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第五十三話 恋したっていいじゃない



「ちょっと出かけてきます」


自室で物書きをしている歳三さんの背中にそう言葉を投げかけ、屯所の門を潜り出た。


んん~…と伸びをすれば、すっかり冷たくなった空気が肺へと流れ込む。

辺りの木々の葉がすっかりと散っているのを確認すれば、もう季節はすっかり冬へと移り変わっているのだなぁと実感した。


それにしても…

この前は突然の縁談のような話に驚いたなぁ。

近藤さんや由香さんなんてすっかり乗り気になっちゃって…

駿河屋の奥さんには申し訳なかったけど、相手の女の人も僕なんかと一緒になったって幸せになんかなれっこない。

だって僕は新選組の剣。命はあってないようなもの。


それに…僕には……


「あ!沖田はんや!!」

「帰ってきたんや!!」


近くの壬生寺に足を運べば甲高い声とともに小さな影があっという間に僕を取り囲んだ。


「沖田はん!お帰りなさい!」

「お帰り!」

「ただいま。ほら、お土産だよ」


そう言って金平糖の包みを広げれば、小さな手がどこからともなく伸びてくる。

やれ俺のや!やら、うちのや!やら、まるで小さな戦がそこで起きているようで、思わず小さく吹き出した。


「クスッ…ほらほら、たくさんあるから喧嘩するんじゃないよ」


懐から新しい金平糖の包みを取り出そうと寺の小さな階段に手で持っていた包みを置くと、それにそっと伸びてきたスラリとした白い手。

視界に入ってきたその手に口角が上がったのが自分でもハッキリわかった。


「なぁんだ、お土産って金平糖?」

「甘いもの、お好きでしょう?」


そう言って見上げた彼女は、相変わらず曇りのない笑顔を見せた。

会えなかったのは大坂に出ていたほんの数日間だったのに、随分と会ってなかった気がする。


「今日は非番?」

「はい。久しぶりに勝負しましょうか?」

「よーし!今日は絶対負けないんだから!みんな!逃げるよ!!」


彼女がそう言えば、そばにいた子供たちはワッ!と声をあげ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

鬼さんこちら!と彼女の声が境内に響き渡る。

よし!と腕捲りをして駆け出す僕を見たら、僕を修羅と恐れる奴等は腹を抱えて笑うだろうか。



彼女―…

お悠さんと知り合ったのは少し前のことだ。

やはり今日のように境内で子供たちと遊んでいるところにフラリと現れた。

聞けば江戸から上京した医者の娘さんだという。

医者の娘さんなんて、お高く止まった、もしくは清楚で可憐な人だと勝手に思い込んでいたが、お悠さんは違った。

お世辞にも可憐とは言えない。

凛とした目元に気の強そうな口元。女の人には珍しく、自分も父様の意思を継ぎ、医術の道を歩んでいるそうだ。



「新選組、沖田総司です」


僕がそう名を名乗れば、今まで眉をひそめなかったり態度が変わらなかった者はほとんどいない。

今回もきっとそうだろう。

そう思って名を名乗ったが、彼女は違った。


「へぇ…あんたが笑う修羅と名高い沖田総司?噂と違って随分ひよっこなのね!」


そう言ってケラケラと笑う彼女に呆気にとられたっけ。

男勝りな性格。そして負けず嫌い。

だが、子供たちだけに見せる優しいその姿に僕の心が惹かれるのに時間はかからなかった。



***



……


………


…………そ う い う こ と


でしたか!!!


駿河屋さんにおまんじゅうを買いに行った帰り。壬生寺へと続く細い道を曲がった総司くんを見かけた。

非番の日に寺?

あ、でも総司くん、たまに境内で近所の子供たちと遊んでるって言ってたな。もしかしたら今日も遊ぶのかもしれない。

これといって用事もないし、だったら私も一緒に遊んでもらお!!

そう思って早足の総司くんを追いかけてきたのだけれど…

なんとまぁ、目の前には若い女の子の姿。

成る程、これなら駿河屋さんの縁談も即答で断るわけだ。


歳さんは「総司は剣にしか興味がねぇ」なんて言ってたけど、ちゃんと年頃の男の子のように女の子ときゃっきゃうふふしてんじゃない。

お姉さん、なんだか安心したわよ。


よし。帰って歳さんもろもろ皆に報告だい!!今夜の酒はうまいだろーな!

と、今一度こっそり総司くんの方を見れば、なんと視線が…


視線がこちらを向いてらっしゃる!!!


な、なんで!?なんでバレた!?気が付かれないように懸命に気配を消したつもりだったんだけれども…!!

なに!?これが新選組一番隊組長の神経の鋭さなの!?


あわわ…!とヘラリと笑えば、総司くんは「てめぇ、他の奴等には黙っとけよ殺すぞこの野郎!」そう言わんばかりの笑顔を浮かべ、口元に人差し指を立てた。

あ、ああ、やはり黙っていろという…

つうか怖い!笑顔が怖いよ!真っ黒だよ!!!


もうね、私ってば頷きまくりましたよ。そりゃあもう、首ふり人形かってくらいに。

そしてそのままその場をあとにしました。

だって総司くん、怖いんだもの。


しかし…

総司くんてああいう気が強い風な綺麗な女の子がタイプなのか。

尻に敷かれてる総司くんを想像したら少しおかしかったけど、総司くんの彼女もあんなに綺麗だなんて、ますます歳さんごめんねと思う私なのであった。




***



「また遊ぼうなぁ~!」

「またなぁ~!!」


笑顔で走って帰って行く子供たちを見送れば、夕陽の茜色が僕とお悠さんを静かに照らした。子供たちには悪いけど、お悠さんと二人きりになれるこの時間が大好きだったりする。


「また明日から巡察かしら?」

「ええ。まだ京は治安が悪い」

「あまりご無理をなさらずに」


彼女は医者の"たまご"。

口には直接出さないが、命のやり取りをする僕らをあまりよく思っていないのではないかと思う。


「命は皆、平等に一つしかないのだから」


以前、こんなことを言っていた。

その命を一つでも多く救えるようになりたいという彼女は、もしかしたら少し由香さんと似ているところがあるのかもしれない。



「…私達もそろそろ帰りましょうか」


どれくらい話をしていただろうか。話といってもたわいもない戯れ言ばかりだったけど。

辺りは茜色から薄い暗闇へと姿を変えはじめていた。


「ならば近くまでお送りします」


よっ、と立ち上がり、お悠さんの隣に並んで歩く。

隣に並んで歩くことは初めてではない。もう何度もあるが、本当に気恥ずかしい。

たまに触れるお悠さんのその手に辺りが薄暗くて本当によかったと思う。

きっと僕の顔は真っ赤に染まっているだろうから。



「……ではここで」

「ええ、また」


帰りの道程はあっという間だ。言葉少なにそう手を振れば、彼女は暗闇の中へと姿を消した。



…僕はきっとお悠さんが好きだ。


けれどもこれから先、「お慕いしています」

その一言が声になることはないだろうし、仮に彼女が僕と同じ気持ちでいてくれたとしても結ばれることはない。

だって僕は新選組の剣、なのだから。


だけどもう少し。もう少しだけ彼女との時間を過ごしたい。

こんな僕は本当に情けない男だと、嘲笑を浮かべながら屯所へと足を向けたのだった。


あ。それと由香さんへの口止めもしっかりしておかなくちゃ。なんてね。




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