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第七十三話 二度あることは三度ある



もしかしたら近々大きな事件が起こるかもしれない。そんなことを予期させる情報が新選組内を駆け抜けた。


「長州人が多数、京の街に潜伏している」


とは、つい先日、松原通木屋町というところで火災があった際に捕縛した不審人物の言葉。まぁ、でもその言葉にどこまで信憑性があるものなのか、判然としないのが実際のところらしい。


「でもよ、最近市中に不穏な気配が流れ始めてるのは事実だからな。由香ちゃんも外出するときは気を付けろよ!」


と、私は目の前のこの男…今、まさに島原へ繰り出そうとしているのであろう、二番隊組長に聞いた。


歳さんは私に情報やら何やらを絶対に流さない。誰を捕縛しただの、その人が何を吐いたなんてことはもってのほか。だから私もそういう事には首を突っ込まないようにはしてたんだけど。

でも先日、例の不審人物を捕縛してからというものの、新選組の動きが慌ただしくなった。そうなると気になるのが根っから野次馬根性の私。

門前でバッタリ出会った新八さんにカマをかければ、案の定、素直な彼はポロッと内部事情を溢してくれたってわけだ。


「そんじゃ、ちょっと俺は野暮用に出掛けてくるわ」

「はい。新八さんも精力の大安売りには気を付けてくださいね」

「ぶっ!!ちょっ、なんで俺が今から島原行くってわかったんだ!?」


予想外だったのであろう、私の言葉にどぎまぎし始める新八さん。

「雄の匂いがプンプンしますよ」と戯れ言を言えば、島原用の粋な着流しをペロッとめくり褌を確認しながら「まだおっ勃ってねぇぞ!」なんてさらりと下品な事をやってみせた。

信じられないだろうが、彼は世間を震撼させている新選組二番隊組長、永倉新八である。

屯所の顔である門前で…しかもレディの前でこの男はなんてことを。ま、私もしっかりとそのもっこり褌を確認させてもらいましたけどねウッフン。


「まぁいいや。それより由香ちゃん、くれぐれも俺が島原へ行っただなんて土方さんには内緒にしといてくれよ?後々うるせぇから」

「もちろんですよ。ただ、随分前から新八さんの後ろに鬼が見えますけど気付いてます?」

「!?」

「昼間から島原たぁ、いい身分だな、新八」


地を這うような低い声に慌てて振り返った新八さんの真後ろには、お約束通りニッコリと笑った歳さんがいたわけで。その時の新八さんの驚きようって言ったらもうね。

鬼の気配にすら気付かず、おねーちゃんとのにゃんにゃんにピンコ勃ちしてる性欲満載のこの男。もう一度言うが、彼は紛れもなく新選組二番隊組長、永倉新八である。


「きょ、今日は久々の非番だしな!拷問の疲れを吹き飛ばしたいなぁなんて…」

「拷問?」


今、平成生まれの私には聞き慣れない言葉が確かに聞こえた。

拷問?拷問ってあれだろうか。精神的にも身体的にも追い詰めるという…

ああ、やっぱり。やっぱり新選組は不審人物にそういうことをしているんだ。

綺麗事を言うつもりは更々ないが、拷問は人道的にもあまり良くはない。そんな思いが顔に出てしまっていたのだろう。

歳さんはチラリと私を一瞥すると小さく溜め息をついた。

普段、空気の読めない新八さんもそれに気付いたのだろう。「ご、拷問なんて大それたことはしてねぇけどな!」なんて慌てて付け足したけれど、もう遅いっつーの。


まぁ、でも。

この時代のそれ系の云々に私がとやかく言うことはもうないだろう。だってそれがこの時代のルール。そして現代日本の礎なのだから。

…なんてかっこつけてみましたが何か?


「ったく、呑みすぎんじゃねぇぞ」

「大丈夫だって!そんじゃ行ってくるわ!」


そして新八さんは爽やかな笑顔を残し、屯所の門を駆け抜けていったのであった。





「…新八さんてば、随分お盛んですねぇ」


あの筋肉の塊にオラオラ突かれる遊女を想像したらちょっと羨まし…じゃねーや、遊女も大変だろうなぁなんて思いながらそう口にすれば、隣のダーリンはさすが希代のヤリチンとでも言うのだろうか。

ニヤッと笑うと私の肩をグイッと抱き寄せ、耳元でこう囁いた。


「今夜抱いてやっからよ。そんな物欲しそうな顔してんじゃねぇよ」

「なっ…////!!!」


ああああ…////!!もうこの男ってば////!!!

してない!してないもん////!!なんて懸命に反論するも、そんなことは男の耳に届かなかったようで。

不敵で妖艶な笑みを浮かべたこの男に、不覚にもドキュンとしただなんて絶対に内緒だ。


「それより由香。おめぇ暇してるか?」


まだ顔を赤くしている私をよそに、歳さんはこれまたアッサリと話題をかえた。

ったくもう////!こんなんだからよけいに調子が狂うんだっつーの!


「…暇ですけど何ですか?こんな昼間から咥えさせるつもりですか?」

「ばっ…////何言ってんだてめぇは////!!」


仕返しとばかりにでかい声でそう言えば、今度は歳さんが顔を赤くする番だ。

私の言葉にギョッとした顔を見せた門番に気付くと、男は慌てふためきながら私の頭にポカッとげんこつを落とした。


「いった!!」

「いった!じゃねぇよてめぇは////!!」

「ちょっとした冗談じゃないですか!酷いわ!可愛い恋人の頭にげんこつするなんて!」


そう言って大袈裟に顔を覆えば、歳さんからは呆れたように「おめぇなぁ…」と、溜め息が一つ聞こえた…ような気がしたが気のせい。うん、たぶん気のせい。


「あのなぁ、もし暇してるんだったら近藤さんとこに茶でも持ってってやってくんねぇか」

「え?近藤さん…とこにですか?」

「ああ。随分と詰まってるみてぇだからな」


そういやここのところ近藤さんは書き物が忙しいと言って食事も自室でとったり、この前、夜中トイレに行こうと廊下に出てみれば、行灯の明かりが部屋から漏れていたりもした。

やはり局長ともなると巡察や会合だけでなく、書き物やらなんやら細々としたこともやらなきゃならないようで忙しいみたいだ。

かたやどこぞの組長は昼間から島原だっていうのに…。まぁね、それが誰かとは言いませんけどねウォッホン!


「わかりました。とびきり美味しいお茶を持っていきます」

「ああ、頼む。んじゃ俺はちょっと野暮用で出掛けてくっからよ」

「え?もしかして歳さんも島原ですか!」


戯れ言の延長で咄嗟にそう返せば、歳さんは「馬鹿かてめぇは」と再び大きな溜め息をついた。


「会津藩のお偉いさんと会合だ」


会合…

歳さんも忙しいのね…なんて感心したのも束の間。ふとある疑問が浮かぶ。


「あの歳さん。会合の場所は会津藩邸なんですか?」

「……」


会津藩のお偉いさんはこれまた島原好きと聞く。イコール会合が藩邸で、なんてことは無いに等しいわけで。

そして目の前の男は私の質問にバツが悪そうに無言になったわけで。

ああ、こりゃ間違いねぇ。このクソ野郎め!


そんな怒りを内に秘め、しつこく、そりゃあ本当にしつこく「ねぇ、どこです?どこでやるんです会合は。ねぇ、ねぇ、どこです?」と聞けば、男は観念したように小さな小さな声でこう言った。


「……島原、だ」

「ああそう、島原!島原ですか!!いいですねぇ!!」


あっはっはっ!と陽気に笑えば、歳さんは引いたのか、それとも申し訳ないと思ったのか「わ、わりぃな。んじゃ頼む」と、ひきつりながらそう言ってさっさと門をくぐっていってしまった。

おい!!

なんてツッコミを入れようとした時はすでにその背中ははるか彼方。敵前逃亡は切腹!なんて言ってるくせに、こういうときの逃げ足はほんと早いんだから!

まぁいい。帰ってきたら覚えてやがれ!…なんて疼くドS精神を抑え、私は近藤さんにお茶を淹れようと勝手場へと向かった。



***



「近藤さん、由香です。お茶をお持ちしました」


ちょうど飲み頃になったお茶と、先日、総司くんに貰った金平糖をのせたお盆を手に襖の外からそう声をかければ、部屋の中から「すまんな」と返事が聞こえる。その声は明らかに疲れの色を含んだ声で…

大丈夫かな?なんて心配しつつも襖を開ければ案の定。文机に向かっていた近藤さんの顔は疲れきっているように見えた。


コポコポとお茶を淹れ、その湯飲みをそっと文机の端に置く。


「少し休憩されたらどうですか?」

「うむ…しかしだなぁ、大坂の件がなかなか終わらんのだよ」

「大坂…ですか?」

「あ…!い、いやなんでもない!」


慌てて私の方を振り返った近藤さんは、しまった!と言わんばかりの表情を見せ「では少し休憩しようか!」と、湯飲みを手に取りお茶を啜った。


……怪しい。うん、かなり怪しい。

でもなんとなく予想はつく。

聞かれたくないというのはどうせ新選組の内密な仕事のことだろうと思う。近藤さんは歳さんと同様、新選組の内部事情を私に言うことは絶対にないから。


そういえば歳さんは近々大坂に行くと言っていた。「巡察ですか?」と聞けば、奴は私から目線を反らし「まぁそんなところだ」と答えていたから、きっとあまり大きな声では言えない任務が大坂で待っているのだと思う。

でもその内容を知ったからと言って、私に出来ることなど何もない。だったら何も知らずに、歳さんが無事に帰ってくるのを待っていた方が気が楽だ。

そういう気持ちが強いから、明らかに慌てている近藤さんにもそれ以上聞き返すことを私はしなかった。


「そ、そういやトシはどうした?今日は会津藩家老の田中殿と会合のはずだが…」

「歳さんなら先程意気揚々として会合に出掛けて行きましたよ、島原に」

「はは…田中殿は島原がお好きだからなぁ」

「いつの時代も男は綺麗なお姉さんが好きですからね」


ふん、と自分もお茶を啜れば近藤さんはますます苦笑いを溢す。

あああ、忘れてた。私は近藤さんに苦笑いをさせるためにお茶を淹れてきたんじゃなかったぜ。


「そうだ近藤さん、金平糖いかがですか?」

「ん?金平糖?」

「はい。疲れている時には甘いものを食べるといいんです。本当は干菓子が良かったんですけど、あいにくこれしか無くて」


綺麗な懐紙の包みを広げれば、中からは溢れ出した可愛らしい金平糖。それを「どうぞ」と差し出せば、近藤さんは「ありがとう」とつまみ、ポンと口に放り投げた。


「ふむ、普段は金平糖など口にせぬが…なかなか旨いもんだな」

「でしょう?たくさんあるので、仕事の合間にでも食べてくださいね」

「すまんな」


そう言ってにっこりと笑った近藤さんだったけど…やっぱり笑顔に陰りが見える。

ならば…


「近藤さん。今日はとてもいい天気です。ほんの少しでもいいので中庭に出て、少し気分転換でもしませんか」


今は爽やかな新緑の季節。こんな気持ちのいい季節に連日部屋に籠りっきりだと気が滅入っちゃうもんね。きっと近藤さんには太陽パワーが足りてないんだ!なんて、現代では夜型人間だった私がよく言うぜ!!でも、すべてのパワーの源は太陽だ、なんてよく言うもんね。


「お日さまの光を浴びれば、もっと力が湧いてくるはずですよ」なんて柄にもない言葉を続けた私に近藤さんは「ふむ…」としばらく思案顔を見せたあと、「そうだな!ならば野村くんも少し付き合ってくれるか!」と再び笑顔を見せたのだった。



***



「んん~…やはり外の空気は気持ちがいいなぁ!」


そう言って身体を伸ばしながら深呼吸をする近藤さん。

中庭の木々は青々とした葉を繁らせ、初夏の爽やかな風を受けながら気持ち良さそうにざわざわと揺らめいた。


「そうですね!すごく気持ちがいい!」


近藤さんの隣にピョン!と降り立ち、同じく「んん~!」 と伸びをすればスッとした空気が肺に入り込む。

現代ではやったこともなかったが、新緑を浴びるというのはとても気持ちがいいものだ。

勢い余ってクルクルと回れば、近藤さんはそんな私を見てプッと吹き出し「野村くんは年の割りに可愛らしいところがあるのだな!」と笑った。

こちらも「えへへ…」なんて可愛く笑って返しましたけどね。年の割りになんて余計なお言葉ですよ近藤さんの野郎め。


「しかしあれだ!おかげでたいぶ気分転換することができたよ。ありがとう!」

「それなら良かったです。健康第一ですからね、ちゃんと自愛してくださいね」

「ああ。今日はさっさと書き物を終わらせて、ゆっくり休むとするよ」


休息所でな!なんて戯れ言を言いながらイヒヒッと笑った近藤さん。


うお!新選組の局長がこんなにも少年のような笑顔を見せるなんて!!歳さんごめん、不覚にもドキッとしてしまいました…なんて私ってば本当にビッチとでも言うのだろうか。

でもでも、その笑顔を見て、近藤さんが休息所にたくさんのお妾さんを抱える理由がちょっとだけわかった気がする。世間から怖がられてる新選組の局長が、実はこんな素敵な笑顔の持ち主だったなんて。そりゃあ皆、そのギャップにドキュンと貫かれちまうって話です。


ああ、奥さんのツネさん頑張れ!ちょう頑張れ!




それから…

私と近藤さんは少しの間、初夏の爽やかな風を感じながら他愛もない世間話に花を咲かせたのであった。



***



「さて、力を補充できたところでそろそろ部屋に戻るとするか!」

「お仕事、頑張ってくださいね」


うし!と言わんばかりに袖を捲りあげた近藤さんに私もガッツポーズをして返せば、ふと中庭の奥にある大きな木の陰に人影を見たような気がした。


「あれ?今あそこに誰かいたような…」

「ん?どうした?」


思わずそう言葉を溢せば、近藤さんもその視線を追う。けれどもそこには枝のざわめきしか見えない。

すみません、どうやら見間違えたみたいで。そう慌てて言葉を続けようとした瞬間……



ああ……

なんだ、なんだっつーんだこれは……

これは神の悪戯とでも言うのだろうか。

その光景を目にした瞬間、目眩にも似た何かが私を襲い、思わず隣にいた近藤さんの腕にしがみついてしまいましたよ。でもしがみつかれた近藤さんは私なんかとは比にならないくらい驚いてたけど。



まぁね、私達が度肝を抜かれるのも仕方ないよね。

木の陰に見た人影は見間違いなんかじゃなかった。もはや初夏の爽やかな風なんかじゃない。神の悪戯としか思えない突風が吹いた瞬間、枝のざわめきの陰から現れたのは今まさにぶちゅっと、そう、それはもう濃厚にぶちゅっと唇を重ねている隊士二人だったんだもの。

いわゆる衆道。いわゆるゲイ。そうだよ、腐女子がキャッキャと喜ぶゲイですよ!!

そんなんが木の陰から突然現れたら誰だって驚きますわ!!


「こ…、近藤、さん」

「………あ…!お、おい!!君達!!」


私がやっとの思いで投げ掛けた言葉に近藤さんも我に帰ったのか、誰が聞いても上擦った声で隊士二人に大声で叫んだ。その声に、見られたとやっと気付いた二人はものすげー勢いで「す、すみません!!」と頭を下げ、それこそ風のようにその場を去っていった。



「お…驚きましたね……」

「ああ…こればっかりは何度見ても慣れんな…」

「そうなんですか……って、え!?何度見てもってことは…」

「ああ、もしかして野村くんはこれが初めてか。俺は三度目だ」

「さっ、三度目!?」

「どうやら隊内で衆道が流行してるようでなぁ…まったく困ったもんだよ」


衆道大ブームなんてそれだけでも驚きだってのに、近藤さんてば「前回なんて夜中の縁側で尺八なんぞしててな」なんて卑猥な言葉をつらつらと述べてらっしゃる。

あまりの非現実さに思わず絶句しましたわ。だって衆道が流行してるだなんて全然知らなかったよ!!随分と二人の距離が近いなぁ…なんて思った隊士達もいたけど、まさかまさかだ。未来でも見たことがないゲイを、まさか遥か昔の江戸時代でお目にかかるとは。

ふーむ、なかなか良いもん見させてもらったわ…じゃなくて!!


「どうしたことか…」

「そ、そうですね…」


なんか、なにこの近藤さんとの気まずさ。こんなことになるなんて、だったら中庭なんて誘わなけりゃ良かったわ…


後悔時すでに遅し。

この後、近藤さんが『局中頻ニ男色流行仕候』と愚痴の手紙を多摩の中島次郎兵衛さんに書いて送ったのを私は知らない。




近藤は『局中頻ニ男色流行仕候』と、1864年(元治元年)5月20日付に故郷の門人、多摩柴崎村の中島次郎兵衛に手紙を書いています。

内容を訳すると『新選組内に男色(衆道)がしきりに流行している』ということですが、同性愛に寛大だった江戸時代。近藤はどんな思いでこの手紙を書いたのでしょうか。

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