第五十八話 その心中は何を思う
「わ…すっご…」
「煮売りやら焼き売り、餅売りに色々な物売りが出ているでしょう?」
道中、この時代のお正月について山南さんから講義を受け、拓けた市中に出て驚いた。
いつもはスッキリとしている京の町中だが、今日はどこもかしこも振り売りや立ち売りの行商人だらけ。売り手やら買い手やらでごった返し、町全体が活気に満ち溢れていた。
そこらじゅうからお腹がすくいい匂いがしてきて、こりゃ本当に酒が呑みたくなっちまうぜ!
キョロキョロして鼻をクンクンさせてる私は、本当に色気より食い気ですがなにか?
そんな私を察したのか、山南さんは「今夜の肴にしましょうか」と、豆腐売りからがんもどきを買ってくれた。
ああ、なにこの気のきいた優しさ!どこぞの副長様に山南さんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ!
「ありがとうございます!」
「いえいえ。ではさっそく野菜売りを探しましょうか」
「はい!」
この時代のお正月は未来のたかがニューイヤーとは次元が違う。
一年で一番大切な行事、とされている。
本来、お正月というのは歳神様へ捧げる御祝い行事。門松やらしめ縄、鏡餅もすべて歳神様を心から歓迎する準備なんだそうだ。
それともう一つ。
この時代は誕生日を祝う風習がない。それは正月に皆一斉に一つ歳をとるとされているからなんだって。
それも踏まえて正月は盛大に御祝いするのだと、先ほど山南先生にご教授いただきましたです。
だから煤払いが始まる今日、祝い始めの13日からは、町中も行商で賑わい活気が溢れるんだそう。私のような酒好きは煤払いと同時進行しながらグイグイ盃を煽るらしく、正月前でも煮売りや焼き売りは繁盛するらしい。今もこうして町中を見渡すと酔っ払いが多いみたいだ。でも不思議と酔っ払い同士の喧嘩はほとんどないらしい。皆、歳神様への礼儀はわきまえているんだろう。
「なんだかお祭りのようですね」と言えば「でも江戸の町中はもっと賑わうんですよ」と山南さんが教えてくれた。
そんなこと言われちゃ、いつか江戸の町中も見てみたい気がする私は好奇心旺盛なんでしょうか。
でも本当、江戸には行ってみたい。
……皆のすべての始まりは江戸、なんだもんね。そんな故郷を見てみたいと思うのが正直なところだ。
「あ!山南さん!あれ、野菜売りじゃないですか?」
「ん?どれどれ?」
私の指差す先には野菜の入った沢山の籠を並べ、「野菜や~、野菜~!」と客寄せをしている行商人の姿。とても威勢のいいオッチャンだ。
「そうみたいですね。では行ってみましょう!」
「はい!」
お目当ての野菜売りを見つけた私達は足早にそこへと向かった。
野菜売りは繁盛していたようで、そばに行くとものすごい人だかり。
なにこれ?これも正月効果ってやつなの?
未来でも年末近くなるとデパートやらスーパーはものすごい混んでるが、それと同じ類いなんだろう。
結局余計な物まで買っちゃったり、年末だからとか意味のわからない理由でいつもよりも奮発して高いものを買っちゃったりして、デパートの商戦にまんまと引っ掛かってしまうのだから正月パワー恐るべしと言ったところだろうか。
「山南さん、何買いますか?」
「う~ん…煮染めにするから…」
「にしめ?煮物のことですか?」
「うん」
ああ、無知って怖い。隣のおばちゃんが私達の会話を聞いていたらしく、「あんさん、花嫁修業してきぃひんかったん!?」と驚いていた。めんどくさいから笑って誤魔化したけど、いつの時代もおばちゃんの耳は地獄耳なんだと思いました。
「じゃあ…人参と大根。それに蓮根でいいかな」
「はい!…あ!それとさっきあっちの店で蒟蒻見ました!それも入れたらどうでしょう?」
「うん、いいですね。そうしましょう。すみません、」
そうして手際よく野菜売りのオッチャンに声をかけた山南さんだったが、オッチャンから出た言葉は驚くもので、一瞬その言葉を理解できなかった彼はきょとんとしていた。
「なんやお二人さん。もしかしたら新婚さんかい?なんならこれもオマケしておくさかい!しっかり精つけて頑張りや!!」
オッチャンがオマケしてくれたのは、男の味方、山芋だったわけで。
頑張りや!というのは夜の営みだと私は瞬時に理解したのだが。
「ん?なんで山芋なのかな?」
「山南さん!山芋は精がつくから…ほら、夜の営みを頑張れってことだと…」
小声でそう教えれば、意外や意外。山南さんは顔を赤らめ「そ、そういうことでしたか////いや、まいったな////」なんてはにかみ笑いなんかしちゃったりして。
おおおお!!!!萌え、萌えーーー////!!!!私は全然まいりませぬ////!!!
と、思わず口走って抱き着きたくなりましたウフフ。
そんな山南さんを見て野菜売りのオッチャンはますます勘違いをしたのか、太っ腹にも山芋をもう一本つけてくれました。
***
重いでしょうからと、野菜と蒟蒻をすべて持ってくれてる山南さんと、今夜の肴であるがんもどきを大事そうに抱えた私は屯所への帰路についていた。
ああ、早く酒が呑みたいよ。熱燗できゅきゅっとひっかけよう。
あれからあっちの棒振りを見てみたり、こっちの立ち売りを覗いてみたり。はたまた優しい山南さんに汁粉をご馳走になったりと、江戸時代の年末というものをだいぶ堪能した私。
山南さんも屯所で見せる穏やかなお兄さんの顔ではなく、なんだか一人の少年のように楽しそうに笑っていた。
穏やかだけど、キチッと真面目で頭のいいお兄さんというイメージを抱いていたから、こんな風にも笑ったりするんだなと正直意外だったかもしれない。
歳さんとウフフな関係じゃなかったら、ちょっと好きになってたかも…
なんて、山南さんといい左之さんといい、ああ、はじめくんもだけど、てか歳さんももちろんなんだけど、この新選組ってばイイ男揃いじゃねーですか!もうこれはどこぞの乙ゲーなのか!?っていう。私のような肉食系女子にはたまらんぜ!
…なんて。
この心内を歳さんに読まれた時にゃあ、なんかもう命の危険に関わる気がする。いや、関わるだろう。
でもでも私だって普通の女の子。イケメンは大好物なんだもん!
「由香さん」
突然の山南さんの呼び掛けに、一瞬ビクッてなった。
変な事を考えてたからね、心を読まれたのかと思ったよ。
はい。と若干作り声と作り笑顔でニッコリ笑う私はなんて腹黒いのかしら。
「今日は付き合っていただき、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「え!?いえいえ!あまりお役にたてませんで…でも私もすごく楽しかったです。ありがとうございました!」
「それならよかった」と笑う山南さんてば本当にイ・ケ・メ・ン!!
なんだか役得だったなぁとその笑顔に見とれていると、ふと私に向けられていた笑顔が消え、そのまま私の背後にその視線が向けられたのがわかった。
え?なに?なにかいる?
そう思って山南さんの視線を辿っていくと、そこには見覚えのある笑顔があった。
「…!!」
人違いではない。
たくさんの人だかりに紛れていたのは先日、寺で一緒にいた女の子と二人仲良く並んで歩く総司くんの姿だった。
その笑顔は見たこともないような優しい笑顔で。
あの腹黒い総司くんも好きな女の子にはこんな風に笑いかけるんだと驚いたのが正直なところ。恋仲ではないと言っていたが、こりゃ誰がどう見ても恋仲だろうよ…
「あれは…総司、」
総司、だよね?と目を丸くした山南さんに聞かれて私はもう、軽くプチパニック。
あ、あれぇ?そ、総司くん、かな?でもあんな顔してましたっけ?などと訳のわからない逃げ方をした私はバカだった。ちょうバカだった。
山南さんもかなり聡い人。そして勘が鋭い人。
「…由香さん。もしかして知っていたんですか?」
「うっ…」
山南さんの真っ直ぐな視線に言葉が詰まった私の脳裏には、殺気をまとうブラック総司の笑顔が過りました。
ああ、殺される。
「あの、あの、このこと、総司くんには黙っててくださいね?固く、かたぁく口止めされてるので…」
泣きそうな顔で懇願すれば、すべてを理解したようで穏やかな顔。
「大丈夫。誰にも言いませんよ」
それよりよかった。総司にもあんなかわいらしい好い人がいただなんて。
そう心底喜んでいた山南さんは総司くんのことをまるで本当の弟のように思っているようで。
その優しさ溢れる気持ちになんだかすごく幸せな気分になれた。
「総司は昔から女っ気がなかったからね。少し心配していたんですよ」
「そうなん、ですか」
『僕とお悠さんはそんな関係ではありませんよ』
そう、寂しそうに言った総司くんの言葉が過った。でもそれは山南さんには言わなくてもいい気がした。だって山南さんは本当に心底嬉しそうだったから。その気持ちを壊したらなんだか申し訳ない気がしたから。
「以前総司にね、人は守るべきものができたときにもっと強くなれる、と言ったことがあったんです」
「守るべきもの…」
「ふぅん、と興味なさそうに笑っていたけどね」と、懐かしそうに笑う。
「土方くんにも由香さんという守るべきものができた。これで新選組は安泰かな」
「そんな、私なんて」
「いや、彼は貴女と会って強くなった」
私なんて到底敵わないよ。
そう言った山南さんの顔はなんだか憂いを含んでいたような気がして。なんだか少し胸がザワついた。でも彼も新選組を引っ張る人のうちの一人。憂いを含む理由なんてないはず。と、その横顔を見据えた。
「ああそうだ。こんな私にも守りたい女性がいるんです。今度紹介させてください。由香さんの話し相手にでもなれば」
その横顔は強く、そして凛としていた。彼もまた強い。その言葉はあながち嘘ではないのだろうと、その横顔を見てそう思った。
ふと気付けば総司くんたちの影は消えていて。
「私達も帰りましょうか」
山南さんのその言葉に大きく頷いたのだった。
***
「ただいま~!」
元気よく屯所の門をくぐれば「おう!お帰り!」「お疲れさん」と迎えてくれたのは、類は友を呼ぶ、とでも言うのでしょうか。
どうやらこちらも酒が呑みたくてウズウズしているあのコンビ。
「由香ちゃん!今夜の肴も買ってきたか!?」
「今、熱燗用意してるからな。平助が」
「新八さん、左之さん。もう煤払いは終わったんですか?サボってると怒られますよ、鬼に」
「誰が鬼だって?」
突然の背後からの鬼の声に「ぎゃ!ビックリした!!」と言えば「てめぇ」と軽くデコピンをくらう。
でもこんな何気ないやり取りに幸せ感じてみたり。山南さんもイケメンだけど、やはりこの男の右に出るものはいないなんて思う自分はどんだけ鬼に惚れ込んでいるのやら。
「ははは。さ、煤払いが終わったのなら宴にしよう。うまそうながんもどきを買ってきたからね」
「さすが山南さん」
「く~!腹の虫が疼くぜ!!さ!宴だ宴!!」
今にも躍りだしそうな新八さんと左之さんのあとを私も小躍りしながらついていく。
しかし今日は充実した一日だった。古き良き時代の日本を見れて、今夜の酒は一段と美酒になりそうだ。
「おい。町中で総司見なかったか?あの野郎、どこ探してもいやしねぇ」
「……見ませんでした。ね、山南さん?」
「はい。どこかで眠りこけてるんじゃないかな」
ニッコリ笑いあった私と山南さんを不信そうに見据える鬼の副長。
おお怖い。
突っ込まれる前に早く逃~げよ!
突っ込まれるのはアレだけで充分!
……最近新八さん化から逃れられない。ホワイ!?なんてな。
…文久3年、年末。
新選組屯所では連日宴が開かれ、賑やかな笑い声とともに穏やかな時を過ごしたのである。
……そんな穏やかな時が屯所を包む中で、最後の芹沢派、野口さんが27日、切腹したのを私は気付いていないことになっている。
これで尽忠報国の志を持った芹沢さんの思想は途切れることとなったのであった。




