第五十六話 ゴミはすぐゴミ箱に捨てましょう
「…なぁ、もう一回いいか」
再び胸元を弄り始めた大きな手をパチンとはね除ける。
「やです。眠い。それにそろそろ巡察の時間じゃないんですか。副長が遅刻だなんて示しつかないですよ」
グイと厚い胸板を押し退け一気に捲し立てれば、わがままなバラガキは「チッ、わかってらァ」と舌打ちしながら身体を起こし、のそのそと着替え始めた。
チラリとその様子を見上げればその顔は明らかに拗ねてて、可愛いのなんのって。
そして追い討ちをかけるかのように髪をかきあげる仕草に私の心はドキュンと撃ち抜かれましたよもう。
なんだなんだ、なんなのこのイケメン!!
こんなイケメンに先程まで全力で愛されてなんて、思い出すだけでちょっとまんまんが濡れちゃうじゃないかよこの野郎!
なんて痴女ちっくなことを考えてニヤついていれば、男は浅葱色の羽織を肩にかけたままクルリとこちらを振り返り、先程までのわがままなバラガキはどこへやら。
今度は鬼の副長の顔を見せ、「続きはまた今夜だ」そう言ってもう何度目になるだろう、私の唇を塞いだ。
ああ、歳さんのこんなところも大好き。
***
朝一番の巡察に出た歳さんをそのまま布団の上で見送り、再び眠りについた私。
次に目が覚めた時には外はかなり明るくなっていた。
頑張ってる歳さんに対してちょっと申し訳ないかなぁなんて思ったりもしたけど、やっぱ人間、睡魔には勝てないよ、うん。
しかしあの男。朝から腰振りまくって発射して疲れたりしねーんだろうか。確かもう、アラサーだったと思うんだけど。
つうかあれだけいい"モノ"持っててテクはあるし、イケメンだしで、やっぱ島原でもモテるんだろうなぁ…
今はおめぇがいるから、なんて言ってヤッたりはしてないらしいけど、昔はまぁそれなりに遊女をアンアン啼かせてきたんだろうし、島原には行ったりしてるからきっと今でも泊まっていってと誘われたりはしてるんだろうな……
………こんなこと考えちゃってなんだかすごく悪い目覚め。
意外に私ってば嫉妬深いのかもしれない。
とりあえずそろそろ起きようか。
下手したらあと少しで歳さんが巡察から帰って来ちゃうかもしれない。だいぶ寝てたからね、えへへ。
もう昼だってのに布団でゴロゴロしてたらなんて女だってあきれられちゃうぜ。
んん~…と伸びをして脱ぎ散らかした寝間着に袖を通す。よし!と立ち上がれば、ふと、綺麗に整頓されている文机の上にグチャッと丸められた紙が目に入った。
なんだろう?仕事の書き物かな?
そう思って広げてみるも、中身はにょろにょろとした文字が書かれ、なんて書いてあるか全然読めない。
「んん~?小、島?小島…なんとかの助?」
文面のはじまりが人の名前っぽい。
ってことは手紙?
……もし手紙だったら書き損じとは言えども盗み見はよくない。
け れ ど
ぶっちゃけ気になっちゃうよね!?だって好きな人が書いた手紙だよ!?
ちょっとだけ。ちょっとだけならいいよね!?
そう思って必死に手紙とにらめっこする私は、現代では平気で彼氏のケータイとか見てましたが何か?
意外に女々しいです、はい。
しかし睨めども睨めども、手紙にはなんて書いてあるかわからない。
もうあきらめようか…
そう思って手紙を文机に置いた瞬間。
「副長」
静かな声が襖の向こうから聞こえた。
この声は…
「はじめくん!」
「!!」
部屋の中に鬼の副長がいると思っていたのだろう。予想外の私の登場に心底驚いた表情を見せた。
かと思えば途端に真っ赤になり固まるその表情。
「すっ、すまぬ////!!ま、さか副長の部屋に寝間着、姿のあんたがいる、とは…/////!!」
ああ、そういえば私ってば寝間着姿だった。しかも袖を通しただけで帯はしていない。一応手でおさえてはいるが、胸元はだいぶはだけている。純情生真面目人間のはじめくんにとって少々刺激が強すぎたか。
でもこんなことで狼狽えるはじめくん、可愛すぎる。ちょっとからかいたくなってしまう私はやはり人より節操がないのだろうか。
「あ、ごめんねこんな格好で」
「い、いや/////それ、それ、それより副長は…」
噛みまくってるはじめくん。ああもう!!お姉さん、ムラムラしちゃうよ!!!
「歳さんなら朝一番の巡察だよ。もう少しで帰って来ると思うんだけど」
ニッコリ笑って顔を覗きこめば、「そ、そうだった!忘れていた」としっかり目線を外された。ああ、はじめくんもいただきたいと思ったのは絶対に内緒だ。
…あ!そういえば!!
「で、は、また出直してくる」
そう言って踵を返しかけたはじめくんの腕を咄嗟に掴んだ。ハラリ、と寝間着がはだけて、ちょっと見せちゃいけないもんがはじめくんの目に飛び込んだらしく、視線はそこに釘付け。耳まで真っ赤になってしまったが、そんなことどうでもいい。
私ってばナイスアイデア!!こりゃ、歳さんが帰ってくる前に…と、そのままはじめくんを部屋へと引き摺りこんだのであった。
***
「……で。その手紙を俺に読んで聞かせろというのか」
「お願い!!」
パン!と両手を合わせる私を見て、はじめくんは大きく溜め息をついた。
「そんなこと、できるわけがないだろう」
生真面目の塊であるはじめくん。
予想通りお断りの言葉が私の耳に届いた。
でもね、私はあなたの弱味を握っているのよ?
人様の手紙を読もうと思ったり強迫したりして最低だと思われるだろうが、どうしても読みたい。いや、なんだか読んでおかなくちゃいけない気がした。
「……じゃあ私の豊満な胸、はじめくんにばっちり見られたこと、歳さんに言っておくね」
「なっ…/////!!?そ、それはあんたが寝間着の手を離すから…////俺はわざと見たわけじゃない////!!」
「でも見たんでしょう?桃色の先端までしっかりと」
そこまでハッキリと言って笑えば、はじめくんは私のおっぱいを思い出したようで顔を赤らめ「く…////!!」と唸った。
あれれ?はじめくんてば童貞だっけ?
いや違うよな?昔女いたって言ってたもんな。この子はあまり自分を語らないからよく覚えていないが。
どちらにせよはじめくんが可愛すぎる純情なのは確か。
そして…
「……あいわかった」
副長にそんなこと言われちゃたまったもんじゃない、ということははじめくんだけじゃなく誰もがそう思う事実。
私の思惑通り、はじめくんは首を縦に振ったのであった。
「見せてみろ」
「これなんだけど」
クシャクシャになった紙を広げて渡せば、盛大な溜め息とともに視線を紙に落としたはじめくん。
ごめんね、別にはじめくんをいじめるつもりはないのよ、おねーさんは。
「…なんて書いてある?」
「…………やはり読んでは」
「私のおっぱい、でっかかった?」
「…………」
コイツ、読まない気だなと察知し、気が変わらないうちに再び脅せば、はじめくんは意を決したように「どうなっても知らぬからな」と小さく呟いた。
「…尚々、拙義共報国有志と目かけ、婦人しとひ候事……」
はじめくんから蚊の鳴くような小さな声で歳さんが書いた手紙が読み上げられる。
手紙に目を通し始めた時の気まずそうなはじめくんの顔。
それを見た瞬間、その手紙の内容が私には聞かせたくないものなんだと瞬時にわかった。
でも…
そうなるとどうしても読みたくなるのが人間の性。
それがまた大好きな歳さんが書いたものだと尚更だ。
「はじめくん。悪いんだけどその言葉のままだとよく意味がわからない。私にもわかるように読んでくれるかな」
この時代の文字が読めない私に、わざと手紙の原文のままで読んでくれてるのもはじめくんの優しさだとわかってる。
でも…
「はあぁぁ……」
はじめくんは、笑顔を作ったままそう言った私の言葉を聞いて、この短時間でもう何回目かわからない溜息をつくと、もうどうにでもなれと言わんばかりに再び手紙を読み上げはじめた。
さぁ、手紙にはなんて書いてあるのか。
「『……あと私達が報国の士であるのに目をつけては、女性が慕ってきて、手紙に書ききれません」
……は?
「…とりあえず京都には島原の花君太夫に、天神や一元、祇園ではいわゆる芸妓と呼ばれる女性が三人くらいいて、君野には君菊や小楽という舞妓、大坂新町に行くと若鶴太夫の他にも二、三人いるし、北の新地ではたくさんすぎて書ききれないので、とりあえずこれだけ書いておきます」
そこまで一気に読み上げたはじめくんは、手紙の内容に驚いて目を丸くした私をチラリと一見すると、ゴクリとノドを鳴らす。
そして小さな声で…しかしハッキリとこう言った。
「ほ…報国の…心を忘るる婦人かな」
「…………」
「………歳三、如何のヨミ違ひ』……い、以上…だ」
「…なにそれ。どういう意味。特に最後の俳句みたいなやつ」
「……ほ、報国の志も、女性にばっかり気がいっちゃって忘れちゃいそうだよ……なんちゃって……」
バリバリバリッ!!!!
「!!」
歳さんが最後に書いた冗談に聞き取れない冗談を聞いた瞬間。
はじめくんが震える手で持っていた紙をひったくり、ものすげー勢いで破りました。破りましたよ、もう。
そして辺りに撒き散らしましたが何か?
「……由香」
「はじめくん。ありがとう、読んでくれて」
額に浮き出てきてるであろう青筋をピクピクさせながら、オロオロするはじめくんに精一杯の作り笑いを浮かべた瞬間。
「…なにしてんだ?おめぇら」
スパンッと勢いよく襖が開き、今から私に血祭りにあげられるだろう張本人がノコノコと巡察から帰ってきたのであった。
「あら、お帰りなさい。副長どの」
「お、おう」
私が纏うヘタレの殺気に、どうやら何かおかしいと奴も気付いたらしい。
寝間着姿の私がはじめくんと二人きりでいるのに、そこを咎めることはしなかった。
さて、どうしてくれようか。
とりあえず、ここにいては被害者になってしまうかもしれないはじめくんを逃がしてあげよう。
「はじめくん。本当にありがとう。あとは自分でなんとかするから」
そう言ってニッコリ笑えば、はじめくんは若干狼狽えつつ歳さんに目配せしているようだった。逃げて、ガチで逃げて、ちょう逃げて、なんて言ってるんだろうが、ぜってぇ逃がさねぇ。
「私と歳さん、これからイイコトするから」と半ば無理矢理部屋を追い出し襖をピシャッと閉めれば、部屋の中はしぃんと静まり返った。
「……おい、一体どうしたってぇんだ?」
ドカッと腰を下ろして胡座をかいた男、と書いてバカと読む。
男の目は戸惑いを隠せていない。
「…ね~ぇ?歳さん、」
「ああ?どした?甘い声なんか出しやがって。まだ昼間…」
昼間だぞ?の言葉を最後まで聞くことなく、男をそのまま力一杯押し倒せば、不意討ちだったのか意外にもすんなり倒れた。
「おい、由………ッッッ!!!?」
そして次の瞬間。
男は声にならない声を上げた。
それもそのはず。わたしの手にはしっかりと奴の自慢の"モノ"がしっかりと握られていたわけだからね!
袴の上からだろうがなんだろうが関係ねぇ。徐々に力を入れれば、奴は益々腰を浮かせて唸った。
「随分とおモテになるようで」
「あ゛ぁ゛!!?なんのこと…~ッやめろ、やめてくれ!!」
「わっちが知らんところで随分と遊女をタブらかしてるんでありんすね。さすがは土方センセでありんすなぁ。なんせ手紙で自慢するくらいでありんすからなぁ?」
わざと廓言葉を使いメキメキと力をこめれば、男は情けない掠れ声を出した。
「ちがっ…あれは…!!頼む!頼むからやめてくれ!!!」
「うふふ、何が違うんでしょう?土方セ・ン・セ」
***
ま、このあとも私の圧倒的な攻めと、歳さんの必死な抵抗は続いたわけで。
鬼の副長でもやっぱりここは弱いのね、なんて若干Sっ気が芽生えてしまったわ。だって攻められる歳さんもなかなか可愛いんだもの。
結局、歳さんのお上に誓って今はヤッてねぇ!の言葉を信じる次第となりました。ううむ、私ってば優しい。
ちなみにあとから知った話だが、部屋を追い出されたはじめくんはどうやらすぐそばの廊下で立ち聞きしてたらしい。
後日、「あんた、副長に何をしたんだ?」なんて純真無垢な顔でそう聞いてくるもんだから、またちょっとからかってやりました。
「歳さんのアレを握って啼かせていたのよ」
そう耳元で囁けば、ボンッて音がするんじゃねーかってくらいに真っ赤になってたな。
もう、可愛いんだからはじめくんってば!!
有名すぎるこの手紙。
文久3年11月、遊女から貰ったたくさんの手紙と共に多摩の小島鹿之助に送ったと言われています。
まぁ、江戸時代にあれだけ端整な顔立ちをしてりゃモテモテだったのも納得がいきます。
ただ、どの遊女とも遊びの関係だったらしく、近藤のように遊女の身請けをすることはありませんでした。『君菊』という舞妓は歳三の子を産んだとされていますが(女の子)、その子も生後間もなく亡くなってしまったそう。
なので歳三の直結の子孫は残念ながら途絶えているそうです。
ちなみに手紙の全文と略です。
寒中のいみぎり、いよいよ御壮健に御座あらせ られるべく、恐悦に奉り候。ついては、この方 一同、無事に罷り在り候間、恐れながら御休意 下さるべく候。
しからば過二十一日、松本捨助 殿上京仕り、壬生旅宿へ向け参上、如何の義こ れ有り候や計り難く、これによりひとまず下向 致させ候間、かれこれよろしく願い上げ奉り候。
一 久々御無音に罷り過ぎ、何とも恐れ入り候えども、小子の筆にては京師形勢申し上げかね 候間、承りたき折ながら、これ御無音申し上げ候。御推察の上御許し下さるべく候。末ながら、小嶋御両親様御はじめ、御一同様へよろしく願い上げ下さるべく候。何卒右の段上溝にもよろしく願い上げ奉り候。
一 松平肥後守御預り新撰組浪士、勢い日々相増し、これにより万々松本氏より御承り下さるべく候。恐々不備
十一月日 松平肥後守御預り 土方歳三 小島兄参
尚々、拙義ども報国有志と目がけ、婦人慕い候 事、筆紙に尽し難し。まず島原にては花君太 夫、天神、一元、祇園にてはいわゆる芸妓三人 程これあり、北野にて君菊、小楽と申し候舞 子、大坂新町にては若鶴太夫、外二三人もこれ 有り、北の新地にては沢山にて筆にては尽くし 難し、まずは申し入れ候。
報国のこころを忘るる婦人かな
歳三いかがわしき読み違い
今上皇帝
朝夕に民安かれといのる身のこころにかかる 沖津しらなみ
一 天下の英雄御座候わば、早々御登らせ下さるべく候。
以上 小嶋鹿之助様
***
寒い季節ですが、お元気ですか。 こちらはみんな元気にしていますので、安心してくださ い。
先日の21日、松本捨助さんが京都にやって来て壬生村屯所に来ました。どうすればいいのかわからなかったので、とりあえず帰郷させることにしました。いろいろよろしくお願いします。
1.長い間手紙も出さず、なんともすいませんが、私が書くような手紙では京都の状勢は伝えきれないので、手紙を出したいとは思いながらも、そのまま手紙を出しませんでした。 私の気持ちを察して、どうか許してください。
最後になりましたが、小島家の両親(鹿之助の)をはじめとして皆さんへよろしくお伝えください。どうかこの事は上溝村へもよろしくお伝えください。
1.松平肥後守(松平容保:会津藩)のお預かりになった新選組は、日々活気づいています。(この事は)松本さん(捨助)より詳しく聞いてください。それでは。
11月 松平肥後守お預かり 土方歳三より 小島兄さんへ
あと、私達が報国の士であるのに目を付けては女性が慕ってきて、手紙に書き切れません。 とりあえず京都には島原の花君太夫に、天神や一元、 祇園ではいわゆる芸妓と呼ばれる女性が3人ぐらいいて、 北野には君菊や小楽という舞子、大坂新町に行くと、若鶴太夫の他にも2,3人いるし、北の新地ではたくさん過ぎて書ききれないので、とりあえずこれだけ書いておきます。
報国の心を忘るる婦人かな
なんちゃって。
今の天皇様(孝明天皇の歌)。 朝夕に民安かれと祈る身の心にかかる沖津しらなみ
1.志のある強者がいたら、すぐに京都に向かわせてください。では。
天皇の歌と自分の歌を並べる歳三に萌える。




