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第五十七話 坊さん走る江戸師走



「ぶはっ…!!ゴホッゴホッ!!」

「あ!わりぃ!由香ちゃん下にいたんだったな!!」

「もうっ…!頼みますよ、新八さん!!ゴホッゴホッ…!!」


八木さんちのとある大広間。

煤竹(叩きのようなもの)を持った新八さんが容赦なくそれを振るもんだから、彼が登る梯子を押さえている私にこれまた容赦なく煤や埃が降りかかり、思わず口を押さえ咳き込んだ。


「おーい、由香。そっち終わったらこっちも頼む」

「へいへい!ったく、人使い荒いんだから…」


今日は師走の13日。

この時代では幕府が1日から12日の間に煤払いを行い、13日に納めの祝いをするからとかいう理由で、庶民をはじめ一般ピープルはこの日に大掃除やら、正月を迎える準備をするのが決まっているのだそう。

だから今日は巡察自体がお休み。隊士総出で屯所の大掃除をしているのだ。


年末の大掃除なんて未来にいた頃はほとんどしなかったな。せいぜい水回りの掃除くらい。

しかし、部屋は毎日掃除機かけてるんだから大丈夫でしょ、という私の考えはこの時代じゃ通用しなかったようだ。

そういえばあれだよね、次の日テストっつー時に限って部屋の掃除をしたくなるのはなぜだろうね。そんなお馬鹿さんはぜってー私だけじゃないはず。


それにしても朝一から始めて、もうお昼近く。いったいいつになったら終わるのやら…

いい加減、飽きてきたし疲れてきたのが本音だ。


「おーい!野村くん!ちょっとこっちに来てくれないか!!」

「はーい!近藤さん、ただ今!」

「おわっ!!由香ちゃん!急に手を離すんじゃ…!!」


押さえていた梯子から手を離し、近藤さんのいる中庭へと駆けていけば、後ろで「おわァァァ!!!」という叫び声とともに何かが落ちる音が聞こえてきたがきっと大丈夫。

その張本人は筋肉という名の鎧を着ているからね!

ぶっちゃけ、デカイケツを眺めてるのは飽きたんだぜ。私はもっとプリッと引き締まった小さなケツが好きなのさ!

とか言ったら絶対怒られるよね、うん。


「近藤さん!お呼びですか?」


「おお!野村くん!すまんがこっちを押さえててくれるか!」

「え?この竹ですか?」


近藤さんが鉈のようなものを手に相手どっていたのは、どこから採ってきたのか物凄く大きくて太い竹だった。

近くにはワサワサと松の枝が散らかっている。

竹と松と正月…これってもしかして…


「これ、門松、ですか?」

「そうだ!大きいほうが縁起がいいからな!」


そう言って笑う近藤さん。

しかし…いくらなんでもでかすぎじゃね?竹の大きさのわりに、松の枝が少ないような…

聞けば、大きいのは縁起がいいほかに"見栄"という人間の欲望も含まれていることを知った。

つーか、この時代にも門松ってあったんだ。

…未来とは違ってちょっと不格好だけど。


そんなことを考えながら竹を押さえ、近藤さんと二人、立派な門松を作り終えた私は、真冬だってのに汗ダラダラ。

最近呑んでばっかりだから、いいデトックスになるかなぁなんて。



***



門松を作り終えた数十分後。

やっと屯所内にお昼を知らせる太鼓が鳴り響いた。


はぁ…

ようやく休憩できる…

しかもスゲーお腹すいたし疲れた…

こりゃもう、昼から一杯煽りたいですな!


なんて思って、いつも食事する広間へ行こうとする私の背中に聞き慣れた声が投げ掛けられた。


「おい。どこ行くんだ?」


振り向けばやっぱりそこには歳さんの姿があって。とにかく早く座りたい私は、眉間に皺を寄せた。


「どこって…広間ですけど」

「その必要はねぇ。今日の昼飯はここで食うからな」


そう言って歳さんは私の眉間の皺を親指で伸ばし、手に小さな竹の包みを握らせた。


「……なんですこれは」

「今日の昼飯だ。ほれ、早く座れ」


ドカッと縁側に腰を下ろした歳さん。

竹の包みを開き、包まれていたお握りを手に取り、でかい口でかぶりついた。


…どうやらこの日は私が思っている以上に皆、気合いを入れる日のようだ。

昼食はパパッと握り飯程度で済ませ、またすぐに大掃除に取りかかるらしい。

ああ…

もう本当疲れた…


「……大掃除、いつまでやるんですか」

「ああ?夕暮れまでやるに決まってんじゃねぇか。煤払いは歳神様を迎える大切な行事だからな。徹底的にやらねぇと」

「としがみさま?」


としがみさまなんて聞いたことない。聞けばとしがみさまは五穀豊穣の神様でもあり祖先の神様でもあり、正月には各家庭に山から降りてきてくれるんだそう。

そんな習わしというかいわれがあるなんて、日本人のくせに全然知らなかったわ。

とゆーか歳さんに信心があったなんてそっちの方が驚きだ。


「歳さんも神様とか信じてるんですね」

「縁起がいいもんだけはな」


そうか、げん担ぎのためなら仕方ない。そう思ったがやはり夕暮れまで掃除は疲れるよ…と意気消沈しました。


「そういや総司知らねぇか?あいつ、どこ探してもいねぇんだ」

「…知りません。サボリじゃねーんですか」


もらったお握りに半ばヤケクソに食い付き、小さな声でそう答えれば、「おま…、色気より食い気だな」などと戯れ言を言われたがもう知るもんか。

「そんな私を好きなくせに」と言えば、男からは大きな溜め息が聞こえてきたよ。

……ぜ、全然ショックなんかじゃないんだからねッ!!


もはやそれはツンデレでもなんでもない。

今夜は一人、日本酒でもたしなもうかふふふ…などと若干笑みを浮かべていると、


「由香さん」


ギャーギャーうるせぇ…ゲフンゲフン!!血気盛んな若者達が集まって腰を下ろす縁側に似つかわしくない穏やかな声が私の名前を呼んだ。

そんな素敵なメンズは誰?と振り向けば、そこにはやはり笑顔も穏やかな山南さんが立っていた。


先ほど広間で見かけた時はカチッと羽織袴だった山南さんが、いつの間にやら珍しく藍色の着流しなんぞでキメている。

よく見れば、いや、よく見なくても山南さんてば大人の男フェロモンがムンムンなのだから、隣に歳さんがいようがフラフラ吸い寄せられてしまうのがイケメンセンサーバリバリの私ってもんですウフフ。


「今日、このあとお暇ですか?」

「え?あ、えっと、はい、暇です、けど」


想定外の山南さんの言葉にどぎまぎしてしまった。

だって、だってこの流れってもしかしなくてもデートのお誘い、だよねぇ!?

歳さん隣にいるのに…さ、さすがに彼氏の同僚と浮気なんてできるほど器用じゃないよ、私!


…なんて。

馬鹿みてーな、穴があったら入りたいと思うほど自意識過剰な恥ずかしい心中が彼に読まれてしまったのだろう。

山南さんはフフッと笑った。


「お暇でしたら一緒に食積の材料を買いに行こうと思いまして。もちろん、土方くんには許可をもらってありますよ。ね?」


ニコッと笑う山南さんの視線は私の隣にいる男に。男は勘違いしてんじゃねーぞ?この自惚れが!とでも言わんばかりの嘲笑いを浮かべると「ああ」と小さく頷きやがった。


「あ…そうですか……」


くそ、なんだか恥ずかしい上に男に殺意を持ったのはぜってーに気のせいじゃないだろう。


「俺ぁ正月のしきたりだの、いろいろ教えてやる暇がねぇからよ、道中山南さんに教えてもらえ」

「そうですね。歳さん、先生って柄じゃないですもんね」

「てめぇ…」

「ははは。で、どうでしょう?お付き合い願えますか?」

「あ、それはもちろん!…てゆーか、くいつみ、ってなんですか?」

「おめぇ、食積知らねぇのか?」

「おや、未来には食積はないのかな。正月料理なんですが」


くいつみ、なんて正月料理、聞いたことがない。でもあれかな?もしかしておせちのことだろうか。


「未来ではくいつみ、とは言いませんが、もしかしたらおせちの事かもしれません。黒豆、数の子、昆布とか」

「そうですそうです!海老や鯛などもね」


やはりくいつみとはおせちで間違いないらしい。「未来にも食積の名残があるなんてなんだか嬉しいな」と山南さんは笑った。

気が付けば暦はもう12月。あと1ヶ月足らずで新年を迎えようとするのだから、月日が流れるのは本当に速いものだ。


…文久3年の3月。この時代にタイムスリップしてから早9ヶ月がたとうとしている。

本当にいろんなことがあった。

あとどれくらいこの時代で過ごすことになるのか。もしかしたら私の命はこの時代で燃え尽きるのかもしれない。

でもここには大好きな皆がいる。

大好きな歳さんがいる。

だからきっと大丈夫!


私はここで生きていく!


「京で初めての正月だからね。近藤さんもだいぶ張り切ってて、正直敵わないよ」


縁起担ぎとしゃれっ気が大好きなのが江戸っ子の心意気だからね。

そう言って眉を下げた山南さんもなんだかとても楽しみにしているようだ。


「景気付けに豪勢なのを頼んまァ」


いつもは顔面凶器の歳さんもなんだか楽しそう…とか言うとゲンコツくらうから言わないけど。

よし!ならば私も精一杯お手伝いしようじゃないか。


「任せといてください!ちょっと私、化粧直ししてくるんで先に玄関で待っててくださいね!!」


そう意気込んで自分の部屋へと走りだせば、その背中を「急がないでいいですよ」という山南さんの優しい声が追いかけてきた。


…「早くしろよ」なんて憎たらしい声も聞こえてきたような気がしたが、きっとそれは空耳だろう。あん畜生め。


…さて、久しぶりに歳さんじゃないメンズとデート。

念入りに化粧直ししてバチッと決めた私ってばなんて肉食系なのかしらん。


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