられず皆手をやいているのが事実だ。
そして―…
その酒乱馬鹿が再び私の目の前で今夜、事件を引き起こすこととなったのである。
***
「今宵は島原角屋にて隊士一同、揃って宴だ!」
芹沢さんが屯所内を練り歩きながら大声で叫んでいる。
なんだなんだ、何事だ?
幹部の集まる広間にいた私は大福を食べながらピョコリと廊下に顔を出す。
「おぉ!由香!今宵はお前も共に角屋へ行くぞ!」
「え?私もいいんですか?」
「ああ、もちろんだ!!芸妓に負けぬよう、とびきり洒落て行けよ!!」
「芹沢さんこそ、今夜は暴れないでくださいよ」
「今日は水口藩侯からの招待だからな!いつものような喧嘩口論は一切せんよ!!」
芹沢さんはそう言って豪快に笑いながら、再び廊下を歩きだした。
「…てなわけで局長命令下りましたので、今夜私もお供しまっす!!」
くるりと敬礼しながら振り向いた視線の先には、完璧頭を抱えた歳さんと、「楽しみましょうね!」と総司くんが笑っていた。
しかし水口藩侯から、壬生浪士組が招待を受けるなんて…
何かあるのだろうか。
不思議そうな顔をしていると、新八さんがそれに気付いたのか「実は先日…」と口を開いた。
要はこういうことだ。
水口藩の公用方が会津藩の公用方のところへ遊びに来た。その時に水口くんは、会津くんに「お宅で預かってる壬生浪士組?あいつら乱暴な挙動多くね?うちの藩に来てやられることもあるから若干迷惑してんだよねー。なんとかしてくんない?」と言ったらしい。
で、何も考えてない会津くんは壬生浪士組、局長の芹沢くんにそれをそのまま注意した。
それを聞いて怒りだしたのは言うまでもなく芹沢くん。「ふざけんな!このままだと同志の恥辱!!んな悪口言う奴は斬首だ!永倉!原田!井上!武田!そいつを捕まえてこい!」
仕方なく水口くんを捕まえに行った4人だったが、仲裁に直真影流道場主の戸田くんが入り、「島原角屋でもてなすから今回のことは水に流してよ、ね?お願い」と言ってきたため、芹沢くんはじゃあ今回だけな、と折れたのであった。
「ふ~ん…しかしチクった水口くんも大人げないけど、会津くんも口が軽いですね~」
「お前、完璧馬鹿にしてんだろ…」
***
「よし!」
私は化粧ポーチを取り出すと念入りに化粧しはじめた。
最近気付いたことがあるのだが、私が未来から持ってきたものは、消耗品であっても減らない。
例えばシャンプーやリンス。
全部使いきってしまっても、次の日にはまた満タンになっている。
常備薬などもそう。使っても、いつのまにかまたポーチの中に新品が入っているのだ。
なんて都合のいい…と思ったが、正直すごく有り難かった。
この時代に慣れたとはいえ、こういう細かいことにはさすがに抵抗があったから。
やはり私は平成っ子。
遥か昔の江戸時代にすべて馴染むことはできない。
だけどただ一つ。
戻らないものがある。
それは携帯の充電だ。
すでに充電を使い果たした携帯は、なんの役にも立たない、ただのガラクタと化している。
…実は先日。
携帯の充電も元に戻ると信じて疑わなかった私は、幹部だけの酒の席で、動画を撮ったり写真を撮ったり。皆も物珍しそうにつつきまくったりだなんだりだして。とにかく携帯を使いまくったわけで。
とりあえず幹部の人達だけには私が未来から来たことは伝えてある。
平隊士には近藤さんの遠縁、ということになっているのだけれど。
そして一晩中携帯をいじくりまくった結果、呆気なく携帯はガラクタと化し、今は私のバックの中でひっそりと眠っているのである。
いやもう、戻れるならあの時に戻って自分にゲンコツくれたいね。
たまに写メを見ては懐かしんでたのに。
今となってはそれは不可能。
酒が入ると気が大きくなるのは芹沢さんだけじゃない、と少し反省しました、はい。
***
「準備できたか?そろそろ行くぞ」
「はーい!今行きます!!」
襖の向こうから聞こえた歳さんの声に返事をし、私は口紅を取り出しスッと唇に滑らすと鏡に向かってニコリと微笑んだ。
「うし!完璧!!」
立ち上がり、やっと一人で着れるようになった着物をもう一度チェックすると、歳さんの待つ襖の向こうへ向かった。
私がここまで気合いを入れるのには理由がある。
以前、島原に連れてって貰ったとき、遊女に敵意丸出しにされたから。
「なんや、お嬢はん。変わった化粧してますなぁ…」
「あらまぁ…もう20歳越えとるのに、まだ独り身どすの?」
口元を着物の袖で隠し、フフッと笑った遊女。
あれは絶対私を馬鹿にしてやがった。
しかも私の隣にいた歳さんに、これみよがしにしな垂れかかってたしね。
まぁ、歳さんはこの日だけに限らず、いつも遊女に言い寄られてるらしいけど。これはいつも遊女を歳さんにとられると嘆いていた新八さん談。
でもこん時ばかりは、私のちっせぇプライドが傷ついた。
絶対てめぇらには歳さんは渡さねぇ。
今日は負けないんだから!
ってこれじゃまるで私が歳さんを好きみたいじゃないか。
いや違う、違うのだよ。女のプライドの対決なのだよ!
私は誰に言うでもなく自分自身にそう言ってきかせると、「お待たせしました!」と襖をスパンと思い切り開けた。
「お、おう」
一瞬ビクついたようにも見えた歳さんだったが、そのあと私の顔を見て「今日化粧濃くないか…」と呟いたのはこの際無視だ。
「さぁ、行きましょう!いざ角屋へ!!」
私の長い戦いが幕を開ける。