第六十二話 願い事ひとつだけ
「そうだ!なぁ、今日は皆で恵方詣りに行かねぇ!?」
三元日の最終日。留守番組の皆で朝ご飯を食べている最中、突然思い付いたように平助が手を打った。
「は?えほうまいり?何それ」
「なんだ?未来には恵方詣りはねぇのか?」
えほうまいり…
えほうまいり?何度考えてもそんな言葉、私知らないんだけど。
「えほう…あ、恵方巻きなら知ってますけど」
「えほうまき?なんだそりゃ。あのな由香ちゃん。恵方詣りってぇのは毎年正月にその年の恵方の方角にある寺社に参拝してその年の幸福を祈願することだ」
自信満々にそう教えてくれた新八先生は「本当は一日の方が縁起がいいんだけどな」と付け加えて笑った。
てゆーかそれって…
「それってもしかして初詣ってやつじゃないですか?」
「未来でははつもうでって言うのか。そう!それだ!はつもうで!!どうだ?行くか?」
「もちろん行きます!」
初詣。
名称こそ違えども、この時代からあったのかとなんだか感慨深い。
お節のときも思ったけど、江戸時代から…もしくはそれ以前から未来でも続いている習わしみたいのは意外にも多いのかもしれない。
とにかくそういうイベント事が大好きな私は毎年行ってたなぁ。
よーし、今年こそは生まれ変わるぞ!!なんていう儚い決意を胸にし、真新しい気持ちでお詣りするということが大切だと思っていたわけで。帰りにおみくじ引いて一喜一憂したり、出店で買い物したり、楽しかったなぁ。
一緒に行く相手は女友達だったり彼氏だったり。時には男女の一線を越えたヤリ…ゲフンゲフン!!なんてなあはは。
ま、これもこの時代を知るチャンス。行くぜえほうまいり!!
「僕はちょっと」
よし、じゃあ行くか!縁起担ぎにはいいだろうなんて皆が和気あいあいとする中、少し申し訳なさそうにそう口にした男に一斉に視線が集まった。
「なんでだよ~!総司の好きな甘味の屋台も出てるぜきっと」
「ちょっと二日酔いぎみで」
ニコリと笑う男の笑顔に、嘘だ。直感的にそう思った。
昨日、島原でどれくらい酒を呑んだのかはしらないが、酒に滅法強い総司くんが二日酔いになんてなるはずがない。
それに…今日で正月休みも終わり。明日からまた巡察やらの隊務が始まる。
もしかしたら…
静かにジッと視線を送ればそれに気付いたのだろう。依然平助に絡まれている総司くんとちらりと視線が交わった。そしてフッと垣間見えた黒ぉい笑顔。
…ああ、やっぱり。
きっと例の彼女とデートの約束でもしているのね。そしてその笑顔の意味は私に協力しろやこの野郎、という無言の圧力なわけね。
わかった。わかりました。ここは総司くんのために可愛いお姉さんが一肌脱ぎましょうぞ。
見ていなさい。
「平助。二日酔いの人を連れてって、よけい具合悪くなられるのも面倒だから総司くんには留守番しててもらったほうがいいんじゃない?」
「おま…!!えらく薄情じゃん!!」
「だってもし総司くんが倒れちゃったらさ…長身の総司くんを平助おんぶできんの?」
「…………お、俺、なんかした…?」
あああ、ごめん、平助ごめんよ。つい本音が出てしまったよてへへ。
慌てて「平助、平助牛乳飲みな」と言えば、「ぎゅうにゅうってなんだよ…」とうちひしがれるガラスのハートの持ち主、平助。
えっと、結構マジでごめんなさい。
そして、もしこれで本当に総司くんが二日酔いだったとしたら鬼だな私はオイ。
「ま、でも由香の言うことにも一理あるんじゃねぇの?」
そこで助け船を出してくれたのが皆のお兄ちゃん、左之さん。
さすが左之さん!場の収拾をつけるのが天才!きっといろぉんな修羅場をくぐり抜けているのねいろぉんな。ふふ。
「そっか…。じゃあ悪いけど総司、留守番頼むな!!」
「うん。こっちこそ悪いね、平助」
「まぁ、なんでもいいけどな、総司。戸締まりは頼むぞ、戸締まりは」
「え…………左之さんにはかなわないなぁ……わかりましたよ」
あれ…?もしかして左之さんは本当のことに気付いてる…?のかもしれない。
様子を伺うように左之さんの表情を盗み見れば、ふいに交わる視線。瞬間、ん?と笑った必殺左之スマイルに妊娠させられると思いました。
「じゃ、じゃあご飯も食べ終わったし、そろそろ行きますか!」
おみくじあるかな~なんて思いながら腰を上げる。
人混みに出るんだもの。化粧もバッチリしなきゃね、なんて。
「そういや新八っつぁん。今年の恵方知ってる?」
「なに!?俺は知らねぇぞ?斎藤なら知ってるんじゃないか!?」
「俺は知らぬ」
「俺も知らねぇぞ」
「…僕も」
………あれ?
***
「わ!すっごい人混み!!平助、手ぇ繋いどく?」
「平助、迷子になるなよ」
「あー!鈴でもつけてくりゃあよかったな!平助!」
「平助。勝手な行動は慎めよ」
「ちょ…!俺、子供じゃねーし!!」
戯れ言を混じえながら和気あいあいとした私達がやってきたのは、歴史音痴の私でも知っている、かの有名な音羽山清水寺だった。
結局、屯所にいる他の隊士に聞いても今年の恵方を知る者は一人もいなかった。天下の新選組が揃いも揃ってなんというざま。山南さんあたりは絶対に知っているだろうに。まぁ、私なんて恵方詣りすら知らなかったからあまり強くは言えないが。
でもとにかく皆行きたい恵方詣り。
もうこの際恵方なんて関係ねぇ。とりあえずきちんとしたでっかい社寺なら間違いねぇ!
…ってなわけで現在、私達は清水寺にいるわけです。
しかし…なんとまぁ、清水寺の混んでること。ここを恵方とする人々がこんなにもいるのかと案外驚かせられたぜ。
とにかくはぐれたら最後。屯所への帰り道すらろくに知らない私にとってそれは致命的だ。平助いじりもほどほどにして気を付けなくっちゃ。
「お!さっそくイカ焼き発見!!帰り、絶対買おうな!今夜の酒はうまいぞきっと!」
「新八さん、今夜の宴は私も呼んでくださいね、絶対」
「なんだ由香。もしかしてまだ怒ってんのか?昨日置いていったこと」
「当たり前ですよ!私も見たかったのに!顔見世!まぁでもはじめくんときゃっきゃ酒呑めたんでよしとします」
「俺は昨日ほど島原へ行けばよかったと後悔したことはない」
「ほら!もうすぐ本堂だぜ!」
人混みに流され、戯れ言を言いながら進めば意外にも早くお詣りの順番がやってきた。
心を落ち着かせるように一呼吸して静かに手を合わせる。
すでに願い事は決まっている。
――この時代で新選組の皆と生きていきたい。
もしかしたらこれから先、戦があるかもしれない。でもそんな動乱の中でも誰一人欠けることなく皆と共に生きていきたい。
それが今の私の願い。
頼むぜ?頼むぜ神様。あれ?寺だから仏様?
まぁどっちでもいい。むしろどっちも私の願い事を聞いてくれ。
あんたらの気紛れで平成生まれ平成育ちの私は今、江戸時代で必死に生きてるんだからな。
こんな容易い願い事、叶えてくれるよね?ね?むしろ叶えろ叶えてくださいだこの野郎!!
………これだけ拝めば大丈夫だろう。
パチッと目を開け本堂を見据えれば、逆に広い本堂の中のたくさんの仏像やら観音様から視線を送られた。
……頼むぜ、あんたたち。
私は仏像たちに向かって大きく一礼すると、馬鹿でかい音で二回、手ばたきをした。
よし、これで大丈夫!くるりと振り返れば、私に突き刺さるまわりの皆さんの驚いたような視線。
あ、あれ?私なんかした?
「お嬢はん。ここは寺やで。手ばたきすんのは神社だけや」
………ま、まじですか////!!!
親切な見ず知らずのおっちゃんの言葉に顔から火がでそうなほど恥ずかしくなった。
おっちゃんの言葉にまわりの人達も笑いをこぼす。
くはーー////!!!ちょ、こんな状況、一人で耐えられない////!!!皆、皆はどこ////!!?
慌てて笑いの群衆を掻き分ければ、皆は本堂のすぐ下に明らかに他人のふりをして立っていた。左之さんだけは苦笑いしてたけど。
なんなのこの新年早々の羞恥プレイ////!!
そのままものすげースピードで本堂の階段をかけ下りた私は、口笛なんぞ吹いて笑いを噛み殺していた新八さんに思いっきり肩パンしてやったのだった。
***
「悪かった、悪かったよ由香ちゃん」
「…………もう知らないです」
肩を殴られたのが相当痛かったのか、ご機嫌とりをしてくる新八さん。実はもうさほど怒ってないが、面白いからちょっと怒ってるふりをしている性格悪い私です。
「ほら、由香の大好きな酒、買ってきたぞ」
そこに差し出される升に入ったお酒。
つい、目を輝かせて見上げればやはりそれは場の収拾をつけるのが天才的な左之さんが。
「え!ありがとうございます!左之さん大好き!!」
「えらくげんきんだな…俺なんか肩殴られたのによ……」
「恥ずかしさのあまりつい。すみませんでした」
にこっと笑えば「ま、この鋼のような肉体のおかげで全然痛くなかったけどな!」なんてポーズを決めながら笑う筋肉馬鹿の新八さん。
ええと、いつの時代もほどほどな男の方がモテるんですけどね、はい。
「あー!当座鮨じゃん!!俺、これ好きなんだよな!」
「とうざずし?」
まわりをキョロキョロとしながら歩いていた平助が、目の前の屋台に駆け寄った。
なんだか今日は知らない言葉が飛び交うぞ。
「おっちゃん!3つばかし包んでくれ!」と、まるで遠足のようにはしゃぐ平助の後ろからそっと覗きこむ。
屋台のおっちゃんの手元を見れば、小さな木箱が並んでいた。
「なにそれ?」
「当座鮨、知らねぇか!?おっちゃん!ちょっとこいつに中身見せてやってくれ!」
平助の言葉に、おっちゃんが「ほらよ」と木箱を開けてくれた。
「あ……これって押し鮨?」
「なんだ、知ってるのか!確かに押し鮨とも言うぜ!」
未来では鯖の押し鮨なんかが有名だろう。一度だけ居酒屋で食べたことがあったが、意外に美味しかったと記憶している。
「これを肴に呑む酒がまたうめぇんだ!!由香の分も買ったからな!今夜楽しみにしてろ!」
「やだ、平助ってば大好き」
そう言って平助の腕にわざと絡み付けば、なんだなんだ、こいつは思春期真っ只中か?ってくらい顔を赤く染めた。
そんな平助と私を見て、屋台のおっちゃんは「随分仲のええ夫婦やなぁ」とニヤニヤした。その言葉に「でしょ?」と答え、「ね、へーちゃん」と隣の男…いや、少年に笑いかければ、ボン!と音がするんじゃねーかってくらい顔を真っ赤にした。
ああもう。はじめくんといい平助といい、年下も結構萌えるじゃないですかこの野郎。
***
「そろそろ帰るか!」
「だな。今夜の肴も買ったしな」
「つーかお前、い、いつまで腕組んでんだよ////!」
「え~?たまになんだからいいじゃない。それとも私と腕なんか組んでたらドキドキしちゃう?」
「べべべべ別に////!?ドキドキなんてしねーし////!!」
なんてどもる平助にニヤニヤしていれば後ろから小さく頭を小突かれた。
「おい由香。その辺にしておけよ。平助、本気になっちまうぞ」
「ほ、本気になんかなんねーよ////!」と吠える平助を抑え、にっこりと必殺スマイルを放ったのはやっぱり左之さんだった。
もうさ、このイケメンスマイルって反則だよね。このさわやかな笑顔に勝てる女なんて、日本中探してもいないんじゃなかろうか。かく言う私もその笑顔にメロメロになる一人だったりするのだが。ああ、大人の男、希代のイケメン原田左之助。ちょっと抱かれてみたいなんて思ってしまって歳さん全力でごめんなさい。
「そういや由香ちゃん。随分熱心に願い事してたみてぇだけど、なんて願い事したんだ?」
「え~?それは内緒ですよ」
「ふぅん?土方さんのことか?」
「ちょ、それじゃ私がベタ惚れみたいじゃないですか」
「違うのか?」
「向こうが私にベタ惚れなんですよ」
強がりも含めてそう言えば、新八さんは「土方さんにそんなこと言えんのは後にも先にも由香ちゃんだけだぜ絶対」と笑った。
そんな戯れ言から左之さんの女の落とし方講座、褥の戯れ言まで。屯所では大声で話せない事をバカ笑いしながら帰宅の途についた私達。
すごくすごく充実した恵方詣りだった。
「屯所ついたらすぐに宴始めるか!!」
新八さんの言葉に大きく頷く私とその他大勢。
正月休みの最終日は熱い夜になりそうだ。
作中では初詣=恵方詣りになってましたが、実際は≠です。あしからず。




