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第四十七話 覚悟が決まりゃ腹が据わるってもんだ



な、んで急に……


「な、に言って…」

「ごまかさなくていい」


高杉さんの目は真剣そのもの。

やっぱり…桝屋さんは私のこと覚えてたんだ。きっと店の奥に引っ込んだ時、高杉さんに伝えたのだろう。


私が新選組と繋がっていたことは事実。

歳さんと関係があったことも事実。

悪気があって隠してたわけじゃないけれど、結果的に高杉さんに嘘をついていた。

私はあざとい。自分の身を守ることしか考えていなかった。ここまできてまだ隠そうとしてる。



なにもかも…話そう。高杉さんに。お世話になっている以上、嘘偽りを貫き通すのはいけない。これで放り出されたり殺されたりすれば、それは私の宿命というものだ。


ぎゅっと拳を握り、すぅっと息を大きく吸い込んだ。


「私…、この前まで新選組にお世話になっていました」


黙って私の言うことに耳を傾けてくれている高杉さんに、私は今まであったことをすべて話した。

タイムスリップしてきた時のことも。

歳さんに惹かれ、そして彼も同じ気持ちでいてくれたことも。

新見さんや芹沢さん、お梅さんのことも。

そして…屯所を飛び出したきっかけにもなった楠くんのことも。


でもなぜか高杉さんは楠くんのことはおろか、御倉さんや荒木田さんのことも知らなかった。

でも確かに彼らは長州の間者だったはず。もしかしたら偽名を使っていたのかもしれない。今となってはどうでもいいことだ。



すべてを話し終える頃には、いつの間にか鈴虫の鳴き声は止んでいた。

沈黙が私と高杉さんの間を駆け抜ける。


「土方のこと…まだ好いているのか?」

「………」


空を見上げれば満天の星空で。

こんなに空は綺麗でなんの曇りもないのに、どうして…


「…私ね、母親が大好きな子だったんです」

「………由香?」

「でも母は体が弱くて…何度も入退院を繰り返してた」

「………」

「母は私の子供を見るまでは死ねないって…辛い治療にも耐えて耐えて…必死に病と…死と戦ってたの」

「けどね、私が中学生の時に病状が悪化して…たくさんの器械とチューブに繋がれて…それでも懸命に生きようと戦って……結局は負けてしまったけど」

「………」

「…未来ではね、高杉さん。人一人の命を助けるのに、皆必死なんですよ。なのにこの時代の人は…新選組の皆はその命をいとも簡単に奪ってしまう。それが昨日まで仲間だった人でも」


気が付けば頬には涙が伝っていた。

もう大丈夫だって。 もう笑って生きていける、そう思っていたのに。


「歳さんが信じられなかった…!馬鹿野郎って…。けどね、そんな人をそれでも愛しいだなんて思ってる自分はもっと大馬鹿野郎なんです!!」


最後はもう声にならなかった。



「……なぁ、由香」


優しい手の温もりが、ポンと頭の上に乗せられる。


「庇うわけじゃないが…あいつらにはあいつらの正義がある。その正義を守るためには、その枠からはずれた奴らは粛正するしかなかったんだろう」

「……でもっ、」

「皆必死なんだ。自分の正義を、日本を守ろうと。土方くらいの立場になると、余計にその思いが強いんだろう」

「だからって、人を殺すなんてっ…!」

「確かに、な」


高杉さんはため息にも似た小さな笑いをこぼすと、煙草の詰まった煙管を取り出し雁首に火を入れ、ふぅっとふかした。

もくもくと上がった煙が漆黒の空に映えたのを見上げ、不謹慎だがなんだか綺麗だと感じた。



「未来は平和で命の取り合いなどないのかもしれない。だがな、その未来を造るためにはどうしてもそれがついてまわる。お前は信じられないだろうが、この時代ではな、殺るか殺られるか、なんだ」

「………」

「由香。お前はこの時代で生きていく覚悟はあるか?」

「覚、悟…」

「覚悟が決まりゃ、腹が据わるってもんだ。もちろんお前もな」



……本当は


頭ではわかってたつもりだった。

理解したつもりだった。

皆、好きで人を殺すんじゃない。

私達の未来のためだって。


私の言ってることはただの綺麗事だって。


でもそれを目の当たりにして…

どうしても我慢できなかった。

信じたくなかった、の。


私の好きな人達がそんなことをするなんて…



何かがプツリと切れた私は、子供のように声をあげて泣いた。





ふわりと温かいぬくもりが私を包む。

泣いて泣いてやっと落ち着いた私に高杉さんが羽織をかけてくれた。

高杉さんの羽織はお日様のような匂い。

すごく、すごくあったかい。


「落ち着いたか?」

「すいません、取り乱しちゃって」

「いや…俺の方こそ突然悪かった」


…?高杉さんが謝ることなんかなにもないのに。隠し事してたのは私の方なんだから。


「由香」

「はい?」

「これだけは言わせてくれ」


こくんと頷けば、高杉さんは最後の徳利を盃に傾けながら口を開いた。


「俺達武士はな、自分の正義を守るためなら命だって惜しくない。命の奪い合いを受け入れろとは言わん。だがな、どんな立派な志を持っていたって死んだらそこで何もかも終わりなんだ。だから皆、必死に戦う。その戦いも未来の日本のためなんだ。それだけはわかってくれ」


はい…と、蚊の鳴くような声で答えれば「なんだかこれじゃ俺様が土方の気持ちを代弁してるみたいだな!」と、高杉さんは笑った。


まだこの時代の人の生きざまを理解するのは時間がかかるだろうけど…

少しずつでもこの現実を私は受け入れなければならない。

いつか歳さんとも…こうやって本音を語れる日が来ればいいのに。

もしかしたら…前に進めるかもしれない。


ありがとう、高杉さん。


「ま、俺だって己の正義を貫くには手段は選ばんがな!!もちろん…欲しいものを手に入れるための手段もな!!」

「え?」

「好きだぞ!!」

「は?何がです?」

「だから、お前に惚れたんだ!」

「………は、えぇェェェ!!?」

「お前も俺に惚れたか!?俺様の口付け、よかったろう!?」


……わ、忘れてた!!!!そうだ、高杉さんにキスされたんだった!!!


「も、もう!!奥さんいるでしょ!!お金、払って貰いますからね!!」

「ははは!!照れるな照れるな!!!」

「どうしたら照れてるように見えるんですかぁぁぁ!!もっと節制を正してください!!!」


…なんて他人に言う日が来るとは思わなかったぜ。



***



布団に身を沈めた私の心はだいぶ軽くなっていた。


人の命を容易に奪うことに理解を示したわけではない。戦いに理解を示したわけではない。

ただ、時代、なのだ、と。

抗うことのできない時代の流れ、なのだと。


『どんなに立派な志を持っていたって、死んだらそこで何もかも終わりなんだ』


高杉さんのその一言は、私の考えがただの綺麗事だと気付かせるには充分すぎる一言だった。


この時代にも私のように命の奪い合いはしたくないという人もいるだろう。平助だって本当は無駄な命の奪い合いはしたくないと言っていた。でも現実はそんな人ばかりじゃない。戦いによって己の正義を貫く人もいる。だから平助も刀を振るうのだと。未来の日本の平和のために。


この時代で生きていくには、少しずつでもこの現実を受け入れなければならない。未来のためにと戦う人を否定してはいけない。目を背けてはいけない。

それが…この時代の人の"生きざま"なのだから。




そう思えば思うほど歳さんが無性に愛しく思えた。彼も必死なのかもしれない。


……あの男は優しい男だ。

律儀で…

実は冗談も通じないくらい真面目で……

驚くくらい純粋で…

一本気が通ってて…

誰よりも男らしくてかっこよくて…


他人のことばかり考えて、自分は傷を作ってばかりだと総司くんが言っていた。


もしかしたらあの男は人を斬るたび、自分に一つずつ傷を作っているのかもしれない。



…――歳さんに逢いたい


あの男の生きざまを隣で見ていたい。

そばにいたい。

…覚悟が決まった。この時代で生きていくことに。



明日、屯所に帰ろう。

でも歳さんは…

皆はこんな自分勝手な私を再び受け入れてくれるだろうか。


心に揺らぐ不安をかき消すように瞼を閉じれば耳に届く、自室で弾いているのだろう高杉さんの三味線の音色。

その音色に導かれるように私は深い眠りへと落ちていった。



このあと…

あの男とこんな形で再会することなど知らずに。


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