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第六十五話 俺にはおめぇだけだ



…えっと………あの、副長どの?


「では土方さん、また」

「ああ、また」


ひとけのない裏口。

男と女の視線が一瞬絡み合う。女は軽く会釈すると名残惜しそうに屯所をあとにしたのであった……


…じゃなくて!!じゃなくてさ!!!

裏の井戸に水を汲みに行こうと来てみれば、なに?なんなの?なんなのこの仕打ち。

私という可愛くて美人で気が利いて素敵な彼女がいながら浮気ですか!?


………え~…マジで…マジで浮気?ちょっと、いや、だいぶダメージくらったんですけどおい。飽きられないようにあっちの方だって上で頑張ったり、パクリとくわえたり、竿だけじゃなくて時にはタマちゃんだってゲフンゲフン!!

…歳さん、くそイケメンだし、モッテモテだし、やっぱ私以外にも女がいるのかもしれない。本当の歳さんを知ってるのは私だけ…なんて思ってたのにえーーーん!!!

あああ、落ち込んだと思ったらだんだんイライラしてきましたよ!!

くそ、顎が痛くて悩んでた日々を返せこのやろう!!…じゃなくて、さっき、現場に踏み込んでグーパンチの一つや二つ、お見舞いしてやればよかったぜ!!

次は使い物にならねーように噛みちぎってやる!!じゃなくて。


「あれ?由香ちゃんじゃねぇか。こんなところで何やってんだ?」

「!!!」


柱の影に隠れてイライラと地団駄を踏んでいる私の背中に、知った男の声が投げ掛けられた。

ビクッと振り返れば道場で稽古してきたのだろう。ムッキムキの上半身に輝く汗が眩しいあの男の姿。


「し、新八さん!!!」

「ん?どうし…」


歳さんに聞かれたかもしれない。なんせこの男の声はカラスも逃げ出すほどのバカでかい声だもの。

慌てて新八さんの口を塞げば、それに驚いた新八さんが後ろに倒れこんで尻餅をつく。

突然押し倒された新八さんは「由香ちゃん!こ、こんなところで////!!」などと、赤面しながらなにやらモゴモゴ言っていたが、今はそんな勘違いにかまってられない。

左之さんとならまちがいはあるかもしれないけど、大丈夫、あなたとは絶対にないよ…じゃなくて!!!とにかくもうそんなことはどうでもいい。


つーか絶対歳さんにバレた。

ああ、悪いのは向こうなのになんで私が隠れたりせなゃならんのだ。

複雑な思いが胸中を渦巻くなか、目の前の新八さんの顔色が赤から青にサーッと変わった。それプラス背中に突き刺さるような殺気。

やっぱバレた…そう思った瞬間。


「てめぇら…俺の目の前で浮気たぁ、いい度胸してんじゃねぇか」


地を這うような低い声が耳に届いた。


まぁね、振り返れば間違いなく奴がいたわけでね。完全なる被害者の新八さんに、ごめんなさいと心から思いました。



***



「で?」

「で?…ってなにがです?」

「ああ!?」


自分から進んで正座をした新八さんを挟み、言葉少なに会話を進める私たち。

歳さんてばなんかイライラしてるようですけどね、私は謝るようなこと、一切してませんからね?

私のイライラ度がマックスに到達すれば、勘のいい鬼の副長は何かを感じとったのだろう。大きな溜め息を一つこぼすと、私に向き直った。


「なんでおめぇが不機嫌になるんだよ」

「ご自分の胸に聞いてみたらいかがです?」

「心当たりなんかなんもねぇぞ」

「ああ、そうですか。そうおっしゃるんでしたらもういいんじゃないですか、なんでも」

「…おめぇ、言いたいことがあるんならハッキリ言ったらどうだ?」

「別に」

「別に、じゃねぇ。ハッキリ言えって言ってんだ」

「あ~もう!うるさい!この浮気男!!さっき見たんだから!!女と一緒にいるの!!」


あら、やっちまった。

感情に任せてそう怒鳴りつければ歳さんはおろか、正座をしながら私と歳さんの会話のキャッチボールを黙って見ていた新八さんまで目を丸くした。


「土方さんが……土方さんが浮気だって!!?」


何度も言うが、この男の声はバカがつくほどでかい。たまたま稽古で汗を流したのだろう隊士達が井戸へ向かう道中、その声とその内容に驚いて顔を覗かせた。



私の言葉にいまだ目を丸くしてる男。

そして一瞬間をおいたかと思うと再び溜め息をつき、あたふたしている新八さんに「うるせぇ、こいつの勘違いだバカ野郎」と言い放つ。

そう言われた新八さんはよほど修羅場に巻き込まれたくなかったのだろう。


「だ、だよな!そうだぜ由香ちゃん!土方さんが浮気なんてするわけがねぇ!」


そう言ってそそくさとその場を去っていってしまった。


…勘違いじゃねぇよ!確かに私はこの目でハッキリと見たんです!あんたが女といるところをね!


「おめぇ…」

「なんです浮気男さん」

「ばっ…!だから違ぇって言ってんだろうが!」

「何も違くない!だってさっき見たんだもの、」

「ありゃあ、山南さんの女だ」

「そう!!山南さんの………山南さんの、女?」


山南さんの…、女?

………待て待て待ってくれ。なんで山南さんの女が歳さんと一緒に?

え?なに?なに?どういうこと?

もしや…もしや…


「山南さんの女と浮気してたってこと!!?」

「だから…!!はぁ……とにかくてめぇは浮気から離れろ。誰も浮気なんてしてねぇ。明里は山南さんの見舞いに文を渡しに来ただけだ」


そう言って歳さんは懐から綺麗に畳まれた文を取り出すと、な?と三度みたび溜め息をついたのだった。



***



よくよく話を聞けば、山南さんの彼女は島原の芸妓さんでかなり評判がいいらしい。

私が全然知らなかっただけで、明里さんは仕事の合間をぬって、こうしてケガをした山南さんのお見舞いに何度も来ているそうだ。

けれどものすごく出来た女の人らしく、山南さんのケガに障るといけないから…と、今日のように歳さんに文だけ託して帰ってしまうそう。


はぁ…なんと健気な……

さすがは山南さんの彼女、と言ったところか。そういやお正月の買い出しに一緒に行った時、「守りたい女性がいる」なんて言ってたもんなぁ。きっとお互いがお互いをめちゃくちゃ大切にしてるんだろうなぁ…

うん。ナイスカップル!!


……それに比べて私ってば。

あああ、なんて勘違い。

ここはやはり素直に謝っておくのがベスト、だろう。


「あの…」

「あ?」

「なんかその……疑ってすみませんでした…」


浮気男だなんて言っちゃってモゴモゴモゴ…なんて素直じゃない私が精一杯謝れば、目の前の男はなんだか得意気にフフンと不敵の笑みを浮かべた。


「ああ、気にすんな。それだけ俺のことを好いているってことだろう?」

「……はぁ?」


ええ。男の素晴らしき自意識過剰っぷりに思わず私、そう聞き返しましたよ。

もうどうしてこの男は…!


「あのですね、歳さん。そういう時は、俺には愛しい愛しい大好きな由香がいるのに浮気なんてするわけねぇだろう?俺にはおめぇだけだ。って言うのが普通なんじゃないですか。もっと素直になったほうがいいですよ」

「ばっ…////!!おめぇ、自意識過剰なんじゃねぇのか/////!?」


左之じゃねぇんだ!んなこと言えるか!なんてすかさず反論してきた歳さん。

プププ…耳まで真っ赤で可愛いんですけど!!

ああもう!ちょっとからかってもいいですか!


「あれれ?真っ赤ってことは案外図星なんじゃないですか?ほらほら、たまには正直になったほうがいいですよ~歳た~ん」


ツンツン……なんて。

はい。調子に乗りすぎました私。

下から見上げた歳さんの顔は、鬼の副長そのものに変化しておりました。


「…てめぇ」




まぁね、そのあとはお決まりの説教コースで、やれ、鬼の副長をおちょくるなんざいい度胸してんじゃねぇかだとか、やれ、そういやてめぇ、新八のこと押し倒してやがったなぁ?とか、なんかもう副長ってすごい。そう思いました。


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