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第六十話 風に揺れた浅葱色



「…歳さぁ~ん!!山南さぁ~ん!!……よかっ…間に合った!!!」


屯所の門前にて点呼を取りつつ、十数人の隊士達を整列させていれば、そこに息を切らした由香が走り込んできた。

見ればでけぇ盥を抱えている。よほど急いでいたのか、今朝がた俺が一つに纏めてやった髪はボサボサ。この寒い中、着物の襟なんて大きく開いて鎖骨がしっかりと見えてやがる。それに気付いた隊士が顔を赤らめやがった。

チッ…!この女は…


眉間に皺を寄せ、舌打ちをする。


「ちったぁ女らしくしやがれ」


そう言って襟元を直してやれば、了解了解、なんて笑う。この女はあっけらかんとしてていけねぇよ。自分が魅力ある女だってぇことに気付いてんのか気付いてねぇのか…


「で、どうしたんだ。そんなに急いで」

「あの、大坂までの道中、お腹が空くだろうなと思ってお握りを作ってたんです」


そう言って差し出された盥の中を覗けば、そこには竹の皮で包んだ握り飯が山のように入っていた。


「…おめぇ、これ全部一人で作ったのか?」

「もちろん!愛情込めさせていただきました」


……だから今朝がた、まだ暗いうちから俺の部屋をあとにしたのか。この握り飯を作るために。


…ったくよぅ、んないじらしいことされちまったら口角が上がっちまうじゃねぇか。

こんなことをサラッとされちまったら男は皆いちころだ。

だからいい女だってぇんだてめぇはよ。

…ま、天地がひっくり返ってもんなこたぁ口にはしねぇがな。


「ありがとよ」


そう言って頭をクシャリと撫でれば、由香は「いえいえ」とニッコリ笑い「皆さんの分も作ってきましたー!」と、整列する隊士の列へと足を向けた。


「気がきくね、由香さんは」

「ああ。こういうところはな」


「普段はただの酒好きな女なのによ」と笑えば、隣の山南さんは穏やかに笑った。


「…気を悪くするなよ?君と由香さんが懇ろな間柄になったと聞いた時、どうしてと思ったんだ」

「……俺も不思議だったさ」

「でも年末に共に出掛けて…なぜ君が由香さんを選んだのかわかった気がするんだ。素敵な女性だよ、由香さんは」

「………おい」

「ははは。そんな怖い顔するなよ。大丈夫、横恋慕なんてしやしないよ。私には明里がいるからね」


"明里"。

そう口にした山南さんは顔を少し赤らめ、照れたように笑った。


明里は島原の芸妓だ。

先日の島原での宴の時、いずれは彼女を身請けしたいと、律儀な山南さんは近藤さんに明里を紹介していた。少し俯き、頬を赤く染めた明里を、穏やかな山南さんに似合うしおらしい女だと思った。


「くくっ、骨抜きってわけか」


そうからかうように笑えば山南さんは「悪いか」と笑ったのだった。



***



「はい。お二人にも」

「悪ぃな」

「ありがとうございます」


隊士たちにお握りを配り終え、最前列にいた歳さんと山南さんにお握りを渡せば、彼等はそれを懐に閉まった。


「帰りはいつ頃ですか?」

「はっきりとはわからねぇが、おおよそ15日ぐれぇだろう」


もうすぐ将軍家茂公が上洛する。

それにあたって今回、新撰組が主になって将軍の警護をすることになったのだという。

まずは大坂。その後伏見へと、精神的にも体力的にも結構な重労働らしい。


将軍の警護を頼まれたってことは新選組が幕府に認められたことと同じだと近藤さんらは喜んでいたけれど、将軍警護となればその分責任だって重くなるし、危険がつきまとう。

彼等ならきっと大丈夫。そう思ってはいたけれど心配しないと言ったら嘘になる。道中、何があるかわからないもの。

大坂にはまだまだ長州の残党が潜んでいるっていうし、不逞浪士だってわんさかいる。

誰も怪我なく帰ってこれればいいんだけど…


「なんだぁ?そんな不安そうな顔しやがって」

「いえ、別に…」

「不細工がますます不細工だぞ」


こ や つ め。

人が心配してりゃ、なんだいその言い様は!!

はいはい。どうせ私は不細工ですよ!


「でもそんな不細工に毎晩腰を振る物好きな男もいるんですよあはははは」


貼り付けたような笑顔を浮かべ、感情のない声ですかさずそう言えば、目の前の男はギョッとした顔で慌てて人の頭にゲンコツくれやがった。


痛い。痛いんですけれども。か弱いてめぇの女に何してくれてるんだこのやろう。


「別にその物好きな男が歳さんだって言ってないじゃないですか」

「あ゛あ゛!?んじゃ他に誰がいるんだよ////!!」


あ~あ、この男ってば今度は墓穴を掘ってらっしゃるよ。まわりの隊士なんかはひきつり顔で笑いを噛み殺している。そうだよね、もし声に出して笑っちゃったら命の保証はないもんね。鬼上司を持つと本当、大変だわね。なんて。


「コホン」


「てめぇ////!」と私の頬っぺたをびろーんと引っ張る歳さんと「いひゃい!いひゃいれす!!」と喚く私の隣で、物凄く冷静な咳払いが聞こえた。


あ、やべ。はしゃぎすぎた。


「仲がよろしいのは結構。しかし副長。これから私達は御上の警護に向かうはずなんですがね」


そして突き刺すような山南さんの言葉。見ればニーッコリ笑顔を浮かべている。

「山南さんだけは怒らせたら駄目ですよ。あの人は普段は穏やかだけど、怒らせたら新選組一、おっかない人だから」

そう教えてくれた総司くんの言葉が頭を過る。

ああ、そういえばよく言ったもんだわ。穏やかな人ほど怒らせたら怖いって。


「ゴホン////!悪ぃな山南さん」


鬼の副長もそれを知っているのだろう。照れ隠しだかなんだかの咳払い一つすると、背筋をシャンと伸ばした。それを見てまわりの隊士たちも背筋をシャンと伸ばす。本当、鬼上司を持つともごもごもご…



「よし!そんじゃあ行ってくっからよ!」

「由香さん。留守を頼みます」

「はい!お気を付けて!」


歳さんはそう高らかに叫ぶと私の頭をクシャッと撫で、穏やかに笑う山南さん、その他一行を連れ、浅葱色の隊服を風に揺らしたのだった。


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