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第四話 奴はP-BOY



「そういえばお前のその着物、なんとかしねぇとな」

「え、このままじゃ駄目ですか?」

「駄目に決まってんだろうが。それともなにか?おめぇはずっと屯所に篭んのか?」

「え、それは嫌。せっかくだから街中見学したいです」


歳さんが一気に杯を傾け、ため息をついた。


「おめぇ…いや、なんでもない」


歳さんはわかりやすい。

大方、私の超ポジティブシンキングに呆れてるといったところか。

だって仕方ないじゃない。

せっかくタイムスリッパーに選ばれたんだもの。

いくら歴史に疎い私だって、自分の住んでいる国の過去くらいは見てみたい。


「仕方ねぇ…八木さんに女もんの着物がねぇか聞いてくるか」


そう言って歳さんは「よっ」と立ち上がった。


「トシ!!八木さんになんて言うんだ?まさか未来から女子が来たなんて…」

「言うわけねぇよ。新しく女中を雇ったとでも言やぁいいだろ。由香、ちょっと待ってろ」


ふっと見せた笑顔は酒のせいかとても妖艶に見えた。


…うーん。歳さんはきっとPーBOYだ。

言葉遣いは悪いけどきっと優しい。

この男は今まで何人もの女を啼かせ…いや、間違えた。泣かせてきたに違いない。

こういう男に惚れたら火傷するぜ!と私の本脳が警笛を鳴らした。


あ、PーBOYはプレイボーイって意味ね。





「由香さんはどこか奉公に出てらしたんですか?」

「ほうこう…?」

「どこか働きに出ていたのかな?それとも…」

「夫婦の契りを交わした奴がいたか?」

「んな馬鹿な。普通に大学生でしたよ」

「「「大学生?」」」


山南さん、井上さん、原田さんが一斉に不思議そうな顔をする。

この時代は大学なんてないのかな。もしや学校自体ないのだろうか。


「えっ…と…たくさんの人と集まって勉強したりしてました」


してねぇけど。

専攻は経営学だったけど、興味があったわけでもやりたいことがあったわけでもなく、ただ受かったから。

勉強はできないんじゃなくてやらないだけ。

なんて馬鹿が使う言い訳ばかり言っていたような気がする。


「…驚いた。未来の女子は誰もが学を学ぶのですか」

「え、はい」

「んじゃお前、読み書きとかもできんのか?」

「とりあえずは…」


どうやらこの時代の女の子はお金持ちや特別な理由がない限り、寺子屋という学校に通うことはもちろん、読み書きすらできなかったらしい。

現代では考えられない。


「んじゃ俺の名前、書いてみてくれよ」

「はい」


バッグからボールペンと手帳を取りだし、余白に原田さんの名前を書きなぐる。どうやら皆の注目はボールペンのようだったけど。


「…………なんだこりゃ。また下っ手くそだなぁ」


ただ、この時代と未来の字の書体は違うらしく…

私が書いた原田左之助という字は下手くそな部類に入るそうです、はい。

くそ、確かに上手くないけどさ、そこまではっきり言うことねーじゃねぇかこんちくしょうめ。

…しかしだ。

私は原田さんが書いた字が読めなかった。

だってさ、みみずみたいな字なんだもの。私からしたら原田さんの方が下手くそだと思うんですけどね。



「おい。貰ってきたぞ」


スパン!と襖が開いたかと思うと、歳さんが着物と浴衣を持って立っていた。


「ほらよ」

「わ~!!すごい!かわいい!!」


ポスンと腕の中に落とされた着物を広げると、小さな桜の刺繍がたくさん散りばめられていた。


「振袖じゃなくて悪いがそれで充分だろ」

「はい!ありがとうございます!!」


正直、何が振袖で何が振袖じゃないのかわからなかったが、初めての成人の着物に私は心躍った。


「由香!!せっかくだから着てみせろ!!ここで着てみてもかまわんぞ!!」

「いや、芹沢さん。それじゃ軽くセクハラですよ」

「あぁ!?せく…、なんだ!?」

「なんでもないですよ。んじゃ着替えてきます」


そう言って私は着物を持って立ち上がった。





***



……で?

この着物と帯を私にどうしろと?


忘れてた。すっかり忘れてたよ。

私ってば着物の着方なんて全然知らないじゃないか。

そもそもこの白いやつの着方も間違えてんじゃないのか?


……えぇい!!こういう時は勘に頼れ!!

大丈夫!!私の勘は当たる方なんだから!!


私はさっと着物を羽織ると、帯をグルグルと巻きはじめた。




***



少し開けた襖の隙間からそっと顔を出す。

と、こちらを見ていた歳さんと目が合った。


「なんだ。着替えが終わったなら入ってこい」

「………」


…入れない。入れるわけない。

そっと後ろを振り返ると、私の腰には蝶々結びに結ばれた帯。

これ……絶対間違ってるよね………

どうしよう……


動揺しながら視線を広間に戻すと目の前にはいつのまにか歳さんが立っていた。


「ぎゃっ!!」

「…てめぇ失礼な奴だな。どうした、早く入ってこいって言ってんだろうが」

「違っ…」

「は?」


もうこの際歳さんに頼むしかない。だってどんなに頑張っても着れないもんは着れないんだもん!!

うん!私ってば着物を甘く見てた!!


「あの…」


私は不思議そうな歳さんの前でくるりと後ろを振り返った。


「…ぶっ!!なんだそりゃあ……」

「帯の結び方がわかりません。歳さん、やってください」

「はぁ!?おめぇ、着物も着れねぇのか!?」

「うるさい////!」


歳さんは呆れたように今日、何度目かわからないため息をつくと「仕方ねぇ。着付けてやるよ」と言って広間から出てきてくれた。




***



「すみません。お願いします」

「仕方ねぇ。ちっとくれぇ見えちまっても許せよ」


そう言って歳さんは襦袢という肌着みたいなものから着付け直してくれた。

それにしても…なんだ、なんだこの男の慣れた手つきは。


「歳さん、女の着付けもできるなんてさすがですね」

「こんくれぇ朝飯前だ」


あぁ、やはりこの男、PーBOY。


「つうか、この乳と股にあててんのはなんだ?」


歳さんが襦袢を整えながらブラの肩紐をパチンと弾いた。

おい。未来だったら間違いなく犯罪だよ、あんた。


「これはブラジャーと言って胸を支えるためのようなもんです。股のはパンツ」

「ほぅ…中身は一緒なのか?」


なんて言って歳さんはしれっとカップに手をかけたもんだから、思わず蹴りが飛んだ。


「ってぇな!!冗談に決まってんだろうが!!」


いやいや、思いっきり指を引っ掛けてたくせに何を言いますかこのPーBOYめ。


「とりあえず当分の間は俺が着付けてやっからよ」

「歳さんがいなかったら?」

「芹沢さんあたりにでも頼め」

「いや、一番頼んじゃいけない人でしょう?」


そう言えば歳さんは「おめぇ、案外鋭いな」なんて言って笑った。

ええ。私もたくさんの男を見てきましたからね。なんて自慢にもならないことはさすがに言いませんでしたが。

そんなこと言い合いながら歳さんはあっというまに着物を着付けてくれた。


「……よし。ちったぁ見れるようになったな」

「…ありがとうございました!」


初めてきた着物は着慣れないせいかあまり着心地はよくなかった。

まぁそのうち慣れるだろう。


私は長い髪をぐっと上げて無造作に一つにまとめると、歳さんとともに皆の待つ広間へと戻っていった。


ちらりと振り返った歳さんが「なかなか似合うじゃねぇか」と言ったのがなんだか嬉しかった。




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