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第五十話 お団子にはお茶がつきもの


屯所に戻ってから早数日…

のこのこと戻ってきた私を責める人は誰一人としていなかった。

近藤さんに至っては「よく戻ってきてくれた!!」と涙目で抱きしめてくれたほど。

新選組の人達は気さくでいい人も多い。ま、それは身内に対しての話だけれど。

でも、そんな皆のおかげで再びすんなりと新選組の仲間内に入ることができた。


また屯所でののほほんとした生活が始まったわけだけれど、そんなお気楽な私に対し、皆はまだ市中で長州の残党狩りをしているようだった。

どうやら京にとどまってもいいと許可がおりた長州の人はほんの僅かな人しかいないらしく、それ以外の長州の人は捕縛の対象となるらしい。

高杉さんも脱藩してきたとは言っても長州の奇兵隊の総督を務める人物。そして京にとどまることを許されていない身。

もし京で見つかればただじゃすまない。本人もそれを知っているはずだろうに、市中を出歩くなんざぁ、たいした玉だなと歳さんが言っていた。


しかし歳さんは意外にも嫉妬深い。

どうやら今まではものすげー我慢して飄々とした男を演じてたみたいだけど、気持ちがガッチリ通じあった今、奴は遠慮をすることがまったくなくなった。

未だに「高杉とどこへ行ったんだ?」とか「てめぇ、本当に何もなかったんだろうな?」とか蚊の鳴くような声でボソッと聞いてくるからたまったもんじゃない。お前はどこぞの中学生かと。

そのくせプライドだけはエベレスト級に高いときたもんだから、扱いはぶっちゃけ大変だ。


ま、私だけが知ってる鬼の副長の素顔だと思うとなんだか逆に嬉しいなんて、そんな風に思ってしまう私もなかなか重症なんだろう。

恋は盲目。怖い怖い。


「…さて、そろそろ起きるか~…」


朝寝もいいところ。

朝早く巡察に出掛けた歳さんを見送り、二度寝をしていた私は布団の中からゴソゴソと這い出した。



「野村くん、いるか?」


それと同時に襖の向こうから聞こえた一段と通る声。

この声は近藤さんだ。

どうしたんだろう?部屋に訪ねてくるのなんてとても珍しい。なんかあったのだろうか。


…なんて考えている暇はない。


「いますけど、ちょっと待ってください!寝起きなんで!!」


私はそう叫ぶと急いで飛び起き、乱れた浴衣を整え、手元にあった羽織に腕を通した。


「急がないでいいぞ!」とくつくつと笑う近藤さんの声が聞こえる。

いやいや、局長を待たせるわけにはいかんでしょ!

髪の毛はテキトーでいいやと手櫛で一纏めにし、「お待たせしました!」と襖を開ければ、近藤さんは縁側に腰かけながら「お!突然すまんな」と笑っていた。


「なにかあったんですか?」

「いやなに、たまには野村くんと茶でも、と思ってな」


そう言った近藤さんの傍らにはお茶とお団子が二人分。

局長自ら用意してくれたなんて正直申し訳ない。

とゆーか…近藤さんとこんな風に話すのは初めてに近いかもしれない。芹沢さんとはよく盃をかわしていたけれど。

嫌いとか苦手ってわけじゃないんだけど、なんだか機会がなかったんだよね、今まで。


「ここでいいかな?」

「あ、はい!」


隣に腰を下ろせば、お茶とお団子が差し出された。


「すみません」

「いや、かまわんよ」


そう言ってにっこりと笑う近藤さん。


………しかし。

な、なにを話せばいいのかしら?

無言の重圧がものすげーんですけど!

私ってばこう見えて無言とか苦手なタイプなんだから!

どうしようどうしよう!なにを話せばいいの!?


「…しかしあれだ。トシとは上手くやっているようで安心したよ」

「へ?」


焦る私の隣で、近藤さんが先に口を開いてくれてホッとしたのも束の間。

いきなりの歳さんの話題に驚いて近藤さんを見れば、自分の羽織を掴みながらにっこりと笑った。


「それ、トシの羽織だろう?」


……

………

…………


「/////!!!」


近藤さんの言っていることを理解するまで数秒。

自分が袖を通している羽織を見れば、それは夕べ、私を抱きに部屋に来た歳さんが忘れていった羽織。

い、急いでたから歳さんの羽織だって気付かないまま着ちゃってたよ////!!

くそ~////!こんなの、夕べ歳さんにアンアン啼かされましたよと言っているよーなもんじゃないか////!!

私の馬鹿////!そして歳さんも羽織忘れていくんじゃねーよ超馬鹿////!!


真っ赤になった私を見て、近藤さんは「はっはっはっ」と声に出して笑った。


「野村くん、礼を言うよ」

「へ?」


ひとしきり笑った近藤さんが突然頭を下げたので、私は再び声を裏返した。


「…トシとの付き合いは長いが、奴は阿呆顔なんぞまわりに見せたことがなくてな」

「あ、阿呆顔?」

「……江戸にいた頃のトシはなぁ、いっつも眉間に皺を作って…そりゃあおっかねぇ顔をしていたんだ」

「…顔面凶器ってやつですね」


そう言って歳さんの顔真似をすれば、近藤さんは「そうだそうだ!そんな風にな!」と笑い、自分も歳さんのように眉間に皺を作ってみせた。

ま、今もだけどね!と思ったことは秘密だ。


「俺は正直、トシは人を愛するという当然の心が欠けてるんじゃねぇかって…そう思ってたんだよ」


江戸にいた頃の奴は喧嘩に明け暮れてばっかりでな。浮いた話なんぞ一つもなかったんだ。

…そう言ってお茶を啜った近藤さんはふと空を見上げた。


……江戸にいた頃の歳さんはバラガキだったって…

バラガキですら恐れるバラガキだったって総司くんが言っていた。

きっとあの"眼"で…

あの眼の中で獣が鋭い牙を静かに研ぎながら、虎視眈々と"獲物"を狙っていたんだろう。


…ま、近藤さんが知らなかっただけで、狙ってた獲物は喧嘩して泣かせる男だけじゃなくて、突いて啼かせるねーちゃんもいたみたいだけどなあのヤリチン野郎!!


「でもな、トシが野村くんの前で見せる阿呆顔を見て俺は心底安心したよ。なんだ、こいつもただの一人の男なんじゃないかってな」


だから…これからもトシのそばにいてやってくれないか。

そう言った近藤さんの顔からはいつのまにか笑顔が消え、真っ直ぐな瞳で私を見据えていた。





近藤さんは江戸にいた頃、試衛館という道場で道場主をしていたそうだ。

歳さんとの出会いはその頃。

私も詳しくは知らないけれど、救いようのないほどのバラガキだった歳さんを、近藤さんだけは受け入れたとかなんとか。

二人の馴れ初めは以前、総司くんに聞いたんだけど、酒呑んでた時の肴としてだったからぶっちゃけよく覚えてない。

あとでもう一度総司くんに聞いてみようかな。「まったく。人の話なんて全然聞いてないんだから!」と小言を言われるのは必至だけどな。


とにかく、近藤さんと歳さんは師弟というよりかは兄弟に近い。

近藤さんは歳さんのこと可愛くて仕方ないといった感じだし、歳さんはブラコンなんじゃねーかってくらい近藤さんのことは大事にしているようだ。でもそれは歳さんだけでなく、総司くんを始め他の隊士にも言えること。

近藤さんは皆に好かれ、皆に尊敬されていた。


でもそれがどうしてだか…

こうして近藤さんと話してみるとよくわかる。

彼の懐の大きさ、気さくで真っ白な人柄、そして情の深さがきっとそうさせるのだろう。



「もう…離れるつもりはありません」


何があってもあの男のそばにいる。

私はこの時代で生きていく。

そう決めたから。


真剣な問い掛けに言葉少なにそう答えれば、近藤さんは再び曇りのない笑顔で「そうか」と笑ったのだった。



***



「おっ…と!もう昼九ツか!」


その後…

たわいもない話に花を咲かせていれば、屯所内に時間を知らせるための太鼓の音が響き渡った。


もうお昼になるのか。

ぼちぼち私の腹時計も鳴りそうな感じだ。

あれだからね、人間、動いてなくてもお腹は空くからね。そして欲望のまま食べちゃうから全然痩せないという。わかっちゃいるけど食べちゃうぜ!

…なんて。この時代に体重計がなくて本当よかったなんて心底思ってみました。


「お出掛けですか?」


スクッと立ち上がり、うーん…と伸びをする近藤さんを見上げる。


「ふむ。今日はこれから祇園一力楼で諸藩周旋方会合があってな。時勢論を述べることになってるんだ」

「…なんだか大変そうですね」

「局長もなかなか休まらんよ」


そう言いながらも近藤さんはやる気に満ち溢れているようだ。

きっとこの人も志をしっかりと持ちながら、前へ前へと進んでいっているんだろうな。


「頑張ってきてくださいね!」


小さく胸の前でガッツポーズをすれば、近藤さんは「ああ!」と頷き、「では行ってくる」と笑い踵を返した。


……この時代の男の人は。

本当に、皆がそれぞれ自分を持っていて。

なんつーか、しっかりしてる、とはまた違うんだと思うんだけど…

とにかく現代の男とは男気が違う。

さすがは日本の礎を作った男達だなぁ…なんて空を見上げながら関心していたのも束の間。

後ろから突き刺さるような鋭い視線を感じ、思わず振り返れば、そこには仁王立ちしている歳さんの姿。


「お、おかえりなさい」

「ああ」

「……い、いつのまにそこにいたんですか」

「なんだおめぇ。愛する男の気配にも気付かねぇのか」

「…は?」


ぽかんと口を開けたまま見上げれば、フフンと不敵な笑みを浮かべ、自信たっぷりに余っていたお団子を口にするこの男。


ええと…


……何 様 で す か?


そういや出会った頃の歳さんもそういえばこんな感じだったな。


「ああ、じゃあ愛が足りないのかもしれませんね私は」

「ッ!?」


馬鹿野郎め。この私を手のひらで転がそうなんて100年早いぜ。


ニッコリと笑ってそう言えば、歳さんは口にしたお団子を喉に詰まらせかけ、大きく咳き込んだのであった。



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