第五十二話 物好きですがなにか?
「…どっこらしょっと」
「なんだ?どっかの婆さんみてぇだな」
「いいんです。この時代だと年増ですから」
そう言って肩をトントンと叩けば、隣からは「中身はてんで餓鬼のくせにな」と小さな笑い声が聞こえてきた。
うるせーやい。あんたの方がてんで餓鬼だろーが!なんて思ったけどそりゃあ口が裂けても言えねぇって話ですわ。
屯所から10分も歩かない距離のところにある甘味屋、駿河屋さん。
軒下に置かれた長椅子に腰を下ろす。
ここは総司くんお気に入りのお店だ。何度か連れて来てもらっているうちに、私もお気に入りの店となった。
それは甘味がおいしいというだけではない。他にも理由がある。
「何になさいましょ」
「ええと、みたらし一つ。あ、歳さんは?」
「俺は茶でいい」
「へぇ、おおきに。今日は非番どすか?」
「ああ」
「毎日お勤めご苦労さんどすなぁ。今日はお嬢さんとゆっくり骨を休めてください」
京の人では珍しく新選組の面々と気軽に話してくれる店の奥さん。
にっこりと優しい笑みを浮かべながらコポコポとお茶を注いでくれる。
この奥さんはすごくいい人で、男所帯の中にぽつんといる私を何かと気にかけてくれていた。
最初は総司くんと恋仲だって勘違いしてたみたいだけど、最近は歳さんと私がそういう関係だっていうことに気付いたみたい。
「そういや最近、沖田はんはお見えにならんけど、忙しいんどすか?」
「総司くんは今、山南さんと大坂に出てるんです」
「へぇ。大変なんやねぇ」
少し前に、総司くんと山南さんは一番隊を連れて大坂へと向かった。
私に対しての名目は資金の調達、ということだったが、どうやら長州の残党狩りが本当の理由らしい。
別に隠す必要なんてないのに、総司くんや山南さん、平助あたりは私に残党狩りのことは黙っていた。ま、狭い屯所。耳に入ってくるのも時間の問題なんだけどね。でもその気遣いが少し嬉しかったりもした。
「いつ頃戻ってくるんやろか」
「う~ん…歳さん、いつ頃なんです?」
「なぜそんなことを聞く?」
「実は……沖田はんに紹介したい人がおってねぇ」
紹介したい人…
そういうところに勘が鋭い私が来ましたよ!
ふふふ、と口元を隠しながら「直接、局長はんに話を持っていってもええんやけどねぇ」なんて笑う奥さんに、思わず身体を乗り出した。
「もしかして、縁談、とかですか!?」
「縁談なんてたいそれたことじゃないんよ。ただ、ええお嬢はんがおるんやけどっちゅう話」
「えー!!いいんじゃないですか!!総司くん、きっと彼女いないし!」
「かのじょ?」
「あ!や、ええと、恋人?いい人?いないだろうし!」
やべ、と歳さんの方をチラリと見れば、ものすげー冷たい視線を私に向けた。
ちょ、それが愛する女に注ぐ視線かい!?
「土方はん、どうやろ?沖田はんに会うてもらえんやろか」
「……そうだな。伝えておく」
そうだな。伝えておく。……って、あんた、しれっと興味なさそうにお茶なんか啜ってるけど、そこはもっとノリよく返事するべきでしょ!!「よし!俺に任せとけ!!」みたいなさ?
「私からも総司くんに伝えておきます!」
「おおきに!お願いね!」
そう言って奥さんは「ほんだらこれおまけや」と、みたらしをもう一本つけてくれたのだった。
***
駿河屋を出て、何をするわけでもなく市中への道のりをゆっくりと歩く。
ま、俗に言うデートだね、うふふ。
まわりに人目が無いのを確認し、そっと腕に絡み付いた。一瞬、眉をひそめられたが負けるもんか。
「どんな女の子なんですかね」
「あ?」
「さっきの!総司くんに紹介したいって人!」
「知らねぇよ。新選組なんかと関わり持ってもいいだなんて、何か裏があるかよっぽどの物好きなんだろ」
う…一理ある。
京ではある程度知名度のある新選組。
だけどその知名度は壬生浪士組時代に培った悪名ばかり。
先日の長州征伐で少しは汚名返上できたものの、新選組に対する風当たりはまだまだ強いものだった。
もしかしたらものすげぇ醜女なのかもな、なんて意地悪げに一人笑う歳さんに、「なら私もよっぽどの物好きですよね」と言えば、「おめぇも物好きだが、俺はそれ以上に物好きだと思うがな」なんて答えが返ってきた。
ああん?それってどういう意味だ?
「それに…総司は女にてんで興味がねぇからな」
「でも新八さんと一緒に女を買ったことはあるって」
「おめぇ…総司とそんな話してんのか」
歳さんは呆れたように一つため息をついた。
か、会話の自由はあっていいと思います!
「それはまた別の話だ。女買うなんざぁ誰だってやってんだろうが」
やってねーよ!!と女の子代表として反論したかったけど、確かにこの時代の武士の男は皆さん女をお買い求めになると言ってほぼ間違いない。
まったく…売春が合法だなんて、世も末だなおい。
「とにかく総司は剣にしか興味がねぇ男だ。紹介されたってどうせ仲良しこよしの友達止まりだろうよ」
「だからさっき、奥さんへの返事がそっけなかったんですね」
「変に期待持たせても悪ぃからな」
「でも男と女なんてわかりませんよ?」
「あん?」
「私だって最初は、なんだこの自意識過剰野郎くらいにしか思ってませんでしたしね」
「…てめぇ、そりゃ一体誰のことだ?」
足を止めた歳さんの横をスルリと抜け、「さて、誰のことでしょう」とニヤニヤ笑えばグイッと引っ張られる腕。
「…上等だこの野郎」
鼻先がぶつかるんじゃないかっていう距離で妖艶な笑みを浮かべ、そう呟いたこの希代の色男。
こっ、ここここんな男が私の彼氏だなんてぶっちゃけまだ実感がわかない。
顔を赤らめた私を見て、心底可笑しそうに笑いやがった。
「もう知らん////!!」
案外手のひらで転がされてるのは私のほうなのかもしれない。
***
それから数日後。
一番隊を引き連れた総司くんと山南さんは無事屯所へと帰ってきた。
「戻りました」と言う久しぶりに聞いたその声に、思わず門へと走りだす。
「総司くん!山南さん!お帰りなさい!!」
「由香さん。ただいま戻りました」
「ただいま」
よかった。多少疲れの色は見えたけど、どうやら二人をはじめ、一番隊の皆も大きな怪我はないようだ。
留守番組の平隊士が用意した水の張った盥の中で足を洗いながら「なかなか資金調達がうまくいかなくて」などと苦笑いする二人。
そのまま流そうかどうか迷ったけど、この先こんなことはたくさんあるはず。その都度気を使わせたんじゃなんだか申し訳ない。
「一人も怪我人がでなくてよかった」
そう言ってニコリと笑えば、二人は察したようで少し間を置くと「すみません」とまた苦笑いしたのだった。
*
夜はもちろん、出張組の無事帰宅を祝う宴が開かれた。と言っても今回は島原ではなく屯所でだけれど。
皆にお酌をしつつされつつ、「てめぇ、飲みすぎなんだよ」という鬼の視線にも耐えつつ、いい感じにお酒がまわってきた頃総司くんの隣に腰を下ろした。
「総司くん、どうぞ」
「ありがとうございます。由香さんも」
ああ、なんだか今日のお酒はおいしいなぁなんて盃を傾けていると、ふいに奴の気配を感じた。振り返ればやっぱり背後に歳さんがいて…
「総司。ご苦労だったな」
「いえ」
すでに空になった総司くんの盃に歳さんは波なみと酒を注いだ。
「大坂はどうだ?」
「う~ん…まだちらほらいましたねぇ…。小物ばかりでしたけど」
きっと長州残党狩りの話だろう。総司くんがチラッと私の方を見たが、知らんぷりしてツマミの穴子に箸を伸ばした。
邪魔しちゃ悪いもんね。
そこに近藤さんと山南さん、新八さんが混ざり、やれ、長州の動向はどうだ、やれ、自分の志はどうだと話に花を咲かせた。
が、その固い空気を破る輩が一人…
「そういや総司。おめぇ、女いるのか」
突然の歳さんの言葉に思わず口に含んでいたお酒を吹き出しそうになった。
なに!?さっきまで真面目な話してたんじゃなかったの!?
見れば、当の総司くんも驚いて咳き込み、他の三人も目を丸くしている。
歳さんってば、いつもは場の空気を読めるくせにこういうときは本当鈍感というか空気読めないんだから!
でもこういう話なら私におまかせあれ!!
「総司くん、恋人はいないんでしょ!?」
「由香さんまで…!!なんです?急に…」
「駿河屋の女将がおめぇに紹介したい女がいるそうだ」
「「なに!?」」
ここで食いついてきたのが近藤さんと新八さん。まるで童貞中学生かってくらいに身を乗り出してきた。
実は先日…と経緯を話せば二人は大盛り上がり。今度は「顔合わせは…」だの「祝言は…」だの親戚のおじちゃんの如く暴走しはじめた。こりゃもう放っておいたほうが利口だろう。
「総司。いい話じゃないか」
「会ってみなよ!運命の出会いかもよ!?」
穏やかに笑う山南さんに便乗し、いけいけ!と総司くんにハッパをかけた。
のだけれど…
「有難い話だけれど…お断りします」
総司くんはニッコリと笑ってそう言った。
え!?と驚く私と童貞中学生…じゃなかった、近藤さんと新八さん。
ほらな?と言わんばかりの歳さん。
山南さんは黙って盃を傾けた。
「な、なんで…」
「僕の恋人は剣だけですから。はい、この話はもう終わり」
そんなことないでしょ!?
総司くん、生涯素人童貞でいいの!?と思わず口走ったら、どうやら意味が通じたらしくスゲー真っ赤になって怒られた。
山南さんは苦笑いしていた。
歳さんはため息をついていた。
結局、総司くんの気が変わることはなく。
直接断りに駿河屋に足を運んだみたいでこの話は終わりとなったのだけど。
う~ん…
何かあるんじゃないのかな…
後日。
そんな私の女の勘がどうやら当たっていたことに気付くのをこの時はまだ知らない。




